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旧日本軍について!?

とあるテレビ番組(旅番組!?)を見ていて気になったことがありました。 その番組ではパラオという国が紹介されていたのですが、そのパラオは大東亜戦争(?)第二次世界大戦(?)以前に30年近く日本が統治していた時代があったそうです。 その国(パラオ)には、現在でもいくつかの日本語が日常の会話の中に使われていて、パラオの人たちは日本のことが大好きだとパラオのご老人が言っていました。 そこで、いくつか質問があります。 1。韓国や中国は現在においても日本に対して敵意をむきだしにして、日本の過去の過ちについて執拗に日本人を責めますが、パラオや台湾の方が統治の期間は長かった気がしますがなぜ親日的なのでしょうか? 2。大東亜共栄圏とは、アジア国々を当時の欧米列強による支配から守るとういうのが当初の目的であるようですが、実際のところはどうだったのでしょうか? パラオや台湾は大大東亜共栄圏構想に対して理解があったのですか?

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noname#201556

1、 パラオ・・南洋諸島の中にあります。1916年に始まった第一次大戦で日英同盟を理由に参戦してドイツ領だった南洋諸島を占領、その後に生まれた国際連盟が「日本委任統治領」としました。 台湾・・1894-1895年の日清戦争後の条約(ポーツマス条約)で日本に割譲されて日本領・・。 どちらも日本によって社会インフラが整いました。 また、はっきりとした国家概念もなかった(または その必要もなかった)のですんなりと受け入れられ たのかもしれません。 それとあからさまな「植民地」政策(=無理やり奪い取る)ではなかった事も幸いしていると思います。 それに対して「韓国」「中国大陸」では多くの 血が流されました。 2、 大東亜共栄圏構想は意外と浅く昭和18年(1943) 11月5日東京で「大東亜会議」で行われた宣言です。 アジア諸国を欧米列強から解放して、各々が自存自衛の 独立国となり、お互いに協力し、共栄共存し、 アジア諸国の存在と文化を、世界に主張する。 と言う内容です。 あのまま日本が勝って大東亜共栄圏構想で日本を 中心とした共栄圏が生まれていたかどうかは疑問です。 おそらく「大東亜共栄圏構想」は思いつきで はっきりとしたビジョンは持っていなかったと思います。 結果的には欧米諸国からアジアは解放されました。 パラオ、台湾に関しては日本の一部でしたので 「理解」もなにもないです。

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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。 パラオや台湾と、中国や韓国では統治に至る過程でかなりの差があったのですね。 パラオや台湾の統治よりずっと後に大東亜共栄圏構想はできたということも知りませんでした。 勉強になりましたありがとうございました。m(__)m

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  • 回答No.5
  • uso888
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>1。韓国や中国は現在においても日本に対して敵意をむきだしにして、日本の過去の過ちについて執拗に日本人を責めますが、パラオや台湾の方が統治の期間は長かった気がしますがなぜ親日的なのでしょうか? 韓国や中国は、日本の侵略が始まった時点で既にそれなりの国家を形成していました。異民族支配への痛みがそれだけ強く残っています。 これに対して台湾はもともとオランダの植民地からスタートしていますし、南洋諸島もドイツの植民地から日本に国連委任統治領として委ねられたものです。国家形成過程の差が大きく影響しています。 >2。大東亜共栄圏とは、アジア国々を当時の欧米列強による支配から守るとういうのが当初の目的であるようですが、実際のところはどうだったのでしょうか? 近衛内閣の松岡外相が1940年に最初に使用したのですが、国際舞台における威嚇としての理念の方が強かったようです。ブロック経済下で、資源のない日本が生き抜くには仏印、蘭印等の資源に依存せざるを得なかった、というのが真相です。 >パラオや台湾は大大東亜共栄圏構想に対して理解があったのですか? 従来からの植民地ですから、理解するも何もありません。

参考URL:
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/1252/taiheiyou1.html

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質問者からのお礼

中国や韓国においては、自分たちの築いていた国家をつぶされたという思いがあるようですね。事実そうだったのですね。 大東亜共栄圏については、アジアの救済と言う考え以上に日本の利益のためいという性格が強かったってことですかね!?

  • 回答No.4
noname#11749

1.中国、韓国、北朝鮮の反日感情は国内統治の問題でもあります。 中国は様々な民族が国内に存在し、内モンゴル、満州、チベット、ウイグルなど、戦後に併合した地域も多いので、共通の敵を作って、民意を一致させる必要があります。 韓国、北朝鮮は、中華秩序に組み込まれた国でした。その為、位置的に日本より中国に近い優越感があり、日本は蔑視の対象でした。 それに、戦勝国の中国(中華人民共和国)、准戦勝国の韓国よりも、敗戦の焼け跡から復興した日本に、経済的に後塵を拝しているというジレンマがあります。 逆に、国内が安定していたり、日本軍の敗走を目にしていない国では、親日的な国が多いようです。 台湾は日本領になった当初、疫病がはやり、共通した言語も無く、人食いの習慣もありました。 戦後、台湾に来た国民党の圧制に苦しみ、日本が社会基盤を作り上げた功績を、素直に感謝することができたのでしょう。 2.#1の方の通り、思いつきだったようです。 戦線を南方に拡大した結果、大儀名文が必要になっただけです。前線の兵士は、これを目標に戦い、敗戦後も独立戦争に参加した方もいらっしゃいました。(インドネシアでは、元日本兵が共に独立戦争を戦っています。)

