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ゆとり教育を受けた人が何故非難されるのでしょうか。

  • 質問No.8076632
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お礼率 41% (36/86)

これはかなり前から思っていた事ですが、最近同年代にもこの様な意見を持つ方が多くなって来ているそうなので私も質問しました。
私は、昨今の若者を「ゆとり」として全体的な意味も含ませて批判する人に違和感を覚えます。この問題に関しては「若者=ゆとり。こんな教育を受けた若者が悪い」 「この教育制度を作った人が悪い」 この2つに意見が分かれていると思いますが、私は後者側の意見を支持しています。私も及ばずながら「ゆとり教育」に関して色々調べて見たら自然と後者側の意見を支持する様になりました。そもそも日本のゆとり教育の前身の制度であった「詰め込み教育」に課題を踏まえてゆとり教育に変わっていったそうですね。それでゆとり教育は1980年度~2014年度まで続くそうですが、様々なデータから俗に呼ばれる「ゆとり世代」は現教育を受けている15歳から一端の会社員の26歳までの事を言うかと思います。ゆとりとは、主に「融通が利かない」・「社会に対して甘い考え」などの事を指しているかと思いますが、私は非難されるべきは子供では無くこの教育制度を作った臨教審やゆとり世代を育てた人間にあるかと思います。子供は親や社会にそれを学び、育ちます。つまり子供が育った結果が社会の表れで、その集合体が社会になっていくんだと私は考えています。勿論、繰り返すようですが子供が育つには過程がありますが、その過程に親や社会があります。その過程を変えていくことが、未来のよりよい教育制度の確立に繋がると私は考えているんですが、その現教育制度で育った結果である青少年のみを事あるごとにただ非難する事だけの人間は間違っていませんか?本来、私はゆとりという言葉を使うのはこの教育を受けた人間で戒めの様にしてお互いを励まし合う事が正しいと思います。私は事ある毎にゆとりとして若い人を非難する人は何処か「韓国」「中国」と聞いただけで過敏に反応・非難する右翼に似ている所があると思います。ですが勿論、批判されるべき対象は何処の時代にもあるかと思います。それがゆとり教育を示唆すべき点では無く、ただ一人の「若者」として非難されるべきだと思います。なので私は以下を結論としています。

・俗称である「ゆとり」とは元来、若者のマイナス・批判の材料として使うのでは無く、若者同士が「こんな教育で育ったからって甘えるな」等の意味合いを込めて戒めとして使われるべきだ。
・「ゆとり」として批判するべきでは無く、以前から使われていた「若者」として言葉を変えていくべきだ。
・ゆとりとして批判するだけで終わらず、話を社会や教育制度に持って行くべきだ。

長々と持論のみを展開しましたが、私のこの意見を皆さんはどう思うかとても気になります。私は先ほど、とある傷害事件の犯人が「24歳・無職」との理由でネットで「ゆとり」とひたすらに非難する人が居たので上記の事を聞いてみたら「制度を批判するのはゆとりの証拠」と一蹴されました。その後すぐ消えてしまったので、何とも言えずモヤモヤした気持ちが続いています。この持論を見て、どんな意見でも構いませんので皆さんが率直に思った事と意見、年齢を添えてご回答いただけると嬉しいです。

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.2
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ベストアンサー率 16% (236/1442)

貴方の主張と展開している論理体系はほぼ正しいと考える事が出来ます

がしかし そのゆがんでいたゆとりの制度の中から
ゆとりの歪みを認識しながら
その影を排除できない人間が これまた非常に多い事もまた事実です
わたくしは現在50歳代の半ばです
ゆとり世代の若者たちが社会的適応の能力と知識の暴走に走る傾向を少なからず見てきましたが
それは非常に醜いのです それは非常に稚拙なのです
同世代でも全員がゆとり教育を受けた者たちではないにしろ
同世代他制度下の者たちにもその影が少なからず見て取れます
これは劣等な者への平準化的迎合なのです
社会の中での教育のシステムが社会的適応性を有しない場合には社会から非難されます
しかし
制度を批判したところで
結局はその教育制度の下での結果としての人間性が攻撃されても
それに関しては
結果としての人間性を攻撃しているのか
制度としての人間性を攻撃しているのかは誰にも判断すら出来ません
自分が他人と違う判断や特異な解決策しか有しないと理解できたときには
躊躇無くその意識構成体系を変更出来るのか出来ないのかで
その後の自分を占ってしまう事になるという事実も又
知らなければならないでしょう


