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解決済み

ボランティア精神はどうして生まれる?

  • 暇なときにでも
  • 質問No.7581
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ふと疑問に思ったのですが、
ボランティア精神ってどうして生まれるのでしょうか。
先天的なもの、しつけによるもの、環境、人生観、肉親の死
等色々考えられるのですが、
どんなご意見でもいいのでよろしくお願いします。
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質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.2
レベル12

ベストアンサー率 43% (235/542)

全くの私見ですが・・・

有名な「欲求五段階説」から考えると、
(1)生理的欲求 
人間が生きる上での根源的な欲求
(2)安全の欲求
同上
(3)親和の欲求
他人と関りたい、他者と同じようにしたい、集団に帰属したいという欲求
(4)自我の欲求
自分が集団から価値ある存在と認められ、尊敬されることを求める欲求
(5)自己実現の欲求 
自己実現の欲求とは、自分の能力、可能性を発揮し、創造的活動や自己の成長を追求する欲求

 ボランティア精神は、自我の欲求や自己実現の欲求に該当すると思います。生きていくために必要な収入が得られるようになれば、周りの人に自分の存在価値を認めてもらいたいという欲求が起こるわけで、無償労働でも周囲の人間の役に立ち、自分の存在価値を認めて欲しいと考えるケースもあるでしょう。また、自己実現のためにボランティア活動をすることも考えられます。

 ただし、上記の内容は、あくまで自己本意の発想になります。自己本意の発想でボランティア活動をすると、親切の押し売りになってしまう危険性も・・・本来、人間は一人では生きていけないもの。お互いに困ったときは助け合うのは当然。小さなことでも、皆が自然にお互いの立場を考えて、困っているときに助け合う・・・そんな世の中になれば、ボランティアなんて言葉を使わなくてもいいのかもしれませんね。

 OKウェブでの回答もボランティアの一種と言えるでしょうが、私の場合、自己満足の欲求を満たすため(または暇な時間を潰す為?)にやっているかな(^^;
お礼コメント
noname#2813


自信
なしとありましたが、たいへん説得的ご説明ありがとうございます。
投稿日時 - 0000-00-00 00:00:00
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その他の回答 (全5件)

  • 回答No.1
レベル9

ベストアンサー率 25% (29/115)

私個人の考えです。

ボランティアは、持っている人がない人にあげる(あたえる)ということです。
12もってるから2あげるみたいな。
8あれば十分だから4あげるとか。
我が身を捨ててまでボランティアをしている人はいるのでしょうか?

いるでしょう。確かにいます。そーゆう人たくさん知ってます。

でも、10もってるのを10あげちゃうとか、1しか持ってないけど1あげちゃうとか、そうでなくても人生の大部分をさいてしまうなんていうのは、もはや宗教的な(神がかり的な)救済じゃないか、といういみでボランティアではないと私は思います(定義しています)。

ただ、ppooooさんは主にそういった神がかり的な人について尋ねておられると判断し、どうして生まれるかを考えますと、「すべて」じゃないですか。何か一つかけても違う結果になってしまうものだと思いますから。

以上がfujinokiの回答です。
お礼コメント
noname#2813


早速のお返事ありがとうございます。
献身的なボランティア精神と言えばガンジー当たりですかね。
彼の考え方は普通の人には理解しがたいものかもしれないですね。
投稿日時 - 0000-00-00 00:00:00


  • 回答No.3
レベル11

ベストアンサー率 28% (69/238)

全て個人的見解ですが・・・

ボランティアと辞書で引くと“無報酬で活動する人”とありますが、報酬としてお金など物質的なものを得ることはないとしても、その活動の中で人それぞれ満足感や充実感や、何かを得ているのではないかと思います。人の為でもあり自分の為である、つまり自分に見返りなど何も求めずに人の為だけに何かを出来る人はそういないように思います。
本当に人の為だけに全てを捧げられるような人は、マザーテレサのような非凡な人間にしか出来ないことだと私は思います。
#でもマザーテレサのようにでなくても
#ボランティア精神を持ち活動している人は
#素敵だなと思います。

そのような精神がどうして生まれるかは、ppooooさんのおっしゃるような要素が考えられると私も思います。あと考えられるのはその人の性質(性格)でしょうか。
私の友人で貧しい国の子供の里親をしている人がいますが、その友人はそのようなボランティア精神は自分の宿命的なものだと言っていましたが、私も宿命的なもの(先天的なもの)という要素が強いのではないかと思います。

あまり回答になってない様で恐縮ですが…。
  • 回答No.4
レベル9

ベストアンサー率 25% (29/115)

#1の私の回答の補足

>我が身を捨ててまでボランティアをしている人は
>いるのでしょうか?
>いるでしょう。確かにいます。
>そーゆう人たくさん知ってます。
#ガンジーやマザーテレサなどの有名人(?)ももちろんそうですが、ここでは、身近でたくさん知っています、ということです。

そして、神がかり的と大げさな言葉を使用しましたが、道路のごみ拾いもボランティアといわれるし、アフリカ行って、現地で(命がけで)奉仕活動してもボランティアといわれる。
かといって、それらを一まとめにして、ボランティア精神はどうして生まれるって話はできないと思うということです。

ん?最初からそう書けばいいのか、、、(^_^;)

以上がfujinokiの補足です。
  • 回答No.5

ボランティアの人は、理由はどうであれすごいなあと思います。

結構誰にでも共感できると手伝ってあげたいという気持ちが出来ると思うのですが、それを実行に移せる人達だと思います。

思うだけなら誰にでもできるわけですから、ボランティアの方達は、すぐ行動に移せる人っていうのが私のイメージです。
  • 回答No.6
レベル10

ベストアンサー率 9% (18/183)

一言で言うと「優越感」と「自己の欲求を満たすため」ですね。

身近に障害者が何人かいるのでボランティアの人たちと接する機会も多く、そういった事を第三者的に見ているものですが、「ボランティア」という言葉に優越感を持っている人が多数います。
「ボランティアをしている自分」=「一般人とは違う」と誤解されているパターンですね。

純粋に困っている人の手助けをしたくてしている人たちは「手助けしたい」という欲求を満たしています。

たとえば私が電車でお年寄りに席を譲ったとします。
それは私が譲りたかったから譲ったわけで、それは親切心であるかもしれないけれども自分の「譲りたい」という欲求を満たす行動をしたに過ぎません。
ですからこれは「自己の欲求を満たす行為」なのです。
そして、なぜ「席を譲りたい」と思ったのかというと「立ちっぱなしじゃ疲れるだろうな。お年寄りで体力も無いだろうに。足腰も弱って来ているだろうし。かわいそうだな」などと思うからです。
自分より恵まれた人に対して「かわいそう」とは思いません。そこで無意識に自分のほうが勝っているという「優越感」が出てきます。

「私はボランティアをやっているから多少の無理は通る」と思っている人は「優越感」が強く、だまってこつこつとしている人は「優越感」が弱いのでしょう。
お礼コメント
noname#2813


ありがとうございます。
ボランティア精神はエゴイズムの延長としてとらえられるということですね。
看護婦さんのような例はどうなんでしょうね。
女性は幼稚園の頃から看護婦さんにあこがれたりしてますが、
ヒョッとして本能的なものもあるような来もします。

投稿日時 - 0000-00-00 00:00:00
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