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選挙の時に立候補者から現金貰ったっていいんじゃないの?

現金いくら貰っても、投票したくない奴には絶対入れないだろうし・・・ 立候補者が現金配ることで有権者が彼を選択するんなら、それは主権者の自由だと思います。それを法律で規制するのは、主権を侵害されているように思えてなりません。 そんなことを取り締まっている社会って、なんだか未熟な気がしてならないのですが、私がどこかズレているのでしょうか?

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  • netcatme
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回答No.14

>オランダ等とならんで現在の世界で最も成熟している >民主主義を実践しているフランスでは、金をばらまいても >信任(得票)を得られないし、そんな行為に規制(罰則)もない。 >という話を聞いたことがあります。  正直、「成熟している民主主義」とオランダ・フランスをさして言うと、個人的に違和感があります。  個人的な感覚かもしれないので、軽く参考程度に考えてほしいのですが、オランダ・フランスで成熟しているというのは、私は「個人主義」、まあ、無理をすれば「自由主義」と呼ばれるものだと思います。  麻薬をコーヒーショップで売り、安楽死という名で自殺を認めるオランダの個人主義は有名ですし、フランスの個人主義も名だたるものです。個人主義とは本来自己責任で自由を認めると言うようなことです。フランスの犯罪の無罪証明は被告側がしなければならないという話を読んだことがあります。フランス人は「法治国家とはアングロサクソンのパラノイアだ」という言い方をするそうです。オランダの政治はよくしりませんが、フランスでは(フランスも詳しくはありませんが)その個人主義が社会主義政権が長引いて無責任になってしまったという話を聞きます。フランスでの金権腐敗は主に小選挙区絶対多数制という選挙制度のせいか政党内部の近い基盤の間で行われます。権謀術数、どろどろの生き残り競争があるそうです。そのためなのかもしれませんが、フランスの選挙規制は厳しく、企業献金の全てを禁止、選挙費用の制限、宗教団体の政治活動の全ての禁止、シラクも金権問題で騒がれたことがありましたよね。買収しようにも買収するほどの(選挙に影響できるほどの)選挙費用を認めてはいないのです。しかも、エナルシー(?)とデモクラシーをもじった言い方がされるように、エナ(?)という大学出身者が政財官の殆どを支配する完全な階級社会です(イギリスも階級社会ですが政治に関しては「民主主義」の誇りか出身により左右されることが少ないようです)。大学への入学もコネが重要な働きをするエリートによるコネ社会です。国民の「英雄指向」のせいなのか、難しいことはスーパーエリートに任せて、文句ばかり言っているという感じを受けます。ではフランスの民主主義とは何なのかというと、「革命」なのです。飽きたら「英雄」を見捨てて右から左へ極端に変わり身をうつ、という印象があります。ジャンヌダルクは処刑、ナポレオンは幽閉、今は第五か第六共和制だったと思いますが、民主制と君主制を気分により右往左往し、戦後も右から左へ、左から右へ大きく動きます。  私は、「民主主義」として成熟というと、間違いなくイギリスを指すものだと思います。フランスとは異なり一歩、一歩確実に民主主義を築いていきました。共和制に一時期なっても独裁が始まれば即座に追放し王政を復古します。政権が公約を翻すときは必ず総選挙を行い、その結果、国民は政治に責任を背負うわけです。そのイギリスは国民の政策選択を公平に行うために、もちろん買収を禁止しています。 >政治家への希望は人さまざまです。 とは言っても、やはり国家の性格により、目指す政治の傾向はあるわけで、どれを目指すかは多数決で強制的に決定されるのです。イギリスが聡明で清潔な政治家を、米国はタフで堂々とした政治家を、フランスは国際社会に影響力のある大政治家を、というように。政治の結果よりも方法が重要だという意見であれば、多数の人が政治に結果を求めることを、政治とは国民の生活に絶対的に影響するものだということを忘れているような気がします。 >「誰を選ぶのか?」何を選ぶのか? >そこに規制をかけることが民主主義にとって必須の条件だとは思えませんので・・ もちろん誰を選ぶのかを規制したら「民主主義」ではありません。 制限は、選挙の方法であり、それが政治家に政治に何を求めるか、ということに関しての「民主主義」というパワーゲームの中で決定されるのです。  ああ、また長くなってしまいました。ごめんなさい、気分で書いているもので・・・