※団塊の世代が社会から去った時の様に
 我々が社会から去るそのときまで 非難は続く可能性は無いとは言えません
※我々も又親の世代からは非常な攻撃を受けたものでした
※この様な社会認識と社会適応能力の大きな格差は何時の世代間ででもあったものです
※明治生まれは大正生まれを役立たずと言い
※大正生まれは昭和生まれを役立たずと言い
※そして今昭和生まれは平成生まれを役立たずと言うのです
※あなた方が社会の中心に位置するその時までは非難は連綿と続く事でしょう
お礼コメント
evixvievi

お礼率 41% (36/86)

私(当方17歳)の二回り上の方からご回答頂けるとは思いもしませんでした。御回答有り難うございます。興味深く、納得出来るご回答で大変勉強になります。「ゆとり教育」を比喩として使われる事に対して私が疑念を抱いているのは「~~だから最近の若者は」とは違い、まるでその表現の下位互換に当たる様に「ゆとり教育」を受けてきた当人である私はそう感じています。昨今の著しい経済成長に置ける社会の変化によって様々な点が複雑化している一方で、矛盾に満ちた社会の環境に順応していかなければいけない点もあるのに対して、その社会に出て行く子ども達が受ける教育制度がその社会に追いついていない点もあるかと思います。(無論、社会の進歩を止めれる訳も無く、教育制度に大胆な改革案が必要になっているんだと私は感じています。)勿論、前身であった詰め込み教育を受けた昭和~後半に生まれた方々には高度経済成長期・バブル崩壊後の社会不安・就職氷河期等、様々な劣悪な環境下で社会に溶けこんでいったかと思います。それで最初は融通も利かず社会のいろはから礼儀作法まで知らない若者の事を年長者は「最近の若者は…」と非難される点があった事を過去の様々な雑誌やニュース番組で見て取れます。勿論この点に関しては何の言及もしませんが、実際に「これだからゆとりは…」と批判する人達が「詰め込み教育」から「ゆとり教育」への変化で何がどう変わったか果たして本当に分かっているのでしょうか。主に週休が2日になった事、学習指導要領が変化した事、道徳の授業が一新された事…といくつか上げられますが、具体的にそれが現代の若者の「礼儀知らず」や「甘やかされて育てらた無知」の何処に繋がるのでしょうか。そして、現在教育者として教団に立っている人は大多数がゆとり教育を受けていない人です。更に深刻化が懸念されるモンスターペアレントに関する問題も大半がゆとり教育を受けていない30才(2010年の人口動態統計によれば女性の初産が30.1歳)を超えているかと思います。何処の点を抑えて見ても、具体的なゆとり教育が齎した若者の堕落の一途が分かる根拠がありません。その根拠が無いまま現在の若者を非難する際に「ゆとり」という表現を用いる事に違和感を覚えています。最近のネットスラングの一つ…として用いられるのが多いのでしょうか。ですが、質問の下部に書いた通り ネットでゆとりを批判する人と話し合ったら「制度のせいにするのはゆとりの証拠」と言う風に言われ劣等感を感じました。私の願いとしてはただ、ゆとり教育=マイナスのイメージを払拭して尚且つ、「ゆとり」では無く一端の「若者」として扱って欲しい限りです。
投稿日時:2013/05/08 01:08

その他の回答 (全15件)

