息子の病気・・・心が平穏になる言葉教えてください

このQ&Aのポイント
  • 息子の病気について心が平穏になる言葉を教えてください。
  • 息子が筋ジストロフィの疑いで入院しており、私も落ち込んでいます。
  • 質問者は息子の病気について心の支えを求めています。
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息子の病気・・・心が平穏になる言葉教えてください

いつもお世話になっております。 この春、高校一年生の長男に筋ジストロフィの疑いが突然出て、 現在大学病院に検査入院して3週間が経ちました。 前にも親の心の持ちように関して、 こちらでご質問させていただきましたので、 もしお時間がおありでしたら読んでいただければ嬉しいです。 http://okwave.jp/qa/q6803228.html 息子は、毎日毎日、カラダの隅々まで検査を受けています。 今のところ筋生検も終わり、後は医師から説明を受けるのみです。 前回の先生の説明では、 今は左腕が挙がらないだけだが、 CTを見ると、右肩の筋肉にも異常がみられる、 両足にも力はまだ十分あるが、検査的数値では健常より弱い。 将来、車いすになる可能性はゼロではない、 とのことでした。 せめて左側の麻痺だけですめば・・・と祈るような思いでいた私と息子は ショックを受けてしまいました。 息子は、外泊できた日に図書館へ行き、 筋ジスについていろいろ調べてきたようで、 「12歳で発症した人が、18歳で車いす、30歳で心臓に来たんだって・・・」 と落ち込んでいました。 「じゃあお前は15歳発症だから、21歳の大学4年まで 車いすにならなくていいじゃない、3年分ラッキー」 と、いつものように明るく返しましたが 本当は私も落ち込んでいます。 あの子が入院していて家にいないので、 夜になるとお酒を飲んでは泣いてしまいます。 「あの子がかわいそうだよ。  なぜあの子だったの?  半年前まで元気だったじゃない。  私があの子を産まなければよかったの?  もっと健康に産んであげればよかったの?  生まれてきてよかった、と思ってくれるかな?」   主人に向かって言いながら、涙が止まらなくなるのです。 主人は、大丈夫だよ、と言って私をなだめてくれますが、 私の苦しい気持ちは、どうしようもなくなる時があるのです。 先の質問で「ありのままに向き合う」という言葉をいただきました。 どんな症状になろうとも、その時その時のありのままに向き合う、と。 質問してから2ヶ月、そう言い聞かせてきました。 それと、「必ず意味がある。」と自分で言葉を見つけました。 友達の他でもない、あの子がそうなったのなら、 それは何かきっと意味があるのだろう。 息子本人だけではなく、家族にも、お友達にもみんなにとっての 何か、プラスの意味があるはずだ、そう思えたのです。 本心では、そうとも思わなければ普通に、 あの子の前で笑顔でいられなかったのです・・・。 きっと意味がある、無駄なことではない、 だから今この時のありのままに向き合おう、 そう思って毎日過ごしています。 それでも・・・・どうしようもない不安や苦しみで 夜になると胸がおしつぶされそうになるのです。 そこで、みなさまにお力をお借りしたいと思いました。 これまで、挫折したり落ち込んだりして、 暗いトンネルの中にいるような気持ちだった時、 どんな言葉があなたの心を救いましたか? 元気になれなくてもいいんです。 心が平穏になる言葉があれば、 ぜひ教えていただけませんか? お礼は遅くなっても必ずいたします。 どうぞよろしくお願いいたします。

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noname#161927
noname#161927
回答No.11

初めまして。 前回のご質問をされた際、拝読していました。 何とも言えぬこの世の理不尽さに、やりきれない思いで一杯でした。 その後の息子さんの容態、また質問者様はどうされていらっしゃるのか、ずっと気になっていました。 私の長男は、高校生のときに突然他界しました。 息子には何の落ち度もない悪質な交通事故でした。 病院に掛けつけたときには意識不明の重態で、その後、一言も言葉を交わすことなく天国へ逝ってしまいました。 今、生きていれば20代半ばになっていたはずです。 それから現在までのこと、これは書けば長くなるので割愛しますね。 >暗いトンネルの中にいるような気持ちだった時、 >どんな言葉があなたの心を救いましたか? 一つは、信頼していた叔母の言葉です。 「神様が、赤ちゃんをあなたに育ててくださいと授けてくださったのです。そして神様のもとへ帰られたのですよ。(神様は)『18歳まで育ててくださってありがとう』って仰ってるの。だから子息は生きているのです。違った形で。」 私はクリスチャンではありませんが、この言葉に救われました。 それから私は考えました。 息子が亡くなった意味、生きていた意味を。 確かに短い人生だったけれど、誰かの心の中に、息子にしか残せない何かを残したのではないか、そう思います。 それは、一緒に過ごした楽しい思い出かもしれない。または、命の儚さ、尊さ。あるいは普通の日常生活がいかに幸せで貴重な時間であるか。交通事故の怖さ、安全運転の大切さ… 息子と関わった全ての人の心の中に、何かしら、息子の死によって刻まれたことがある、私はそう思いました。 それなら、息子の死も理不尽ではありますが、決して無駄にはなっていないのだと。そう考えることができました。 もう一つ、これは今年の新聞で読みました。 作家の津島祐子さんの「不幸と不運は別もの」という記事です。 下記に、MSN産経新聞ニュースURLを貼っておきます。 よろしかったらご覧になってください。 一部を抜粋しますね。 *****************  私は30年近くも前に8歳だった息子を失っているのですが、これだけの年月がたってもその存在は薄れることがないし、悔いも消えません。それが自分に与えられた生なのだろう、といつの間にか思うようになっています。当時、母から言われた言葉が今でも私を支えてくれています。  どんな不運に見舞われても、不幸になっちゃいけないよ。  この言葉を聞いたとき、私は奇妙なことに、ふと気が楽になったのでした。そうか、不運と不幸はちがうんだ、人間の力の及ばない不運はいくらでも起こりうる、だからといって、その人間が必ず不幸だと決めつけることはできない、と。 (「不運と不幸は別もの」作家・津島祐子さん  MSN産経新聞より) ****************** 私など想像も及ばない苦しい病と闘う息子さん、それを支えて一緒に闘う質問者様とご家族の皆さん。 いつ、どんなときでも、必ず誰かの胸に、ご子息でなければ伝えられない何か、強烈なメッセージを送っているはずです。 医学も発達しています。不治の病と言われる病でも、いつか治る時代になる日も近いはず。 どんなに辛くても、それを信じて一緒に生きていってください。 【どんな不運に見舞われても、不幸になっちゃいけないよ。】  これが、私が一番救われた言葉です。  ※回答内容に配慮したつもりですが、質問者様のご気分を害する文章表現がありましたら申し訳ありませんでした。

参考URL:
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110516/dst11051608220003-n1.htm
ikamimi
質問者

お礼

c-rippleさま ご回答いただきまして、どうもありがとうございます。 お礼が大変遅くなって、すみませんでした。 前の質問を読んでくださったのですか。 そして、気にしてくださっていたとのこと、 本当にどうもありがとうございます。 息子さんのこと・・・なんと申し上げていいのか・・・ 世の中には、本当に理不尽なことが起きるのですね・・・・。 前の方のお礼にも書きましたが、 私がこのような質問をしたせいで、 当時のおつらい気持ちを思い出されてしまったのでは、 と申し訳なく思います。 長い長いトンネルを歩かれて、そこから光を見いだした方々の言葉には 理屈ではない強い本物の力がこもっている、 c-rippleさま始め、皆さまのご回答に本当にそう感じています。 c-rippleさま、息子さんの死は決して無駄ではなかったと そう思えるようになるなんて、すごいと思います。 そこにいたるまでの苦しみや思いを想像するだけで、 頭が下がります。 >いつ、どんなときでも、必ず誰かの胸に、ご子息でなければ伝えられない何か、強烈なメッセージを送っているはずです。 そのc-rippleさまからこう言っていただけて、 うまく言葉に表せないのですが、勇気のような、自信のようなものが 私の心の中に湧いてきました。 他の方にも言っていただきましたが、 本当に無駄なことはないんですね。 必ず、意味があるのだと。 紹介してくださったURLはすぐに拝見させていただきました。 言葉が出ませんでした。 うまく表現できなくて、すみません。 圧倒されてしまったのです。 >【どんな不運に見舞われても、不幸になっちゃいけないよ。】 本当にそうですね。 今回の息子の病気も、不運だったかもしれない。 でも、それで不幸になってはいけないんですね。 不幸になるか、幸福になるかは今後の進み方なんですね。 気持ちのあり方でもあるのでしょう。 すばらしい言葉を紹介してくださって、 心から感謝いたします。 気分を害するなんて、とんでもないです。 本当に、どうもありがとうございました。

