-PR-
解決済み

財閥は解体されたはずでは?

  • 暇なときにでも
  • 質問No.8113
  • 閲覧数674
  • ありがとう数13
  • 気になる数1
  • 回答数2
  • コメント数0

たしか教科書に財閥は解体されたと書かれていたはずですが、三菱、三井当たりはまだ残ってますよね。
どうしてなのでしょうか?
どういう変遷があったのでしょうか?
通報する
  • 回答数2
  • 気になる1
    質問をブックマークします。
    マイページでまとめて確認できます。

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.1
レベル12

ベストアンサー率 43% (235/542)

日本における財閥の特徴は、
・同族による寡頭支配
・国家権力、特に軍需産業と密接に結びついて発展
・生産から販売までの各部門を特殊支配の形で縦(垂直方 向)に網羅
・中核企業が不在
 などがあげられ、四大財閥(三井、三菱、住友、安田)は、日本の資本主義初期から登場。起源は江戸時代までさかのぼります。
※三井・・・江戸時代初期の越後屋呉服店に端を発する。
 また、新興財閥(日露戦争以降、太平洋戦争に至るまでの間に発達)としては、大倉、古河、中島、鮎川などがあります。
 1946年の財閥解体〔(1)財閥の有する有価証券の公開・売却(2)財閥本社解体(3)財閥家族と関係企業役員の追放・復職禁止〕によって、財閥の支配していた各企業は、それぞれ独立した企業となりました。
 ただし、その後も財閥系の企業は、つながりを持ちつづけグループ化していきます。
 また、第二次大戦後に松下電器産業グループなどが急成長し。旧財閥との違いは、中核企業が存在、戦略的に各社の意思が統一されるなどがあげられます。
 20世紀後半の日本では旧財閥を中心とするいわゆる「6大企業集団」(三井グループ、三菱グループ、住友グループ、安田グループ、三和銀行グループ、第一勧業銀行グループ)が台頭しました。
 ということで、財閥そのものは解体された後、その関連企業が協力的な関係のまま存在してきたということです。
財閥による独占的な支配とは異なりますので、各グループに所属しているからといって、すべての企業が完全に一体化しているわけではありません。中にはあまり仲の良くない企業も存在します。
 昨今では、企業の生き残りをかけ、旧財閥系の枠を超えた、企業提携も行われるようになっています。
お礼コメント
noname#2813


網羅的に説明していただきありがとうございました。
良く理解できました。
投稿日時 - 0000-00-00 00:00:00
-PR-
-PR-

その他の回答 (全1件)

  • 回答No.2
レベル8

ベストアンサー率 28% (13/45)

私は歴史にはあまり詳しくはありませんが
おそらくGHQが当時の労働運動などの活発化
を防ぐために表向きは財閥解体といいながら
裏では財閥系企業の体力温存を図っていたの
ではないでしょうか?
GHQってそんなことばかりやっていたようです.
(警察予備隊→保安隊→自衛隊の創設や
民主化とかいいながら猛烈な赤狩りとか)


このQ&Aで解決しましたか?
AIエージェント「あい」

こんにちは。AIエージェントの「あい」です。
あなたの悩みに、OKWAVE 3,500万件のQ&Aを分析して最適な回答をご提案します。

関連するQ&A
-PR-
-PR-
このQ&Aにこう思った!同じようなことあった!感想や体験を書こう
このQ&Aにはまだコメントがありません。
あなたの思ったこと、知っていることをここにコメントしてみましょう。

その他の関連するQ&A、テーマをキーワードで探す

キーワードでQ&A、テーマを検索する
-PR-
-PR-
-PR-

特集


専門家があなたの悩みに回答!

-PR-

ピックアップ

-PR-
ページ先頭へ