物理量の最大値は無限大ですかい?

このQ&Aのポイント
  • 物理量には最大値があり、一部では無限大の最大値も存在する
  • 質量は宇宙の総質量を超える値を取ることができないが、長さは無限大の値を取ることもある
  • 時間の最大値については言及されていないが、他の物理量の最大値について詳細を教えてもらった上で考えることができる
回答を見る
  • ベストアンサー

物理量が取りうる最大値は無限大ですかい?

物理量が取りうる最大値は無限大ですかい? 質量とか長さとか電流とか力とかの物理量ってのは、最小値はゼロ(絶対値で)で良いんですけど、最大値としては無限大の値を取ることがありますか? われわれが今いる宇宙のなかでの話にしてほしいんですけど、素人的に考えると、質量という物理量は宇宙の総質量を超える値を取ることができない(それ以上は意味無い)と思うんですよね。計算過程で一時的に100万倍程度になっても良いけど、つまりこの場合は無限大ではない。かな。 一方、長さなんてのは、宇宙空間で適当な曲線ってのを考えて、トポロジーとかなんとかで、ぐるぐる回り続ける線の長さを表そうと思ったら取りうる最大値っては、際限なくて、無限大ってのもありえんのかな、と。 条件: 1.今の、この宇宙の中での物理学としてください。(ビッグバン仮説を是としてください) 2.理論物理学でお願いします。(数学でごまかさないでください) 3.物理量によって、最大値有限と最大値無限がある場合、それぞれ一つづつ教えていただければ結構です。 実はね、時間という物理量の最大値は無限大かどうかを知りたいんですけどね、まず、それ以外の物理量の最大値ってのを教えてもらって、あとはね、こちらで想像しようかなって思っているんです。 どうぞよろしくお願いします。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
noname#175206
noname#175206
回答No.7

 お礼、ありがとうございます。 >1.ビッグバン宇宙仮説を採用したので、最初は宇宙全体の質量は有限である。  いいえ。開いている場合、密度無限大で大きさ無限大から始まったと考えてよいです。 >2.宇宙が膨張してるので、観測可能な宇宙の外側にも天体が離れてゆく。  その通りです。 >3.しかし、観測可能な宇宙の質量と観測不可能は宇宙の質量は、有限であり、「不定」である。  観測不可能な部分では質量の総量は無限大です。密度は有限ですが大きさが無限大ですから、掛け合わせたものも無限大です。 >1.宇宙は閉じていない。  おそらくそうです。 >2.したがって、宇宙はBig Freezeに向かう。  おそらくそうです。 >3.Big Freezeに向かうが、永遠にBig Freezeにはならない(漸近線問題)  物理量は時間も含めて連続ではないので、有限の時間で絶対零度になると思われます。 >4.したがて、すべての物理量のうち、時間のみは無限に、、、(?)待てよ、やっぱ漸近線問題かな。  それでも(局所)慣性系での時間は今までと何も変わりません。それを使って張り巡らせた系で計算しても何も変わらないでしょう。時間の流れがなにかに漸近するということは、やはりブラックホール表面での時間停止くらいでしょう。これとて、ブラックホールに対して自由落下すればその制限はなくなりますが。  熱的死に関する流れはおそらくこんな具合です。熱的死に近づいても、偶然のエントロピー低下で起こっていた最後の核融合も燃料が尽きて終わる。しかし、ブラックホールの事象の地平面からのホーキング輻射は止まない。やがてブラックホールは次々に輝きだす。そしてそれらも終わり、宇宙は静まり返る。しかし、その後に陽子があちこちで崩壊を始め、またもや宇宙を明るくする。それが尽きて、ようやく宇宙は本当の熱的死を迎える。  他の方へのレスですが気になりまして。 >ブラックホールの近くでは空間が曲がっているために、そこから発せられる無限の重力はブラックホールの近傍以外に効力を与えることがなく、  確かにブラックホールは事象の地平面という時間の止まった面で覆われており、あらゆる因果関係はその向こう側から出てくることはありません。しかし重力は出続けています。これは、超新星爆発を無視して静かに収縮してブラックホールになると単純化して考えた場合、遠方から見ていてブラックホールになる前と後で重力の強さは変わりません。よくある計算問題が示す答えを言えば、最初からブラックホールの中心に全ての質量があるとして計算した重力の強さはブラックホールになる前後はもちろん、その星のあらゆる修すく過程で変化はしません。

