• ベストアンサー

いまなお続く「占い」の人気の謎。

アミニズムのような原始的な世界観から自然哲学を経て、今日では科学の進歩とともに世界を構成する物質がことこまかにわかるようになってきた。ところが、科学以前の原始社会から今日まで「占い」の歴史が途切れた事は無い。むしろ、現在では様々な占いが発表され、注目を集めている。それなのに、なぜ科学的世界観全盛の現代でもなお「占い」が人気を呼んでいるのでしょうか?ぜひ、意見または論述を教えてください!

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
回答No.4

孔子:「聖人は卜筮を煩わさず」(春秋左氏伝・哀公十八年) 荘子:「占わずして吉凶を知る」(庚桑楚篇) 荀子:「善く易を為むる者は占わず」(大略篇) とまあ、先哲はこのようなことを述べています。真理を覚り、世の中のことを見切ってしまえば占いなんかしなくとも何がどうなるかわかるということです。 でも、そんな人は超少数派だから、人々はどうしても目安や予測としての占いを求めるのでしょう。 また、心理ゲームと似たような娯楽的要素もありますね。実際最近は占いも企業化されて、サラリーマンとしての占い師も出てきてますが、そういうところでは、占いの能力よりもむしろエンターティナーのしての能力を要求されるようです。

その他の回答 (3)

  • sokura
  • ベストアンサー率38% (40/103)
回答No.3

 「占い」の人気が高いのは、対象を「未来」ばかりとせず、どのような「過去」を経て、「現在」にいたり、だから、「未来」はこうなるという、一連の時間の流れで、人や歴史を判断するところにあるのではないでしょうか。  人は、常に「自分」が断続した積み重ねの存在ではない、首尾一貫した人間である、と考えています。  ところが、それに反し、人にとって生きるということは、考えてもいない出来事が突然起き、訳のわからないままそれが終わり、また新しい事態が起こるという波瀾万丈が常で、自分で自分を説明できないし、自分がこうしたいと思っても、人は決してそのようには動いてくれません。ですから、この訳のわからない世の中の流れを簡単に理解したい、と願う心性が人を「占い」に導くのではないでしょうか。  そういう意味では、優れた「占い」は「神話」であり、「小説」である、というのが、私の判断です。占われた人が涙を流すような占いをする人は、やはり「宗教的にも教祖的資質」の持ち主のような気がします。  勿論、科学も「客観的な真実があり、それを追求する学問だ」と言えば、それも 占いと同じ「神話」になると思います。      

  • nabayosh
  • ベストアンサー率23% (256/1092)
回答No.2

占いは娯楽と同じだと思います。と同時に宗教とも同じです。 (宗教も娯楽だと僕は思ったりなんかすることがあります) 娯楽をどうして人間は求めるか。それは何か不安なり恐怖なりがあって、それから解放されたいと願うからではないでしょうか。そしてそのために娯楽は生み出されたのではないでしょうか。 占いや宗教だって同じだと思います。何か安心できないので運命というものを信じてみたりとか。 つきあっている人と信頼関係の築き方をどうすればいいのか、星占いを信じてみたり。(←それ以前に相手のことを信じろよ、と言いたくなりますけどね) なにか不条理でありながらとても人間味がある側面として、占いを1つの文化と考えることができるんじゃないでしょうか。

  • tips
  • ベストアンサー率14% (829/5762)
回答No.1

thehumenさん、こんにちは。 いつの時代でも、わかりやすい結果(予想)などに 一喜一憂したりすることを人間がこのむからではないでしょうか? あるいは、占いの結果が、とりあえずのその人の こころのよりどころになるからでしょうか。 楽なんじゃないでしょうか?その結果が正しくないとしても それまで(結果が出るまで)の不安や心配をなくしてくれるからかな? もし、失敗したとしても、占いのせいで、自分は悪くないって 逃げれるからでは? 宗教も同じ理由で、人に信じられているのではないかと 自分は考えています。

関連するQ&A

  • 世界観について

    世界観はいろいろあると思います。極端な話、世界は培養液の中に入った脳がみているバーチャルリアリティかもしれません。しかし、普通は、常識的なというか、自然科学的な世界観で考えていると思うのです。 哲学的な話をするときに、自然科学的な世界観のことを何と言えばよいのでしょうか?唯物論でしょうか? 現代の哲学においてもっとも有力だと考えられているのは、どのような世界観でしょうか? あるいは哲学では、有力な世界観をこれ、と決められないものなのでしょうか?

  • 思想や哲学の優劣

    思想や哲学って、歴史もあり、昔から様々な学者・知識人が研究や議論をしていますが、 思想や哲学というのは、自然科学の様に発展するものなのでしょうか? また、現実には、現代の思想や哲学が一番発展しているのでしょうか?

  • 人は賢くなっているのだろうか???

     ふと、「温故知新」という熟語が思い浮かび、調べてみて、自分なりに、「過去を知ることにより、その反省を踏まえつつ今の生活に活かす」ということではないか???と、思ったのですが、……なかなか自分はそうではないなぁ……と反省もしつつ、しかし自分のだらしなさは棚に上げておいて、これもまた、ふと「人間って、歴史を積み重ねることによって、賢くなっているのだろうか???」という疑問が湧いてきました。  確かに科学は進歩し、その恩恵を受け、生活も便利になっていますし、……例をあげればキリがありません。もちろん、「生物としての進化」もしているのだと思いますが、またまた、「歴史は繰り返す」という諺もあったなぁ……と、思い出し、これって「温故知新」の逆じゃないのか???「人間って、歴史を積み重ねることによって、本当に賢くなっているのだろうか???」という疑問というより、疑念が生じてきました。皆さんはどう思いますか???  哲学的な印象を受ける質問になってしまったかも知れませんが、歴史に関心を持っておられる方に、実際に起こった歴史的な事実の比較、現代の世界や、日本の動向などから、私の「人間って、歴史を積み重ねることによって、本当に賢くなっているのだろうか???」という疑問について、ご意見を伺いたいと思いました。  「ご意見を伺いたい」という趣旨ですので、ベストアンサーというのは選ばないで、締め切ります。考えるだけでも、無駄な努力になりますが、それでもよろしければ、お考えをご披露していただければありがたいです。

  • カントの純粋理性批判のアンチノミーは今どう解釈?

