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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:幕末から明治維新の時代をどのようにお考えですか?)

幕末から明治維新の時代をどのようにお考えですか?

GIANTOFGANYMEDEの回答

回答No.5

明治維新は各藩(幕府含む)の官僚が主導した壮大な三味線です。 騙す相手は欧米列強。 当時の指導者や知識人が見ていたのは国内の敵対勢力ではなく、世界中で猛威をふるいつつある帝国主義そのものであったはずです。 明治維新前後の政治家にとって主要テーマは帝国主義の波の中でどう生き残るかであって、長州征伐や戊辰戦争はその副産物でしかない。 国際政治はゲームにたとえられますが、欧米人にとってゲームの代表格はチェス。日本のゲームでチェスに対比できるのは将棋。二つのゲームの最大の違いは取った駒の行方。前者は死に、後者は敵方に寝返る。 欧米列強、中でも英仏はそれぞれ明治維新において対立する勢力それぞれに投資しました。 その狙いは自分たちが支援する側が勝って総取りし、借金の形に北海道かどこかの島を租借すること。 ひとたびそうなれば中国と一緒で列強の切り取り放題です。 領土は一切くれてやる気はない。 でもそれでは納得しないだろうから不平等条約で喜ばせておいて、その間にせっせと国防力を上げてしまおう。 そのためには一瞬にして体制を近代化するしかない。 まずは内戦のふりをしよう。 そうすれば世界中の武器が大量に日本に流れ込んでくるから相対的に欧米列強との軍事格差が解消される。 将棋の指し手は、パッと見には天皇と将軍の対戦ですが、本当の指し手は岩倉具視と勝海舟を中心とする若手官僚。 将棋なのですから、長州征伐、戊辰戦争と続く中で敵が味方になり味方が敵になるというのは当然のこと。 でも英仏は唖然としたでしょうね。自分たちは誰を支援しているのか、わけがわからなくなったのではないでしょうか。 米露にしてみれば英仏が共同で資金提供して日本を近代化したように見えたことでしょう。 ひょっとしたら明治維新の間、欧米列強は疑心暗鬼に陥ったかもしれません。 「このふざけた事態の主犯は誰なのか?」 露は米を疑い、米は英仏を疑い、英仏は互いに疑うという状態だったのではないでしょうか。 明治維新は本当の戦争(対外戦争)を避けるための外交上の欺瞞だと考えれば、短期間での合従連衡や戦力的には圧倒的に優勢な幕府側がさっさと降参したのも容易に説明できます。

noname#205122
質問者

お礼

 大変興味深い「見方」を紹介していただき、本当にありがとうございました。  あなたの「明治維新は本当の戦争(対外戦争)を避けるための外交上の欺瞞」というのも、現実はどうであったかということは別にしても、歴史の結果から見れば、頷けないことはありません。  しかし、「明治維新は各藩(幕府含む)の官僚が主導した壮大な三味線です。騙す相手は欧米列強。」というのは、どうでしょうか?そこまで考えて、勤王も佐幕もなく、攘夷も開国もなく、日本の官僚が、一致団結して「三味線を弾いた」わけでもないと思うのですが。  私が、「すばらしい」と思うのは、「皆、どうして良いのか分からない中」で、むしろ「それぞれの思想・信条」で、時代を切り開いていった、そして結果として「独立」を保った、そして「新たな時代」を創り上げていったということではないか?ということです。それに感動し、今、「幕末から、維新の時代」を読んでいます。

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