  • 回答No.17
お礼文を有難うございます。質問者さんの場を借りて補足させていただきたく二度目の回答になります。横気味の内容で申し訳ありません。

実は教科書の内容が簡単になったのは日本だけではありません。時折ここや他国の報道番組で話題になったりします。しかしいつもその話は立ち消え。参考書や家庭教師、他国、他州から本が買える家庭は間違いなく一定水準以上の家庭ですからね。
私は”人は与えられてる食べ物ばかりを食べているといつか取り返しのつかないことになる”、とだけ言いたい。日本の子供も早いうちから楽園に甘んじることなく自分で実をもぎ取って食べるように教える、あるいは親が早いうちに目標設定をし親子でチームワークで進む覚悟と努力が必要かと思います。努力無しに本当のゆとりなんか最後は生まれません。しかも人にはいつもチャンスがあるわけではない。特に円だけではない、他の通貨も稼ぎたいと思ったら、早いうちに共通語の英語だけは日本語とともにどんどん学習すべきでしょう。おはようホワイトさんなんていう会話を中学で学んだって、たった10秒も持たない会話です。それじゃ高給を稼ぐようになるのは厳しいと言うものです。
  • 回答No.16

ベストアンサー率 25% (234/920)

ゆとり教育を受けた人が悪いと思いません。
また、詰め込み教育も同じです。
ゆとり教育を導入した大人が悪いと思います。
しかし、今の若い人はそれを逃げ場所や責任転換をしている人が多いから、更に叩かれるのだと思います。
自分で考え正しい行動をすることを強く求められ時代ですし、将来の夢や目標がなくただ何となく生きている人が多いことも確かです。
自分のことも決めれず、他人が決めなければ何もしない。
これでは、人として人間として付き合うことはできなくなるのは当然だと思います。
もちろん、中には夢や目標を自分で考え行動している人がいることも知っています。

ですが、ここで愚痴を言っていても何も解決しませんから、一人一人が目標を持って責任転換をしないで、元気よく社会に貢献することを心掛けるひとが多くなれば言われなくなると思います。

世代は、貴方たちだけではありません。多くの世代が混在していますから、あらゆる世代に認めてもらう行為が重要だと思います。
  • 回答No.15

ベストアンサー率 16% (95/567)

「いまの若い者は…」という若者批判は古代エジプトの資料にもあるそうですよ。
自分が若かった頃のことを棚に上げて若者批判する老人・中年って普遍的なものなんですね。

はっきり言ってみっともないことだと思っています。
時間のフィルターがかかって、自分が若かった頃の時代が美しく思えるだけです。
(だから「老害」なんて言葉もあるわけで…)

平成生まれの人達と一緒に仕事をしたことがありますが、優秀な人が多かったですよ。
話してみるとおかしな偏見も少ないし、仕事の意図をきちんと説明すれば、ちゃんと理解して質の高い仕事をしてくれました。
それに、若者が世間知らずだったり、己を知らなかったり、とんがってたりするのは、別にいつの時代でも一緒です。

ゆとり世代がそんなに酷いとは思っていない40代でした。
  • 回答No.14

ベストアンサー率 20% (8/40)

本当に正しく理解していない人が多く、腹立たしいです。

ゆとり教育というのはマスコミが作り上げた用語であり、勝手な略語です。
教育の方向として、
知識や技能の詰め込みから、
思考、判断、表現などを取り入れた学び方に転換するため、
同じ知識を習得させるために時間を掛けねばならなくなったから、
内容を減らしました。
ただ教えて知識だけをつけさせていた詰め込み教育。
児童生徒が自ら追求して概念を構築していくゆとり教育。
同じ知識量を得るためであっても、
副産物として、たくさんの思考力を得ることができる。
しかし、時間も掛けなければならない。
教師のゆとりなんてとんでもないです。
教え込んだ方が簡単です。
内容を学ばせるためにする下準備は、何倍もかかります。
評価も、こまめに細かくしなければならなくなったので、
時間はものすごくかかるようになっていました。

