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外国では遺体はあまり重要ではないのでしょうか?

  • 暇なときにでも
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日航機墜落時の検死などに関わる本を読みました。
その中で、外国人は死亡を確認した後は、遺体は引取らなかったいう記述がありました。
アメリカ人とイギリス人の例が書いてありました。

とっても意外でびっくりしました。

戦争映画なんかで見るドッグタグって死んでも誰かわかるようにしてるんですよね?
確認は重要だけど、遺体そのものは欲しくないのでしょうか?

でも、外国にだって立派な墓地がありますよね。
うーん…?

うろ覚えですが、日本は少し前に硫黄島に白骨を探しに(取りに?)行ったような気がするのですが、
それって世界的にみたらものすごく珍しいことなのでしょうか。
遺体や骨を欲しがるのって不思議に思われているのでしょうか?

そのあたりが知りたかったのですが、どんなキーワードで検索かけたらよいでしょうか。

宗教観?とかになるのでしょうか。

かくいう自分も死んだペットの骨の一部を大事にしている人なので、
この感覚が少数派なのかも?と思うとちょっといろいろ価値観がひっくりかえってびっくりしています。

関連するサイトや本のご紹介も嬉しいです。
よろしくお願いします。
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質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.5
レベル12

ベストアンサー率 13% (60/436)

多分、死に方の問題で本人の意思があったのかなかったのかの問題だと思います。

登山家でアルピニストの野口健さんが、Tokyo Mx Tvの『東京の窓から』という番組で石原慎太郎都知事と対談された時に言われてたんですが、欧米人の登山家は山で仲間が遭難した時、遺体はそのまま永久に置きっぱなしのままにするそうです。
ですからエベレストなどの山の上の方に行くと、欧米人遭難者の白骨がたくさんあるらしいです。
日本人や韓国人の登山家の場合は、仲間が遭難して亡くなった場合、どんな事をしてでも必ず連れて帰ると言ってました。
登山というのは、もしかして遭難して死ぬかもしれないという事が事前にわかっていて本人の意思でするものです。欧米人の場合は遭難したのも自己責任という事になるのだと思います。
飛行機事故も、もしかしたら飛行機が墜落して死ぬかもしれないという事を理解して本人の意思で乗るものです。
墜落して死んでも自己責任です。

そして、これも野口健さんが同番組で言われてたんですが、野口さんは第二次世界大戦で亡くなられた日本兵の遺骨を収集する活動をされているそうなんですが、硫黄島を始め、太平洋の島々には現在も日本兵の遺骨がたくさんあるそうです。
しかし、日本政府は冷たい事に日本兵の遺骨収集にはほとんど関心がなく予算も年間数億円程度しかつけてくれないそうです。

アメリカの場合、映画にもなった硫黄島の戦いで、行方が判らなくなったアメリカ兵が一人いて、その一人の為に毎年億単位の予算を組み、戦後、ずっと遺体を探し続けているそうです。
戦争は本人の意思ではなく、国家の意思でするものですから、戦争で亡くなられた人は当然、自己責任などではないのですから、国家が責任を持つという事なのでしょう。

欧米は個人主義だからかなのかはわかりませんが、本人の意思が重要視され、その人の意思で行動を起こし、結果的に亡くなるような事になれば、それは自己責任という事になり、他人はそれに干渉しないのだと思います。
お礼コメント
noname#211724

置きっぱなし!びっくりです。
いやでも山が好きなんだろうからそれが本人がうれしいならいいような気も…なんだかこんがらがってきます。

アメリカが一人の兵士を探すってプライベートライアンみたいな展開がほんとにあるんですね…。
とても興味深い事例をいろいろ有難うございます。
投稿日時 - 2012-10-19 23:36:21
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  • 回答No.1
レベル11

ベストアンサー率 30% (81/270)

日本は火葬なので、もし海外で死んでも現地で焼いて骨を持ち帰り墓に埋葬する事が出来ます。 でも欧米は基本的には土葬です。だから海外で死亡し人の亡骸を自国の墓に埋葬しようと思えば、遺体そのものを搬送しなければならないのですが、実際そうなると遺体の状態はどうなのかとか又どのようにしてその遺体を運ぶのかと言う問題が発生してきます。 因みについ先日、北朝鮮で死亡した日本人兵士の遺骨収集事業が日・朝赤十字社を中心 ...続きを読む
日本は火葬なので、もし海外で死んでも現地で焼いて骨を持ち帰り墓に埋葬する事が出来ます。

