• ベストアンサー

「愛し君へ」って、文法変ですよね?

初めて聞いた瞬間から、違和感を感じていたのですが、ドラマのタイトル「愛し君へ」って、文法的に変ですよね? 「愛し」という古語の連体形は「愛しき」ですよね。だから、後ろに「君へ」が付くときは「愛しき君へ」じゃないと間違いですよね? 「へ」がなくて「愛し君」だったら、「愛しいよ、君が」という意味の倒置と好意的に解釈できなくもないですが、「君へ」だったら、「愛しき」以外ありえないと思うのですが、いかがでしょうか? 何で誰も指摘しないんだ~とストレスがたまる今日この頃です。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • s_yoshi_6
  • ベストアンサー率73% (1113/1519)
回答No.9

#7です。 何か気分を害されたようで申し訳ありません。 >PORTFOLIOさんの感じられた違和感も、そのあたりから来ているところももしかしたらあるかもしれませんね。 と書いたのは、PORTFOLIOさんの感じられた文法的な違和感について否定する意図はありませんでした。私自身がこのタイトルを聞いたときに、文法的なものより先に、語感についてテンポの悪さを感じたものですから、もし語感が良ければ文法的なものには気付かず(もし気付いてもそれほど気にも留めず)過ごしただろうなあと思い、あのような表現になりました。 >曲名や書名に「いとし○○」とたくさんあるのは存じていますが 割と古い曲や詩に使われることが多い表現なので、お若い方でしたらご存知ないかもしれないと思って説明を加え、URLも載せました。ちょっとおせっかいだったかも知れませんね、失礼しました。 >皆○○は名詞ですよね? 「○○」の部分は名詞で終わる語句の場合もありますし、そうでない場合もあります(先ほどの参考URLの中でいえば「いとし君故」など)。そして「○○」が「へ、ゆえ」などの助詞で終わる場合はもちろん、PORTFOLIOさんが好意的に解釈されている名詞で終わる場合の中にも『愛し(終止形)+○○』ではなくて、『「愛しき(連体形)+○○」の「き」(あるいは「愛しい」の「い」)を省略したもの』が少なからずあるのではないかと思います。(あ、これもPORTFOLIOさんの考えを否定する訳ではありません。そこまで考えを巡らされる読解力はすばらしいと思いますし、実際そういうものもあると思います) また長々と書いてしまいましたが、#7で私が伝えたかった本筋は、 ・「愛し君へ」という言い方は字面または発音を重視した表現だと思われ、PORTFOLIOさんがおっしゃる通りに文法的には間違っていると思う。 ・#1さんがおっしゃっている「愛し君」を一つの言葉とする捉え方はおかしいと思う。 の2点です。言葉足らずと配慮不足の点、改めてお詫びいたします。

noname#63648
質問者

お礼

御丁寧な御説明、ありがとうございます! 気分害してないですヨ。でも、簡単に説明すると誤解を招くし、詳しく説明すると怒っているみたいだし、文章って難しいですね~。 こうなったら、知り合いの国語学の大家(たいか)に意見を聞いてみようと思います!! 結果を「補足」にて御報告するので、楽しみに待っていて下さいね~。

noname#63648
質問者

補足

>文法的には間違っていると思う。 知り合いの国語学者に確かめたところその通りでした! ありがとうございました。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。

その他の回答 (9)

  • s_yoshi_6
  • ベストアンサー率73% (1113/1519)
回答No.10

再び#7です。 yousayさんごめんなさい。私が改めて、 >#1さんがおっしゃっている「愛し君」を一つの言葉とする捉え方はおかしいと思う。 なんて書いてしまったので、気分を害されたのでしょうか。 私はあくまでyousayさんの意見に対する自分の意見を述べただけで、yousayさんや回答されたこと自体を否定したり、おとしめたりしようとした訳ではありません。#5さんの補足で、質問者さんがyousayさんの考え方に対する意見を#5さんに求められていたので、横からではありますが、私もちょっと自分の意見を述べさせてもらった次第です。 それに私は今回の件に関しては自分の考えが絶対的に正しいとも思っていません。私の知らないところで「愛し君」という言葉があるのかもしれませんし、私の勘違いの可能性だって十分にあります(そういった意味での「自信なし」でした)。分かっていただけるかどうか分かりませんが・・・。 とにかく今回は本当に全く意図していなかったこととは言え、結果的に場を穏やかならぬ雰囲気にしてしまい、この場を借りてPORTFOLIOさんやyousayさん、その他の回答者の方々に深くお詫びします。ごめんなさい。