なのに、
知識の内容を減らしたり、場面に応じた簡略化を取り入れたために、
(円周率が良い例ですよね。3.14を3にしたわけではなく、
 3を使う場面と3.14を使う場面を使い分けただけなのに)
深い理解をしていない人たちが騒ぎ立てたため、
ゆとり教育世代が責められているのですよ。
もし、現代の若者たちが資質能力面で過去に比べて劣っているとしたら、
それは、小学校入学時の語彙の少なさの問題でしょうね。
10年前のとき、20年前に比べて
入学時の語彙が100語減っているという調査結果がありましたから。

ゆとりといわれている学習指導要領になってから、
教師の残業はものすごく増えました。
はっきり言って、詰め込みの時の教師の方が楽でしたよ。
内容の量は元に戻して、学ばせ方はゆとり踏襲の思考表現中心。
そのうち、「息切れ世代」なんていう揶揄のされ方をするのでしょう。

どんな世代でも若者は何かしら上の世代から批判されるものです。
自分の時の言葉は、新人類でした。
  • 回答No.13

ベストアンサー率 6% (6/100)

No.5です。お返事を頂きありがとうございます。

私は「ゆとり教育」とは?ときちんと勉強したわけではないので、
本来あまり意見してもいけないのかもしれません。
問題は違うかもしれませんが、
いじめや体罰の問題に対する学校、教育委員会、文科省の
対応を見ると「ゆとり教育」が深く考えられた方針とは信じがたいと感じます。
また、仰るレベルの平均化にや生徒個人差に触れられてますが、
これを良い実績と判断するのはまだ早計ではないでしょうか?

質問者様のご意見は正当だと思いますし、否定するつもりはありませんが、
多くの人間で構成される社会は正義だけで成り立つものではありませんし、
人を非難するときに一纏めにして論じてしまうのも常です。
それは自身の実績を持って克服していくしかありませんし、
それぞれの世代が異質な事に偏見を持たない努力は必要なのでしょう。

自身の弱点を知り、長所を探す事に自分で辿り着き、
偏見がない考えを構築して行く事が大事で、
他の世代の者としてはそういうことを説くことが必要なのだと思っています。
  • 回答No.12

ベストアンサー率 17% (27/154)

つーか、悪口として使ってるだけじゃん。
「デブ」とか「ハゲ」と同レベル。本人悪くないし。
それに対して正論言ってもしょうがない思うぜ?

本当は教育の程度の差って、世代間以外でもめちゃあるわけで。
「若者」という特権を振りかざす20代に対する単なるヒガミです。
  • 回答No.11

ベストアンサー率 34% (2876/8338)

質問者さんが正論です。

「制度を批判するのはゆとりの証拠」なんてのは、「詭弁」です。
たとえ「ゆとりの証拠」であったとしても、制度批判の妥当性が揺らぐモノではないでしょ?

ただ、その詭弁が「ゆとり世代」の特徴を言い表す内容としては、それなりに的を得ており、ソチラに質問者さんの意識が行っちゃって、「モヤモヤした気持ちが続いている」だけでしょう。

とは言え質問者さんの持論も、正論過ぎるんです。
「言うまでも無い」どころか、「言う必要もない」くらい。

まず「ゆとり世代」を特別視し過ぎないコトです。
私は「ゆとり世代」の親の世代ですが、社会人デビュー当時は「新人類」と言われ、上司などから「だからお前ら新人類は・・」などと言われ、現在も、ちょこっと贅沢すれば、上下の世代から「だからバブル世代は・・」などと言われてしまいます。

とは言え、私の世代の先輩も「昭和一桁」「焼け跡世代」「団塊世代」と言われ、少し下は「氷河期世代」などと言われ、10~20年ごとに、何か名称を付けられてますし、2~3の名称を持つ世代もザラです。

