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五段活用動詞の可能態(行かれるなど)

いつもお世話になっていますが、外国人に日本語を教えています。 真剣な外国人は私たちよりも本格的に文法を研究しているもので、ときどき返事に困ってしまうことがあります。昨夜は次のように質問されました。 「『五段動詞の第一段+れる』は可能態の意味で使われる場合もあるが、「話される」を可能態の意味で使うこともありますか」 確かに「行かれる」は五段活用動詞のひとつである「行く」の第一段「行か」+「れる」の形であり、可能態の意味で使う場合もあります(「マイクロバスを手配してもらえば、みんなでそこへ行かれるね」など)。同じことは「見る」などの動詞についても言えます。 それならば「話される」の場合も同じことを言えるはずですが、私は受動態または敬語表現でしか使った覚えがありません。これは私の考えすぎで、実は可能態(話すことができる)の意味で使う場合もあるのでしょうか。その外国人もそのような使用例を見たことがないので、不審に思って質問したようですが、私にはうまく説明できませんでした。 その外国人は相当本格的に日本語を勉強しているようすで、勉強に使っている言語学の教科書には次のように書いてあると言っていました。 五段動詞の可能態はそもそも「五段動詞の第一段+れる」の形から変化したものである。例えば「行く」ならば、行かれる(IKARERU)の中のARを除くと行ける(IKERU)になる。 どなたかその外国人に納得できる説明をお願いします。 ちなみに大辞泉と大辞林には「話す」の項目の末尾に「〔可能〕 はなせる」と付記されていましたが、それはなんらかの事情があってのことかと思っています。 http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E8%A9%B1%E3%81%99&dtype=0&dname=0na&stype=0&pagenum=1&index=14966900 http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E8%A9%B1%E3%81%99&dtype=0&dname=0ss&stype=0

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質問者が選んだベストアンサー

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  • 回答No.9

#8です。もう少し続けます。 >五段動詞の可能態はそもそも「五段動詞の第一段+れる」の形から変化したものである。例えば「行く」ならば、行かれる(IKARERU)の中のARを除くと行ける(IKERU)になる。 この教科書は、われわれの国文法からみて、かなり特異な表現をしていますね。 このような「可能動詞」については、次のようなポイントを教えて上げてはいかがでしょう。 1.五段活用動詞の基本形語尾「-u」を「-eru」に置き換え、下一段活用に変化させて可能の意味を加えた派生形とされる。 食う(-u)→食える(-eru) 切る(-iru)→切れる(-ireru) 蹴る(-eru)→蹴れる(-ereru) 送る(-uru)→送れる(-ureru) 2.中世期末頃から口語調としての、打消しを伴う不可能形表現として始まったが、江戸期には不可能形だけでなく可能形全般として盛んとなった。 1)統語的表現での否定形…話すことができない/話されはしない/話す能わず 2)可能の助動詞の否定形…話されない 3)可能動詞の否定形…話せない 4)可能動詞の肯定形…話せる #8で上げた例のように、ここで注意したいことは、このような由来上、可能動詞の否定形は、その肯定形である意志的な動作性動詞の否定だけであって、多様な陰影を含む条件下での表現には、いまだに統語的表現の否定形や可能の助動詞の否定形を用いて表現するほかない場合があるということです。 3.可能動詞で表わせるのは意志的な動作性動詞に限定されること。 ×予め気付けなかったのか ○予め気付かれなかったのか/予め気付くことができなかったのか 4.語尾が「─る」の動詞は、可能動詞が「―れる」の形をとるので、もともとの下一段活用の「ら抜き言葉」と見かけが同形となるため、聞き手に悪い語感を与えやすいので要注意。 例)送る(-uru)→送れる(-ureru)→送られる/送ることができる 5.地域差・年齢差にも留意が必要。 このような可能動詞形を、1段活用動詞にも転用して「ら抜き言葉」の、更には「さ入れ言葉」の誘引になったり、もとの可能の助動詞用法でも「れ足す言葉」を齎したり…。各地の方言と絡んだ形や若者言葉としての変化とも連関している傾向にも配慮が必要になりつつあるのでしょう。