その他の回答 (11)

  • shiroya
  • ベストアンサー率10% (117/1143)
回答No.12

お礼ありがとうございました。 誤解があったようなので訂正すべく再度出て参りました。 >健全な魂は健全な肉体に宿る これ本当は誤訳なんですよ。 「宿る」ではなく「宿らしむるべき」なんです。 ですから、「本当のところ、そうだったらいいな、そうでなきゃいけないよね」程度の意です。 息子さんに訂正しといてください。

ikamimi
質問者

お礼

shiroyaさま 二度もご回答いただきまして、本当にありがとうございます。 >「宿る」ではなく「宿らしむるべき」なんです。 >ですから、「本当のところ、そうだったらいいな、そうでなきゃいけないよ >ね」程度の意です。 そうなんですか。 知りませんでした。 息子にも訂正しておきますね。 きっと私と同じように「そうなんだ!」と安心すると思います。 わざわざ教えてくださって、どうもありがとうございました。 心から感謝いたします。

  • acchipoo
  • ベストアンサー率44% (175/394)
回答No.10

2年前に第3子の長女をわずか5ヶ月で亡くしました。 当時のことはまだ所々記憶が抜けている部分も多く、3回忌を終え気持ちが落ち着いた今 考えてみると、やっぱり普通の状態ではなかったんだなぁ・・と思います。(当然と言えば当然ですが) 当時私は必要な最低限の外出しかできず、気晴らしにどこかへ行くなんてことはできませんでした。 ただ、残された長男・次男の夏休み、朝の送迎など気力を振り絞って彼らのために時を過ごしました。 私も長女にたいして「あんな苦しい思いをさせて、あげくたった5ヶ月で逝ってしまうのだったら 産まなかった方が良かったのか」と思ったこともありましたが、きっと彼女は 主人と私と長男と次男がいるこの家の子供にほんの少しでも良いから生まれてきたかったのだろうと 思い、主人には「私はまたあなたと私の子供としてあの子を産んで、今度はあの子に見送られて 人生を終えたいから、お願いだから生まれ変わっても私と結婚して」とお願いしました。 そんな日々を過ごしているときに、私は外出するときのためにウォークマンを買いました。 適当に家にあるCDを入れて持ち歩いていたのですが、長男がほしがった「嵐」のCDの中の1曲に とても励まされました。 「サクラ咲ケ」と言う曲なのですが、その歌詞の中に 「振り向くな 後ろには道がないから 前へ 前へ」 という部分が流れるときだけ唯一顔を上げて歩けたのを覚えています。 起こってしまったことは起こってしまったこと。どんなにそれを後悔しても始まらないのです。 (反省して次につなげることは大切だと思いますが) 後ろには進むべき道はありません。どうか、前へ前へ。 1周忌の時だったか四十九日の時だったか忘れましたが、お坊さんの説法の中で 「ただそこにあるというのはとても難しいことなんです。有ること難し。有り難うの本来の意味です。 今この一瞬にたいして有り難うと思ってください。」おっしゃられました。 どうか、気持ちを前へ前へ。 「がんばれ」という言葉は時として相手の人に重荷を背負わせてしまうこともあると言いますが、 母親が子供のためにがんばるのは自然なことです。 お母さん、がんばれ!!

ikamimi
質問者

お礼

acchipooさま ご回答いただきまして、どうもありがとうございます。 お礼が大変遅くなって、すみませんでした。 とても悲しい経験をされたのですね・・・・ 私のこのような質問で、つらい思いをまた思い返されてしまったのでは、 と申し訳なく思います。 >」「振り向くな 後ろには道がないから 前へ 前へ」 重い心をぐっと押してくれるような言葉ですね。 私は、今回の事でどうしてどうしてと思ってしまう事が多いです。 息子が悪いわけではなく、答えが出るわけでもないのに、 元気だった時のことがふと思い出されては、 過去にひきずられてしまっているようです。 振り向いても、仕方ないのですよね。 私も、息子と前へ前へ歩いていきたいです。 お坊様の言葉も心に響きました。 今、こうしていられること自体がありがたいのですね。 当たり前に生きていたら、命がある事自体がありがたいなど 思わずに過ごしていたかもしれません。 >お母さん、がんばれ!! 応援してくださって、本当にありがとうございます。 がんばりますね。 acchipooさまも、お子様方のために、 いつかまたお嬢様に巡り会えるときのために 前へ前へ歩いていらっしゃる。 私もそれを思いながら、前だけを見て進んでいきます。

noname#158453
noname#158453
回答No.9

我が家の長女は生れ付きの脳の障害があります。発達障害といった方が分かりやすいかもしれないですね。 長女の障害を疑ったのが2歳の頃、診断されたのは3歳です。 診断されるまで・・・ikamimiさんの言葉を借りれば、長いトンネルの中にいるような状態でした。どうやって抜け出したのか、もしくはまだ、トンネルの中にいるのか・・は自分では分かりません。ただ、時間が解決してくれた様に感じます。 以前は、何もかも悲観的で、娘の癇癪に、ただ一緒に泣くばかりの日々でした。しかし、ほんの小さな成長でも、大きな喜びを感じている自分に気付きました。 悲しみや苦しみが大きければ大きいほど、感じる喜びもより大きいのだと思います。 生きづらい世の中で懸命に生きようとしている娘の姿を見て・・・悲しみに明け暮れている自分の周りだけ時間が止まってしまっていることに気付きました。娘に寄り添って、辛い事や悲しい事も一緒に感じていこうって思う様になりました。 娘が通所していた療育機関の先生の好きな言葉で、きれいなポストカードに書かれていました。 悲しいことは 悲しいままに うれしいことは うれしいままに 好きなことは 好きなままに 大丈夫です。 無駄なことはひとつもありません  (澤田 直見さんの言葉) 私もこの言葉が好きになりました。 娘の障害と向き合えずに、悲しみに明け暮れていた自分の弱さを許せずにいました。が、この言葉のお陰で、決して無駄な時間ではなかったのだと思える様になりました。 悲しみと向き合う時間は必要だと思います。いずれ、時間が解決してくれます。 どうか、無理をしないで下さい。

ikamimi
質問者

お礼

aosikaさま ご回答くださいまして、どうもありがとうございます。 お礼が遅くなりましたこと、すみませんでした。 お嬢様に障害があるということ、受け入れられずにいた気持ち、 とてもよくわかります。 先の質問では、どうしたら受け入れられるかということも 伺ったのです。あまりにも、苦しくて。 そして、「受け入れなくていい」と言ってくださった方々の言葉で、 楽になったのは事実です。 aosikaさまの経験談は、とても参考になりました。 失礼な言い方をしてしまってすみません。 でも、子どもが障害を持ったときの親の気持ちって、 なかなか本音を聞く機会がないのです。 先日は、「1リットルの涙」という難病の少女の手記を読み、 そこからそのお母様が執筆された「命のハードル」を買って読みました。 泣いてもいいのか、向き合うってどうしたらいいのか、 経験した方々はどう乗り越えていったのか、 本当にわらをも縋る気持ちの毎日でした。 aosikaさまの言葉ひとつひとつが本当に私には貴重です。 ポストカードの言葉もすごくいいですね。 「大丈夫です。  無駄なことはひとつもありません」 いいんだ、やっぱり無駄なことなんてないんだ。 意味があるんだって、背中を押された気持ちです。 それから、 >悲しみと向き合う時間は必要だと思います。いずれ、時間が解決してくれます。 >どうか、無理をしないで下さい。 と言っていただけて、泣いてしまう自分が許された気持ちになりました。 本当に感謝いたします。 心から、どうもありがとうございました。