従い、「だから〇〇世代は・・」などと言われた経験は、誰もが共有しています。
また、質問者さんと同様、時代,環境,制度などを、自分で選んで生まれてきた人間など存在しませんので、「それらが悪い」なんてコトも、判ってるんですよ。

例えば私の親の世代などは判り易いですが、「焼け跡世代」です。
「ゆとり世代」どころじゃなく、日本全体がメチャクチャですから、時代,環境,制度などの全てが「悪い」に決まってますよね?
そんな親の世代に対し、私達の世代が「制度が悪い!」なんて言ったところで、怒られるか、良くても鼻で笑われるでしょうね。

また、かつて「新人類」と呼ばれた「バブル世代」の我々が、「ゆとり世代」を見渡しても、やはり概ねは同様なんですよ。
一長一短の部分もありますが、携帯とかPCなど、進歩・進化と言う部分を考慮し、20~30年と言う時間を振り返れば、「ゆとり世代」でも、ベラボーに恵まれています。

逆に「可哀想」などと感じる部分もあるのですが・・。
でもそれは、制度は不全ながら、そのお蔭で自由度も高かった「焼け跡世代」から見た我々も、「詰め込み教育」などは「可哀想」と思われていたでしょう。

少なくとも私は、時代が進むと共に、恵まれる部分が増加する中、私の先輩よりは、概ねの制度などは恵まれていると思ってますし、私より若い人たちは、私より恵まれていると思います。

従い、私より先輩が「この新しい制度は悪い」と言う場合、「過去より悪化」が疑われるのですが、若い人達が「この制度は悪い」なんて言うのは、「何と比べて?」などと聞きたくなります。

私も「ゆとり教育」は、戦後政治史の中で五指に入る「大失策」だと思います。
しかし今現在、「受験戦争」と呼ばれた学生時代を振り返ったら、私はやや「恐ろしい」とさえ感じますが、その経験をしていない「ゆとり世代」が、安易に「ゆとり教育が悪い」などと言うのは・・苦笑してしまいます。

「学歴偏重」と言うのも、「価値観の多様化」を認めないと言うことでした。
クラスでガキ大将が一目置かれるのは、せいぜい小学校の4~5年生くらいまでで、その先は学力カースト制度みたいなモノで、極論すりゃそのまま社会まで繋がってましたからね・・。

結局、時代,環境,社会,制度などに不満を言うのは「正論」ではあっても、いつの時代も「負け組」ではないでしょうか?

いつの時代も、「だから『ゆとり世代』は・・」と言われ、社会に埋没していく人間と、「ゆとり世代」の中でも頑張って、時代・世代とは無関係に社会を牽引していく人間しか居ないのですよ。

後者の人間を多く輩出する目的から外れた「ゆとり教育」には問題があります。
しかし「受験戦争」や「学力偏重」から解放しようと言う方向性には、正しさもあります。

これを「両立する」のが、次の世代の課題であって、それを議論などでは無く、実現・実行するために、「ゆとり世代」が存在するのでは?と思います。
但し、それを行うのは、「ゆとり教育」の中でも、自律的に修学したエリートで、不満を言うのでは無く、問題解決する力を持った人間です。

学力面で言えば、「ゆとり」を持って学習するのは正しいですが、学習・教育では無く、「ゆとり」を作ることが目的化し、「学習量を減らす」などと発想したのがクレージーなだけです。

そう言うのは「ゆとり」とは言いません。
理解不足の学生には、学校の都合では無く、学生の都合に合わせ、土日でも夜間でも、教育を提供する様なコトを考えるのは「ゆとり」でしょう。
  • 回答No.10
50代、「しらけ世代」、「無共闘世代」です(笑)。

「詰め込み教育」→「ゆとり教育」→「脱ゆとり教育」。
教育は新たに変わろうとしています。
悪戦苦闘は、まだ当分は続きそう。

それから、先日のNHKの討論番組で言ってたけど、「ゆとり教育」でまず第一に求められたのは、教師たちの「ゆとり」だそうです。
つまり、教育現場の週休二日制。
再度見直す必要ありとい点では、皆さん意見が一致してました。

