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長くなりますが、自分の性格について

私は今年から大学生になる18歳です。 なのに、未だに本当は自分はどういう人間なのか分かりません。 私は明るいと言われます。でも暗いとも言われます。はっちゃけてるとも言われるし、落ち着いてるとも言われます。賢いとも言われるし、バカだとも言われます。天然だとも言われます。 でも、どれも自分であるようで自分ではないです。 一緒にいる人によって、そのときの場面によって、しゃべり方や考え方が変わります。でも、その中のどの性格の時も、完全に偽りなわけではないです。完璧に演技なんじゃなくて、テンションが変わるんです。さらにそれを誇張する演技をしてしまうことがあるんです。ある時はでかい声でしゃべりたいテンションだからうるさくなるし、ある時はだれとも話したくないから話さないし、ある時は前向きになるけど、ある時はネガティブです。ある時はまったりしゃべりたい気分で、ある時はハキハキしゃべりたくて、ある時は子供っぽくなって、ある時は反抗期のように声が低くなります。 そのテンションは一緒にいる人によって変わります。この人といる時はこどもっぽくなりたい、しっかりしてたい、おっとりしてたい、ギャースカしたい、というようにです。そしてその性格のウケがいいと、わざとその性格を誇張します。そうすると、好かれる感触がしてすごい嬉しいし、楽しいし気分がよくなります。でも、その性格はテンションが変われば消えてなくなるし、誇張してるから結局演技ですよね。  ※一人の時が本当の自分なのではないか、というのも違います。一人の時は、自分にとってのかっ こいい自分を演じて自己陶酔します。心の中でわざと悪ぶってみたり、厨二くさいことを思ってみたり です。だから一人の時でさえも自分じゃない気がします。 まとめると、その時々のテンションによって作られた性格を、演技によって誇張してしまう癖があるということなのかもしれません。 それが私の本当の性格ってことなんでしょうか。でもそれって結局私はどういう人間ってことなんでしょうか。 共感できる人いますか? 私の憧れは、明るくて元気で前向きで純粋な性格です。人を幸せな気分にできる人に憧れるからです。そんな子供っぽい性格じゃ生きていけないって思うかもしれませんが、これから大人になってしまうからこそ、子供っぽさを残した性格に憧れるんです。 そういう性格のテンションになることはあります。そしてその時が一番好かれやすいです。だから、必ず誇張の演技がつきます。 でも、別のテンションに変わってしまった時をみられたら、誇張の演技が演技だとバレたら、私を好きでいてくれた人は私に幻滅しますよね?それが怖いです。だから他人と一緒にいたくないんです。一人でいるのが大好きです。でもそれがすごく寂しいです。友達がたくさんほしいんです。自分を好きでいてくれる人に囲まれたいです。本当は周りにいる人たちが好きなんです。 だから絶対にブレないこの性格を手に入れたいんです。私には性格がないから、可能だと思うんです。どうしたら手に入れることが出来ますか?

みんなの回答

noname#232913
noname#232913
回答No.4

質問者さまのような悩みを抱えている人は多いと思いますよ、自我の確立に必要不可欠なのは「愛情」です、本来なら親からの愛情で自我を成長させ自己を認識していきます、自分がどんな人間なのか理解していく訳です。 これまでの日本の教育は叱る教育が主流で、認める褒める許すという愛情が社会全体で見ても少なかったように感じます 個性を認めると言いながら、やはりどこかで日本人はこうである、男はこうである、女はこうである、10代はこうである、20代はこう、30代でそれはおかしいなど、未だに認める、受容することが定着していない社会であると思います 認められる、許される、そういった愛情がないと人は仮面的に愛されるキャラを作り無難に生きようとすると思います、人は一人で生きていくことに対して恐怖がありますから でもそれではいつまでたっても愛されることばかりを望み、自分は自分でいいんだという実感をもてず自分らしい人生を歩めないと思います、こういった悩みは多いと思います 仕事、友達、家族、公共、色んな場面で色んな顔があって役割をこなしたりすることは必要だと思います、質問者様はそういった空気を読みその場にあった自分を出せることは、人からの愛情を求める気持ちが強かったからだと思います これは決して悪いことではないと思います 質問者様が求めてい「自分」というのは、質問者様が抱いているバレたらと思ったときの「恐れ」を誰かに許してもらうことで確立されていきます ですから自らそういった場面に立ち向かう必要があるんですね、しかもそれを許してくれる人(愛情を注いでくれる人)の存在が必要になります 一番いいのは親に対して反抗してそれでも許してくれる(愛情をくれる)自分は愛される存在だと認識すること 次は友達、恋人 色んな失敗を許してもらえる存在が必要かなと思います、 そういった経験が増えると、人の存在に感謝できたり、人を認めることができたり、自ずと大人と言われる存在になれるというわけです 失敗が受容されにくい社会ではありますが、批難に負けず受容してくれる存在を見つけ恐れずに沢山失敗して、許してもらってください