回答No.8

こんにちは うまく伝わるかどうかわからないですが 少しでも、質問者様の心が安らげばいいなと 考えて書き込みいたします。 私は(30代男性)、子供が一人いますが、その前に流産を経験しています その時は、すごく辛くて妻と一緒に悲しい日々をすごしました。 その時、普通に生まれてくるのってすごいことなんだなって 思いました。また同じように普通に生きるもです。 一人一人皆さん普通って概念があるかもしれないですが、 けっして決まったことではないと思うんです。 どんなに健康でも不慮の事故に会うかもしれないし そう考えたとき、私は妻と「今を精一杯生きよう」って言ってます。 もちろん、精一杯生きるためには、休んだりすることも大切です 将来のことを不安に思うのは、大なり小なり皆さんも悩んでらっしゃる ことでもあります。 人は誰しも死ぬことをまぬがれません その時に、少しでも後悔することが少ないように 生きていきたいと思います。 とてもつらい環境にある、質問者様に対して答えになっているかどうか わかりませんが、とてもつらいことだからこそ 簡単に答えは出ないのかもしれないですね 書き込んだことが少しでも質問者様のお役に立てればと思います

ikamimi
質問者

お礼

haruma0720さま ご回答くださいまして、どうもありがとうございます。 お礼が遅くなりまして、すみませんでした。 流産の経験をされたとのこと・・・・お辛かったでしょうね・・・。 その悲しみから、得られた答えが「今を精一杯生きる」 だったのですね。 私も今まで当たり前に生きてきてしまい、 精一杯生きるということを考えてなかったように思います。 今回のような経験をしなければきっと身に染みて感じなかった たくさんの尊い気持ちや世の中への思いや、強さや優しさや・・・ そういうモノがこれから見えてくるかもしれないですね。 haruma0720さまが貴重なお時間を、 私の心の安らぎのためにくださったこと、 こうした人の優しさや思いやりも、得ることができました。 心から、ありがたいと感じています。 本当に、どうもありがとうございました。

  • shiroya
  • ベストアンサー率10% (117/1143)
回答No.7

私にもまだまだ小さいですが息子がいます。 おかげさまで健康にすくすくと育っていますので、質問者様のお気持ちや息子さんのお気持ちを汲み取ることは出来ません(想像することはできますが、わかると言ったらうそになります)。 もし私の息子がそうなった場合、私自身は何を考えるのだろうと思ったところ、私自身は息子の体もさることながら、息子の精神状態が何より心配になるのではないのかと思いました。若いにもかかわらず体が思うに任せない中で、心を健全に保つなどなかなかに難しいことだとは承知しています。 最近ある冊子を偶然から手にしたとき、一節に物理学者スティーブン・ホーキング博士の言葉が紹介してありました(ご存知かと思いますが彼もまた筋ジスと似たような病気で四肢どころか言葉さえままならない状態です)。「体が病んでいるのに心まで病む余裕はない」何も私自身が質問者様のように悩みを抱えているわけでもないですし、そもそも心が救われる言葉でもないとはわかっていますが、その前向きな姿勢に心を打たれました。将来私自身が病むことになってもこんな心持で日々を過ごしてみたいと思いました(そう簡単に出来るものでもないでしょうけど)。 質問の意図にそぐわない話かもしれませんが、何かのご参考になればと回答してみました。

ikamimi
質問者

お礼

shiroyaさま ご回答くださいまして、どうもありがとうございます。 お礼が遅くなりましたこと、すみませんでした。 息子の精神面については、本当にそれこそ 親である私と主人が一番に気をつけなくてはならないことだと 思っています。 あの子が元気に笑ったり話していると安心しますし、 病気のことで落ち込んでいると、心配になります。 これから、症状がどう進んでいくのかわからない状態ですが、 今まで動いていた筋肉が動かなくなったり、 できていた動作ができなくなったりしたときに、 きっと息子もそのたびに落ち込むだろうと、覚悟しています。 そのときに、どう気持ちを安定させてやるか、 それが親の務めかなとも思っています。 ホーキング博士の、 「体が病んでいるのに心まで病む余裕はない」 すばらしい言葉ですね。 そう言えば、息子が前にこんなことを言っていました。 「健全な魂は健全な肉体に宿るって言うけど、  俺の場合は、どうなるんだろうね。」って。 私がなんと答えたのか忘れてしまったのですが、 一瞬、困惑して言葉を失ってしまったことは覚えています。 その時に教えていただいたホーキング博士の言葉を知っていたら、 うまく答えてやれたのになあ・・・と今更ながら思います。 今度また息子がそういう不安を打ち明けてきたら、 この言葉を伝えてやろうと思いました。 とてもいい言葉を教えていただいて、 本当にどうもありがとうございました。 心より感謝いたします。

  • initialt
  • ベストアンサー率24% (45/182)
回答No.6

私は長いこと、不妊治療で悩んだ経験があります。 その時のことが参考になるかどうかわかりませんが・・。 私は結婚そのものが遅く、一刻も早く子供がほしかったです。 独身で働いていた時も、出会いがあれば早く家族を持ちたいと思っていました。 理由は、「自分一人のために生きる人生が空しくなったから」です。 愛する家族や子供のために生きたい、と思ったのです。 長年、高度医療の不妊治療を行っているときには、辛いと言えばすべてが辛く、苦しい ことでした。治療が長く続くほど、精神的、肉体的、経済的にも極限状態でした。 でも、目標をもちすべきことをしている間は、まだ耐えることができます。 そして、子供を授かろうと授かれないと、「自分にしかできない」と覚悟を 決めることで、腹が座りました。 貴方様は今、息子さんのことで大変辛い思いをされていると思います。 ただ、世の中には、どんなに願っても子供のために生きることのできない人もいるのです。 たとえ短い期間であっても、子供に寄り添い、してあげられることができるのは 幸せなことです。 そして、自分の母親にそういった愛情をもってもらえる息子さんもまた、幸せな人間 です。 世の中には自分の子供を虐待して殺してしまうような、哀れな母親、子供も 大勢おりますから。

ikamimi
質問者

お礼

initialtさま 早々にお返事をいただきまして、どうもありがとうございます。 お礼が遅くなりまして、すみませんでした。 不妊治療というおつらい経験を通じて感じられたこと、 胸に響きました。 子どもがいるというだけで、幸せなのですね。 先の質問にも書いたのですが、 震災でお子さんを突然亡くされた方々に比べたら 命があるだけまだいい、と 失礼を承知ながら自分を慰めている、 正直、そういう気持ちがありました。 本当に、弱い人間です。 そしてさらに、産みたくても、お子様を持てない方のつらさ、 そこまでいたらなかった自分はなんて小さい人間かと 改めて感じています。 私は、息子が小学生の頃まで母親失格の鬼のような母でした。 それでも、あの子を愛しています。 あの子からの愛情も感じています。 それ自体が、何よりも幸せなことなのですね。 当たり前のことに気づかせていただいて、 本当にどうもありがとうございました。 貴重なお時間いただいたこと、心から感謝いたします。