ところで、俗称である「ゆとり」=「最近の若者」。
批判されてるのは、「ゆとり教育を」受けた人ではなく、「最近の若者」です。
みんなごちゃ混ぜにしてるだけだよ。
evixvievi さんも。
私も「最近の若者」という言われ方は本当に嫌だったから、あまり言っていないし、他人の口から聞くことも少なくなった。
だから、この質問文見て、ちょっと笑ってしまった。
また「最近の若者」を復活しろって言うの?
反対意見が多いだろうなあ・・・すみません。


「最近の若者」も、やはり世代によって違うようです。
社会背景とは切り離せない。
過去の世代の若者たちと、ちょっと見比べてみてください。

「昭和一桁世代」・・世界恐慌の最中に生まれ、戦時体制に少年期を送った世代。
戦地へ動員され、また軍需工場に徴用される、青年学校で軍事教練を受ける、または学童疎開などを経験。
若い労働力として戦後復興の担い手となった。

「団塊の世代」・・・第一次ベビーブーム世代。
第二次世界大戦後の日本の歩み特に経済成長を共にしており、日本社会のありように多大な影響を及ぼしている世代。
地方農村の若者は、働き口が豊富だった東京や大阪などの大都市へ集団就職した者も多い。
既存社会体制への反発から、学生運動に身を投じる者も多く、その動きは都市部から地方へも広がった。
若者文化が浸透し始めた世代でもある。

「しらけ世代」・・・日本の学生運動が下火になり、政治的無関心が広まった世代。
世相などに関心が薄く、熱くなりきれずに、興が冷めた傍観者のように振る舞う傾向がある。
三無主義(無気力・無関心・無責任)や個人主義の傾向が強くなり、漫画・アニメ・ゲームなどおたく系業界が急速に発展し、新しい国内旅行のスタイル(アンノン族)が広まり、それ以降の世代に定着した。

「バブル世代」・・・バブル景気の時期に就職した世代。
日本経済は絶好調で、男性は正規雇用率が高く、男女雇用機会均等法の施行されてから、初めて女性が社会に出た世代。
個性至上主義が騒がれ、専業主婦志向の女性が多数派であったが、キャリアウーマンを目指した女性も多い。
コミュニケーション能力が高い反面、自分の対外的な評価をとても気にし、他人との比較で劣等感を持ちやすい「見栄っ張り」の気質がある。

「氷河期世代」・・高度経済成長期の終盤から、安定成長期にかけて生まれた世代。
社会的に就職難で、フリーターや派遣労働といった社会保険の無い非正規雇用が増加。
給与所得の減少傾向や年金・保険料の値上げに伴い、将来を不安視している人が多く、可処分所得の多くを預貯金に回し、若者の車離れやアルコール離れなど、消費に消極的(嫌消費)な傾向がある。

「ゆとり世代」・・・「ゆとり教育」を受けた世代。
バブル経済崩壊のあと、長らく続く経済停滞の風潮を受け、好景気を微塵も知らない最初の世代。
情報化社会の急速な発展の中で成長し、通信端末の所持が不可欠。
戦後の経済成長期の世代と比較すると、堅実な生活路線を求める傾向がある。
  • 回答No.9

ベストアンサー率 14% (853/5988)

私はもっとシンプルに考えています。
何かあると「あいつは在日だ!」というアホがいますが、それと一緒。
とりあえず自分のストレスを発散させるために賛同されやすいキーワードを使ってるだけ。
それが「ゆとり」。
実際学力が下がってるとか言いますが、ゆとり教育前と全く同じテストをこっそり受けさせたら、前よりいい成績が出たという話もあるんですよ。
日本が下がったんじゃなくて、日本が保守的なため進歩しなかった間に周りに抜かれたのです。

