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教育におけるマイノリティー

表題どおり、みなさんは教育におけるマイノリティーといったら何を連想しますか? または自分がマイノリティーだった!という人、回答よろしくお願いします。

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質問者が選んだベストアンサー

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  • 回答No.1

そうですね。教育におけるマイノリティというと連想するのは、日本の教育は学校制度中心なので、それに入れない人たちですね。 例えば、不登校のこどもや、日本語の出来ないこども。 他には、最近話題になった朝鮮高校など、各種学校扱いで日本の学制に入らない学校の生徒です。 私はそのようなマイノリティであった経験はないですが、周りにはそういう人がかなりいました。 特に不登校の子などは、学校に行ってないことで身分が証明できなかったり、居所のなさを抱えている人が多かったですね。また学校に言ってない自分を卑下したりしがちだったように思います。 自分の居所が見つかるまでは大変そうでした。 自分の意思でなく、周りの視線によりマイノリティになってしまうという事の苦しさを見せられたように思います。

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質問者からのお礼

御丁寧な回答、本当にありがとうございました。お礼が遅くなってしまいまして申し訳ありません…。 回答文、なるほどなるほどと読ませていただきました。勉強になりました。自分なりにもう少しこの問題については考えていこうと思います。

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その他の回答 (5)

  • 回答No.6

何らかの都合で来日した外国人の子供たちは、日本の学校に行くのですが、日本語そのものが不自由なことが多く、学校内で孤立することが多いそうです。 おそらく先生の求めている答えとはちがうでしょうが。 

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質問者からのお礼

確かにそれもマイノリティですね。考えれば結構あるものだ・・・。 ありがとうございました。

  • 回答No.5
  • laing
  • ベストアンサー率47% (309/649)

心理が専門の者ですが、自分自身がマイノリティでした。 私は「ひとりっ子」です。 おかげで、学校では苛めに散々合いました。 先生からも甘やかされてると決めつけられたり、差別 を受けました。 昔、有名な心理学者が、ひとりっ子はそれだけで異常だ! と言い切ったのが問題の発端と言えるでしょう。 日本では斎藤茂太先生が「ひとりっ子にするなら子供は 作るな!」と提唱して来たんです。 その伝説は長かったです。 今でも、このカテで、ひとりっ子の親御さんの相談が 結構あるので、人数が増えても社会の偏見はそう変わら ないのだなと感じます。 マイノリティという言葉は社会学では、社会における 少数派を指しますね。良くも悪くも、人数が多い方が 勝つので、マイノリテイ=弱者の定義もくっつきます。 現代のひとりっ子はもう半数を占めてるので、マイノリティとは呼べないでしょが。(しかし、偏見は根強い) 以上、経験から。

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質問者からのお礼

一人っ子がマイノリティ・・・。私は今21歳なのですが、周りはひとりっこばっかりです。 でも確かに、なんとなく一人っ子って甘やかされてるっていうイメージがありますね。ステレオタイプになりつつもある感じがします。 ありがとうございました。

  • 回答No.4

転校生! 「疎開」って通じますか? こどものころ,東京から地方のまちへ,さらにまた農村の学校へ転校しました。 わたしの場合,集団疎開ではなかったので,マイノリティーでした。 終戦後しばらくして,東京へ戻ってきて,また2回転校しました。

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質問者からのお礼

確かに転校生はマイノリティーですよね、うん。なるほど。あたしには無い発想で、すごく新鮮だと思いました。回答ありがとうございました。そして、お礼、遅くなりまして申し訳ありませんでした。

  • 回答No.3

お望みの回答かどうかは分かりませんが、私が真っ先に連想したのはこのエピソードです。

参考URL:
http://allabout.co.jp/children/infanteducation/closeup/CU20020415A/

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質問者からのお礼

興味深いサイトですね!紹介してくださってありがとうございました。お礼が遅くなってしまってごめんなさい。

  • 回答No.2

教員を目指しているものとして目を引く質問でしたので、ぜひ、詳しく聞かせていただきたいのですが、どういう意図で、このような質問をされたのでしょうか。 ぱっと出てきたのは、民間企業から入った校長先生ですが・・・。 (生徒の中でのマイノリティーだったら答えが違ってきますが) 細く説明お願いします。

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質問者からの補足

ええと、意図というか、私も教員を目指すものなのですが、教育の制度と経営という授業内で、先生がぼそりと考えてきて!とおっしゃったことなのですよ。 だから正直自分もこの質問の意図を図りかねているのです。生徒の中でのマイノリティーということではないかと漠然ながら思いました。 そういったマイノリティーの子どもをどうやって既存の教育制度に組み込んでいくか、という問いかけですかねぇ・・・?

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