Mokuzo100nenn
質問者

お礼

ありがとうございます。 無限という概念に関しては、数学では認めない論理が自然界の記述にまかり通っている気がしてならないのですが、これは、やはりちゃんと学問をしないと分からないことなのでしょうね。

その他の回答 (6)

noname#175206
noname#175206
回答No.6

 時間に関して回答してもいいのですね。  標準理論で確定的に言えるのは、宇宙は閉じているか開いているかどちらかだということです。  以前は閉じていると考えられていました。これは空間2次元で言えば球面です。まっすぐ進んで行っても、終わりはありませんが、面積は有限です。物質があっても密度も有限ですから、その量も有限×有限でやはり有限です。  時間は一応終わりがあります。宇宙が膨張していることはご存じでしょうが、閉じた宇宙では物質の万有引力に負けて、収縮に転じます。最後には一点に凝縮されます。ここで時間は終わります。  ただし、人間が感じる時間の進み方について、解釈がいろいろあります。ホーキング博士は最初、宇宙が膨張する方向でしか人間は時間を感じられないと考えていました。宇宙が収縮に転じると、人間の感覚時間も逆転するということです。しかし後になってホーキング博士は考えを変え、宇宙が収縮に向かっても感覚時間は反転しないとしました。  宇宙が開いている場合は、無限大が絡みます。膨張するこの宇宙では、膨張する後退速度が光速度に達したところまでしか観測できません。しかし、その外も宇宙です。どこまで行っても果てはありません。つまり、最初から!大きさは無限大です。  物質の総量は無限大です。時間も無限大まで進めることができます。つまり終わりがありません。  閉じていると考えられていた宇宙が、開いていると考えられるようになったのは割と最近です。しかしそれでも宇宙の膨張はだんだんゆっくりになるはずだと考えられていました。このとき、無限大まで時間を進めたとして膨張がどうかということですが、その場合に後退速度が0になるか、0より大きいかが問題でした。結果は0になるでした。確率的にあり得ないことが起きているので、研究が進んでいます。  さらに最近、膨張が減速的ではなく加速的だということが分かりました。これをどう考えるかは一定した解釈がありません。宇宙がやはり閉じていていずれ収縮に転じるという人もいれば、どんどん加速していって、1000億年後には惑星系がなくなり、2000億年後には原子さえ存在できないと考える人もいます。前者であれば時間は終わりがあり、後者では時間に終わりはありません。

Mokuzo100nenn
質問者

お礼

示唆に富んだ回答ありがとうございます。 >最初から!大きさは無限大です。 私はこの部分に引っ掛かります。 大工の浅知恵ですけどね、 1.ビッグバン宇宙仮説を採用したので、最初は宇宙全体の質量は有限である。 2.宇宙が膨張してるので、観測可能な宇宙の外側にも天体が離れてゆく。 3.しかし、観測可能な宇宙の質量と観測不可能は宇宙の質量は、有限であり、「不定」である。 と考えちゃうんです。 上記1.は、ビッグバン仮説を採用・不採用の以前に、数学上の概念である「無限」が自然界(=物理)の世界に実在するとは言えない(証明不能である)。無限量の実在が証明不能であるかぎり、有限である。なんとなれば、われわれの観測可能な宇宙は有限だから、観測不可能な宇宙も有限と考える方が自然。 もうひとつ、これは、自分の考えがまとまらないの部分ですが、 1.宇宙は閉じていない。 2.したがって、宇宙はBig Freezeに向かう。 3.Big Freezeに向かうが、永遠にBig Freezeにはならない(漸近線問題) 4.したがて、すべての物理量のうち、時間のみは無限に、、、(?)待てよ、やっぱ漸近線問題かな。 漸近線問題は通常、時間の関数としての漸近線問題ですよね。 時間自体が漸近線問題の対象になるかな? ここらへんで、哲学に登場してもらう必要がありあそうですね。 ありがとうございました。