o-syou
質問者

お礼

詳細な解説及びご意見、有り難うございます。参考になりました。 私のだだをこねるような疑問に、お付き合い頂き感謝しています。 有り難うございました。

  • netcatme
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回答No.13

>現役を再任するのは、私達の信任(投票)の後だと思うのですが・・・  再任前であっても政治家であるのですから金の授受は、有権者と政治家との間で行われるということです。 >金権政治は有権者が作り出しているのではないかと感じて、疑問に思ったものですから・・・  その通りなんですが、民主主義というのは、もともと腐敗するものなのです。  規制を設けなければ、どのような国家であっても、民主主義は腐敗していきます。だから、「成熟した(と一般に呼ばれている)」民主主義国家はいずれも規制を設けるのです(それでも金権政治から完全に脱却するのは困難ですが)。 >そこで最適な人物と信じて人選するのならば、有権者が選択した最適な結果だし  そうですね。そのような考え方もあります。  金策と組織の構築は、政治的な能力(交渉・統率・経営)とみなすわけです。  田中角栄は金権政治家であっても有能であったそうですし、村山富市は多分好感の持てる良い人だとは思いますが、不況・オウム・震災になにも手を打たなかった無能な人です。  現在の民主主義選挙の目標は純粋な政策選択による政党政治です。それを維持するために各国工夫を凝らしているわけです。それと、日本の政治家への希望が清潔であることですから、それら現在の目標・希望とは矛盾する政治目標であることは意識しておく必要があると思います。  ただ、規制を「主権を侵害」とは呼べないでしょう。主権の侵害とは、他国からの侵略や、国家が暴走して憲法を無視した場合などで、民主的に法で定めた事項については主権の意志とみなされますから「自由の侵害」ぐらいでしょうが、それも自由は責任を伴い国民の幸福に反しないことが条件になりますから、そのような表現は、難しいでしょう。  やはり、金権政治家であっても国民に幸福を与えることを主張しなければ、このような意見は困難だと思います。 >「選挙で選ばれた者と官僚などの賄賂」とでは、根本的に違うのではないかと思うのです。  私もそう思います。  最終的には、自国にとって政治的成熟とは何か、政治家に求めるものは何かによって決定されることではないでしょうか。

o-syou
質問者

補足

>民主主義国家はいずれも規制を設けるのです オランダ等とならんで現在の世界で最も成熟している民主主義を実践しているフランスでは、金をばらまいても信任(得票)を得られないし、そんな行為に規制(罰則)もない。という話を聞いたことがあります。 >日本の政治家への希望が清潔であることですから・・・ 政治家への希望は人さまざまです。 >金権政治家であっても国民に幸福を与えることを主張しなければ・・・ 金権政治家・魅惑の主張者・私の代弁者・・・ 「誰を選ぶのか?」何を選ぶのか?そこに規制をかけることが民主主義にとって必須の条件だとは思えませんので・・・