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質問者からのお礼

本格的な文法説明、ありがとうございました。 外国人には難しすぎる内容かもしれませんが、私に質問した人はすでに大学院に進学を決めていますので、このような説明に興味を示すかもしれません。

その他の回答 (8)

  • 回答No.8

>「「話される」を可能態の意味で使うこともありますか」 「些(ち) っと手軽くは話されない。中々難かしくなる。」(「文芸は男子一生の事業とするに足らざる乎」夏目漱石) 「笑談 ( じょうだん ) 半分には話されないとでも思うらしく見えた。」(「冬の王」森鴎外訳) このように、曰く言い難い事情があったり、物理的には「話せる」ことでも、心理的に話す意思が湧かない、あるいは意識的・意志的に話したくない場合など、「それは話せない」で済ませるのでは日常会話的で軽すぎるきらいがあるケースにおいては、「そう簡単には話されないものがあるんです。」「他人にはおいそれとは話されないことですし…。」といった、特定の「話すことができない」という改まった構文的ニュアンスを盛り込む用法として今でも用いられています。

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質問者からのお礼

なるほど、言われてみると「それもそうだな」と思えますね。 ご回答いただくまでは、全く考えつきませんでした。これも「過渡期」なればこその現象の一つかもしれませんね。 ありがとうございました。

  • 回答No.7

そういう事情とは知らず、失礼いたしました。この場を借りて非礼をお詫びします。 ついでと言ってはなんですが、 >これについても、その方向で考えるべき問題なのでしょうか。 は、ちょっと違います。「話される」は使われなくなっていく方向のもので、誤用が広まっていく例とは反対方向です。まあ日本語の変化といえば変化なのですが。 そして私の意見は、その使われなくなっていく理由について「同じ内容なら短い方」ということでした。

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質問者からのお礼

いえいえ、どういたしまして。わざわざコメントいただき、ありがとうございました。 私の言い方がまずかったかもしれませんが「たとえ間違いであっても」とは、少し誇張した表現のつもりでした。使われなくなっていく方向のものであろうと、誤用が広まっていく方向であろうと、私たちはとにかく日本語の変化についていく必要があるでしょう。「その方向で考えるべき」とは、その意味で言ったつもりでした。 「同じ内容なら短い方」には、一理あると思います。

  • 回答No.6
noname#160411
noname#160411

「みんなの日本語初級II 教え方の手引き」より。 一段グループは「ます」→「られます」 カ変サ変グループは「します」→「できます」、「来ます」→「来られます」 五段グループは「ます」の前の母音がeに変わる とありました。つまり「話します」なら「話せます」に変化するということです。 普通形は「話せる」。 すなわち、「五段グループは『話せる』などの可能動詞の形があるのでこちらを用いる。『~れる・られる』の形は用いない」という説明でいいのではないでしょうか。

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質問者からのお礼

「教え方の手引き」にそのように書かれていたのですか。 それも「過渡期」における一考察なのかもしれませんが、十分参考にさせていただこうと思います。 ありがとうございました。

  • 回答No.5

〈「話される」を可能態の意味で使うこともありますか〉  結論だけを書くと、当方は使いません。一般にも使う人は少ないでしょうが、決して間違いではありません。年配のかたはフツーに使うかもしれません。  いろいろな話がからんで来るので、長くなります。  詳しくは下記をご参照ください。不明点がありましたら、追加でご質問ください。 【休まれない と 休めない の使い分け】 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1155738816 【休まれない 休めない 休める 休まる】Yahoo!知恵袋 http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1801.html ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■  下記から一部抜粋(重言)。 http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1094.html ================================  かつて五段活用の動詞が、受動、尊敬、可能がすべて「書かれる(kak-ar-er-u)」だったのに、しだいに可能だけがarが抜けて「書ける(kak-er-u)」になったのと同じことだと思います。  ただし、少し考え方をかえてもいいかもしれません。もう何十年も「ら抜き」は乱れだ、乱れではないと論争が続き、こういうのはだいたい「進化」していくはずなにのに、いまだに「乱れ」だといわれる。それだけ、「ら抜き言葉」には拒絶反応を呼ぶ何かがあるような気がします。  そう考えると、まだ当分の間は「乱れ」という主張が主流を占めるのでは。  個人的には、「ら抜き言葉」は使えません。他者が言っているのは「もうしかたがない」とあきらめますが(ただし、年配者には使ってほしくない)、書いているのにはかなり抵抗があります。 ================================ 「行く」の例で考えると、受動、尊敬、可能(ほかに「自発」も?)の意味があった「行かれる」のうち、「可能」だけが「行ける」になりました。可能の意味で「行かれる」と言うのは、多少古いイメージはありますが、決して間違いではありません。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 「行かれる」以外にも、現代でも五段活用動詞で「ar」をつけた形で使われる動詞はあるようです。  たとえば『大辞林』を見ます。 http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E3%82%8C%E3%82%8B&stype=0&dtype=0&dname=0ss ================================引用開始 [2] 可能の意を表す。 (ア)動作・作用が主体の能力によって実現可能なことを表す。   駅までなら一〇分で行かれるだろう   子供でも登られる山だ (イ)動作・作用の遂行が許容されていることを表す。   忙しくてじゅうぶん休養もとられない   勝手な遅刻や早退は許されません ================================引用終了 「登られる」「とられない」はどちらも可能の意味で使われています。