noname#63648
質問者

お礼

いえいえ全く!! no.10は削除されちゃってますね。とんでもない発言だとサイトが認めたわけです。s_yoshi_6さまの優しさだけが心に残りましたよ~。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
  • sharako3
  • ベストアンサー率29% (333/1130)
回答No.8

#5です。 「いとし子」ならぬ「いとし君」という語なのだとの説明には納得できなくて、色々と検索した結果、歌詞などには「愛し君」が結構使われていることがわかりました。メロディにあわせる都合なのかもしれません。 #7さんの、文法よりも「字面や音の美しさ」を優先したのだろうというお考えには納得できました。 (実際に「愛しき君」よりも「愛し君」のほうが、字面や音が美しいかどうかは、個人的にはまだ疑問が残りますが)

noname#63648
質問者

お礼

いえ、「愛し君」(「へ」なし)なら「君、愛し」の倒置法と思えば間違いとも言えないと申し上げたのですが。 御投稿ありがとうございました。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
  • s_yoshi_6
  • ベストアンサー率73% (1113/1519)
回答No.7

「愛し(いとし)○○」という言い方は、歌のタイトルや詩などには昔から使われています。 http://www005.upp.so-net.ne.jp/tsukakoshi/kayoudaizenn/kayou012.html ですから間違ってタイトルを付けてしまった、ということは少なくともないと思います。 ただ文法的にどうかといえば、やはり間違っていると思います。その点、#1さんとは違う意見になります。#1さんが例に挙げられている「愛し子」という言葉は、確かに正しい日本語ではありますが、「愛し+子」という組み合わせは、あくまで「愛し子」という一つの単語の中で慣用的に使われているだけであって、それを他の一般的な語に置き換えることはできないと思います。 例えば「幼子(おさなご)」という言葉があります。これは「幼き子」または「幼い子」というのが、文法的に見た正しい言い方になると思います。ただ「幼子」という一つの単語として使う場合は、辞書にも載っていますので日本語としては正しいものです。 ただし、だからと言って「幼い子供」のことを「幼子供(おさなこども)」というのは日本語として正しくない、というのと同じです。 「愛し君」という言葉は、今のところ(将来的には一般化して、正しい日本語として辞書に載る可能性もあるかもしれませんが)慣用的に使われる語句にはなっていないと思います。 ということで文法的には間違いだと思いますが、しかしながら番組や本、歌などのタイトルを考える場合、文法よりもその字面や音の美しさが優先されます。おそらくタイトルを考えた人は、以前から「愛し○○」という言い方があったことはもちろんご存知で、なおかつ「愛しき君へ」とした場合の「きき」という音の発音しにくさや耳障りの悪さを考慮して「愛し君へ」とされたのではないかと私は推測します。あるいは「愛し君へ」というフレーズが何かの詩か歌に使われていて、それから取られたのかもしれません。 ただ参考URLの曲名リストをご覧になると分かると思いますが、「愛し(いとし○○」の形のものは、ほとんどが後半の「○○」の部分がひらがなにして4文字です。これは日本語としてテンポの良い「七音」にあわせるために、「いとしい(いとしき、いとしの)」ではなく、あえて3文字の「いとし」を使っていると考えられます。 その点「いとしきみへ」は6文字ですから、何となく収まりの悪さを感じます。PORTFOLIOさんの感じられた違和感も、そのあたりから来ているところももしかしたらあるかもしれませんね。

参考URL:
http://www005.upp.so-net.ne.jp/tsukakoshi/kayoudaizenn/kayou012.html
noname#63648
質問者

