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商業捕鯨はダメ?

社会問題かもしれないのですけれど、生物学的なもしくは環境学や生態系などの視点から考えたらどうなるのかなってふと疑問を持ちました。 商業捕鯨はだめなのでしょうか? 社会問題的に見ているとエキセントリックな感情論と価値論争に終始しているような気がします。 場違いのような気がしますが、科学と産業との接点でもあるような気もします。 理系的な見方をすればどのように考えることが出来るのでしょうか、お教え下さい。

  • isobg
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  • ベストアンサー
  • Teisei
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回答No.1

商業捕鯨を反対する国や団体の意見は、 ・過去の商業捕鯨によって鯨が絶滅の危機に陥り、その数は絶滅のおそれがないといえるほどにはまだ回復していない ・鯨は知的生物であり、殺すのは残酷 ・養殖できないものを殺すべきではない ・(ホエールウォッチングは重要な観光資源である) などが主である。 それに対し、日本などの商業捕鯨の再開を要望している国々の意見は、 ・捕鯨反対派は、鯨が依然として絶滅のおそれがあるとしているが、それを示す科学的データは出されておらず、むしろ、調査捕鯨を含む科学的調査の結果、鯨の数は十分回復しているというデーターが出ている。 というものです。 在米日本大使館の児玉和夫公使(広報担当)は三十一日付の米ワシントン・ポスト紙に、調査捕鯨拡大に関して日本政府の立場を説明する文書を寄稿し、この中で「クジラも海の生態系の一部であり、広く生態系全体の保護を考えるべきだ。科学者の見積もりでは、クジラは年に二億八千万~五億トンの魚類、甲殻類を消費しており、人類全体の消費量の三~六倍にも当たる」などと訴えている。 私としては、漁獲量さえきちんと管理すれば、商業捕鯨に問題はないと思うんですが。生態系の頂点である鯨を過剰に保護すれば、生態系の底辺であるほかの魚類、甲殻類の数が減少し、生態系が崩れかねないし。 鯨は知的生物だから殺すなっていうのは、鯨を食べない国の人達の感情論に過ぎないと思うし(だって、中国等の国々ではサルだって食べてるんだし)。 この問題って、西洋人が、その経済力で圧迫して取り込んだ国々を抱き込んで、日本などの食鯨文化を野蛮なものとして排除しようとしている、西洋の文化の押し付けと感じてしまうのは、私が鯨肉大好きだからなのでしょうか?

参考URL:
http://www.yomiuri.co.jp/00/20000901i404.htm
isobg
質問者

お礼

生態系の見方にはいろいろと考えるべき所があるのですね。よくわかりました。 ありがとうございました。

その他の回答 (1)

  • kawakawa
  • ベストアンサー率41% (1452/3497)
回答No.2

生態系の中で、特定の生物群のみを優遇する(保護する)と、その系はもはや自然ではなくなってしまいます。もっとも顕著な実例が、私達人間の住んでいる世界です。人間に都合のよい状況に変えてしまったため、他の多くの生き物は絶滅したり、大幅に減少してしまいましたよネ。 海中の世界でも同じで、鯨だけを重点的に保護すると‥ 鯨をはじめ多くの動植物を絶滅に追い込んだのは主として欧米諸国でした。鯨油と歯(ヒゲ)だけを取って、残りの肉も皮もすべて放棄し、鯨を保護せざるを得なくしたのは以外の欧米各国でした。ノルウエーやアイスランドなどの鯨を食べる文化があった国々は日本と同様、鯨を無駄なく有効利用していました。 これらの事実は捕鯨反対国も知っています。けれども、異なる文化を受け入れないというキリスト教的思考、そして、根底には人種差別的思考から、あくまでも、どのような理由があっても反対という姿勢を続けさせています。 ノルウエーやアイスランドやロシアは海軍力のバックアップがあり、商業捕鯨を続けています。けれども、日本は自国の捕鯨船を守るために自衛艦を出すことができないため、特に立場が弱いのです。 ダメなものはダメということを基本としているグループと、論理的に考えようとするグループが冷静に話し合うことは出来ないでしょう。先日の国際捕鯨委員会でも、科学的データに基づいた提案に対し、「データはデータにすぎない。科学委員会に決定権はない。総会のみに決定権があるので、無意味だ」という趣旨の発言をしていましたネ。結局、議論がかみ合わない理由はこの発言が代弁してくれています(以上、思想的・政治的・軍事的理由)。 今後、世界の人口が更に増えつづけると、間違いなく食糧危機が深刻化します。そのときに今もっとも有望視されている食材がオキアミです。現在のところこのオキアミは南極圏を中心に数億トンレベルが存在すると言われていますが、シロナガスクジラをはじめとするヒゲクジラの主食となっています。このままクジラを増やしつづけると、次世代に向けての有望な食糧が一つ枯渇してしまう可能性があります。 生き物は体の小さな種ほど大量の食料を必要とします。これは、体が小さいほど体表面積比が大きくなり、生きるためのエネルギーを沢山補給しなければならないからです。 絶対量としてはクジラが食べる餌の量は恐ろしく多いのですが、体重比で考えると効率よく育つ貴重な食糧源であると位置付けることが出来ます。 いずれ起こるであろう世界的な食糧危機に際しては、現在の反捕鯨国も捕鯨に頼らざるを得ないときが来るのではないかと考えます。 kawakawaでした。

isobg
質問者

お礼

>結局、議論がかみ合わない理由はこの発言が代弁してくれています(以上、思想的・政治的・軍事的理由)。 IWCの主張が腑に落ちないのは議論がかみ合わないからなのですね。 よくわかりました。ありがとうございました。

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