  • ni_si_ki
  • ベストアンサー率19% (302/1586)
回答No.5

私の経験を述べさせて下さい。 私も高校一年の1学期に、再生不良性貧血と診断されました。 授業中に鼻血が止まらなくなり、救急車で大学病院に搬送されたまま、1年半の間、入院生活を余儀なくされました。 母親から聞かされていた病名は「ひどい貧血」 私の中では単なる貧血くらいにしか思っていなかったので、その割りにはえげつない治療やでと愚痴っていました。 抗がん剤の影響で、寝ている頭を少し左右に傾けただけでも、猛烈に襲ってくる嘔吐。 口の中は口内炎だらけになりました。 隔離されているので、母と話す時は部屋の中に設置されている受話器でした。 「辛い」と母に訴えても「そりゃひどい貧血やもん、仕方がないわ」もしくは「薬が効いてる証拠やなあ」とさらりと言う母。 病気に対する知識が全くないというのがこれ幸い。 母の言葉で、そうか、ひどい貧血ならしゃーないか、なるほど、薬が効いてるっちゅーことやなと安心出来たのです。 病室の外でも母は戦っていました。 妹の骨髄と一致したお陰で私には移植が可能となりました。 良い噂はあっと言う間に広がり、それまではロビーで母親同士の会話に参加出来ていた母は、陰口を叩かれ阻害されたそうです。 当時の母の気持ちを察すると心配かけてごめんね、支えてくれてありがとうでは足りません。 母の中にもあなた同様に葛藤があったと思います。 健康に生んでやれなくてごめんねと、後に言われました。 しかし病から得たものは色々とあります。 一番大きいのは感謝の気持ちです。 今でも再発の二文字が頭から離れることはありませんが、その分、今を大切に生きることが出来ています。 いつの日か、この出来事が人生の一部であると思える日が必ず訪れると思います。 どうか明るい太陽の様にお子さんの未来を照らし、先々まで暖かい光に満ち溢れさせてあげて下さい。

ikamimi
質問者

お礼

ni_si_kiさま 早々にお返事いただきまして、どうもありがとうございます。 お礼が遅くなりまして、すみませんでした。 大変なご病気をされたのですね。 骨髄移植が成功され、こうしてパソコンに向かえるほどに 回復されて本当によかったです。 再発の2文字が頭から離れないとのことですが、 ご健康が維持されることを私も祈っています。 お母様の気持ちを思うと、私もまた涙が出てしまいます。 立派な、強く優しいお母様ですね。 我が子が大病で命の危険もあると知らされて・・・・ でも、それを我が子には決して悟られてはいけない、 その苦しみと葛藤の中で、 ただただni_si_kiさまの回復を祈っていらしたのでしょう。 「健康に産んでやれなくてごめんね・・・」 親は、我が子の健康が一番なのです。 そして母親というものは(人それぞれではあるでしょうけれど)、 それが自分のせいではないと理屈ではわかっていても、 子どもに病気でつらい思いをさせてしまったことで、 自分を責めてしまう気持ちを持ってしまう面があるのです。 私もお母様と同じように思ってしまいました。 けれど、ni_si_kiさまのような気持ちを、 いつかもし息子が思ってくれたら、私も救われます。 母として、出来る限りのことをするつもりでいます。 あの子が自立できるように。 生まれてきてよかったと思える人生を送れるように。 ni_si_kiさまのお話を伺って、私も勇気が湧いてきました。 貴重な経験を話してくださって、 本当にどうもありがとうございました。

  • mamoru333
  • ベストアンサー率39% (17/43)
回答No.4

こんにちは。 つらい話ですね。 >「必ず意味がある。」と自分で言葉を見つけました。 そうですね。そうだと思います。 私もそう思います。 こういうとき言葉は大変不自由ですね。 生きる時間は誰しもが有限であると思います。 長く生きる人もいれば、逆の場合もあります。 健常でありながら、世を恨んで終わる人や、 障害を持っていても、幸せに終わる人もいます。 それは、生き方の意味を自分で見つけられるか どうかではないでしょうか。 人生において、大きな壁が立ちはだかったとき 諦める人もいれば、 途中で放棄し考えるのを止める人もいますし、 制覇する人もいます。 息子さんは、自ら図書館に行き、いろいろ調べられたのですね。 息子さんは非常に勇敢な人間だと思います。 自らの人生を今、必死に探していらっしゃるのだと思います。 概ね人は、不都合な現実を直視することは避けます。 避けずに直視することは、それだけでも大変なことだからです。 有限の時間を一生懸命生きようとしても 過去の事実は変えられない。今はこの瞬間過ぎ去る。 未来は創れる。結果を残したとき、過去の意味は変えられる。 今の感情も、過去になった時どんな意味を持つかは これからの行動のあり方によってくるのではないでしょうか。 逃げるな。戦え。 と、私は提言します。 最後に、 五体不満足の著者である乙武 洋匡 さん がツイッターをやっていまして、割と返答が返ってきたりしますので アカウント作って質問しても良いかもしれません。 運がよければ、なにかアドバイスもらえるかもしれません。 http://twitter.com/#!/h_ototake

ikamimi
質問者

お礼

mamoru333さま 早々にお返事いただきまして、どうもありがとうございます。 お礼が遅くなりすみませんでした。 息子を勇敢だと言ってくださったこと、 正直私はそんな風に思っていなかったので嬉しかったです。 あの子なりにネットや書籍で調べて 自分の将来と向き合おうと思ったのかもしれませんね。 >有限の時間を一生懸命生きようとしても >過去の事実は変えられない。今はこの瞬間過ぎ去る。 >未来は創れる。結果を残したとき、過去の意味は変えられる。 >今の感情も、過去になった時どんな意味を持つかは >これからの行動のあり方によってくるのではないでしょうか。 とても考えさせられました。 奥の深い言葉だと思います。 これからも何度も読み返したいと思いました。 >逃げるな。戦え。 力強い言葉も、どうもありがとうございます。 また、乙武さんのツイッター情報は 思ってもいなかったので大変嬉しいです。 色々とアドバイスいただきまして、心から感謝いたします。 どうもありがとうございました。

  • sachi7283
  • ベストアンサー率21% (256/1170)
回答No.3

蓮のつぼみは泥の中にあって、でも光を目指して花を咲かせる。 映画で出て来た言葉ですが、人生はこれにつきると思います。 どんな辛い中にあっても、幸せが見えなくても、人は幸せを目指して生きて、いずれ幸せを見つけるんだと思います。 ホーキング博士は有名な方なのでご存知だと思います。彼は筋ジスでは無いようですが、数年で亡くなるはずの病気でした。 でも、発症してから結婚もし、子供もいます。何より著書「ホーキング宇宙を語る」はベストセラーで、私もファンです。 大学時代に発症し(うるおぼえ)老年の今、まだ存命です。 何で彼は長生きしたのか?それは病気の不幸にとらわれず、自分が出来る幸せを見つけたからだと思います。 じゃあ私が同じ病気を発症したら、そんなに前向きに生きていけるかと問われれば、それは疑問ですが、息子さんにはそういった生き方を見つけていただきたい。 30で死ぬんじゃなく、じゃあそれまでに自分は何が出来るのか、何をして生きて行くのか。見つけていただきたい。ホーキング博士のように。 友達のでも家族の為でもなく、自分の人生の為にです。

ikamimi
質問者

お礼

sachi7283さま 早々にお返事をいただいて、どうもありがとうございます。 お礼が遅くなりすみませんでした。 ホーキング博士については、以前から名前は知っていましたが、 今回息子がこうなってから、何度も家族の中で博士の話をしています。 私は、息子にも博士のように病気であっても前向きに生きて欲しい。 遠い将来、人様の手を借りなければ生活ができなくなるかもしれない。 でも、その時に「どうせ自分は一人じゃ何もできないよ。」 と思いながら生きるのと、 「カラダは自由がきかないけれど、自分にはこれがある。」 とある種のプライドを持って生きるのでは、 まったく生き方が変わっていくと思うのです。 自分の置かれている状態を、ただ嘆くのではなく 自分に何ができるか、それをこれから見つけて欲しいと願っています。 いただいた言葉のように、 泥の中の蓮でも、光に向かって花を咲かせて欲しい。 息子のためにも色々と考えていただいたこと、嬉しいです。 本当に、感謝いたします。 どうもありがとうございました。