お礼

いえ、そんな、なんとなく収まりの悪さを感じたなどというあいまいなものではありません。文法的にちゃんと考えての結果です。 最初に言ったように、「いとし○○」の○○が名詞なら、倒置法と考え、「いとし」を終止形と考えれば、間違いとも言い切れないが、「いとし君へ」と「へ」があるから終止形とは考えられない、というのが私の説です。曲名や書名に「いとし○○」とたくさんあるのは存じていますが、皆○○は名詞ですよね? だから、それらは間違いではないが、「いとし君へ」は間違いではと思う次第です。 そういう誤解がないように最初に説明したつもりなのですが・・。 いずれにせよ、ご投稿ありがとうございました。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
noname#13376
noname#13376
回答No.6

私も「変だなぁ」と思っていました。 (「古語」じゃなくて「文語」のつもりで制作者は使っているのだと思いますが) もっとも最近は「文語」と「書き言葉」を混同するような、文語に関する無知が横行しています。 この程度の間違いが行われてもやむを得ないでしょう。なにしろ、学校教育で「文語」はほとんどまったく教育されていませんから。

noname#63648
質問者

お礼

そうですよね。これが一番自然な見解のような気がします。ありがとうございました。

noname#63648
質問者

補足

国語学者に確認したところやっぱり間違いとのこと。NO.6様のお考えは正しかったです。 こんな世俗的話題を国語学者に聞くのはと思ってためらっていたのですが、聞いてすっきりしました。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
  • sharako3
  • ベストアンサー率29% (333/1130)
回答No.5

わたしも最初タイトルを聞いたとき、「え?」と思いました。 無理やりこじつけると、「愛し」は「君」にかかっているのではなく、「愛し。君へ」で、「愛しいよ。君へ(○○をささげよう)」のように、「君へ」のあとに何かが省略されているとか……。 全然説得力ありませんね(^_^;)。間違えてしまったのか、わざと間違えたのかわかりませんが、わたしもやっぱり変だと思います。

noname#63648
質問者

お礼

「間違いでは?」の意見に同意してくださり、ありがとうございます。 しかし私はNo.3さまの意見を聞いて、「間違いじゃないようだ」と思い始めましたが、No.5さまはいかがでしょう、それでもやはり間違いだとお考えになるかどうか、お聞きしたい気もします。

noname#63648
質問者

補足

やっぱり間違いですって。 no.5様の言語感覚は正しいです。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
  • mikelucky
  • ベストアンサー率37% (61/162)
回答No.4

>愛しき」以外ありえないと 愛しの でも 愛しい でも文意は合うし文法的にもOK ではないかと。 まあ質問とは関係ないですが。 文法的にはわかりませんが、愛し子という言葉はありますので愛し君でも良いのではないかと思います。 自信はありませんが...。

noname#63648
質問者

お礼

ありがとうございます。 >>「愛しき」以外ありえないと これはそういう意味で言ったのではなく、「愛し」の古語としての活用の中では、という意味です。現代語だったら、おっしゃるとおり愛しのでも愛しいでももちろんokですよね。

noname#63648
質問者

補足

やっぱり間違いですって。TVってホントいい加減!! せっかくここを読んで下さる方に少しでも正しい知識を持っていただきたく、念の為しつこく補足させていただきます。 (「補足する」を押そうとしたらうっかり「参考になった」を押してしまいました・・・)

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
noname#6306
noname#6306
回答No.3

#1です。 分かり辛かったようですね。 「愛し子(いとしご)」という言葉をご存知ですか? もちろん現代語です。 それと同様で「愛し君(いとしきみ)」という言葉+「へ」という意味です。 >後ろに「君へ」が付くときは ではないということです。

noname#63648
質問者

お礼

なるほど!! それなら納得です。間違いだとしたら、それが故意であれウッカリであれ嫌だなーと思っていたのですが、そういうことなら安心しました。 でも、ほとんどの人がそこまで気付いてないだろうなと考えると情けないです(私もですけど^^;)。

noname#63648
質問者

補足

知り合いの長老の国語学者にやっと聞くことができました。 やっぱり文法的に間違いだそうです。 御参考まで。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
回答No.2

間違ってても良いんじゃない? 絵画の”抽象画”や書道の”楷書”・”草書”のようにあえて崩した形式を用いる事で、インパクトを得ようとする手法でしょう。

noname#63648
質問者

お礼

ありがとうございます。 そこまで考えているならいいんですが・・・。作り手も、視聴者も。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
noname#6306
noname#6306
回答No.1

「愛し・君へ」じゃなく「愛し君・へ」ですね。 これなら文法的にも合ってますよ。

noname#63648
質問者

補足

ご投稿ありがとうございます。 すみません、意味が分からないのですが、どういう意味でしょうか? 「いとしくん(人名)へ」じゃないですよね? 番組紹介で「いとしきみへ」と発音しているのを聞きましたし。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。

関連するQ&A

  • 「歩ける」「行ける」「表せる」は文法的には何者?