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質問者からのお礼

具体例を詳細にご検討いただきまして、ありがとうございました。 これまで私も無関心でしたが時間をかけ、場合によっては紆余曲折を経てでも、いずれはひとつの結論にたどりつくことでしょう。 その結論を左右するのは、他でもない私たち自身ということになろうかと思います。

  • 回答No.4
  • SPS700
  • ベストアンサー率46% (15152/32485)

    #3です。補足です。 >>あらためて辞書を見ると「行く」の末尾にも「[可能] ゆける」と付記されていました(サ行五段動詞だけではありませんでした)つまり「五段動詞の第一段+れる」の形は、現在では使用するべきでないとされる形なので辞書にもその方向性を示すために付記されているが、過渡期であるためにその形も完全には消滅していないと理解するべきことなのでしょうか。     言葉と言う物は年中動いています。学校のような物を固定する場所でも、「x年前はこう教えていた」などとはよく聞く話です。ですから字引を書く人は大変だろうと思います。     ○○辞典の第○版には、こう書いてあるが第△版になると、こう変わっている、と言う事は珍しくありません。また動きも一方向ではなく行ったり来たりウロウロします。     「マイクロバスを手配してもらえば、みんなでそこへ行かれるね」への反応も人によって違うと思います。まとめますと、言葉の変化は 1。語彙によって個々バラバラで起こる。(と言う事は規則に当てはまらない例外がある) 2。多数派に引きずられて変わる事がある。 3。 一方向に変化が進むとは限らない。 4。言葉の変化が先で、文法は、後から作られる。     こんな事から「違和感」がなければそれでいいと思います。

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質問者からのお礼

補足説明、ありがとうございました。 私もNo.2さんへのお礼の中で少しふれましたが「正しい言葉」とは、時々刻々変化していくものです。 それを思うと、この説明には全く同感です。私に質問した外国人には、この点を踏まえて回答したいと思います。

  • 回答No.3
  • SPS700
  • ベストアンサー率46% (15152/32485)

    外国人の生徒さんならローマ字で説明すれば簡単です。可能は1段なら「rare」、5段なら「re」とする(五段の語幹は s、k、m のような子音で終わるから sr、sk、sm のような子音連続は日本語で許されないので r が無くなる)。 1。  1段動詞の場合     mi + rare = 見られる(可能)     tabe + rare = 食べられる(可能) 2。   5段動詞の場合     hanas + re = 話せる(可能)     ik + re = 行ける(可能)     yom + re = 読める(可能) その生徒さんが「勉強に使っている言語学の教科書には(中略)五段動詞の可能態はそもそも「五段動詞の第一段+れる」の形から変化したものである」とあるのは、上記の事だ、と説明なさっては如何でしょう。     この現象が1段にも広がって「見れる」「食べれる」となると、現在の「ラ抜きことば」になる。言い換えれば、ラ抜き現象は5段動詞ではもう浸透しているので、1段は「られ」、5段は「れ」という二重性を一本化しようという動きの過渡期が現在の日本語だ、と言えばいいと思います。

