- ベストアンサー
※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:戦国期・武田家の高坂昌信について)
戦国期・武田家の高坂昌信について
このQ&Aのポイント
- 戦国期の武田家に属する高坂昌信について、「逃げ弾正」という呼び名がありますが、その意味や評価について考えてみましょう。
- 高坂昌信は「逃げ弾正」と呼ばれており、一部では蔑まれることもありますが、戦国期においては逃げることが重要な戦略の一つであり、その能力を評価するべきです。
- 「逃げ弾正」という言葉には、高坂昌信の機敏さや生き残る力、戦略的な判断力が込められています。彼の活躍を考えると、「逃げ弾正」という呼び名は適切であり、彼の才能を称えるべきです。
- みんなの回答 (2)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
退却が上手く 逃げながら敵を殲滅させたツワモノ さらに槍や弓矢が当たらず逃げる様にかわしていたから「逃げ弾正」 ちなみに織田信長 松永久秀も弾正でした
その他の回答 (1)
- izuhara
- ベストアンサー率31% (97/310)
回答No.2
退却時の采配の見事さから来たものではないでしょうか? 戦国期の合戦でもっとも死傷者が出るのが退却・敗走時です。 軍勢を乱すことなく、敵の追撃を退けて無事に撤退させることが巧みだったことに由来するのかと。 もっとも、高坂昌信という名前が当時の史料では確認できないですし(正確には春日虎綱)、当時の詳細な戦闘の記録も確認できませんので、この異名は後世の創作だと思われます。
質問者
お礼
ありがとうございます。 そうですね。不明なところは沢山ありそうです。ただ後世の創作としても、なんら理由もなく、それこそ”0”からの創作ではないでしょうからね。そういった面から冒頭のようなご教授となったのでしょう。 「逃げ弾正」もはや回答者2人目にして、美しい言葉に思えてきました。
お礼
ありがとうございます。 「逃げ弾正」はむしろ積極的な意味があるのかもしれませんね。 たしかに関ヶ原における島津義弘も退却でその名を馳せますしね。 武田家中についてだったのでazuki-7さんが回答してくれるかな?と期待していたのでうれしかったです。質問者として回答者として大活躍のazuki-7さんですね。 いずれにせよ、ご回答ありがとうございました。大変参考になりました。