• 締切済み
  • すぐに回答を!

【フェルマーの最終定理】専門の数学者を御教え下さい

早稲田大学理工学部の名誉教授・足立恒雄氏の以外に【フェルマーの最終定理】が御専門の数学者の先生を御存知ならば、どうか御教え下さい。承認の為に【私が既に発見してある簡易解法】を見て頂きたいのです。東大と東大院の数学科を出られた地元・和歌山大学の数学者・田川教授に拠ると【東大や東大院を出て居ても、専門が違うと全く判らない】のが【フェルマーの最終定理】なんだそうです。田川教授は【フェルマーの最終定理】と聞いただけで【鬼門だ】と直ぐ電話を切ったり、田川教授に何度か電話した時は、大変でした。東大や東大院の数学科を出て居ても、それ程に【震え上がる難問】なんだそうです。ところが、私は過去【7科目一括受験】時代の公認会計士試験の受験生をして居た時期が相当に永く在り、電卓が全く叩けないので受かりませんでしたが【覚える事の多い会計士試験に比べれば全くの楽勝】であって【理系大学数学の初歩を使って解いてあるので】幾ら同じ会計士試験の受験生でも【一般の文系大学卒の方々には到底、解けない】問題ですが、私は或る程度の理系大学数学を自分で勉強して知って居たので、それ程に難しい問題ではなかった次第です。私の質問欄・冒頭の質問通り、同じ慶應義塾・出身のYahoo智恵袋の職業回答者に何千件と威力・脅迫他のネット犯罪被害に遭い、現実に昨年春には母校・開成学園に脅迫状まで投函されているのですが、その犯罪被害に遭って検察特捜部に何度も修正版の解法・確定日付冊子を入れて在ると、早稲田大学・名誉教授の足立恒雄氏に説明した所、怖れて返事が来なかったので、承認に関して、他の相談できる数学者の先生を探して居る状況です。

共感・応援の気持ちを伝えよう!

  • 回答数1
  • 閲覧数269
  • ありがとう数0

みんなの回答

  • 回答No.1

 これまでに知られている証明はとんでもなく難しいんだから、誰でも嫌がりますって。案外簡単に出来たんだと言えば言うほどね。  さて、「或る程度の理系大学数学を自分で勉強して知って居」る程度のことで「それ程に難しい問題ではな」いような証明であると仰るのが本当なら、まずは、数学科の学生をバイトに雇って確認・推敲してもらうのが良かろうと思います。ちょっと長い証明や論文には、書いた当人には自明でも読むとよく分からんという部分が結構(ってか、ほとんど必ず)あるもので、岡目八目が役に立ちます。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からの補足