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質問者からのお礼

丁寧なご回答、ありがとうございました。 あらためて辞書を見ると「行く」の末尾にも「[可能] ゆける」と付記されていました(サ行五段動詞だけではありませんでした)。 つまり「五段動詞の第一段+れる」の形は、現在では使用するべきでないとされる形なので辞書にもその方向性を示すために付記されているが、過渡期であるためにその形も完全には消滅していないと理解するべきことなのでしょうか。 ちなみに質問文に書いた「マイクロバスを手配してもらえば、みんなでそこへ行かれるね」については、私個人にとっては違和感のない表現です。何年も経てばそれも正しくないとされ、逆に「ラ抜きことば」が定着しているかもしれませんね。

  • 回答No.2

 まず「話される」を可能の意味で使うかどうかですが、明治から昭和初期のころの日本文学(小説)の中で見かけたような気がします。漱石だったかな。見覚えがあるからこそ、「ああ、そんな使い方もあったな」と思えるのでしょう。今は話し言葉でも書き言葉でも、全く見ませんね、少なくとも私は。  可能の表現について、現在の学校文法では「五段活用の動詞の場合は語尾に<eる>をつけて可能動詞にする」となっています。ご質問中のIKERUの、結果だけを簡潔にしたものでしょう。  他の活用の場合は<れる><られる>をつけますが、これは五段活用以外の動詞の活用語尾がすべて「る」で終わる影響でしょう。  可能の表現の仕方は ・~することができる ・~れる、~られる ・~eる がありますが、言葉には「同じ意味ならできるだけ短く」という原則があるのだと考えています。 ・話すことができる  ・話される  ・話せる どれも「話すことは可能だ」という意味で、どれでも間違いではないのですが、それならどれか一つでいいじゃないですか。ならばいちばん短いので、という理屈です。  しかし五段以外の動詞、たとえば…「開ける」なら ○開けることができる  ○開けられる  ×開けれる で、現時点では「開けれる」は文法上 破格(ら抜き言葉)とされています。そこで次点の「開けられる」が使われる、と。  まあ簡単に言えば「話される」「話せる」どちらも間違いではないが、なら短い方で、と思ってみんながそればかり使うから、「話される」は現代では使用例がほとんどない。こうなります。  失礼ながら、外国人に日本語を教えるのがお仕事であるなら、こういうことがどこに書いてあるかを探すのもお仕事のうちでしょう。ネットやネット辞書に頼らず、図書館で調べてみてはいかがしょうか。プロの意地で。

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質問者からのお礼

ありがとうございました。どうやら私だけの考えすぎではないことだけは、はっきりしたようです。 確かに言葉というものは、たとえある時点では間違いとされていても、みんなが使い始めるとそれが標準だということになってしまうもののようですからね(NHKの言葉おじさんもそのように言っていました)。 これについても、その方向で考えるべき問題なのでしょうか。 言い訳がましくなりますが、私は日本語指導に関しては素人です。日本語教師の資格も持っていませんし、そのための勉強もしたこともありません。ただし日本のチャットに外国人が参加してくることがありますが、その人の求めに応じて細かい日本語の間違いを直してあげると感激し、「勉強になります。今回だけのことにせず、今後ともぜひ教えてください」と言われることが多いのです(私のようにいちいち直してあげる日本人は少ないようですが、厳しくチェックすればするほど喜ばれます)。そんなことが何回も続いて何人もの外国人を指導し、現在の状況に至っているのですが、決して国文法に強いわけではないので苦労しています(笑)

  • 回答No.1
  • asuncion
  • ベストアンサー率32% (1858/5669)

サ行五段活用をする動詞については、例えば 話される を可能の意味では使うことができない、ということではないかと、 日本語学者でもないのに勝手に想像しています。

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質問者からのお礼

さっそく一緒になってお考えいただき、ありがとうございました。 言われてみると「出す」もサ行五段活用動詞ですが「出される」には可能の意味がなさそうです。やはり辞書の説明末尾には「[可能] だせる」と付記されていました。 どうやら間違いではなさそうですが、その外国人を納得させるためにはもう少し文法理論の裏付けがほしいところですね。

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