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医師のいう「迷路」とは
- 医師の意味する「迷路」とは、患者の心理的な苦悩や迷いを指すものです。
- 患者が医師に驚いたことを話した際、医師はそれについて深く掘り下げようとしましたが、患者の答えに「誰にでも起こるわけではない」として、話題を避けるようになりました。
- 患者は分析的療法において思いついたことを話すように指示されていたため、医師の反応に違和感を覚えています。どうしてこのような言葉が返ってきたのか、アドバイスを求めています。
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No.2です。お昼時、ふと気になったので携帯から打った内容だったのですが、質問の一側面にしかご回答できていなかったのではないか、と思い、改めてPCからの回答です。 共依存に対する説明はNo.2で記した通りなのですが、もうひとつの、「意味がない」という先生の言葉について。 ドクターは、その「意味がない」という言葉を単独では使っていませんね? 前に、「誰にでも起こるわけでもないんだったら」という条件を限定なされています。 つまり、誰にでもそういった感情が起きるのであれば意味があるけれども、ドクター個人に対して起きるのであれば意味がない、ということです。 ただ、文中でmadomintさんが危惧なされているように、ドクターがmadomintさんの言葉に対して、「転移」が起きていることを察知したからあえて話題をそらしたことも否定できないと思います。 私は精神科医でもカウンセラーでもありませんが、日常生活の中で、カウンセラーに似た作業を行うことがよくあります。その時大切なのは、カウンセリングを受ける側ではなく、カウンセリングを施す側。上記のケースであれば、医師の立場で、相手の感情に巻き込まれないことです。 今は違っていても、将来そうなるかもしれないな、今自分は巻き込まれていないと思っているが、ひょっとして巻き込まれるかもしれない、と敏感にこれを察知することができなければ、完全にカウンセラーとしての立場の人間がつぶれてしまいます。 分析的療法という言葉には初めて出会いましたので、少し調べてみましたが、この療法が大切にしているのは、ドクター(カウンセリングを施す側)の感情より、やはりカウンセリングを受ける側の感情を大切にしているようです。 この療法を考察すると、「あなたは今こういった感情の状態にいますね」と、上記の例でいえばドクターが患者に対して指摘するのではなく、そのことに患者自身が気づくことの方が大切です。逆に言うと、ドクターがそう指摘したのではその「分析的療法」が本来目的としている過程から外れてしまうことになるのではないでしょうか。 私なりに分析すると、迷宮のたとえは間違いなく共依存のことを意図していると思います。 一方、「誰にでも起こるわけでもないんだったらこれ以上聞くのは意味がないかな、、、」という言葉の意味は、まずその前段の質問で、madomintさんの中に、依存が起こっているかどうかを確認したのだと思います。 その上で、madomintさんから、「他の医師でも同じように必ずしもそうなったとは思わない。先生だからだと思う。」 という返答が返ってきたことで、madomintさんの中に、「依存が起きている」と感じたのだと思います。このときにカウンセリングを施す側がとる態度は大体決まっています。 「相手を突き放す」という行為です。 これは、私も同じようにします。突き放す、というと聞こえは悪いですが、言い換えれば、クライアントとの間に一線を引く、ということです。 もし、madomintさんの回答が、 「ドクターと同じくらいの年齢や同じ性別(男性)の精神科医であれば同じように思った」 もしくは精神科医に限らず、同じくらいの年齢や性別の人物であれば同じように思った、ということであれば、私も「問題がある」と感じるでしょうから、やはりもう少し深く問いかけるでしょう。 ですが、 「他の医師でも同じように必ずしもそうなったとは思わない。先生だからだと思う。」 という答えであれば、まさしくそれ以上深く聞き続けることに意味はありません。深く聞き続けてしまうと、madomintさんの好意(たとえそれが恋愛感情でなかったとしても)を耳にするだけで、ドクターの中に別の感情が生まれドクターの中にもmadomintさんに対するそれまでとは違う感情が生まれてしまうことを否定できないからです。 ドクターはそれを恐れたのだと思います。間があったのは、その判断。つまり、深く聞き続けるのか、そこで質問を終えるべきかという判断をしていたのでしょう。熟慮したうえで、質問を終える、という選択をしたのだと思います。 前の回答でも記したように、ドクターとクライアントの間に生まれる共依存ほどめんどくさいものはありません。第三者がこれに気付き、お互いを引き離そうとしない限り、それこそ泥沼です。 私は、精神科心療というカテゴリーにおいて、他の医学分野以上に、特にドクターと患者の間の信頼関係は重要だと思っています。プラシボ効果と言って、ドクターとの間に信頼関係が築けていなければ、薬の効果すら大きく変化してしまうほどです。 ですが、信頼と依存は違います。だからこそ優秀なドクターほど患者との間に一定以上の距離を置こうとするはずです。自分への信頼が依存に変わらないようにと最新の注意を払うでしょう。 ですから、これがきちんとできているmadomintさんのドクターは優秀であると私は思うのです。
その他の回答 (5)
たぶん迷路は出口が見つからずさ迷い歩く。 答えが出せないという意味だと思います。 答えの出せないものを一生懸命考えるという意味ではないでしょうか。 答えを出そうとして考えるととてつもない体力を使うから止めましょうという意味だと思います。 その理由は 誰にでも起こるわけではないから。 一般的考えが通用しないと思ったんじゃないでしょうか。 一般的ならわかるけど その人だから となればいくら考えても答えが出ない。 だから止めようとしたんだと思います。 そんな意味じゃないかな。