  • blazin
  • ベストアンサー率50% (20043/39720)
回答No.2

貴方には愛する息子さんが「いる」。 それ自体が既に心の平安なんだよね? 貴方は実は恵まれている。 確かにご病気は辛い。 難病に対する向き合い方は。 本人だけではなくて、家族にとっても大きな問題。 今直ぐにここで何かを導く必要は無い。 その時その時の自分たちとして。 出来る事をやっていけば良い。見つけていけば良い。 その見つけていくプロセスを「共同作業」にしていけば良い。 時に喜び合い、励ましあい、受け止めあい。 家族だから出来る事をしていけば良い。 そして、出来る事をやっていく課題と。 今まで積み重ねてきた関係性やコミュニケーションを 「変えずに」対応していく事も大切。 障害が見つかったから。 じゃあ息子さん自体が「変わった」のか? そうではないんだよね? 息子さんはいつでもいつまでも息子さんなんだよ。 貴方と息子さんの心の繋がりには何の「障害」も無いんだよ。 今まで積み重ねてきた歴史が変わる事も無い。 これから色々な変化が在るんだと思う。 生活も変わるし、身体状況も変わる。 だからこそ、 「変わらない」存在が力になる。支えになる。 別に良いんだよ、貴方がショックを受けても。 それも貴方の素直な感覚だから。 別に誤魔化さなくても良い。 息子さんはそういう貴方も「わかって」いる。 空元気を振りまこうとしなくても良い。 ただ、息子さんにとっては。 貴方はいつでもお母さんなんだよ。 変わらないお母さんなんだよ。 障害があるから、障害が見つかったからと。 息子さんに対する対応を変える必要は無い。 それこそが貴方が伝えられる一番の「愛」。 貴方は貴方だよと。 大切な貴方だよと。 貴方にしか伝えられない事かもしれない。 貴方だからこそ伝わる事かもしれない。 そう考えたら。 必要以上に貴方が十字架を背負ってしまう事は、 息子さんの為にもならないでしょ? そういう貴方を息子さんは求めていないでしょ? 今でも立派な「生」があるんだから。 障害が生の価値を左右する訳じゃない。 平穏を求める、というよりも。 彼の波と一緒に向き合っていこうと。 時には一緒に流されていこうと。 でも、私がいる以上。 お互いに転覆する事が無いように。 波との付き合い方を見つけていこうと。 仲良くしていこうと。 その「付き合えている」感覚こそが。 貴方の言う所の「平穏」なんじゃない? 波があるというのは生きている証。 これからも色々な波との付き合い方、 向き合い方があるんだと思う。 焦らずに向き合っていけば良い。 息子さんを支えていく為にも。 貴方自身のバランスも重要になる。 一日一日を大切に。 貴方には愛する息子さんが「いる」のだから☆

ikamimi
質問者

お礼

blazinさま    早々にお返事をいただきまして、ありがとうございます。 お礼が遅くなってすみませんでした。 私の心に響く言葉ばかりです。 そうです。私には愛する息子がいる。 それだけで実はとても恵まれていることなのですね。 下を向いて、今後のことで悩んでいても きっと何も解決はしないですよね。 blazinさまの言葉、私の心に優しく語りかけてくださって、 本当にそう、そうなんだ、と思いながら 涙しながら読みました。 >あなたは変わらないお母さんなんだよ あの子の母親は私だけです。 これからもあの子が障害あるなしに関わらず、 今までと変わらない母でいます。 あの子は、私が元気で生き生きしている方が 嬉しいみたいなのです。 それで安心するみたいです。 自分のためにも、無理せず私らしく 息子を支え、家族で波とうまくつきあっていこうと思いました。 本当にどうもありがとうございました。 心から、感謝いたします。

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    お世話になります。 現在高校三年生の息子は、 高校入学後すぐに筋ジストロフィを発症しました。 最初は左腕が挙がりづらいだけでしたが、 現在は足にも症状が出て、学校では車いすを使っています。 昨年、障害者認定を受けました。 二年生のときも不登校気味になりましたが、 なんとかレポート等で進級できました。 二年生のときと同じ女性の担任です。 その担任の先生にわだかまりがあります。 まず、昨年4月すぐに 「私は息子さんをかわいそうだと思いません。 私は昔、白血病で生徒を亡くしたことがあるんですよ。 彼は最後まで本当にがんばってくれました。 さいわい息子さんはそういう亡くなる病気ではないですし、 がんばってほしいです。」 と言われました。 私は別にかわいそうと思ってくれなくてもいいのですが、 他の病気のお子さんと比べられたくありませんでした。 なんだかなあ・・・と思ったことを覚えています。 その後の一年も色々とあり、 息子が担任の言葉に傷ついて不登校になったときは、 学年主任に相談して、なんとかやってきました。 一つ一つをあげるときりがないのですが、 今回もやもやしてしたのは今日の電話です。 月曜日から登校できないので、 「息子が月曜日から階段を上るのも大変になっていて、  肩や背中が痛く、そのせいで頭痛や吐き気もひどい。  加えて、筋力が低下していることがショックで、  このまま大学に行けたとしても講義を受けられるのか、   将来、就職できるのか、など悩んでいます。」 と話しました。 先生は、  「筋力の低下といったって急に大きくでるわけじゃないでしょう。   だってお母さん、彼は4月にパイプ椅子を3脚も足に乗せて(車いすで)運んだんです。   太ももの筋肉はあるんだなあって、私たちはそれを見てるわけですよ。   まあ気持ちの問題なんでしょうね。   どうしたらいいかって言われても、がんばって、ですよね。」 この言葉が私には冷たく響きました。 高校に入学して突然難病、障害者になり、 それでなくても将来に向けて色々悩む時期です。 もう少し、言葉だけでもいいから 「彼も色々と悩んでいるんでしょう。苦しいでしょうね。」 などと、寄り添うような言葉がほしいと思う私は甘い親なのでしょうか? 言葉のはしはしから、 「また登校しぶりが始まったよ・・・・」みたいな感じがありありとわかりました。 悪い人じゃないのはわかってはいるのですが、 この担任は他人の痛みや苦しみに共感できない人なのでしょうか? そういう一種の病のようなタイプの方なのでしょうか? それとも、単に厳しいだけなのでしょうか? 息子も私も担任とどう話したらいいか困っています。 時間がかかっても必ずお礼いたします。 どうぞよろしくお願いします。

  • 病気の息子が高校を休みがちです。(長文です)