でも欧米は基本的には土葬です。だから海外で死亡し人の亡骸を自国の墓に埋葬しようと思えば、遺体そのものを搬送しなければならないのですが、実際そうなると遺体の状態はどうなのかとか又どのようにしてその遺体を運ぶのかと言う問題が発生してきます。

因みについ先日、北朝鮮で死亡した日本人兵士の遺骨収集事業が日・朝赤十字社を中心に執り行われました。只これに関しては、アメリカが朝鮮戦争当時に亡くなったのアメリカ人兵士の遺骨収集を希望し、当時アメリカとの外交チャンネルが途絶えていた北朝鮮がそれに応えて遺骨収集事業を開始する事でアメリカとの外交チャンネルを復活させたという先例がある事から、今回も外交チャンネルの途絶えた日本にその事例を適用し、何かしらの突破口を見出そうとした感があります。

で、その事からも分かる通りなのですが、アメリカも海外で亡くなった人の遺体に無関心な訳では無く、収集出来る遺体や遺骨はキチンと敬意を込めて収集しています。しかし土葬という風習から時としてそうも行かないケースがあると言うのが実際なのかな思います。

で、検索ワードなのですが、関連する言葉としては埋葬(火葬・土葬・水葬・風葬・習慣)・遺骨収集(事業)等で調べれば良いかと思いますが、何れにせよ世の中には水葬や風葬の様に遺骨も残らない状態で記憶だけを留めておく埋葬方法もあるので、各国の宗教事情と照らして理解する事が大事かと思います。
お礼コメント
noname#211724

確かに土葬のほうが持ち帰るハードルは高いですね。
大きいし、冷やしたりしないといけなそうですし…。
風葬は初めて知りました。びっくりです。
色々勉強になりました。有難うございました。
投稿日時 - 2012-10-19 23:19:33
  • 回答No.2
レベル9

ベストアンサー率 73% (60/82)

日航機事故に関しては、おそらく飯塚訓氏の本を読まれたのですね。 さておき、遺体に対する感覚は、宗教で大きく異なります。日航機事故で遺体を引き取らなかった外国人家族は、キリスト教徒でした。キリスト教では、人が死ぬと霊魂が肉体を離れて神の下に召されるという考え方で、魂の抜けた遺体は、言ってみればただの抜け殻なのです。ですからそれほど重要ではありません。ただし、復活する際に再び肉体が必要になるという考え方もあ ...続きを読む
日航機事故に関しては、おそらく飯塚訓氏の本を読まれたのですね。

さておき、遺体に対する感覚は、宗教で大きく異なります。日航機事故で遺体を引き取らなかった外国人家族は、キリスト教徒でした。キリスト教では、人が死ぬと霊魂が肉体を離れて神の下に召されるという考え方で、魂の抜けた遺体は、言ってみればただの抜け殻なのです。ですからそれほど重要ではありません。ただし、復活する際に再び肉体が必要になるという考え方もありますから、基本的に土葬なのです。

米軍兵士のドッグタグは、遺体を回収できない場合にタグの一枚を仲間が持ち帰ることで、戦死の証明とします。そして遺体に残った一枚で、遺体回収時の身元を確認します。でも、遺体を回収できるときは、もちろん回収します。その情熱と力の入れ方は相当なもので、それはキリスト教的な意識よりも、国のために尽くした兵士を家族の元に帰すということに重きを置いているからです。

同じような考え方で、米国では損傷した遺体を修復して生前の姿に近づける、エンバーミングという手法が発達しています。これは特にベトナム戦争時に急速に発達したもので、激戦で激しく損傷した遺体でも、見かけはほとんど自然死のような状態にまで修復してしまいます。これは家族の悲しみを少しでも和らげ、生前の尊厳を保てるように配慮する文化です。このように、キリスト教だからと言って、遺体に冷たいわけではありません。