問題を見た所で解けない人には悔しいので、そうおっしゃられて居るのかも知れませんが【フェルマーの最終定理】は400年前のフェルマー自身が解けて居なければいけない問題です。御本人・自らが【俺は解いた】と言い残している以上【数学史上に禍根が残って居る】訳ですね。では何故【フェルマー自身には解けて居なかった】とする説が現在大学の定説となっているでしょうか、それは【フェルマーの最終定理】を解くには【フェルマーの書き込みより更に200年後の発見】事項を踏まえないと絶対に解けないからです。即ち【超越的方法】だの【楕円関数】【楕円曲線】だの【アーベル・ルフィニの定理】だのです。結論から言えば【フェルマーは、それらの相当概念を発見した】上で関連させて解けて居た筈です。私の(系統3)がそうした解き方だからです。【フェルマーの最終定理】は何故、400年間も解くのに掛かったのでしょうか。それは【デカルトの方法序説】に拠って【近代文明が「3⇒4」の価値転換のみに注意を奪われて】中世まで人類共通の認識だった上記・数学諸定理にも通じる【「4⇒5」の価値転換を完全に忘れ去ってしまっている】からです。【フェルマーの最終定理】は整数論という手狭な、代数の問題ではありません。『ピタゴラスの定理』の余白にも書かれている通り、代数幾何の問題なのです。【べきnに関する不連続性】に注目する際に【『代数的な解の公式』を作れるか、作れないか】にのみ着目すれば良いので【自然数に限定して考える必要は全く無い】訳です。フェルマー自身が【驚異的な方法を発見した】と言っているのは【自然数に、こだわらないで包含した形で解ける】事を言っている訳で、御提案の数学科の学生に見せれば【盗作されてしまう】でしょうね。解法原理は至極簡単、理系の人では絶対に思い着かないような解き方です。私は原稿料を稼ぐ為に解いたのであって【承認の為の数学者】以外に見せるつもりは在りません。ガウスが解けなかったのは何故かを考える(系統1)のみ犯人の為に完成しておりませんが、現代数学の枠内で解く(系統2)は【著しく困難な或る関所を突破しないと、その大幅にレベルダウン出来る解き方には至らない訳です】その(系統2)で自信が付いたので【フェルマー自身の解法だろう(系統3)まで完成できています】。日本数学会から名誉学会員の称号を貰えた場合に限り、東大に論文博士号の申請をするつもりです。開成のルートを使う訳ですね。マセナ出版には文系の人間でも【理系大学数学の基本】の勉強が出来る【キャンパス・ゼミ】シリーズが有ります。計10冊有り、犯人の為に全部、読破する夢が今でも実現できていません。でも【10冊の内、最初の5冊分】位の知識しか使わないで(系統2)は解けます。知識としては、実はそうした初歩の知識だけで解ける問題なのです。【それだけ理系の大学数学は覚える事が多くて】大学受験のように一々、応用させて問題を解いている暇は全く無い訳ですよ。個別的な【演習】はしていますが【とにかくマスターずべき概念が多過ぎて】大学受験みたいな頭の使い方をしている暇は大学数学ではありません。【その(系統2)の著しく困難な、或る関所】とは偏差値で言うと【100以上】を必要とします。そうしないと大幅にレベル・ダウンした解き方が出来ない。マセナ出版の上記シリーズでも【大学の4年性で習う群論は入っておりません】院の数学なら尚更、入っていません。【知識としては理系大学数学の初歩で十ニ分に事足りる】が【関所を突破するのに「昔の東大入試の難問」傾向】つまり【自分の頭で要領を使って解く】訓練が出来て居ないと絶対にその関所は破れません。【使う概念としては『在り来たり』だが】実は(系統2)で使う数学の概念装置は【凡そ『フェルマーの最終定理』を解くのとは全く関係が無い】概念装置なのです。では何故、その概念装置を使う気になったのか【『フェルマーの最終定理』を解くに当たって、二つの解法が瞬間的に浮かびます】一つは上記の解法に必須な数学諸定理です。もう一つは【同様に「院の数学」なのでしょうか】極めて簡単な概念装置なのに無名で、意外と理系の人でも皆、知らない数学概念装置が在るのです。それで解くと『ピタゴラスの定理』の欠陥まで証明してしまうので【(系統2)で使う、『フェルマーの最終定理』を解くのに全く関係が無い、数学・概念装置】を使う気になる訳ですが、前述の通り【関所を破るのに、偏差値100は裕に必要なので】その解法で解くに、今まで誰も成功して居なかったみたいです。虚偽鑑定さえ免れれば【科学史に確実に名前の残る話】数学科の学生に見せれば【一発で盗作】されてしまいます。(系統2)は検察特捜部に今度【13回目の修正・確定日付冊子】を入れます。それ程【一々、修正事項を「シラミ潰し」で潰して行かなきゃいけない】13回の内【2回目の確定日付・冊子を開成の数学科教諭に送って見せたら、盗作】されそうになって【理事の先生方に「盗作しないよう」陳情しまくって】大変でしたので、数学科の学生には絶対に見せません。承認能力が在るわけでも無く【行為そのものに全く意味が無い】。

関連するQ&A

  • フェルマーの最終定理

    何百年の証明されることのなかったフェルマーの最終定理ですが、今は証明されましたよね。 質問なんですが、この証明はたとえば大学の数学科とか行ってる人なら理解できるんですか?