    お世話になります。 現在高校一年生の長男は、昨年突発的に筋ジストロフィを発症しました。 検査入院を終え、結果、ほぼ間違いないだろう、という結果になりました。 主治医からは「将来は「車いす」の覚悟」と言われています。 昨年秋頃から、高校を休みがちになりました。 もともと勉強や努力することが嫌いなので、 公立学校を落ちて、私立の学校に通っています。 今月はたったの5回しか学校に行っていません。 カラダが痛い、普通に授業受けるのがしんどい、 みんなが出来る体育もできない、部活もできない、 学校が楽しくない、やる気が起きない、気分が悪い・・・ 色々な理由を言って休みます。 確かに、筋肉が萎縮していってカラダはしんどいのだとは思います。 気持ちも相当落ち込んでいるでしょう。 でも、学校に行きたいのに行けない、のではなく、 家にいる方が楽だから、という理由の方が大きいのがわかります。 朝は起きず、私が仕事から帰ってくるとゲームやらパソコンやらを 楽しそうにしています。 家にいるととても元気で悩んでいるようには見えません。 あの子の心配を毎日しているのに、正直情けなくなります。 行こうという気持ちがあれば、なんとか行けると思うのです。 気持ちですでに負けているようなのです。 本人は「好きでこの病気になったわけじゃない!」 「もうこんなカラダはイヤだ!」 と苛立っています。 でも、これからどんどんカラダは不自由になっていくのです。 今できる事をしなくて、後悔してほしくないのです。 現実的な話ですが、高校は私立ですので、 バス代含め月に4万円以上を払っています。 たったの数日しか登校しないのに、4万円。 ウチは決して裕福ではありません。 下にもまだ小学生の弟がいてこれからも大変です。 私は、あの子が「行きたい、けど、どうしても痛みで行けない」 というのであれば、高校卒業さえできるのであれば 4万円払っても何とも思いません。 時々でも行って、何とか単位を取って高卒の資格がもらえたらいいです。 けれど、「学校が楽しくないから、家にいた方が楽だから。」という そんな理由で休まれると、正直とてもイライラします。 これがもし、「薬代」で同じ額なら、イライラもせず普通に払っています。 通信制の高校も一時考えましたが、 遠くて送り迎えができないこと、 レポートなどを提出するほど息子が勤勉でないことを考えた場合、 やはり今の高校を何とか卒業できた方がいいのかなと思います。 けれど、母親失格なのでしょうか。 どうしても、病気を言い訳にして学校を休む息子に、 4万円以上を毎月払うことに苛立ちを感じます。 本人は、「学校に行くだけで疲れる。家で寝てた方が楽」と言い、 お金のことを言うと、「じゃあ行きたくないし、やめる。」 と言います。 その繰り返しです。 お金のことを言わなければいいと思われる方もいらっしゃるでしょうけれど、 日々節約している身ですので、 本人にも自覚して欲しくて言ってしまいます。 筋ジスでも、今は足はまだまだ動きますし、 数年後には車いすなのか、 今の上半身だけがつらいのかは 誰にも予測はつきません。 だからこそ、今できることを精一杯やってほしい。 親が死んだ後でも、自立できるように生きて欲しい。 高校は、怠け心なしで行って欲しい。 とても迷っています。 このまま、単位不足でも私立の学校ですので、 不足単位の分はテストや補修などで、 救済措置がとれるそうですので、どんなに休んでもよしとするか。 高卒の資格のために、4万円は安いもんだと思うか。 それとも、ダラダラと月の半分以上も行かないのであれば、 学費が無駄なので思い切って退学させ、中卒でも家で過ごさせるか。 (その方がカラダが楽だと言うのであれば) 現実問題、登校しないでの4万円以上は家計上、キツイです。 「明日は行くよ。」と言いながら、朝になると起きません。 この状態がいいとは思えません。 担任の先生も「なんとか来れないかな。」と電話をくださいます。 一番つらいのは息子なのは十分わかっていますが、 もうなにをどうしていいのかわからなくなってしまいました。 あなた様なら、どうされますか? 高卒の資格のために、と単位が何とかなれば高い学費を払いますか? それとも、きっぱり辞めさせますか? 本人に「行く気」があまりないことを前提に お考えを聞かせていただければと思います。 お礼は遅くても必ずいたします。 どうぞよろしくお願いいたします。

  • 病気の息子にどうしたら淡々と接することができますか

    お世話になります。 高校二年の息子が、筋ジスを発症して1年になります。 今年に入ってから高校にあまり行けなくなり、 この1月にもこちらで相談させていただきました。 病気を理由に欠席をし続ける息子に、 学費を払うのがイライラするという相談でした。 色々なアドバイスをいただき、 私も学費に関しては必要経費と思うようになりました。 しかし、二年生に進級できたにも関わらず、 また月に数日しか登校できません。 本人の意志を確認したところ、 文系の一番上のクラスに入ってしまい、 昨年からの学力が追いついていないので、 わからない授業についていけずつらいとのこと。 身体の痛みというより、吐き気、頭痛があるそうです。 前の晩は「明日は学校へ行く」と言うのですが、 朝になると、まるで別人のように「無理!」と言います。 単位がすでに危ないものが出てきており、 本人もそれを自覚しています。 にも関わらず、3年で今の学校を卒業したいと言い張ります。 あの子が卒業したいなら、どうにか登校した方がいいと私も思い、 まずは家庭教師をつけることに決まりました。 学力を追いつけるようにしていきながら、 単位を落とさないように何とか登校すると本人も賛成でした。 ところが、私が出勤する時間に合わせて一緒に連れて行く約束なのですが、 毎朝のように「無理!うるさい!」と言います。 学校の担任の先生も、夫も、両親も、私の上司もみんな 「本人が行かないと言うなら、あなたは淡々とそれを受け止め、  仕事にでかけるべきだ」 と言います。 高校に行くか行かないか、本人に決めさせるべきだと。 私もわかってはいるのです。 けれど、もう6月の時点で出席日数や単位が危ないと言われ、 休学や転校ではなく、「3年で卒業」が息子の希望であるなら、 なんとか行って欲しいと思ってしまいます。 先日は、「学校に行こうよ。行って欲しい。送っていくから起きて。」 と息子にすがったら、「やめろ!無理だって言ってるだろう!」と 叩かれるわ、足が顔面を直撃するわで、 ぐちゃぐちゃの気持ちのまま、出勤する始末でした。 正直、もう私の精神状態がいっぱいいっぱいです。 職場から帰るときに、暗い気持ちになってしまいます。 あの子に振り回されたくないと思ってしまいます。 下の小学生の息子は、私が長男に暴力をふるわれるのを見て、 心を痛めています。 「お兄ちゃんは、僕が学校に行った後暴れたの?」と 聞いてきたこともあります。 「大丈夫だよ。」と答えていますが・・・・。 私が母親失格なのは自覚しています。 自分本位なのだと思います。 あの子の気持ちに寄り添えない、可哀想だと思えない、 私が夕方帰ると、元気で悩んでいるようにはまったく見えない、 そういう息子にキレそうになります。 いつか無理心中をしてしてしまうのではないか。 いや、それをしたら下の子が不憫だから いっそのこと、私が死んでしまおうか。 いやそれも、息子と同じ現実逃避になってしまう。 でももう疲れてしまいました・・・・。 現在、私は精神安定剤と入眠剤をもらっています。 そうでないと、眠れないのです。 8年前に鬱病になりましたが、また同じになりそうで怖いのです。 しかも、ストレスから来るアルコール依存と言われています。 このままだと、発作的にあの子に何かしてしまいそうで怖いのです。 どうしたら、淡々と接することができるのでしょう? 夫は「学校に行かないと言ったら、仕事に行っちゃっていいよ。」と 言います。 でも昨日も、「お母さんが遅刻してくれたら行けるのに。」と言われて、 出勤を遅らせませたが、結局「ごめん、やっぱり行けない。」となり 怒りと情けなさで頭が沸騰状態になりました。 いくら理解のある職場でも、遅刻ばかりできません。 仕事は、私の長年の夢が叶った生き甲斐です。 やめたくはありません。 周囲もみな、「やめるべきではない。やめたらあなたがおかしくなる。」 と応援してくれています。 正直、仕事があるから私はまだこの状態で済んでいるのだと思います。 どうか、息子に、冷静に淡々とできる方法を教えてください。 どうしたら息子を本当に愛せるのでしょう? 寄り添うってどういうことなのでしょう? よろしくお願いいたします。