一方、日本など仏教国では、死者の霊魂は肉体と共にあるとし、遺体をきちんと火葬するなどして供養しなければ、霊魂が成仏できないという考え方です。ですから、かつての激戦地などに、遺骨を拾いに行って供養するのです。なお、遺骨収集活動は、かつての激戦地でずっと続けられています。ちょっと前には、北朝鮮に行ったことがニュースになりました。

このように、基本的に仏教国では遺体の供養なくして霊魂の平安なしという考え方のために、遺体の有無にこだわるのです。その中でも、特に日本人の遺体へのこだわりは特に強いと思います。日本人は一般にあまり宗教観念が強い方ではありませんが、より心情的な感覚で遺体にこだわります。東日本大震災の行方不明者の捜索もいまだに続いていますが、この感覚は日本人ならではと言えるかもしれません。そこには仏教的というより、「早く探し出して家族の元に帰したり、お墓に入れて楽にしてあげたい」という、命に対する根源的な優しさがあります。

日航機事故でも、子供の右手だけが見つからない親が、「右手がなくてはあの世でごはんが食べられない」とか、足が見つからない家族が、「足が無くては三途の川が渡れない」と考えて、ひたすら探し続けたという話もありましたね。仏教的な教えそのものよりも、そのような自然な死生観が強く現れているように思います。

また、日本人独特と言われる感覚として、戦争の生存者に「自分だけ生き残って申し訳ない」という気持ちが強いのです。だから生存者は、海外で散った仲間をなんとか日本に連れて帰りたいという思いが強く、それが遺骨収集活動に繋がってもいます。これは、日本が島国であり、単一民族とは言えまえせんが、比較的均一な文化を持った民族であるという帰属意識の強さによるものでしょう。

ちなみに、動物でも人間と同様に供養するのは仏教ならではで、これがキリスト教になると、人間は神が創造したものだけれど動物は違いますから、動物を人間と同様に祀ることはありません。でも、愛したペットの形見として、骨を持つことはあるでしょう。愛するものの身体の一部を持つという感覚は、宗教的な意味を超えて、どこでも共通するものだと思います。

参考となる書籍や検索方法については、すぐに思い当たるものが無いのですが、拙文がご参考になれば幸いです。
お礼コメント
noname#211724

はい、あたりです。「墜落遺体」を読みました。

そして、回答に中にある「日本人は宗教はあんまりこだわらないのに、遺体にはこだわる」というのがまさに私がびっくりした点です。
自分は無宗教だと思ってきたのに、今回「あれ?骨が欲しいと思う私はなんか宗教的?」と…。

わかりやすく情報を書いてくださりありがとうございました。
とても参考になりました。
投稿日時 - 2012-10-19 23:28:17
  • 回答No.3
レベル14

ベストアンサー率 33% (6975/21057)

国際問題 カテゴリマスター
これはデカルトの心身二元論が影響しています。 つまり、キリスト教文化圏では、身体は魂の 入れ物に過ぎない、と考えます。 だから大切なのは魂であって、身体は大事では ありません。 だから、臓器移植などの人体再利用にも抵抗がないのです。 これに対して、日本人は万物に魂が宿る、心と 身体は一体的なものである、と考えます。 心身一元論と言われるものです。 だから遺骨も大切にしますし、臓器移植には 抵抗を感じます ...続きを読む
これはデカルトの心身二元論が影響しています。
つまり、キリスト教文化圏では、身体は魂の
入れ物に過ぎない、と考えます。
だから大切なのは魂であって、身体は大事では
ありません。
だから、臓器移植などの人体再利用にも抵抗がないのです。

これに対して、日本人は万物に魂が宿る、心と
身体は一体的なものである、と考えます。
心身一元論と言われるものです。
だから遺骨も大切にしますし、臓器移植には
抵抗を感じます。

遺跡発掘で遺骨が出てきたとき、欧米人は何とも
感じませんが、日本人は段々おかしくなり、遂には
作業が出来なくなってしまう人が多いそうです。
日本人は、無意識にでも遺骨に魂を感じてしまう
からです。
お礼コメント
noname#211724