  • …本当に俺数学者になれるの…?(T T)

    ど~も~!!数学者目指してる大学生ですっ!! …と威勢よく出たのはいいのですが。 最近試験が近くなって、はっきり言ってなんかパニクってマス。 なんかこのままでは留年かも…。 それだけならまだいいのですが、こんなので本当に数学者になれるんでしょうか…。もぅ何かすんごい不安です。いつも意地でもひねり出してる自信がどこへやら…。 大学の数学が高校と違うと言うことはわかっていますし、今授業を受けて実感しています。ちょっと雰囲気が変わりましたが、今の数学の作業は嫌いではありません。むしろ哲学的な雰囲気をかもし出しているところが気に入ってます。…でもいかんせん成績自体がどうにも振るいません。理論は全然わからないわけじゃないのですが、どうも演習問題がへたくそです。時間もっとくれたら理解するまで根気よく読んでやるのに…もう自分の才能のなさが憎いです。数学以外の道は多分私にはありません。背水の陣どころか、水溜りの上に浮いてるちいさな浮島に一人追い込まれている心境です。 質問です。こんなのが数学者になれるんでしょうか。きつい言葉を求めてるわけじゃないんですが、事実があるなら嘘偽りなく伝えてほしいです…。経験者以上の方に回答お願いします。

  • 数学者になるための浪人生の勉強法

    将来数学者(数理物理)を本気で目指しています。高三から理転し東京大学理科一類を目指し現在浪人中です。数学は得意です(東大受験生のトップクラスではない)。これから1年時間があるので将来のためになるように勉強していきたいと思っています。基本自学中心に考えています。受験勉強にとらわれずに本当の数学の力を伸ばせるような(将来数学者になるための力をつけられる)書籍(問題集、参考書等)や数学塾を教えてください。またどのように学習していけばよいのかもアドバイスをくださると嬉しいです。

  • 数学科について

    春から早稲田大学付属の高校に進学するものです。 僕は大学に進学する際、数学が好きなので、数学科に入ろうと思っています。 現在数IIを独学でやってます。 そこで質問なのですが、早稲田大学の数学科(抽象的にいえば、難関私立大学の数学科)と東京大学の数学科では、学ぶ内容に差はあるでしょうか。 また、先生のレベル、生徒間でのレベルといったものも違ってくるのでしょうか。

  • 数学のセンスや才能また進路についてです。

    私は高校1年の男です。 私は数学が好きです、できれば大学も理学部数学科などに行きたいと思っています。 私は中学1年のときは数学が苦手で10点を連続で3回取ったりしていました、でも中学2年の終わりごろの証明の範囲あたりになって急に数学ができる+面白くなってきました。 学校の先生も10点からいきなり97点になったのでとても驚いていました、自分もです。 そのころからずっと数学は好きなままでテストでもほとんど100点をずっと取ってきました。 でも、大学の数学などになると今までの努力なんかよりセンスや才能のほうが大事だと聞きます。 有名な数学者もみんな若いうちから才能があったりした人たちばかりです。 これは本当に数学が好きなのとは違うのかもしれませんが、もし数学科とかに行くんであればやっぱりフェルマーの最終定理を解いたワイルズさんまでいかないにしても、証明などすごいことがしたいと思っています。 才能と言うもの事態よくわかりませんがくやしいけど自分に才能と言えるものは感じません、ただテストの問題を解いたりするのが得意なだけの人です。 そんな私が数学科などに行ってうまくやっていけるでしょうか? また、才能があるかないかと言うのはどうやったら分かるでしょうか? 長くなってすいません。意見を聞かせてください、よろしくお願いします。

  • フェルマーの最終定理の別証明の信憑性

    フェルマーの最終定理がワイルズによって 証明されたというのは有名な話ですが 最近下記のような本を書店で目にしました。 「フェルマー大定理の短証明―フェルマー大定理の別証明 」著者:山田 正治 この本によるとワイルズのものよりずっと簡単な フェルマーの最終定理の別証明が行えたらしいのですが 本当なのでしょうか? 自分は読んでも確実にわかりませんので ご存知のかたいらっしゃったらよろしくお願いいたします。 大学の数学科で本当らしいという噂を聞いた、などという程度でもかまいません。。

  • 大学 数学科

    数学科の人間ではないんですが、全国の大学には東大の数学科から偏差値40代の数学科がありますよね。偏差値の低い大学の数学科の学生は高校の数学もよく理解してないのに数学を専門とするのでしょうが、あんな難しい微積や複素関数論とかは理解できるのでしょうか?授業の内容は東大の数学科と同じようなことをするのでしょうか?自分は偏差値60ぐらいの工学部生ですが数学にはてこずってます。教えてください

  • 数学の本

    自分は春からある大学の数学科に進学することが決まったので 入学するまでの2ヶ月ちょっとは 数学、英語の勉強とともに数学の本を読んでもっと数学を深く知りたいと思いました。 今まではサイモン・シンのフェルマーの最終定理くらいしか読んでいないので数学に詳しい方、もしくはそういう本を読んだことがある方にオススメを聞きたいと思いました。 よろしくお願いします!

