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無限集合の連続体濃度のよりも大きな濃度?

http://ufcpp.net/study/set/cardinality.html#carginality 上記のサイトを眺めておりましたところ、下記の記述に出会いました。 ===引用=== 余談になりますが、 この記号 ‭א は、 ヘブライ文字の1文字目で、ギリシャ文字のα、ローマンアルファベットの a の元になった文字です。 無限基数の中で小さいものから順に、 ‭א0 , ‭א1 , ‭א2 , ・・・ と表します。 昔は、 無限基数を小さいものから順に、 ヘブライ文字の第 n 文字目で表していました (aleph, beth, gimel, daleth, ・・・)が、 読めないし、写植の上でもなかなか表示できないので、 アレフの右下に添字を付ける今の表記法になりました。 ===引用終わり=== 恥ずかしながら、無限集合の濃度の事を聞いて以来、無限集合の濃度は下限が ‭א0で上限がא1なのかと勝手に思っておりました。 ところが、上述のように、 ‭א0 , ‭א1 , ‭א2 , ・・・ ということでありますと、俄然 ‭ ‭‭א2の濃度を持つ無限集合に興味が湧いてまいりました。 連続体濃度よりも濃度が大きい無限集合とはどのような集合でしょうか? 数学の素人なものですから、直観的に理解できそうな実例を一個・二個、お示し頂けるとありがたいです。

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質問者が選んだベストアンサー

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  • 回答No.17
  • Tacosan
  • ベストアンサー率23% (3656/15482)

正整数の集合N から素数の集合P への*全射でない単射*を作ってみましょう. Fn = 2^(2^n)+1 をフェルマー数とします. すべての m, n に対して Fn と Fm が互いに素であることは容易に証明できます. つまり, 任意の n に対して「Fn の最小素因数」が相異なることになります. そこで f(n) = 「フェルマー数Fn の最小素因数」 とおけばこの f(n) は N から P への単射であり, かつ (f(n) = 2 となる n は存在しないので) 「全射ではない」ことが分かります. あと, 「未だに「実数+リンゴ」と「実数」の間には全単射があることを説明できません。」ということですが, これは「リンゴ」と π を対応させれば後は「π でない実数全体」と「実数全体」との間に全単射があるかどうかという問題に落ちます. 説明できない? ついでにいえば, 「部分集合でありながら一対一対応ですか?」という疑問を持っているようですが, 「整数と偶数の間に 1対1 の対応がある」ことは不思議に思いませんか? また, この性質は実は「整数が無限に存在する」ことと等価です. なぜなら, 無限集合は必ず「1対1 対応が存在するような真部分集合を持つ」からです.

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質問者からのお礼

たこさん、何度もありがとうございます。 有限の世界に生きている我々が無限を理解するのは、2次元平面に生きている平面カエルが四次元時空を理解するごとき難しさ(=違和感、不可解さ)があるのでしょうね。 結局、べき集合の濃度よりも、”真部分集合でありながら一対一対応が存在する”という、無限集合ならではの真理に関する違和感が払しょくできずにいます。 数学的思考と言うのは、記号の列が無矛盾に整合しておれば、違和感を払拭できずとも良しとする覚悟がいるのでしょうか。 私は、当面アレフ0とアレフ1だけの世界で十分生きて行ける(笑)、と思うようになっております。

質問者からの補足

‭א0 , ‭א1 , ‭א2 , ・・・ ということでありますと、俄然 ‭ ‭‭א2の濃度を持つ無限集合に興味が湧いてまいりました。 ということで、質問してみたのですが、結局、アレフ2の無限集合のイメージは得ることが出来ませんでした。 また、べき集合の元の数はからなず元と集合の元の数よりも多いといっても、それが有限集合のときは自明ですが、対象が無限集合、とくに連続体無限の場合には、元が増えても濃度が同じかもしれないという不信感が残ります。 換言すると、真部分集合なのに一対一対応が存在できるという無限集合の性質その物に関する違和感なのだということが理解できました。 有限の世界に生きている人間でも、数学の勉強をつづければ無限の世界に違和感をもつことが無くなるのでしょうか。

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その他の回答 (16)