noname#175206
noname#175206
回答No.5

 物理学もいろいろなので、ジャンルを限定しませんと答えられない点もあるかと思います。特殊相対論はいかがでしょう?  普通の物質はタージオンと呼ばれていて、速度の上限は光速度です。正確に言うと光速度未満の速度になれます。  光はルクソン(ルクシオン)と呼ばれていて、いつでもどこでも光速度です。  無限大がからむのはここからです。常に光速度以上の速度となっているものが理論的にはあり得るとされており、それはタキオンと呼ばれます(お聞きになったこともあるではないでしょうか?)。  このタキオン、光速度以上なんですが、無限大の速度にもなれます。出発したとたん、どんなところへも到達できるのです。そこまでではありません。無限大より速くなることができます。  ただし、以前に詳しい人に聞いたのですが、速度が無限大になった場合だけは数学的にどうしようもないそうです。つまり、物理学で計算できないということです。  さて無限大より速くなっていきます。これは、一瞬で到達するより速い、つまり出発する前に到着するのです。当然ですが過去へ戻ります。このためタキオンが実在すればタイムマシンが作れると考えられています。  しかしこれにも上限があり、光が「到着地から出発地」までに届くよりも先に到着はできません。ある人はこれを「マイナス光速」と呼びました。うまいことを言うなあ、と思います。  勝手にジャンルを限定してしまい申し訳ありませんでした。もし気になっておられるジャンルで私ごときで分かるものがあれば、回答いたしますので、補足欄でなんなりと仰せつけください。

Mokuzo100nenn
質問者

お礼

ありがとうございます。

Mokuzo100nenn
質問者

補足

ありがとうございます。 今回の質問は、時間は未来方向に無限なのか、有限なのか、という疑問に端を発しています。 (ビッグバン宇宙仮説を読み、過去方向へは有限である、と知った為、未来方向が気になって、、、) 哲学のカテゴリーで質問したところ、 「初めのあるものには、かならず終わりがあるのでR ピリオド」でした。 天文学のカテゴリーでは、 「宇宙が終わるとき、時間も終わります」とのこと。 それぞれ、解りやすい回答でした。 一方、この宇宙で各種の物理量が無限という値を取り得るのであれば、時間という物理量も無限という値をとると仮説でき、逆に、この宇宙で物理量が取る値は有限の値のみ、ということであれば時間も哲学や天文学が答える様に上限=(おしまい)が有るという仮説ができます。 物理のカテゴリーですから、物理の範囲で考えようと思っています。 物理学の定義は、 「自然界に見られる現象には、人間の恣意的な解釈に依らない普遍的な法則があると考え、自然界の現象とその性質を、物質とその間に働く相互作用によって理解すること(力学的理解)、および物質をより基本的な要素に還元して理解すること(原子論的理解)を目的とする」(Wikipedia) 大工も、現地・現物主義ですからこの定義が気に入っています。。 しかるに、理論物理学は「理論」という接頭辞が付くからでしょうか、ともすると「自然界の現象」から逸脱した議論に発展してしまうような気がします。 すなわち、「元来の物理学の議論」を包含する「論理の集合」を定義し、「元来の物理学の議論」の補集合をとって、これに、例えばタキオンなど、新しく命名し、その性質の議論を開始する。 これでは、補集合をとった時点で「自然界の現象」という物理学の領域定義から逸脱しているのではないでしょうか。 ですから、私は「アインシュタインの速度制限」を守りつつ、空間の曲率=0として、そのうえで、この宇宙の物理量である時間が未来方向に無限なのか、有限なのか、知りたいです。 なにか、考えるヒントが有れば、是非、ご教授いただきたく。

回答No.4

#1です。 > ブラックホールの物質密度の例が、下記の回答者さんからでていますが・・・ > ・・・「質量÷極めて小さい体積」 > =「無限と言っても差し支えないほど大きな密度」 > という意味でしょうか。 少なくとも今の理論体系では中心密度は厳密に無限大です。 くりこみも不可能です。じゃないと「特異点」にならないので。 量子重力理論が完成すれば特異点問題も解消する可能性はありますが、 今のところ完成のめどは全く立ってません。 > 物質が重力でつぶされて原子核のまわりの電子の回転半径がゼロになったとしても、 > 原子核そのもの、電子そのものの体積はあるでしょうから、 電子「そのもの」のに体積があるという証拠は今のところありません。 だからこそファインマンとかが頑張ったわけですが・・・ 少なくとも今現在、量子電気力学とのズレは観測されてないので 電子「そのもの」に体積があるとする根拠は何もありません。 > 「無限と言っても差し支えないほど大きな密度」を、 > 方程式を扱うときの簡便さ(理想化)のために > 無限大の概念としておく、と理解しました。 > > 他の物理量もきっと同じような感じで、 > 無限と言っても差し支えないほど大きな値をとるときに、 > 無限大という概念を導入しているのであって、 > 数学でいう無限じゃないですね。きっと。 今のところ「数学でいう無限」です。 量子論が間違っていればおっしゃる通りかもしれませんが、 そんなことを考えるのはナンセンスです。 また、簡便さでいえば無限大など出ないでくれた方が 遙かに簡便です。というか、無限大は扱えません。