  • 数学の独学と、その危険性について。

    はじめまして、こんにちは。私は人文学系の学部一年生です。 私は数学が好きで、数IIICまでとっていましたし、大学も数学科に行こうと思ってました。 しかし、将来は図書館司書になろうと思ったこと、計算が苦手で人一倍時間がかかる上、ミスも多いため、母に数学科はやめておけと反対されたこともあり、司書課程のある人文学系の大学に進学しました。 しかし、いまだに数学が好きで、大学の図書館等で勉強しているのですが、不安を感じたので質問させてください。 私が好きな分野は、数論系で、いわゆるトンデモ本が多い分野です。 研究者になろうと思っていないし、本を書くつもりはないので、私自身がトンデモ数学者になることはないと思うのですが、誤った知識をそういった本で身に着けてしまう危険性はあると思います。 独学をする際、どのようなことに気を付けて本を選べばよいでしょうか。数学的に正しくない本はどの程度勉強すれば見分けられるようになるのでしょうか。 また、数学をきちんと学びたいと思ったならば、将来数学者になるつもりはなくても、数学科に編入・転学するべきでしょうか。

  • 20歳から数学者

    質問があります。 今私は浪人生です。中学受験をして偏差値70程の(いわゆる御三家とか言われる程凄い学校ではありません)学校に合格したものの、入学後一ヶ月で不登校になり、それからずっと不登校で、漸く17歳の時に高卒認定(旧大検)を取得するも、大学受験現役当時、右肩を骨折し、一浪するなら、と海外留学を目論むも、留学先へ渡航し一ヶ月もしないうちに父の癌が発覚し、保険に入っていなかったため、金銭的事情から、日本へUターン、その時には既に10月で、自分の望む大学への受験準備は間に合わず、二浪を選択するも、モチベーションが全く上がらず、何もしないまま今年の受験になりました。 身の上話はこんなトコロで、話をもとに戻すとこの歳から高等数学(大学課程の数学)を初めて、果たして物になるものなのでしょうか?第一線で活躍している、数学者の人たちは遅くとも、20代後半で花開くと言われ、そして、実際に高名な数学者の華々しい成果を見ると若干20歳程で、博士課程レベルの数学を物にしています。勿論その人達が一握りのなかの一握りの天才であることは知っていますし、自分がそうなれるだなんて夢にも思っていません。 しかし、確かに若さというものが数学を探求する上で欠かせないことは間違いのないことだと私は考えさせられました。前述のとおり私はまだ浪人生で、入試に必要な分野しか知りません(実を言うと微積分学については大学の内容を勉強しました。)普通の理系の人たちと比べても2年遅れています。その20歳の時の2年の遅れが大学で数学を学ぶ上で致命的なのではないか、だから今から数学科に入っても、遅いのではないか?数学史上の稀な遅咲きの数学者の偉人は知っています。しかしその人達は史実で知られてる天才であって一般例ではありません。しかも、そのような偉人でも高齢で数学を勉強して陽の目を浴びた人は自分が知る限りでは数少ない例です。 20歳で高校数学+αしか知らない、今年から大学課程の数学を学ぶ。 これはハンデキャップになるのでしょうか? 再度身の上話を交えながら質問の意図を明確にしたいと思います。 もともと、私は数学には興味がありませんでした。 しかし、17歳の時出会った、数学の予備校講師との出会いによって私の数学に対する味方はまるで変わりました。私が最も勉強をした時期、それは中学受験まで遡るのですが、数学と云われると私にとって、それは中学受験の算数でした。それは非常に直感に頼るもので、あいにくそう言った直感の働かない、馬鹿な私は中学受験当時算数が大嫌いで、算数の問題パターン全てを丸暗記して、自分の志望校に合格したほどでした。だから、高校数学もそういった自分には向いていない、パズルを一瞬で解くような才能が必要なのだろう、そう考えていました。 とにかく高校数学を学ぶ際、私を担当する先生を苦労させました。 自分の教科書を見ると、どこどこが曖昧だ、とか、それは一般的ではなくて、この時は成立しない、だとか、厳密ではないとか注釈や二重線が大量に入っている程で重箱の隅をつつきまくっていました。 