    動詞を可能形にする時、 「食べる」は下一段活用だから、未然形に、可能の助動詞「られる」をつけて 「食べられる」となり、「食べれる」は間違い、 というのは有名な話ですが、最近ふと思ったのが、文法的に考えると、 「歩く」は五段活用だから、未然形(「歩か」)に、可能の助動詞「れる」をつけて、 「歩かれる」となりそうですが、全く聞きません。(間違ってはいないらしいのですが) 「歩ける」(または「歩くことができる」)しか聞いたことがありません。 しかし、「歩ける」と辞書で引いても出てきませんし、 文法的にも解釈できません。 (「歩け(仮定形)」+「る(古語の可能の助動詞)」?そんなまさか……) 他にも、五段活用動詞の仮定形(-e)と正体不明の「る」を組み合わせることで 可能の意をしめす語がいくつかありました。 これらは一体何者なのでしょうか?

  • 「変えないべき」と言ったら変ですか?

    ある番組で「憲法9条、変えるべきか、変えないべきか?」というアンケートがありました。 私は「変えないべきか」になんとなく違和感を覚え、司会者の人も、このフレーズ何か変だね、と途中から言わなくなりました。 この「変えないべき」とは間違った日本語ですか? 他の言い方を考えてみたのですが 「変えざるべき」  (打ち消し助動詞「ざり」の連体形) 「変えぬべき」   (同じく「ぬ」の終止形) では駄目ですか? もちろん、「変えるべきでない」と言うのがいちばんスマートとは思いますが、この場合は意味が微妙に変わる気がします。

  • 「著作を著わす」は文法的に間違い?

    「多くの著作を著わす」「幅広い著作を著わす」などの「著作を著わす」という言葉は、「馬から落馬する」的な違和感を感じるのですが、しかしよく耳にする気がします。「著作を著わす」は文法的に間違いでしょうか?

  • 可能動詞の連体形

    可能動詞「動ける」の連体形に「努力」と続いた形「動ける努力」と言う言葉は 文法的には正しいと思うのですが、日本語として違和感を感じます。その訳を 具体的、理論的に教えて下さい。また、「動ける努力」と言う日本語自体が間違いなのでしょうか?その場合も理由を教えて下さい。宜しくお願いします。

  • 「時間的に余裕が無い」の文法は正しいのでしょうか?

    友達が「時間的に余裕が無い」って言ったら、 ちょっと違和感がしました。 普通、「時間に余裕が無い」って言うんじゃないですか。 しかし学校文法により、文の成分を分析したら、 「余裕が」は主語、「時間に」と「時間的に」は連用修飾語、「ない」は被修飾語と考えられて、 間違い、不自然のところもないんですよね。 一体、この違和感がどこから来たのですか。 それで、 「時間に」の「に」を格助詞と考えたら決して間違いではないと思いますけれども、 「時間的に」の「に」は格助詞ではなく、ただの形容動詞の連用形ではないでしょうか。 この違和感、両方の「に」とは関係がありますか。 「時間的余裕が無い」と言ったらいかがですか。 「時間的」の品詞は形容動詞ですか。それとも副詞ですか。 すごく悩んでいて寝られないくらいなので、詳しく教えていただけたら幸せです。

  • 文法的間違いや違和感はありますでしょうか。

    特に日本語訳については考えず (1)many rooms visited in this building (2)many rooms to visit in this building それぞれに文法的間違いや違和感が散見されますでしょうか。