Mokuzo100nenn
質問者

お礼

大工の早合点を隅までお読みいただき、補足の説明ありがとうございます。 また、質問にいち早くお答えいただいたのにお礼が後先になり申し訳ございせん。 大工の常識だとね、たとえば「透明ガラス」。 設計士:「高窓のガラス、透明ガラスにしといてくださいね。」 大工:「了解しやした。透明ガラス入れときます。」と言ってね、可視光透過率90%のガラスを入れちゃうの。 設計士と大工が示し合わせて施主さんを騙しているわけじゃなくてね、目的から見て許容範囲の透明度の「不透明ガラス」を「透明ガラス」と呼んでいるってことです。 だもんだから、物理屋さんの方でも、目的からみて許容範囲で「有限の物質密度」を「無限大の物質密度」と呼んでいるんじゃないかと早合点しました。 「特異点」ってのがどうも得意じゃないんですけど(ダジャレです)、本当に無限大の物質密度があるってことになると、いくつかの疑問が払拭できないです。 大工の前提: 1. この宇宙の総質量は有限である。 2. ブラックホールは宇宙の一部である。 3. 密度の定義は、「密度=質量÷体積」である。 4. 割り算で、分母=0は認められない。 大工の常識ではどうも辻褄が合わなくて、ブラックホールで物質密度が無限大になるためには、上記の前提のうち、どれかが覆ってしまいます。 また、違う角度からの質問ですが、「特異点」っていうのは、「そこでの計算の辻褄が合わない点」って言う事であれば、特異点での物質密度は「解らない」ってのが正しいのではないでしょうか? それから、原子核の体積は「一番小さい水素原子の原子核でも半径1フェムトメートル」ほどあるっていうじゃないですか、だから電子の体積が無くても、やっぱり体積はゼロにはならないように思えるのです。 原子核もつぶされて素粒子だけになると体積はゼロってことがおこるのでしょうか? そうだとすると、ゼロ割禁止則に抵触してしまうので、密度の定義自体が成立しなくなるような気もしますが、、、。 設問の立て方が間違っているのかもしれないのですが、なにかヒントをいただければ嬉しいです。 どうぞよろしくお願いします。

Mokuzo100nenn
質問者

補足

sewingcough先生のご説明に関して三日間考えた結果、大工の早合点に気がつきましたので、お詫びかたがたご報告いたします。 大工の常識でしたから、「空間が曲がる」ってことを理解していませんでした。 すなわち、 ブラックホールの中心で物質密度が無限になったら、どんなに離れている地球にも無限の重力が来て、あっという間にブラックホールに吸い込まれてしまう、、、、。 と誤解していたわけです。 だから、先生のおっしゃる「無限」というのは、「有限で極めて大きな値」に違いない、と思っちゃったわけです。 三日間考えた結果気がつきました。 ブラックホールの近くでは空間が曲がっているために、そこから発せられる無限の重力はブラックホールの近傍以外に効力を与えることがなく、結果、地球上でわれわれが生きていることができる。 そういうことですね! 大工の世界には、「生兵法は怪我の元」っていう戒めがあったのに、まさに生兵法でした。 似非科学マニアの限界を感じるとともに、先生のご説明に反発していた自分を不明を反省します。 ごめんなさい。 そしてありがとうございました。

回答No.3

大きさならビッグバン(137億光年)、速度なら光速(c)、 精度なら量子性(プランク定数)、質量ならブラックホール密度、 時間は可能性=予測としての空間の広がりに準じます(一定ではなく、 時間が過ぎるごとに未来(=空間的広がり)は膨張する)。