なので、担当する先生にそういった質問をぶつけると、それは大学で詳しくやる、だったり時には、根拠もなく、お前の考えは間違っている、と言われ、それでも僕はじゃぁ僕が間違っている根拠を説明して下さい、と引き下がらずまるで授業は成り立ちませんでした。ひとつ、疑問や矛盾を見つけるとそれを解決せずには先へ進めませんでした。 その時現れたのがその自分を変えた数学の教師でした。 数学科を卒業し、二十数年高校の教員をしていた方でした。 その先生は能率などまるで無視し僕の質問に厳密に厳格に答えてくれた上で 僕に様々な書籍を紹介してくれました。それは、大学以降で学ぶ数学の概要や現代数学の発展の歴史であったり、僕にとって非常に刺激的な物でした。そこで初めて、数学の構造性、形式性、そして数学という学問自体がそれを問題としていることを知り、興味関心は収まりがつかないほど膨れ上がり、数学科を志望することに決めました。 その先生は僕の事を非常に高く評価してくれていて大学への進学という関門によって君の才能が詰まれるのはあってはならない事だ、と言ってくれます。その先生は非常に変わった先生で通勤時間に小さなメモ帳にびっしりと数式を書き詰めて、独自の定理を証明していたりするのですが、たまに、僕にそのメモ帳を見せてくれて、意見を聞かれることがあり、何が書かれているか、半分分からず理解できる範囲でこうなのではないか、と意見を述べたところ、後日、君のおかげで証明できた、君に言われなければ、きっと発見することが出来なかった、と言われます。統括して、その先生いわく、君の厳格さや厳密さ、執着心が大学の数学を学ぶときに頭角を表さない筈がない、らしいです。 他にも、東大の博士課程の物理の先生に、君は努力を続ければ、研究者になれる才能がある。 と言われたり、中学、高校も行っていないのに、1年も掛からず物理の全範囲を終えた、僕の教えている生徒の中では一番優秀だ、とも言われました。 さて良い側面ではその様に私は評価されます。 然しながら自分では何故その様に評価されるのか理解に苦しまざる負えない理由があります。 第一に私の入試問題上の数学の成績は努力相応のもので、雷鳴が如く瞬時に天命を受けたかのように入試問題をとく様な所謂、ステレオな数学の秀才、ではないからです。自分はじっくりゆっくり考えるのが好きで、確かに解けるけど、制限時間がなぁ、ということがよくありますし、なんというか生まれついてのおっちょこちょい(実は自分はADHDでアスペルガーです。)で、10回に6回計算ミスをするものですから、非常に注意深く検算をして時間を食います。世間一般にイメージされる数学の秀才と言えば、よく黒板なりノートに凄い勢いで式を書いてますよね? 灘や開成といった超名門校の生徒の高校時代の逸話を聞いても、自分の数学の問題を解く姿勢、速度とは一致しませんし、その辺の学校の数学な得意な生徒、とくらべても劣っていると感じるくらいです。それから物理の勉強に関して言っても正直僕は上辺だけの理解だと思っています。正直言って勉強の時間さえ取れば、上辺だけの理解なら1年と言わず3ヶ月もあればこなす自信があります。裏を返せば、教科書レベルの知識を単純に掠めとって、章末問題を解く程度であれば本質を理解せずとも解くことが困難でないということで、物理の先生が指摘する優秀さ、に疑問符がつきます。 他にも多々理由はあるのですが、評価されるにはそれなりの理由がありますから、自分が全く才能が無いとは思いませんが、果たして、物理や、ことさら、数学の先生が言うほどのものか、学者を目指せる程、目指さないのが勿体ないほどのものか、全くもって疑わしくてなりません。特に数学の先生からの評価は買い被りではないかと思うほど凄まじい物です。 似たような質問は件の数学の先生にも物理の先生にもぶつけましたが 数学の先生からは高校数学なんて単に容量の良さだからね、大学での数学を解けるための必要条件でも無ければ、十分条件でもないよ。物理の先生からは君のいう上辺だけの理解を大半の生徒がしている、君のいう本質的な理解をしている生徒や、理解しようという姿勢のある生徒は中々いないよ、そういう君の姿勢を評価しているんだ、との事でした。 皆さんは冒頭の質問も含めて、どう感じられますか?または考えますか?