回答No.3

人はTPOに合わせて態度や性格を使い分けるものです。 僕は弟や妹に対しては兄として振舞いますし、親に対しては子供として振舞います。もしいずれ子供が生まれたら、その子に対して親として接します。それらがごっちゃになる事はありません。 仕事仲間に見せる顔と、親友達に向ける顔も違うはずです。喋り方も違います。 今、こんな風に真面目な文章を打っていますが、さっきまで友達とスカイプで「ちょーやべー!」とか言いながらゲームしていました。 そういうものです。 ただ誰に対しても笑ったり泣いたりしていればいい小さい子供と違い、人は成長すると「相手によって接し方を変えないといけないな」という事に気付きます。 演技といえば演技ですが、それも身に着けなければならないコミュニケーション能力の一つです。 質問者さんの友達だって、質問者さんに接する時と、あまり親しくない先生などと接する時は態度が違うでしょう? 自分の性格とは何なのか、結構思い悩む人は多いですよ。 でも長く生活していくうちに、自然と「この仲間内ではこういう態度が落ち着く」といった具合に定着していくものです。 例えそれが、明るくて元気で前向きで純粋じゃなくっても、人に好かれる事は可能です。 普段と別のテンションの質問者さんを見ても、周りの人は質問者さんを嫌いになったりはしませんよ。 「へぇ、こんな面もあるんだ」と思うだけで、ひょっとしたら質問者さんのそういう面も好きになってくれるかもしれません。

  • youcanchan
  • ベストアンサー率32% (330/1029)
回答No.2

18歳くらいで自分なんて見えないのが普通だからね、そんなに焦る必要ないですよ。 でも自分を好きでいてくれる人達に囲まれたいって、ずいぶんと欲張りな性格ですね。 嫌われるのが怖いってことでしょ?万人に好かれる人なんていないよ。 人気芸能人だって大好きというファンがいる一方で必ずアンチがいるものだからね。 そういうの、自己顕示欲が強い人って言うんですよ。 あんまり良くない傾向かな。 でもまだ若いから、思う通りにいろいろやってみると良いよ。 ただし傷つくことを恐れないでね。 人は失敗して傷ついて成長するのだから。

  • Glory_777
  • ベストアンサー率50% (105/208)
回答No.1

ドラマや漫画、アニメ等のフィクションが多いですから、 これらを見て憧れてしまう気持ちもわかります。 しかし、これらを作っている作家やクリエーターの方々も普通の人ですから、 ここをゴールにしてしまうと、人間相対では下位の人物にまとまってしまいますよ。 普通の人が発想する立派な人物は、現実の人間の中では普通以下になっているはずですよね。 立派な人物が発想する普通の人は、現実の人間の中でも立派なはずですよね。 ですので、質問者さんが憧れる人物像は、世の中に沢山います。 TVや読み物で登場する主人公たちの性格は、世の中では有り触れているのです。 しかし、子供のうちは、そこにも達していません。 危険なのは、それを手に入れたら、他の人よりも優れて見えると誤解することでしょう。 誰もがここを狙うため、誰もが容易く手に入れてしまい、 素晴らしいと思えたものが、有り触れてて詰まらないものと気がつくはずです。 こんなところがゴールであれば、それは魅力的な人物だとは言えないでしょう。 あと、5年もすれば、同世代から宇宙を目指す人が出てくるでしょう。 10年もすれば、人の命を救い、「仕事ですから」と言って普通に振舞う人も出てくるでしょう。 今は子供でも、必ず自分達の世代から、今世の中を支えている人達の後継者が登場します。 はたして、その人達が輝いているのを知って、 それでもなお明るく人に好かれる性格を求めていられますか? 更に言うならば、 自分を滅して人を救うことにやりがいを感じている人がいたとして、 その人の性格は悪いのでしょうか? 私が知る限りでは、大概において、そうした人の性格こそが、質問者さんが求めるそのものでした。 では何故普通の人がそうした性格にならないのでしょうか? 性格がよくない人が多いから、ここで差がつくと思ってしまうものです。 実際は、 「自分を滅して他者を救うことに生きがいを感じる人が少ない」 だけであり、これらの人だけに与えられた性格であるため、 性格の良い人が少ないのです。 性格だけ真似ようというのは、不可能なのです。 質問者さんが本当の自分ではないと言っています。 私もそう思います。 本当は、 地道な努力により他を圧倒する秀でた能力を手に入れ、 最後は惜しげもなく人を救い、 その上で誰にも誉められたくない。 そういう人物になりたいだけです。 これが不可能そうに思えるので、性格だけでもと妥協しているのでしょう。 こうした考えを自分で気がついてしまい、 自分に対して「それは嘘である」と言っているのでしょう。 これは人の真似だからです。 中二病というのは、 「本当に憧れているならば、本物になるべき」 「苦労を嫌がっても未練があるのは見苦しい」 そういう大人からのメッセージなのですよ。 性格などどうでもよろしい。 残り少ない人生で、どこまで本物に成れるのか。 苦しんで道を探して下さい。 一ついえることは、それを探さずに保留していると、 同世代どころか、年下の世代に追い越されることです。 これはどんなに自分に嘘をついて励ましても、最後は心を折ります。 発狂するように苦しんで、八つ当たりをするいい歳をしたおっさんを沢山知っています。 若いうちに、性格とかで誤魔化さないほうが良いかと思います。 力と自信を手に入れた後、自然に帯びてくるものだと思いますよ。 以上、ご参考になれば。

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