遺体をどう思うかは、確かに臓器移植に直結していますね。
どうして骨に思い入れちゃうんでしょうね…。
親がそうだから学習しちゃうんでしょうか。

wikiで探したら、実体二元論でのっていたので読んでみました。
とても勉強になりました。
ありがとうございます。
投稿日時 - 2012-10-19 23:31:47
  • 回答No.4
レベル14

ベストアンサー率 28% (624/2199)

文化、宗教の違いなので 日本では多数派かもしれませんが 海外では骨に固執はないと思います。 本やサイトも日本ではヒットしにくいと思いますよ そもそも固執していないわけですから説明はない 日本は、それが多数派なのでわざわざ説明をしない 需要がない カルトなところやコアなサイトにあるかもしれませんね 気長に探してみてください。 ...続きを読む
文化、宗教の違いなので

日本では多数派かもしれませんが

海外では骨に固執はないと思います。

本やサイトも日本ではヒットしにくいと思いますよ

そもそも固執していないわけですから説明はない

日本は、それが多数派なのでわざわざ説明をしない

需要がない

カルトなところやコアなサイトにあるかもしれませんね

気長に探してみてください。
お礼コメント
noname#211724

うーん、そうですね、英語ができればもっと色々調べられるのに残念です。
回答ありがとうございました。
投稿日時 - 2012-10-19 23:33:00
  • 回答No.6
レベル12

ベストアンサー率 24% (131/542)

遺体のこだわる・・・っていうのは、日本もそうでもないように思う 要は遺体ではなく、遺品なんだと思う 実際に、山岳救助や水難救助活動では、遺体捜索が優先されるように思われているけど、状況次第では、遺体をブツとして扱うものであって、重要視されない リアルで見ると凄いものだが、遺体対応は案外杜撰な場合が多い。(もっとも現場は礼節を守っているが) しかし、遺品はそうでもない。 遺体という肉体よりも、心・魂が ...続きを読む
遺体のこだわる・・・っていうのは、日本もそうでもないように思う

要は遺体ではなく、遺品なんだと思う

実際に、山岳救助や水難救助活動では、遺体捜索が優先されるように思われているけど、状況次第では、遺体をブツとして扱うものであって、重要視されない
リアルで見ると凄いものだが、遺体対応は案外杜撰な場合が多い。(もっとも現場は礼節を守っているが)

しかし、遺品はそうでもない。
遺体という肉体よりも、心・魂が宿るもの(遺品)を重視するのが普通だろう



良く宗教観という指摘があるが、それは違うと断言できる
そもそも、世界的宗教では、遺体(肉体)に対する特定の宗教思想は存在していない

同時に、日本人が遺体に対して冷酷なことは、戦争という極限状態からの開放時にも指摘できる

例えば、戊辰戦役の会津戦争の時には、賊軍だった会津側の戦死者の遺体の埋葬について新政府側は拒否し続けた
戊辰戦役では、この部類の話が多く、近所の僧侶が咎められるのを覚悟で埋葬した話などが伝えられている

遺体に対する情念というものがある指摘とも読めるが、感情論を乗り越えられる宗教観が機能すれば、このような事例はありえないだろう

ちなみに、諸外国でもイヌイット・スカンディナジア地域では、遺体を重要視する傾向がある話は聞いている
北方(種族)民族の文化のような関係もあるかもしれない

ただ、感染学などの病理学からの世界史での回答もありえるだろう
要は、死体感染などの知識・認識がある地域・社会では、遺体の埋葬は、伝染病対策が主眼であって、遺体が存在しない方が処理が楽だと考えていた傾向があるらしい。野焼きの遺体処理なども同様であろう
鳥葬などの自然葬であれば、儀式としての遺体の意味はあるが、それは儀式から離れてしまった人間にとっては、遺体はモノでしかない現実がある・・・という程度の話だろう

エジプトの死んだ肉体が復活する類の”黄泉がえり”・”甦る”・”蘇えり”(よみがえり)などの思想性がある場合では、遺体が重視されるのは当然だろうが、近現代ではそのような思想性は希薄だと感じる


ちなみに、臍の緒などを保管するのは、北方系人種の特徴らしい・・・

著作は、上記した「よみがえり」関係でも調べると”民俗学”比較文化論の類で何かあるように思われる
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