  • netcatme
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回答No.12

#11の補足に対して一応説明しておきます。 選挙においての金とは、ビルの屋上から金をばらまくような行為とは違います。金は有効にばらまかれるということを認識する必要があります。 金は票を大量に持っている人、つまり宗教団体や何らかの組織の有力者から支持を受けるため、もともとの支持者の支持を固めるため(選挙活動の資金になります)、本当に困っている人、例えば就職の世話や苦しい資金繰りの助けなどに使用し、それらの人は積極的に選挙活動に関わってきます。また、「当選前には汚職できませんし」というのは新人にしか適用できません。賄賂は認容した時点で有効になるものです。一部の有権者と政治家の強い利害関係が発生し、それが組織票、固定票となり、その利害関係を持たないような政治家は発生することができなくなります。  義理・利害よりも自由選挙が優先するという考えなのかもしれませんが、実際に自由選挙自体が利害によってなされるものです(自己に不利益な投票、もしくは自己の思想に反する投票は原則としてしない)。自由選挙と契約のどちらが優先すべきかという社会性の問題も発生します(通常は民主主義の原理よりも社会的契約が優先される)。  政治的成熟とは何か、と言う問題は、その社会によって決定されるものだと思っています。しかし、国民の多くが政治・経済・外交に精通するのは不可能ですし、自らの主張がどのような結果を及ぼすかの推測は無理でしょう。(国旗国歌に反対していた人達が法的根拠がないことを主張したために国旗国歌法が成立したように)  金を直接・間接に受け取る行為は即ちその人間関係の中で利害関係を共有することになり、最適な人物と信じてその人物を選ぶことになり、それらは少なからず最適な人選の妨げになるのではないでしょうか。  まあ、それでも成熟した社会であるなら、賄賂社会であっても、そこそこの政治がなされるものですが(金権政治家であっても、極端な贔屓はできないし、国民全体の利益もある程度考慮するものですから)。

o-syou
質問者

補足

>「当選前には汚職できませんし」というのは新人にしか適用できません 現役を再任するのは、私達の信任(投票)の後だと思うのですが・・・ >金を直接・間接に受け取る行為は即ちその人間関係の中で利害関係を共有することになり、最適な人物と信じてその人物を選ぶことになり、それらは少なからず最適な人選の妨げになるのではないでしょうか。 そこで最適な人物と信じて人選するのならば、有権者が選択した最適な結果だし、最適な人選を妨げられたとするならば「妨げられてもなお人選した有権者」の責任・問題だと思います。 「選挙で選ばれた者と官僚などの賄賂」とでは、根本的に違うのではないかと思うのです。 金権政治は有権者が作り出しているのではないかと感じて、疑問に思ったものですから・・・

  • netcatme
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回答No.11

フィリピンの大統領選挙で女性候補が、そんなこと言っていましたよね。貰うお金はもともと国民のものだから貰うなとは言わないが、選挙は自由だ、とか。  成熟とは何かということ自体が問題になる気がします。政治家なんて外交と経済の技術職で金権政治でも外交や経済の能力が高ければ許すのが成熟だという考えもありますし。(政治家に高潔を求めるのは山に魚を求めるようなものだといった人もいましたよね)  金の量は確実に(どの国でも)選挙結果に影響します。直接的に配るのであれば直接的に。まあ、選挙で公然と金を配るようになれば社会全体が賄賂社会になっていくのは成熟・未成熟に関わりはないと思います。  国によって政治家に求めるものが違うのでしょうが、ドイツとか米国では高潔な人物にボランティアが多く付いて応援するから、金に負けない政治家もでてこれるのですが、日本のように、一般市民のお手本じゃなきゃとか政治家は高潔で当然と考えると当然のことにはボランティアとか応援があまり付かないわけです。  政治家は基本的に腐敗しているので(清濁併せ持つのが政治家の資質なので)、絶えず監視し、苦労をして育てなければならないというのが、一般的な政治的成熟と呼ばれている気がします。

o-syou
質問者

補足

>選挙で公然と金を配るようになれば社会全体が賄賂社会になっていくのは成熟・未成熟に関わりはないと思います。 選挙時に賄賂が有効である社会が未成熟だ。という視点です。主権者が、それを行使(投票)する時に最大限の自由が必要だと感じているのです。 また、当選前には汚職できませんし・・・