    カントの入門本『カント 信じるための哲学―「わたし」から「世界」を考える』石川輝吉を読みました。 カントは純粋理性批判で世界や有限や無限に関するアンチノミー(二律背反)を提示していますが、これらは19世紀~20世紀の科学を通過した現在では議論は成立しないのではないでしょうか? ・無限は存在し、濃度の差がある 集合論 カントール ・時間と空間は相対的である 相対論 アインシュタイン ・物質はエネルギーである 相対論 アインシュタイン ・物質は粒子と波の性質を持つ  量子論 ハイゼンベルク ・物質の位置と運動量を同時にわかることはできない 量子論 ハイゼンベルク  など の科学的な成果を哲学のほうではどう捉えているのでしょうか? 入門本ではカント以後の展開として、ヘーゲル、フッサール、ハイデガー、アーレントを 取り上げてて科学のほうは完全に無視されていました。

  • 自然哲学を意識すれば環境問題は防げるの?

    科学哲学の本を読んでいると、 今までの科学による環境破壊などの影響は、自然哲学の思想を無視して、科学技術の発達のみを重視したため起こったのである。だから、いくら科学が発達しても環境問題は対策できない。人間が環境すべてを理解するなんて無理であるからだ。結果的に副作用だらけの対策をして、環境破壊が進む という論調で、 自然哲学、つまり、人間の宇宙での位置、自然や世界の見方(自然と調和した生き方など)、しいては科学とは何か、という答えを考えなければいけない。これが今までの科学者には抜けていた。 という結論に至っています。 自然哲学を科学技術の進歩とともに学べば、環境問題などは起こらないのですか?自然哲学は環境問題の防止になるのですか?

  • 宗教改革は可能か?

    現代に置いても宗教の持つ力は大きいのですが 宗教はその宗旨を時代に適応させようとしません いい事も言ってますが時代遅れな事も旧態依然としています。 科学、宗教、哲学がその役割を果たさないと世界は良くなりません。 科学の悪用を無くし 宗教の迷妄を無くし 哲学の硬直化を無くす為に まずが宗教改革や哲学改革が必要だと思うのですが 宗教改革、哲学改革は出来るでしょうか?

  • アメリカ(英語圏)優勢のイメージの本当は?

    現代の西洋文明はどちらかいえば、アメリカと西洋(アングロサクソン?)が中心で、日本では進歩した姿はその姿との誤解もあるように思えます。 「ヤンキー」が進歩している姿ともとらえている人も多いのかと。 アメリカ、アングロサクソン、英語の文化が西洋でとか。 実際はギリシャローマの時代があって、イギリス(スコットランドも含む)、フランス他もありながらオーストリアドイツで哲学が発達して、フランスの時代などあって現代文明、科学に至っていると。ポストモダンではフランスなど哲学が発達して、アメリカ中心の戦後のビジネスなどの発展になっていくなど。 西洋文明を理解するには、完ぺきに近い形で理解しようと思えば、言語的にいうとギリシャ語ラテン語フランス語ドイツ語なども必要になると思います。 有機的に現代科学に対する西洋文明科学をアメリカ(英語圏?)とするのではなく、どのように説明すべきなのでしょう? 英語圏としてもドイツオーストリアやフランスの時代の蓄積があっての現代なのかと思ってます。

  • 「めざましテレビ」の占いに出てくる女の子って誰?

    2009年4月現在の朝8時前の「めざましテレビ」の[今日の占いカウントダウンハイパー]に出演してる女の子って誰ですか? 内容はパジャマ姿の寝起きの女の子が、突如発生した次元の穴に吸い込まれ、ヨーロッパへ行き西洋ドレスを身にまとい、次は日本に帰ってきて和服を着たかと思ったら、アメリカで西部劇さながら指名手配され、最後はなぜが原始時代で恐竜に追いかけられ、そして無事現代に帰ってくるというような内容で出てきます。 調べてもどうしてもわからないので、分かる方是非教えてください!

  • 反論して下さい

    「古代ギリシアの自然哲学者たちは、万物が水や空気といった無機的物質からできていると主張したが、彼らは現代からみるとあまりに幼稚で非科学的な唯物論を唱えていたにすぎず、学としての価値はない。  このことについて反論がある方の意見を聞かせて下さい。

  • 架空の「忍法」を、今の科学を使って実現したい・・・

    昔から、映画やテレビ、或いは小説や漫画で扱われる時代劇の中でも、「忍法」というのは、あまりにも現実離れしていて、完全にSFの世界での出来事のようなものが殆どです。 でも、ここまで進歩した現代科学を使ったら、絵空事だった忍法も実際に出来そうな気がします。 「分身の術」や「木遁の術」、或いは「巨大なガマ蛙への変身術」など、いろいろな忍法でアイデアを考え出していただけませんか。 では宜しくお願いします。