Mokuzo100nenn
質問者

お礼

ありがとうございます。 つまり、物理量は無限なんて値をとることはないのですね。

  • cyototu
  • ベストアンサー率28% (393/1368)
回答No.2

他の所で成された質問者さんのご要請にお応えします。 以下に長い説明をしますが、その前に、結論をここでまとめておきます。全文をお読みになった後で、もう一度、この結論を読み直してみて下さい。 結論:無限大の概念の導入は、この宇宙で起こっていることを記述するのに大変強力な理想化の一つであるという経験則が在る。そして、その理想化によって、何か不都合があるような物理現象を見つけ出した物理学者は、歴史に残るような重要な仕事をしたことになる。今までの経験では、ほとんどの場合、その理想化で話が巧く行っているようであり、それなら、その理想化による効用を大いに利用させてもらおうではないか、というのが、物理学者にとっての無限大の役割です。 さて、物理学者にとって無限大の意味は数学者とは大分違います。物理学者は、ほとんどの場合、自分が今取り扱っている量より滅茶苦茶に大きい量を無限大、また、滅茶苦茶に小さい量を無限小と考えて計算しようとします。その量が極端に大きかったり小さかったりした場合は、その量を無限大やら無限小という、実際にはありもしない量で置き換えてしまっても、その結果に違いがあまり出ないであろうことを期待しているからです。もしその置き換えで、万が一、有限であることと無限であることの間に何か決定的な違いが起こることが発見できたら、その物理学者は歓喜することでしょう。数学的にはいくらでもそのような状況があるような論理構造物を考えることが出来るのですが、物理学者がこの現実の世界や宇宙を記述する過程で、そのような珍しい状況にお目に掛かることは、滅多に在りません。だから、そんな状況にお目に掛かったら、宝くじが当たったぐらい喜ぶはずです。 では、物理学者は、何故そのようなありもしない置き換えをするのか。それは、無限大とか無限小の概念を導入すると、連続と言う概念が使えるようになり、計算が桁違いに易しくなるからです。従って、ことの本質があからさまに見える可能性が格段に高くなります。このように、実際にはありもしない状況を考えて、ことの本質を抉り出す行為を、理想化と言います。無限大も無限小も、この理想化の一種である場合が殆どです。実際、連続であれば、微分や積分が出来るようになります。不連続の場合に、積分の代わりに級数を取り扱わなくてはなりません。また微分方程式の変わりに差分方程式を取り扱わなくてはなりません。ところが、それらは積分や微分方程式よりも桁違いに難しい演算なのです。そこで、実際には級数や差分方程式になっている場合でも、そのとびとびの値が極端に小さい場合にな、それを無限小なるもので人為的に置き換えて連続変数としてしまい、それを無限回足す行為として、積分で置き換えてしまうのです。そのような置き換えをすると、微分積分ばかりでなく、超関数というような途轍もなく高度で便利な量も扱えるようにもなります。 その辺りの理想化の意味を理解していない物理の専門家から、私は何度か次のような質問を受けたことがあります。例えば、熱力学の基礎を力学から説明する過程で、物理学者はしばしば「熱力学的極限」という極限操作を行います。それは、一先ず有限の数の気体粒子を箱の中に入れておいて、粒子の数とこの箱の体積の比を一定に保ちながら、その箱の大きさを無限大にして行く極限のことです。その結果、そこで起こっている物理現象を表す数学の中に連続変数が現れ、級数が積分で置き換えられ、演算の中に超関数等が現れて来て、その超関数の性質を論じることから、例えば時間の対称性の破れなどが、数学的に表現できるようになります。ところが、そのことを物理の専門家の前で説明すると、「この宇宙は有限の大きさではないのか。粒子の数も確か10の80乗個ぐらいの有限の数ではないのか。だから、熱力学極限などを取って論じることに意味があるのか」と聞いてくる人が時々います。ところが、そんな質問をする人に限って、物理学の理論として殆ど確立されている粒子の散乱問題では、無限の空間の中に数個の粒子が在ると仮定して、衝突前と衝突後の無限の時間の前後についての遷移を論じていると言う事実には、何も疑問を持っていないようです。また、トランジスタの原理を説明するために結晶内のエネルギー状態が帯構造(バンド構造)をしていることが本質的になることは知っているのに、その帯構造を得るためには厳密には結晶の大きさが無限大になっていなくてはならないことには無関心でいるようです。実際には、結晶は数ミリメートルと有限なのですが、その中の原子の数が余りにも多いので、あたかも無限個の原子からなっていると考えても、その違いが無視できることが、経験的に分かっているから、そのような理想化の下に計算をしているのです。 また、連続の概念を導入しておくと、物理的な本質を探るための関数の性質を論じる時に、その変数を複素数にまで拡張することができるようになります。その結果、関数の性質を、複素平面のどの部分で無限大に成るかを探ることによって、分類できるようになります。そして物理現象をこの関数の分類に対応させることによって、この宇宙のいろいろな個性が探れるようになります。これも、無限大の概念の導入による理想化の効用の一つです。 さらに、無限大にはもう一つの効用があります。数学では、ゼロで割り算をすることが許されていません。それを認めてしまうと、1=2=3=、、、が 成り立つことが証明できてしまい、数学が頼りに成らなくなってしまうからです。また逆に、複雑な計算の何処かで1=2のような間違った計算をしてしまうと、その計算の中の在る量が無限大になってしまいます。従って、連続の概念を導入して物理量を計算しておくと、物理量に無限大が現れた時に、どうやら何処かで論理的な間違いをしているらしいとの見当がつきます。ですから、物理学者は無限大の出現に目を光らせております。そして、物理学の歴史を振り返って見ると、既存の論理構成では中々その無限大が取り除けない場合に、その問題は有名な問題とされ、注目をされて来た例がいっぱい在ります。