noname#10086
noname#10086
回答No.10

>思考錯誤しながらでも理想を追い求めたい・・・ 少なくても私は混乱した社会を生きることになりますね。 それは嫌だな。 孫の代ぐらいで一時的に理想の社会が実現してるかも しれませんが、人間が同じ過ちを繰り返すのは 歴史が証明してます。 あなたの理想郷では人間が同じ価値観を持つことになり ロボットみたいになっちゃうんじゃないかな。 こんな質問をするあなたがいて、それに回答する 皆さんがいる。 私はいろんな価値観を持った人々が混在する 今が結構、好きですよ。

o-syou
質問者

お礼

はい・・・ 回答有り難うございます。

noname#10086
noname#10086
回答No.9

ズレてるとは思いませんよ。 切り口は賄賂ですが、成熟した社会では法律はいらないってことでしょ? 一般的に成熟した社会とは唯一絶対の価値観ではなく、 多様な価値観が存在しうる社会なんですが、 どんな価値観も認めろっていうのは無茶な話で、 民主主義では過半数の人が認めない価値観は 法律で制限されます。 全ての人が残りの半数にあたる価値観をひとつくらいは 持っているので、成熟した社会では、法律がすべてに立ちはだかるといわれます。 あなたが考える社会を理想の社会とすると、 その実現には二通りの方法があると思います。 ひとつはスェーデンが性教育に力をいれたことで 性風俗産業が衰退したように、 時間をかけて教育していく方法。 もうひとつは、あなたが仰るように、とりあえず やっちゃえという方法。 今の投票率等を考えると現金配る候補者が当選 してしまうと思います。そうすると社会は混乱します。 そして、落ちるとこまで落ちて、やっと 現金配るような立候補者では駄目だと気づきます。 そうして、理想の社会が実現します。 しかし、また時間がたって経済が安定してくると 誰が当選しても同じだよと同じ事を繰り返します。 つまり、現在の社会は理想の社会を捨てる代わりに 混乱の社会も防ぐ為に法律で制限していると 考えられます。 そう考えると人間のいない自然界というのは 理想的でそれぞれの動植物が好き勝手に生きている ようでいて、全体としてみると調和がとれています。 唯一人間だけが自然の摂理に反して生きています。 かといって人間が自然と調和していた 原始時代の社会の方が成熟しているとも思わないので 現在の社会が未熟ということもないんじゃないかな。

o-syou
質問者

お礼

回答有り難うございます。 混乱を恐れて足踏みするよりも、思考錯誤しながらでも理想を追い求めたい・・・なんて思います。 その先に、自然に「生かされる」人間社会をイメージしたいですね。

  • Fuu1962
  • ベストアンサー率29% (426/1425)
回答No.8

そうでもないんだよなあ、 もらっちゃうと「入れないと悪いかなあ」という気持ちになるんだよなあ。 これでそういう法律がなくなったら、きっとその人に投票するだろうなあ。? 未熟っていうか、有権者の政治意識が未熟だから立候補者の倫理意識も未熟で、だから未熟な社会だから法律をつくって制御してるんじゃないの? もらったことないの?

o-syou
質問者

お礼

回答有り難うございます。 貰ったことは有りませんが、くれるんなら貰いたいと思います(笑)

  • d-y
  • ベストアンサー率46% (1528/3312)
回答No.7

>立候補者が現金配ることで有権者が彼を選択するんなら、それは主権者の自由だと思います。それを法律で規制するのは、主権を侵害されているように思えてなりません。 候補者が自分の金を有権者に配って当選した場合、その候補者は、当選後そのお金を自分のために取り戻そうとするはずです。 その候補者は、当選後、自分の利益のために公務を行うおそれが高いということです(これは汚職です)。 この危険は見逃すことができません。 当然禁止されなければなりません。 >有権者に利益を(行政サービスから特定団体への利益誘導まで)もたらす候補者を選ぶものだと思います。 有権者の利益のために公務を行うことは、民主主義のルール上、正しいことです。 たとえそれが特定の集団に対する利益誘導であっても、法令上の手続きに従って行われる限り、(政治上はともかく、法的には)なんら問題ありません。 >そんなことを取り締まっている社会って、なんだか未熟な気がしてならないのですが この感覚は、ある意味正しいと思います。 選挙時の買収を禁止することは絶対に必要ですが、そんな当たり前のことが厳しい取締りがないと実現できないというのは、民主主義が未熟な証拠です。