  • 回答No.6

「アレフn」の定義は多くの数学者が誤解していて、#5 さんの回答もその「よくある勘違い」を犯しています。質問者さんも同じ誤解をしているふしがあります。 無限基数のアレフ系列の定義は次のとおりです。 アレフ0 = 可算無限基数 アレフ1 = 「アレフ0より真に大きい最小の基数」 アレフ2 = 「アレフ1より真に大きい最小の基数」 … したがって、定義からアレフ1がアレフ0より大きい(一般にアレフ(n+1)がアレフnより大きい)のは当然で、しかも、アレフ0とアレフ1の間(一般にアレフnとアレフ(n+1)の間)には別の基数は存在しません。 それとは別に、無限基数の名づけ方には「ベート系列」(ベート = ヘブライ文字の2番目)というのがあって、その定義は次のとおりです。 ベート0 = 可算無限基数 ベート1 = 「濃度ベート0をもつ集合のベキ集合の濃度」 ベート2 = 「濃度ベート1をもつ集合のベキ集合の濃度」 … ベート1がベート0より大きい(一般に、ベート(n+1)がベートnより大きい)ことはカントールの定理(対角線論法)からわかります。 連続体濃度とは「実数全体の集合 R の濃度」のことですが、これは「自然数全体の集合 N のベキ集合 P(N) の濃度」と等しいことが、大学学部授業レベルの素朴集合論の議論で証明できます。したがって「連続体濃度 = ベート1」です。 この事実と選択公理を使うと、「実数全体を整列しておいて、先頭から順に実数を拾って濃度アレフ0をちょうど超えるまで実数を集める」ことで、濃度アレフ1の集合を作ることができます(つまり「アレフ1という基数は存在する」ことが証明されます)。 (難しくなりますが、「アレフ1の存在」の証明は別の方法で選択公理を使わずにできます。) ベート0とベート1の中間に別の基数があるか、言い換えれば「ベート1 = アレフ1 であるか」は、定義からはわかりません。「中間の基数はない」(ベート1 = アレフ1 である)という主張が連続体仮説です。 ちなみに、アレフ系列とベート系列が完全に一致するという主張は一般連続体仮説と呼ばれます。 ======== まだまだ解説すべきことは山ほどありますが、きりがないのでこのあたりで止めます。 無限基数の系列に興味を持つのはたいへんよいことですが、それなら、ぜひ「ちゃんとした本」を読んで勉強してください。ウェブ上の情報ははっきり言って玉石混交です。さらに残念なことに、集合論・数理論理学については、数学に詳しい人でさえ誤解に基づいて的外れな解説をすることが少なくないので、適切な指導者がいない状態でウェブ上の情報をもとに独学するのはたいへん危険です。集合論の基礎について、集合論・数理論理学を専門とする研究者が書いた、信頼できる文献を挙げておきます。 田中一之(編)「ゲーデルと20世紀の論理学4 集合論とプラトニズム」(東京大学出版会) キューネン(著) 藤田博司(訳)「集合論 独立性証明への案内」(日本評論社) #5 への補足によると、質問者さんは 志賀浩二(著)「大人のための数学3 無限への飛翔 集合論の誕生」(紀伊国屋書店) をお持ちなのですね。それなら、その本をきちんと熟読して、ウェブ上の不確かな情報を鵜呑みにせず、どうしてもわからない部分は上の2冊のどちらかにあたってください。

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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。 原質問に引用のサイトからは、ヘブライ文字が扱いにくいためにアレフだけ残して、ナンバリングで区別するようになったと読めましたが、アレフとは別の定義でベートが定義され、そのうえでアレフ1とベート1の比較が議論になるのですね。 ご指摘のように、現在は独学ですので、本を読んでも勝手な誤解をしているだろうし、ネットで質問してもノイズが混入していることと思います。 子供が卒業したら(あと一年です)、どこか理学部のある大学で聴講し、質問が出来るようになりたいなどと考えていますが、今はまだ子供の学費がかかるので、ネットお世話になりながら独学しております。 志賀浩二(著)「大人のための数学3 無限への飛翔 集合論の誕生」は、いわゆる”数学読み物”の範疇だと思いますので、ご紹介の本を参考にしたいと思いますが、厳密に数学の記号で記述されると用語の定義を正確に理解していないために却って難解です。素人の限界があるようです。