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質問者からのお礼

そのような事情も考えられるのですね! 僕もなるほどと思いました。 中国や韓国は日本の教科書や総理の靖国参拝に対して猛烈に抗議してきますが、中国や韓国の学校では現在でも歴史教育で極端に反日感情を植えつけるような内容の授業をしていると聞きますから、それもどうかと思いますよね。逆にそのことで傷ついている日本人も少なくないのになって思います。 お礼が遅くてゴメンナサイ m(__)m

  • 回答No.3
noname#201556

#1です。 下記訂正させてください。 >台湾・・1894-1895年の日清戦争後の条約(ポーツマス条約)で日本に割譲されて日本領・・。 ~~日清戦争後の条約(ポーツマス条約)~~ の部分ですが、この条約は下関条約です。 ポーツマス条約は日露戦争締結の条約でした。 生半可な知識でご迷惑をおかけしました。

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質問者からのお礼

返事遅くてゴメンナサイ m(__)m 訂正ありがとうございます。 僕も訂正していただくまで気づきませんでした。 今後ともよろしくお願いします。

  • 回答No.2
  • gokuh_
  • ベストアンサー率39% (89/226)

第二次大戦以前の日本の統治する区域は現在の日本の他に南樺太(現ロシア領)・朝鮮半島(現北朝鮮と韓国)・台湾(現中華民国)・南洋庁(現パラオ他)とあります。 まず、樺太は江戸時代より日本とロシアが混在する地域であり南樺太が正規に日本領だった時期もあります。後、千島樺太交換条約で樺太全土がロシア領となりますが日露戦争により日本領となりました。 台湾は清朝時代には「化外の地」と称されるほど辺境地であり過去に亡命政権が出来たり一部オランダ支配を受けたり清長から見れば元から統治の行き届かない地でありました。 南洋庁は第一次大戦まではドイツ領でしたが戦後日本が国際連盟から委任統治を受けて行政管轄しておりましたので正式な領土ではありませんでした。 さて、朝鮮半島は日本領となる以前は大韓国という独立国家でした。 確かに朝鮮半島歴代王朝から中国の歴代王朝に属国如くの扱いをされては来ておりましたが独立した国であった事は間違いありません。 南樺太・台湾・南洋は独立した国家ではなく大国の辺境の領土の一部だった訳ですが、国家そのものを潰され併合された朝鮮半島両国とは意味合いが大きく違います。 中国本土も遼東半島の租借や満州帝国の設立は中国の国土を占領支配したのと同様な意味合いを持ち、当時の清朝・中華民国を受継ぐ形の中華人民共和国の国民として日本に悪感情を持っているのです。 > 現在でもいくつかの日本語が日常の会話の中に使われていて 日本は大東亜共栄圏という建前がありましたから共栄圏の民は皆兄弟です。 *対等の兄弟分ではなく「日本が長兄」と考え押し付けた点が驕りであった訳ですが・・・ 近代文化の遅れた民を欧米水準まで引き上げる使命感もあったのですから積極的に日本文化と日本近代文化をその地に進めました。 学校を設立し教育していく様な統治法は西洋式の植民地支配に比べれば格段にマシなものだった訳ですから、当時日本の教育を受けた住民の中に親日家も少なくないのです。 (もちろん、日本人と原住民との衝突が無かった訳でもありません。すべての原住民が日本人と日本文化を受け入れた訳では無いことは忘れてはならないことですが) また台湾について先日、台湾出身の某大学教授の話をお聞きしました。 教授は「日本人は運が良かった」と仰られました。 台湾は戦後、日本領を離れ中国(中華民国)に復帰したのですが中国本土では共産党との内戦の真っ最中でした。結果、中華民国・国民党政権は中国本土を追われ台湾に逃げ込んできたのです。 台湾には台湾原住民と清朝以前に本土から渡って来た中国人がおり、彼等が日本統治下で日本の教育を受けて育ってきたのです。そこへ本土から突然、軍隊(国民党軍)政治家・富豪が台湾へやってきて台湾を統治しだしました。 当然の如く衝突も起こり、台湾には永らく戒厳令が敷かれることとなりました。 つまり、日本の支配が終わり、やっと自分達の台湾に住む中国人・台湾人が自分たちで自治できると思いきや、同じ中国人ながらもよそ者の中国人が大きな顔をして我々に圧政を敷いた。これなら日本統治下の方がはるかにマシであった。あまりにも当時の国民党政権が酷かったから台湾人は皆、日本統治時代を懐かしんだ・・・。 だから「日本人は憎まれずに運が良かった」という事でした。 また台湾の学校の卒業生の近年の文集を読ませていただく機会がありました。 年老いた方が若き青春の日々を懐かしんで書かれた文集ですから良い思いばかりなのは当然でしょうが(もちろん、未だにアノ日本人教師ガ大嫌イダ!という内容のものもありましたが)大半は日本統治を好意的に思い出されておられました。 国を滅ぼされたという感覚を持つ北朝鮮人・韓国人や国を占領され蹂躙された屈辱を覚えている中国本土の方々とは、その点で大きく違うのでしょうね。

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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。 よくよく考えてみると、現在でも領土をめぐって結構もめていますよね。。 北方領土や尖閣諸島や竹島とか・・・ 現在中国は台湾は中国の一部であると主張していますが実情は別の国って感じですよね。。。 僕個人的には独立させてあげれば良いのにと思ったりするんですけどね。。。 台湾出身の教授のお話は説得力がありますね。 日本人はどうしても統治された側の人の生の声というか本心を聞く機会があまりないと思うので大変参考になりました。 しかし運良く好意的に受け入れられたからといっても、日本が台湾の人々に与えた影響は大きく一方的に良しとすることはできないようですね、、、 貴重なお話をありがとうございました。 m(__)m

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