  • 変だと感じるアイメイク。

    アイメイクについて質問します。 特に、普段日常的にメイクをする女性に答えて頂きたいです。 貴女が“変”だと感じるアイメイクはどんなものでしょうか。 どうしても違和感を感じてしまう、好きになれない、などなど…。 学校や会社、電車の中で見る、つい指摘したくなってしまうようなアイメイクをなるべく具体的に書いていただけると嬉しいです。 また、普段のアイメイクで“変にならないように”気を付けていることはなんですか? ちなみに私は、イエローやグリーン、ブルーといった色のアイシャドウや、束になっていてテカりのあるつけまつげにどうしても違和感を感じてしまいます。 なので普段のアイメイクにはベージュやブラウン、淡いピンクを使い、つけまつげはテカりの無いナチュラルなタイプを使うようにしています。

  • 「違和感を感じる」という表現について

    一般には、「違和感を感じる」は誤りで、「違和感を覚える」「違和感を抱く」が正しいといわれますね。 しかし、よく考えると、本当にそうなのだろうかと思い始めました。 「違和感を感じる」が誤りである理由として挙げられるのが、 ・「違和を感じる」のが「違和感」なのだから、「違和感を感じる」は重言になる という指摘です。 しかし、「覚える」「抱く」も、漢字が「感」でないだけで、意味はほとんど同じですよね(英語でいえば、どれもfeel)。 「違和を感じる」ことを「感じる」が重言になるなら、「違和を感じる」ことを「覚える」「抱く」というのも、重言に該当するのではないでしょうか。 私が思うに、 1. 「違和感」を「おかしいという感情」と解釈する こう解釈すると、「違和感」という言葉に「感じる」という動詞が含まれないので、「感じる」も「覚える」「抱く」も正しいことになる。 また、「違和感がある」「ない」も正しい。 2. 「違和感」を「おかしいと感じること」と解釈する こう解釈すると、「違和感」という言葉に「感じる」という動詞が含まれるので、「感じる」も「覚える」「抱く」も重言になる。 厳密に正しい表現は、「違和感がある」「ない」のみ。 の二つの道しかないのではないでしょうか。

  • 変なくせ。

    受験に失敗して以来、変なクセがつきました。 面接で失敗したときのこと、ふとした瞬間に妄想には入っていったとき、自分の奇異すぎる過去の言動、これからの将来、担当官に迷惑かけけたこと、数え上げたらキリがないんですが、簡単にいうと恥をかいたことが瞬間的に頭をよぎってたまらなくなります。 そのとき「パ!」や「ア!」っと奇声を発するようになりました。 最初は一時的なストレス解消になってコントロールしてたんですが、このごろは自分でもびっくりするくらい大きな声だったり手が動いたりします。 自分ツッコミというか、「わかってる!私が悪いんでしょ!」っと頭の中でいうつもりが口に出したときは自分でもアカンな…っと思いました。

  • 文法を勉強しないで、身に付けた英語について

    私は英語を勉強するにあたり、文法はとても大事だと思っています。(かといって文法のみが大事だという意味ではありませんが、無視は出来ないのではということなのですが)単数・複数・人称による動詞の変化など、それ以外にも文法を知っていないと微妙に間違ってしまうことは英語が母国語でないときにはあると思います。 でも、留学をして(留学であってもちゃんと文法を勉強した場合は別です。)英語を身につけたとか、文法などは勉強せず、会話のみで英会話の能力を身につけた等、そう言う方はたくさんいらっしゃると思います。 そう言う場合でも、ネイティブの方が聞いて、「ん?」とちょっと違和感を覚えるような英語になってはいないのでしょうか。 私の友達が10年ほどアメリカで過ごし、アメリカの方と結婚して、「この文あってるかな」と見てもらったら、「私は話せるけれど、書くのには自信がなくて、間違いが多いよ」って言っていたのがとても不思議というか、そういうものなのかと疑問に思いました。 回答よろしくお願いいたします。

このQ&Aのポイント
  • プリントができるけどスキャナーができない問題について、DCP9020CDWの設定や接続状況を確認しましたが、プリンターとの接続がうまくいっていないようです。
  • DCP9020CDWの無線LAN接続に関する問題で、パソコンからはプリンターにアクセスできているが、スキャンテストをすると接続が切れている状態です。
  • Windows 11 Home環境で使用しているDCP9020CDWのスキャナーがうまく機能していません。無線LAN接続でプリンターと接続しているが、スキャンテスト時に接続エラーが発生しています。
回答を見る