Mokuzo100nenn
質問者

お礼

素人の頓珍漢な質問に真摯なご説明いただきありがとうございます。 普通の言葉でご説明いただいたので「大変良く解りました」と言いたいところですが、正直に申し上げると「解るところもありました」くらいです。 科学者だから「物理量に無限は無い」と断言しないだけのことで、「物理量に無限大が現れた時には計算間違いを疑え」ってことは、一般人の理解としては「物理要は最大でも無限大にならない」ものだと理解しておきます。 ブラックホールの物質密度の例が、下記の回答者さんからでていますが、物質が重力でつぶされて原子核のまわりの電子の回転半径がゼロになったとしても、原子核そのもの、電子そのものの体積はあるでしょうから、「質量÷体積ゼロ」では無く、「質量÷極めて小さい体積」=「無限と言っても差し支えないほど大きな密度」という意味でしょうか。 素粒子のレベルまでつぶれても同じことのような気がします。 この「無限と言っても差し支えないほど大きな密度」を、方程式を扱うときの簡便さ(理想化)のために無限大の概念としておく、と理解しました。 他の物理量もきっと同じような感じで、無限と言っても差し支えないほど大きな値をとるときに、無限大という概念を導入しているのであって、数学でいう無限じゃないですね。きっと。 ということは、私の類推ですけれども、時間という物理量も無限大にはならない「ことにしよう」と思います。 そして誰かが「時間は無限だ」と言った時には、そいつの頭の中を疑えば良いですね。 何年か前、仕事が暇な時に、ゲオルグ・カントールという人の伝記みたいな数学読み物を読んで、「無限よりも大きな無限がある」(アレフ0とかアレフ1とか)ことを知った時に、目から鱗が落ちた記憶があります。 今回は、「無限」は数学上の概念にすぎず、現実(=物理)の世界には無いのだ!(決めつけていますが)ということを知って、二枚目の鱗が落ちました。 高等学校では数学や物理は嫌いではありませんでしたが、残念ながら目から鱗が落ちるような感動・衝撃をうけた記憶はありません。 あと30年数年早く、この様な事を教えてもらっていたら、俺の人生、変わってたんじゃないか、と思うほどです。 本当にどうもありがとうございました。 追伸:先生の説明を読んでいて、今度は「無限小」って言葉にひっかかってしまいました。また寝られない夜になりそうです。時間は無限じゃないのにね、、、。

回答No.1

基本的に無限は出てはいけないことになってます。 だから朝永先生とか頑張ったわけですが・・・ でも、一応ブラックホールの特異点とかは無限大を許容しています。 今の理論では必ず物質密度が無限大となる点が生じてしまいます。 とはいっても「裸の特異点」は今のところ認められませんが。 ですので、特異点はかならず事象の地平線で隠れており 観測できないから「OK!」ってホーキングとか ロジャーペンローズとかが主張しています。 「宇宙検閲官仮説」とかいう名前がついています。