  • 1才5ヶ月の息子が、まだ言葉を話せません

    1才5ヶ月の息子がいます。 まだ「マンマ」(ご飯)くらいしか意味のある言葉を話せません。 私は、母から私も言葉が遅かったと聞いていたので気にせず気長に待とうと思っていましたが、同居している義母が心配して毎日「この子は言葉が遅いね」と言います。 義母の話では夫は1才になる前から10個以上の言葉を話せたそうです。 実際私は言葉が遅かったものの、国語は5で高校の時も学年で最高点をよくとり、適性検査でも言語能力が最高値で、英語も日常会話はできるようになりました。(理数系は全然ダメです…) 夫は国語も英語も大の苦手で、同じことを繰り返し説明してもよく理解できなかったり、人と話すのが苦手です。(でも理数系は得意です) そんなことから、私は小さい時に言葉が早くても遅くてもそんなに関係ないんじゃないかなと気楽に考えていました。 が、義母は本当に心配みたいで、たまたま会ったうちの息子より少し大きいお子さんがいらっしゃる初対面の方にも「もうしゃべるの?」と尋ねて、しゃべると聞くと、かなり落ち込んでいました。 知人にもいろいろ聞いているみたいです。 もしかして、この状況で深刻に考えていない私は母親としていいかげんなのかな…と不安になってきました。 私が思っている以上に深刻なことなのかなと思うようになりました。 息子は体は大きく、まだほとんど熱も出したことがないくらい丈夫で、風邪をひいてもすぐ治るし、よく食べるし、活発すぎて困るくらいです。 夜寝る時は私にべったりですが、日中は人見知りはしない方で、よく笑うのでみんなからかわいがられています。 わざと気をひこうとして演技をしたり、ほめられると得意になったり、私たちの話すことは大体理解していると思います。(聞いたものを指差したり、持ってきたりします) 絵本も大好きで、よくせがんでくるので読んであげます。 言葉は話せませんが、不思議な言葉でさかんに話しかけてきます。 田舎なので日頃お友達と触れ合う機会が少ないこともあるのかな、とは思います。 私はプレッシャーをかけてはいけないと見守ってきましたが、もしかすると私がちゃんと心配して深刻に考えないせいで子供の問題に気付かず子供のためにならないのでは、と義母の様子を見ていて不安になりました。 同じように言葉の遅かった息子さんがいらっしゃる方や、子供の言葉について詳しい方からアドバイスをいただけると幸いです。 よろしくお願いいたします。

  • 子どもの病気をどう受け止めていけばいいですか?

    お世話になります。 今年高校に入学したばかりの息子に、 突然難病の疑いが出ました。 先月初めて病院にかかってから、 昨日、大学病院にて6人目の医師にかかり、 一ヶ月の検査入院が決まりました。 疑い病名は筋ジストロフィです。 遺伝病でありながら、我が家の家系には一人もおらず、 突発的に起こりうるタイプととりあえず言われています。 今は片方の腕が挙がらない程度ですが、 そのうち他にも麻痺が出てくるでしょう。 息子は、高校にも休まず登校し、 休みには父親と「動く内に」とキャッチボールもしています。 明るく振る舞おうとしている彼ですが、 夜、悪夢を見ると言うのです。 顔の半分が麻痺して動かなくなる夢を毎晩のように見て夜中に起きると。 「心配だもんね。でもそんな急には進まないよ。」と答えるだけです。 心の中では、「大丈夫だよ、大丈夫だよ。」と抱きしめてやりたいのですが、 高校一年の息子には、それができないし、明るく振る舞うしか思いつきません。 私は、病院に初めて行ってからのこの約一ヶ月、 子どもの前で泣いたことはありません。 私が泣くと「迷惑かけてごめんね。」と息子が心配するだろうからです。 真面目で優しい子です。 どうしてウチの子が、と正直思います。 その反面、先の震災で、突然最愛のお子さんを亡くされた方々の苦しみやつらさに比べたら、 命があるだけ、私の方が恵まれていると思ってもいます。 比べること自体が本当に失礼だとわかりつつ、慰めているのです。 でも、苦しいです。 先日、車で学校へ送っていく時に、 部活動で息子を手伝う係が出来たという話から、 「部活は楽しいけど、みんなに迷惑かけてるから・・・」と言われて 「しょうがないよ、病気だもん。いつか恩返しすればいいんだよ。」と明るく答えましたが、 私は帰りの車の中で、号泣してしまいました。 なぜ、「お前のわがままじゃないんだから、誰も迷惑じゃないよ。」と 言えなかったんだろうと・・・・。 息子のつらさは、はかりしれません。 たった15歳で、生涯にわたり重いハンデを背負うことになったのです。 私も主人も親として、あの子に、ハンデを受け止めながら生きていく力を つけてやりたいと思っています。 頭では、そう思っています。 でも、とても苦しいのです。 私の職場にも、生まれつきハンデを持っているお子さんがいて、 でもそのお母さんはとても明るく、優しい方です。 私は、そのお母さんのようになれるでしょうか? どうしたら、受け入れて受け止めて、前向きに歩けるでしょうか? 私は宗教は持っていませんが、 本当に神は乗り越えられる試練しか与えないのでしょうか? 毎日、毎日、のどに重い石がつまっているような感じがしています。 どなたか、教えてください。 子どもが重い病気を負うことになったとき、 親はどうやってそれを受け止めていけばいいのでしょうか? 息子に対して、どう接していけばいいのでしょうか? 遅くなるかもしれませんが、必ずお礼はいたします。 どうぞよろしくお願いいたします。

  • 2歳3ヶ月息子 言葉が遅い

    2歳3ヶ月の息子の言葉がなかなか増えません。 2歳時点で2語文が出ていなかったので、発達センターを紹介され、先日見学して療育に通うことは決まりました。(うちの市では診断がなくても言葉が遅いのみで通えます) 2歳2ヶ月頃に2語文が出始めましたが、まだ1日に1回出るかどうかな?という程度です。 (〇〇いないねえ、〇〇できた!など) まだ宇宙語と単語がメインですが、たくさん話しかけてきてくれます。 表情豊かで穏やかな子です。 椅子持ってきて座って食べてー、〇〇どこいった?、ねえね起こしてきてーなどなど指示は通ります。 運動の遅れも気になります。段差から飛び降りるのはまだ出来ず、しゃがんで降ります。 ジャンプもまだできません。 怖がりな性格もあるのかもしれませんが。 1年後、満3歳で幼稚園入園の予定なので刺激になってくれればと思っています。 息子と同じように言葉が遅かった子をお持ちの方、いつ頃から言葉が増えはじめましたか?

  • 言葉がすべて「ん~」の息子(2歳)

    8月で2歳になる男の子がおります。 意味のある言葉を話さず、指差しもしません。 なん語は多いと思います。宇宙語しゃべります。名前を呼んだら 振り向きますし、こちらの言う事は理解していると思います。 ねんねの部屋に行こうと言えば、寝室にとことこ歩いて行きますし 同じマンションの住人さんとすれちがえば、毎回ではありませんが、あいさつもします。 ただし「ん~(こんにちは~)」です。人とすれ違う時「ん~」と独特なイントネーションで 声を出すことが多いので、家で試しに 「こんにちは~!!」と息子に向って言ったら、一緒に「ん~!!」と言ったので こんにちはを表現しているのではないかと思っています。 ペットボトルのお茶を飲むまねをして、直後に「あ~っ」と爽快な声も出します。 NHKのおかあさんといっしょのすりかえ仮面のものまねもしますが 「んっん~(にゃっは~)」です。ちなみに、すりかえ仮面のおきまりの台詞も覚えているようで 「にゃっは~、みーんないっしょにぃ、にゃっは~」 「今日も特別なすりかえ問題もってきたぞぅ(もってきたぞぅ)」などの台詞もすべて 「んーっんんんーーん」で「ん」に強弱をつけて時に裏声も使って表現します。 市の専門相談も受けました。結果は言葉が遅いだけで 何かきっかけがあれば、どばっと言葉が出るタイプですね、と言われました。 あと、性格が慎重で歩いたのも1歳5ヶ月でした。歩くのが遅い子は 慎重な子が多いので、言葉を発する事も慎重になりがちとも言われました。 前置きが長くなってしまいましたが、「ん~」しか言わない息子の言葉を 引き出せるきっかけになるような接し方を心がけたいのですが、今のところ 向かい合って話す機会を作る、絵本を読み聞かせる(でも、ほとんど絵本に興味ないのです) 歌を歌ってあげる・・・などやっています。ただ、その時の情景を拾って 話しかけているだけです。雨が降ってきたね、とか、暑いよねとか。 もうちょっと工夫して話しかけてあげたいのですが・・・。 例えば、電車が好きな息子に”こまちかっこいいよね”など息子の好きな事を中心に 話してあげるとか、なるべく短い言葉で話すとか。 子育ての先輩、また、うちの子よりも月齢の低いお子様が いらっしゃる方でもかまいません。 言葉の遅かったわが子にこんな工夫をしましたよ、といった体験談などあれば ぜひ聞かせてください。宜しくお願いします。