ちょっと気になったので、もう一度回答します。 どうして?なぜ?とmadomintさんは気にしておられるようですが、そんなに重要なことでしょうか? 思いついたことを話してくれと言われて、言ったまでのことだし、話の過程で医師側は「これ以上は意味がない」と感じたからそう言ったのですよね。 せっかく言ったのにその対応は何だと文句が言いたいのでしょうか? 重要な事だから、もっと説明せよ、意味が無いとは何事だという御腹立ちですか? わたしだったら、「意味がない」「ふーん、そうか。だったら別の話題にしよう」と考えます。 もし、意味があると考えていたら「先生の応対に不満である」と苦情でも言うかもしれません。 どうしてそんな内容に拘るのでしょうか? 一度目に回答したように、医療の大半は手探りでありその場の対応に追われていることがほとんどです。 あまり深い意味は無いと思うのですが、医療の利用客として、不満があれば「その旨を言う」というのも一策です。 しかし、相手の医師が更に混乱したり、場合によっては嫌な客として態度を変えてくる可能性もあります。 相性は、双方の側にあるということです。私は、個人的には医師を混乱させないため、全ての科で無駄な話はしないタイプです。 細かいことに拘るお客さんというのはあまり歓迎されない可能性もありますが、お金を払っているので、尋ねる権利があるという意見もあるかもしれません。
一つ前の回答者様が書いておられますが、治療者が自分の存在意義(自分は有能である・患者を惹きつけることができる)を認識するには、患者さんがいつまでも離れずにいてくれることが重要です。 更に、「尊敬している」「お世話になっている」という言葉に喜ぶ医師は非常に多い。 それはズバリ、人間である以上、患者さんに及ぼす自分の影響力を実感したいということによります。 ゴールは、madomintさんが、その医師の顔を見る必要もなくなることです。 頭に考えることもなくなり、全く必要としなくなることです。 ○○先生だから、と特別扱いするのは一種の理想化です。 料金を支払っている商売上の関係であると考えるべきです。(同僚でもない、友人でもない、家族でもないのは当然です)ですので、私だったら医師に対してドライな感じで接します。なるべく巻き上げられないように、かつ時々よいしょして、医師の優越感をくすぐるように、そしてまた嫌われそうな時は土産とか効果的にきかせるようにします。あなたは、医師の怖い顔というものを知りません。 医療は、場合によっては人間にダメージを与えることが可能な分野です。過剰な傾倒・信頼は禁物です。 >私の軽い陽性転移的な感情がそう思わせたからだと思ったので、そう答えました。 これは私にとってはかなり勇気のいる答えでした。 医師はしばらく考えたあと、「誰にでも起こるわけでもないんだったらこれ以上聞くのは意味がないかな、、、」といい、続けて「ふたりで迷路に入ってしまっても大変なだけだから」といいました。 その場にいたあなたの予想が恐らく正しいでしょう。医師は思わせぶりな会話には慣れているので、面倒だと感じたのかもしれません。 アドバイスは、最初に書いたように過大な理想化は禁物ですということです。コンパクトな会話にまとめて、早く自分がその医師の元を去るように準備を進めるのが良いでしょう。友人でもない、家族でもない、単なる金銭契約を結んでいるだけの一時的な関係性だということ。そして、医師という職業は患者に恩恵を与えるだけでなく、害やダメージも与えることの可能な2面性のある職業であると認識することです。 >医師として好意や尊敬はありますが、その医師に恋愛感情などはありません。 私流に言わせると、尊敬なんてあまり必要ない。それ相応の代金を払っているのだから当然の治療です。 むしろ、害のある治療を受けないように充分注意し、かつその治療に同意するかよく考えて受けること。 医師に受けた治療は後から立証が難しいので、支払いも診療も納得して受けるようにしてください。 特に医療は絶対ではないです。 長年の歴史において、数々の失敗をしてきた側面があり、患者の失敗によって学んできた医師が大半ですから、その「迷路に入るナンタラ.....意味がない....」とか言う医師の失敗に遭わないようにしてください。 医師を尊敬しているなんていう人は無防備で何もわかってない人が大半。 医療なんて手探りで、かつその場の対応に追われているだけの場合がおおいよ。
- covanonki
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共依存のことでは? 精神科医の究極の目的、つまりゴールとは、クライアントが精神的に立ち直り、やがてドクターの元から去っていくことにあります。 患者の目指すゴールもまた同じで、やがて自分の力で立ち上がって歩き始めることをその目的としているはずです。 ところが、共依存が起きてしまうと、クライアントの側に自立心が生まれ、ドクターの元を去ろうとする気持ちが起きたときに、患者ではなくドクターが患者を引き留め、ドクターの元を去らせないような行為を行いはじめます。 また、本当は立ち直ろうとしているのに、誤った評価を患者に伝え、本来目指そうとしている道とは別の道に誘導してしまったり・・・。 そうなると、そのドクターの力では患者をゴールまで導くことが非常に難しくなります。 患者がドクターに依存し、依頼する気持ちが起きるのは、これは仕方のないことです。それが病気であり、治療すべき対象なのですから。 しかし、これがドクターの側に起きてしまうのは非常にまずいですよね。 患者はこれに気付くことができませんし、仮に気付いたとしても、相手はドクターであり、精神的優位にあるわけですから、ここから抜け出すことができません。 この事を正しく共依存と呼びます。DVから抜け出せない夫婦と同じですね。 この事を先生は考慮したのだと思いますよ。さすがにこの内容をストレートに患者に伝えるわけにはいきませんから、謎かけのような表現をなさったのだと思います。 私は、その医師は精神科医として優秀な方だと思います。
- yasuto07
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一番最後の2行を先生にお伝えください。