TPPとか見てるとわかるじゃないですか。
世界でポツンと孤立し取り残されることと引き換えに農業守って生きていけるんですかと。
生き残りたいなら進歩するしかないんです、農業が。
  • 回答No.7
50代、海外在です。
>それがゆとり教育を示唆すべき点では無く、ただ一人の「若者」として非難されるべきだと思います

同意します。あくまで一個人若者の犯罪です。何かにつけてグループに分別すれば楽に結論を出したり物議をかもし出せるからでしょうか。

我が子は現在大学生ですが(理系)最近になって参加8カ国大学上位者が入会する米主催エリートNPOから招待を受けました。この青田狩りにも似たデータベース、参加国を見ると中国をにらんでいるかのよう。アジアからはマレーシア、インドが参加しています。日本の若者がゆるい教育に甘んじるのは大変残念ですが、もちろん落とし穴に気がついて頑張っている生徒は大勢いるはずです。

教育は国の未来を左右します。もちろん個人の運命も大きく左右します。何でも施す側の言いなりにならないで、自身で勉強してほしいです。海外でもそうです。教員だって妬みはあります。その職が基本は彼らの限界値ですからね。
高校の白人教員は堂々と”世界は公平ではありません”と教えました(彼女は文系)。しかしあとで理系成績の上位者は90%アジアですから確かに公平ではなかった(笑)。馬鹿が多いほうがコントロールしやすいと思うのか。文系は最後の砦か。口はうまいですからね。特に私のいる国、最初の先住民族はほとんどが偉くなれません。後から乗っ取った手前、見かけ上は優遇しているように見せかけていますが、教育を甘くし、親は酒びたり、ギャンブル依存症です。生活保護も多めに与えています。つまり甘い飴には毒が入っているかもしれない、親はそれに気がつかないといけない。

横気味でしたが、ゆとり教育、それを実施した政府の方針には驚きを隠せません。どなたの案か知る価値もないですが逆に目的を疑います。日本人の持つ優秀な頭脳の高さがもったいない。コケイジャンの計算のできなさ、手先の不器用さを見せてあげたい。料理一つにしてもハンバーガー片手にコーラがぶ飲み、日本食とは違う。ゆとり製造はどう見ても怪しい。しかしそれと犯罪を犯す事とは関連性を証明するのは難しいでしょう。
ただし、学んだ事が少ない事は限りなく悪い輪の貧困、犯罪、精神的病に繫がる可能性があるかも知れない事を親と生徒自身はよく自覚しておく必要があると思います。
お礼コメント
evixvievi

お礼率 41% (36/86)

大変参考になりますご意見をありがとうございます。仰られる通り、教育こそが国を作る「力」だと私も考えております。ですが、大抵の人間が社会に出るまでの6-3-3-4年間学ぶ時間にも限りがあるのも事実。その限りある時間で教師が教える事をどれだけ物に出来るか、その子供の学習意欲に今後の鍵があるのではと私なりに考察しています。
白人教師の方の教えも満更ではありませんね。私のイメージでは研究機関には白人の博士やら討論しあう中にポツンと中国人が居る様な(完全にテレビの見過ぎですが)物だと思っていましたがまさかアジアだけで9割を超えるとは…。驚きです。
確かに、詰め込み教育には凄い「学習意欲」が中・上部のレベルの人間にはあったのかもしれません。当時はバブルや就職氷河期などもありましたから、その点では納得出来ます。それに比べて現代の日本の社会を構築する基盤が出来上がっているので、学生の内から「○○をやりたい!」なんて突飛な理想を描く人が少なくなっているのかも知れませんね。
最後の二行に関しては改めて今の日本の義務教育制度に関して問われるべき課題ですね。「義務を果たせばいい」なんて子供達が適当に勉強をする口実にしてはいけない。レベルを高くするだけでは無く、下の人間 勉強が嫌いな人間に対しても何かが必要だと思っています。

ご子息の益々のご活躍を祈念しております。
投稿日時:2013/05/12 22:07
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