  • 回答No.5
  • alice_44
  • ベストアンサー率44% (2109/4758)

濃度 アレフn を持つひとつの集合の 全ての部分集合からなる集合の濃度が アレフ(n+1) です。 アレフ(n+1) が アレフn より真に大きい ことは、対角線論法を使って証明でき、 この連鎖は可算無限回続けることができます。 いくらでも大きい濃度が存在する訳です。 一方、連続体濃度 アレフ が アレフ1 に等しい か否かは、肯定も否定も証明できない問題 であることが知られています。 アレフ = アレフ1 という仮定を採用しておく ほうがよいと考える数学者が多いようです。

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質問者からのお礼

いつもご回答いただきありがとうございます。 「アレフ(n+1) が アレフn より真に大きいことは、対角線論法を使って証明でき、、、」とのことですが、この部分がよくわかりません。 可算無限集合との比較で対角線論法を使う局面は理解できます。 (有理数の集合の濃度と自然数の集合の濃度の比較など) しかし、アレフ1の濃度を持つ集合と比較する時に、対角線論法がどう使われるのかが理解できません。 「おとなのための数学(3)」という本で、カントールの定理を見つけました。 =カントールの定理= 集合Mの部分集合のつくる集合P(M)の濃度は、Map({0,1}、M)の濃度に等しく、Mの濃度よりも大きい。 この定理の証明部分が腹に落ちていないので、再読してみます。

  • 回答No.4
  • Tacosan
  • ベストアンサー率23% (3656/15482)

N と R の間の対角線論法を (0, 1) 間の実数の 2進展開でやるのは破綻する可能性があるので危険ですよ>#3. 「0.xxx... で表される実数」でやれば問題ないんだけど.

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質問者からのお礼

有難うございます。

  • 回答No.3
noname#221368
noname#221368

 集合の濃度(基数)は、ドイツ語でCardinalと言うそうで、集合Aの濃度を表す記号にCard(A)があるので、ここではそれを用います。  集合A(無限集でもかまわない)のベキ集合をP(A)とすると、   Card(A)<Card(P(A)) である事は、Aが集合ならば一般的に示せます。Aが有限集合で、その個数がCard(A)=nなら、   Card(P(A))=2^n で、これはAに含まれる部分集合全部の数です。そこでAが無限集合で、α=Card(A)である時も、   α=Card(A)<Card(P(A))=2^α を一般的に示せますが、これは2^αを、このように定義したと言った方が正しいでしょう。しかし、それにはそれなりの理由があると、自分は思っています。  以下は、思ってるだけです。  カントルの対角線論法を思い出して下さい。対角線論法では、実数区間(0,1)と実数全体Rとの間に全単射が成り立つ事を利用して、   Card((0,1))=Card(R) 自然数全体Nと、RのCardのどっちが大きいかを判定するために、Card(N)とCard((0,1))が比較されます。  このとき具体的に用いられる手法は、(0,1)に含まれる実数rの無限小数展開です。r=0.β1β2・・・です。ここでβ1,β2,・・・は、rの1/10の小数,1/100の小数,・・・を表します。  0.β1β2・・・の小数部の桁数は何桁でしょう?。可算無限桁α0=Card(N)です。ところで、ふつうの対角線論法は10進展開ですが、無限小数展開は2進展開でも良いはずです。この時、r=0.β1β2・・・のβ1,β2,・・・は、0か1の2通りの値しか取りません。また、この時も、無限小数展開の桁数は、可算無限桁α0=Card(N)です。  単純に考えれば、2進展開された(0,1)区間の実数rの個数は、   Card((0,1))=2^α0=Card(R) という事になります。そして対角線論法の結論は、   α0=Card(N)<Card((0,1))=Card(R)=2^α0=P(N) です。心配なのは、10進展開された時にも、同じ結論が成り立つのか?、ですが、   2^α0=10^α0 が成り立つ事は、現在の公理的集合論が確実に保証してくれます。何進展開でも同じです。  という訳で、少なくともNとRの間ではα0<α1が成立しそうだ、という事になります。具体的例が出せるのは、恐らくここまでだと思います。しかし現行の無限集合論は、有限範囲では完全性定理によって保証された古典論理を、無限に向かって外挿したもののように見えます。従って、α0<α1がいったん成り立てば、α0<α1<α2<・・・は当然である訳です。有限論理の外挿だからです。個人的意見では、これはとても自然な事に思えるので、自分は現在の標準的公理的集合論を、ある意味で信じています。  そういう訳で、現在の標準的公理的集合論は、α0<α1<α2<・・・の系列を、当然のものとして許容します。そのような事が可能な公理系を、最初に選んでいる訳ですから。  この話と、α0<α1<α2<・・・の系列を自然は(物理世界は)許容するのか?、という話は論理的には無関係です。無限なんて誰も見たことありませんから、この話はフィクションと言えばフィクションです。  しかし数学的フィクションが、とても有効に機能している例は、あなたもご存じと思います。それは実数の体系です。現在の宇宙論が、もしも無限を発見してしまったら、実数論も現行の標準的無限集合論も、現実的検証を受けるのではなかろうか?、と密かに想像しています。しかしそれでも思考モデルとして有効なのが、数学と思えます。  じっさい今でも公理系をいじれば、任意の無限集合が可算になる集合論も作れるそうですから・・・。そして上記全てには、Aは現行の標準理論で集合である、という前提が付きます。