o-syou
質問者

お礼

回答有り難うございます。 >当選後そのお金を自分のために取り戻そうとするはずです。 その可能性を含めて選択(投票)するのが民主主義社会においての主権者の つとめではないかと思います。 選挙時の買収だけを強く取り締まる現状に、システム化された権益を持つ者と新参者との差を感じずにはいられません。 与えられた民主主義と勝ち取った民主主義の差は、埋まらないでしょうか・・・

o-syou
質問者

補足

日本のように与えられた民主主義とフランスのような勝ち取った民主主義の差は、埋まらないでしょうか・・・

  • ranx
  • ベストアンサー率24% (357/1463)
回答No.6

国政は国民全体のためになされます。県政は県民全体のためになされます。 しかし、例えば国会で議決されたことが、すべての国民に同じように利益 (経済的なものに限らず)をもたらすかと言えば、そんなケースは稀です。 一つの政策は、ある人々にとっては比較的有利であり、別の人々にとっては 比較的不利です。そうであったとしても、正式な手続きを経て決められた 法律(など)である以上、すべての人はそれに従わなくてはなりません。 誤解を恐れずに言うならば、政治とは「反対者を黙らせる手続き」のこと なのです。このことは、社会が成熟しているかどうかというようなことには あまり関係がありません。(むしろ成熟していない社会においてこそ、 「全体の利益」の名の下に反民主主義的な政策がとられたりします。) 手続きが完全であれば、反対者は黙らざるを得ません。しかし、わずかでも 瑕疵があれば、反対の声を上げることが可能になります。「この政策は無効だ」 と主張することが可能になるのです。これでは政治は麻痺します。 決定が全体の利益を考えてなされたという建前を通すことは、手続きを 完全ならしめるための基本です。一部の人に利益をもたらす決定であれば なおのこと、それは重要なこととなります。もし、議員や首長の選出に あたって金品の授受がなされていれば、決定の公平さが疑わしくなります。 実際に公平になされた判断であっても疑わしくなってしまうのです。 選挙にあたって金品の授受が禁止されているのは、選出された人々の決定に 対し異議を唱えさせないため、政治を麻痺させないために必要なことです。

o-syou
質問者

お礼

回答有り難うございます。 >政治とは「反対者を黙らせる手続き」のことなのです。 現在の民主政治って、そこで足踏みしている気がします。 一票の格差がせめてドイツなみになったら「手続きが完全」に近づくと思います。 金銭の授受があろうがなかろうが、有権者が強制されずに無記名投票で選んだ人々の決定に、異議を唱えるのは言語道断ですよね。 企業献金や政党助成金は、企業や納税者に利益をもたらすと信じます。でも、5万円くれた候補者には、それ以上の期待はしません。(ろくな奴じゃないと思うから)当然投票しないないんじゃないですか?

  • old98best
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回答No.5

有権者に現金を渡すのは、その金により投票が左右されるので禁止されて当然でしよう。 金で票が帰るのなら、金持ちだけが当選できる事になってしまいます。 ただ、運動員などの労働者に給料として金を支払うのも禁止という法律は、ちょっと変だとは思いますけど。

o-syou
質問者

お礼

回答有り難うございます。 有権者に利益を(行政サービスから特定団体への利益誘導まで)もたらす候補者を選ぶものだと思います。 問題は、有権者に権限を負託された当選者がどちらを向いて政治活動をするか、ということでしょうか。 取り締まらなければならないのだから、日本の民主主義もまだまだなんですね。

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