  • 1才7ヶ月の息子の言葉

    現在1歳7ヶ月になる息子が 特に言葉と呼べるものをひとつも話しません。 口から発せられるのは 「うーうー」「ぶぅぶぅ」「ばっばっ」などで意味の無いものです。 ベビーサインのようなものも特に見受けられません。 月齢の近い子でいろいろしゃべる子を見ていると とても不安になってしまいます。 ただ遅いだけならいいのですが、精神遅滞などの可能性はありますでしょうか? また子供に有効な知育方法などあれば教えてください。

  • 5歳息子の心

    30代主婦です。子供は5歳息子が1人です。息子の事で相談にのって欲しいです。長文ですが、よろしくお願いします。 私は田舎に住んでいます。 町内会に加入しなくてはならず、今年度は役員になってしまいました。 しかも、40人程をまとめる大役です。 3月から活動が始まりましたが、月2回程、夜、会議に出席していました。 予想以上に7月は忙しく、週2・3回、夜、会議やら盆踊り練習などに出席しなければならず、息子は義母宅へ預ける日々です。(主人は帰宅が遅いので) 幸いにも、義母宅が近いので、助かっています。 ところが、先週、息子が「体が前後に揺れている感覚」などど、めまい?を訴え始めました。 聞けば、自宅のダイニングのイスに座って居る時限定で起こるそうです。幼稚園では1回もならないとの事。 外見がフラフラしている様子は無く、始めは「気がするだけでしょう?」と返事をしていましたが、度々口にするので、気にはなっていました。 先日、主人の前で口にしたので、ついに病院に連れて行きました。 (主人は、とても心配症で、息子が発熱しただけで「病院に行け」と言います。息子が元気で食欲もある発熱でも、そう言うので、毎回モメてしまいます…。) めまい?と言う事で、初めに、かかりつけの耳鼻科を受診しました。 耳の聞こえの検査。目の動きの検査。を実施しました。 耳鼻科医は「めまいは確かに耳鼻科なのですが、経験からして、子供のめまいはほとんど、心療内科の分類になるかと…。小児科医に相談してみては?」との事でした。 耳鼻科医の視たてでは、耳や目の動きに問題ないとの事でした。 午後に小児科を受診しました。 いつも混み合って居る、しっかり視てくれると評判の小児科です。 小児科医が、手や足の動き、脚気?の検査などを実施しました。 小児科医は「私から視て、身体的な問題はないと思う。気持ちの問題かな…。お母さんがどうしても気になるなら、後は専門の病院で小脳を調べてもらうしかないかな。」と言いました。 その日の夜に主人と相談して、しばらく様子を見る事になりました。 ダイニングテーブルで食事するのも辞めて、幼い頃に使っていた、ちゃぶ台?机を出して、フローリングに座布団を敷いて、食事する事にしました。 受診後1週間。息子が言わなくなりました。初めは「言えなくなったのかな?」と気にもしましたが、どうやら自分でも気付いていなかった様子。 それを主人に話したところ「俺も怒るの辞めてみたんだよ」と…!! 私は慣れていて気にもしていなかったのですが、そう言えば、主人は細かい事で怒るのです! 「ソファでお菓子を食べるな」「床の上でペンを使うな」「(俺の)靴を踏むな」など、数えきれないほど…。 そうか。きっとそれが原因かなー。なんて思っていたのですが、息子がまた言い始めました。 そして、気付くのが遅かったのですが、私が原因かなと…。 実は、息子が3歳の時に主人が不倫をし、離婚騒動がありました。 私は離婚してもいいと思っていましたが、田舎で親族が近くに住んでいる事もあり、主人が世間体を気にして、離婚撤回となりました。 主人は自由人で、いくら言っても自分優先なので、息子か生まれてからも変わらず、私の友人達が私と息子の事を「母子家庭」と呼んでいるほど、いつも私と息子は2人で過ごしていました。 息子の幼稚園は7月初旬から夏休みです。息子の夏休みに合わせて仕事を休んでいるので、毎日一緒に居ます。 いつもなら、戦いごっこや公園など、体を動かして遊ぶ夏でしたが、 冒頭に記した様に、今年は私が町内会の役員の為、8月の祭りにむけて活動しなくてはならず、パソコンで書類を作成したり、配布したり、品物を仕入れに行ったり、昼間も慌ただしい日々です。 息子が寝た後でやれる事は、夜中にやっていますが、私の体力的にもキツくて…。 夜の会議の際は、義母宅へ息子を預けます。 初めの頃は息子も「今日ばぁばのおうち♪」と喜んでいましたが、ここ2回ほどは迎えに行くと、義母から「『ママまだかな…。』って、ずっと言っていてねぇ…」と手を焼く感じで言われてしまいます。 やはり、私がいつもよりかまってあげれなくて、息子の心が淋しいのでしょうか? そんな気持ちがあるから、息子がめまい?を訴えるのでしょうか? あたたかいご返答いただけたら、助かります。 私も、ちょっと気持ちが疲れていて…。 よろしくお願いします。

  • 心気症でしょうか?息子が病気をするのが怖いのです。

    心気症でしょうか?息子が病気をするのが怖いのです。 10代の女の子ふたり、5歳の男の子の3人の母です。 上の女の子ふたりが生まれた後、何度か流産があり、上の女の子たちとは少し時期が離れて3人目の息子が生まれて5年経ちました。 上の子2人の女の子たちを育てているときは、多少熱がひどくても、階段から落ちて怪我をしてしまったりしても、その症状が心配なだけで、不安でたまらないなどということはありませんでした。 しかし、息子が産まれてから、熱が出れば大病が隠れてるんじゃないか?歩き方がおかしければ、死に至る筋肉の病気じゃないか?鼻血とアザを見れば白血病かもしれないと、心配になりネットで検索、余計不安になり、その度に病院で検査をしては、結局違うということを繰り返しています。 まるで息子が元気で成長することは奇跡で、そんなにうまくいかないと感じているような感覚です。 今も、おたふくのような症状があり、病院に行ったところ、検査してみる?と言われ、検査の結果待ちなのですが、ほとんどのおたふくでは検査まではしないのに何故検査?リンパ腫の可能性もある?などの情報を拾い集めて不安でたまりません。 夫は結構能天気で、「そんなに心配することないよ、君の方が病的だよ、笑」などと言っていて、私も上の子たちのときはそこまで不安にもなっていなかったのに、一体なぜ息子のときばかり、こんなに不安になってしまうのか、正直異常だなと感じています。 こういう経験のある方、またそういった異常な心配症を解決する方法などのアドバイスが欲しいです。 よろしくお願いします。