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質問者からのお礼

回答有難うございます。 Card(A)<Card(P(A)) が成り立たない例を一つ挙げます。 Aが有限集合であり、Aの集合の要素の数が1の場合、 Card(A)=Card(P(A))となるのではないでしょか。 また、 「従って、α0<α1がいったん成り立てば、α0<α1<α2<・・・は当然である訳です。」 これが当然とは思えないので困っています。

質問者からの補足

お礼欄に書いた命題は間違っているようです。下記を無視して頂きたくお願い申し上げます。 誤記) Aが有限集合であり、Aの集合の要素の数が1の場合、 Card(A)=Card(P(A))となるのではないでしょか。

  • 回答No.2
  • Tacosan
  • ベストアンサー率23% (3656/15482)

#1 と同等なものとして「実数から実数への (必ずしも連続ではない) 関数全体の集合」を挙げておこうか.

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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。 例示された集合が可付番集合と単写するかどうかの検討はできそうなのですが、連続体濃度との単写を考えることが、私には難しいです。 比較の対象が連続体濃度である場合には、無限にある関数全体の集合とでも単写できるような感覚があります。 これが単写出来ないケースが想像できません。

  • 回答No.1
  • f272
  • ベストアンサー率45% (5651/12305)

そのサイトに書いてあるように連続体濃度を持つ集合の冪集合の濃度は連続体濃度よりも大きいよね。

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質問者からのお礼

回答ありとうございます。 頂いた回答に関して疑問が2点あります。 疑問1: まず、単純化して有限集合のケースを考えます。 有限集合Aの要素の数よりも、P(A)の要素の数が多いと仮定します。 有限集合Aの要素の数が1の場合、P(A)の要素の数も1であり、上記の仮定に反する例をあげることができます。 有限集合に関して一般的に成立しない法則は、無限集合の場合にも一般に成立しないと考えます。 疑問2: 要素の数が1以外であれば、有限集合Aの要素の数は集合P(A)の要素の数よりも多いことは容易に分かります。 しかし、無限集合Xの濃度を ‭א としたときに、P(X)の濃度は ‭א のn倍かもしれません。(nは有限の有理数) もし、そうであれば、 ‭א xn= ‭א がなりたちますので、濃度は同じであることになります。 P(X)の濃度は、Xの濃度のn倍であらわすことができないという証明ができません。

質問者からの補足

回答欄の下記の記述は誤植でした。 (誤)「要素の数が1以外であれば、有限集合Aの要素の数は集合P(A)の要素の数よりも多いことは容易に分かります。」 (正)「要素の数が1以外であれば、集合P(A)の要素の数は有限集合Aの要素の数よりも多いことは容易に分かります。」

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