Mokuzo100nenn
質問者

お礼

ありがとうございました。 また、2回目のご回答の後ろに、その後に私が理解できたことを補足で記述しておきました。

関連するQ&A

  • 宇宙空間無限説

    NHKのサイエンス・ゼロを観ておりましたら、宇宙空間(の容積)が有限であることは、大半の宇宙物理学者が支持する仮説であるが、ごく一部には「宇宙空間(の容積)が無限である」という仮説を支持する学者も存在する、と話しておりました。 数学や物理学と縁のない市中のおっちゃんあたりが「宇宙空間は無限である!」と主張しても、別に驚かないのですが、正式な数学と物理学の教育を受けた宇宙物理学者の中にも宇宙空間無限仮説を支持する者がいるというのは新鮮な驚きでございました。 宇宙空間無限仮説を支持する学者たちは、一般に支持されているビッグバン仮説をも否定するのでしょうか? 質問1:宇宙空間(の容積)無限仮説支持者はビッグバンを否定し、宇宙の誕生をどのように考えているのでしょうか? 質問2:宇宙空間(の容積)無限仮説支持者は宇宙背景放射の赤方偏移の原因をどのように説明するのでしょうか? 宇宙物理学者の少数が主張する宇宙空間(の容積)無限仮説をご存じの方より、素人向けにご説明いただけたら有り難いです。 なお、この質問は、この宇宙、すなわちThe Universeに関する質問でございますので、Mutiverseに関する投稿はご遠慮ください。

  • 宇宙の質量が有限か無限か?

    宇宙の質量が有限か無限ですか? 1.宇宙が何ですか? 2.質量がなんですか? 3.宇宙の質量が有限か無限ですか? 4.根拠はなんですか?

  • 無限とは何か

       問う人: 無限とは何か。 「人の道」: 有限でないことである。 つまり無限とは限りが無いことである。 無限の対極にあるのが有限である。 つまり有限とは限りのあることである。 問う人: 無限はどこにある。 「人の道」: そこらじゅう至る所に無限は有る。 一滴の水の中にさえ無限はある。 問う人: なぜ一滴の水が無限なのか。 「人の道」: 一滴の水の中に無限の宇宙があるからである。 つまりこれがミクロの宇宙である。 一滴の水の中に高度な文明があるかも知れんのである。 誰もこれを否定することなど出来ん。 問う人: 一滴の水の他にはどこに無限はある。 「人の道」: それは我々が今見ているこの宇宙空間である。 わしが手を伸ばす方向にどこまでも進んで行くと考えてみー。 いづれ壁にぶち当たり行き止まるゆー者もいる、また一周して元に戻るとゆー者もいる。 これらの者は宇宙空間は有限であると思っておる。 問う人: 宇宙空間は有限なのか。 「人の道」: それは違う。 宇宙空間は無限である。 宇宙空間に限りは無い。 問う人: 一滴の水とこの宇宙空間以外にも無限はあるのか。 「人の道」: もちろん有る。 それは我々が認識する時間である。 この宇宙は無限の過去から無限の未来に至るまで永遠である。 宇宙には始まりも終わりも無い。 問う人: では宇宙は有限であると考えるのはどーしてなのか。 「人の道」: それは願いである。 宇宙は有限であってほしいと願う人の心が無限の宇宙を有限なものにするのである。 問う人: ではなぜ人は宇宙が有限であることを願うのか。 「人の道」: それは恐れである。 無限であることを恐れる人の心が無限の宇宙を有限なものにするのである。 そして神が宇宙を創造したとなどと願うよーになるからである。 しかし宇宙は何ものかよって創造されたものではない。 神を含め何ものも宇宙を創造してはいない。 何故なら宇宙は無限であり、これを創ることは元より理に反するからである。 どーじゃ、これで無限が何か分かったか。 問う人: はい、よー分かりました。 一滴の水の中にも無限は有り、宇宙に限りは無く、宇宙は無限である。 「人の道」: 宇宙は無限に満ちており、この世界には始まりも終わりも無い。 皆にも訊いてみるとえー。 問う人: 宇宙は無限に満ちており、この世界には始まりも終わりも無いゆーこと、皆はどー思う。   

  • Big Freeze / Big Chill / Cold Death

    Big Freeze / Big Chill / Cold Death仮説では時間に終焉がきますか? ビッグバン仮説というのを一般向けの本で読んで、びっくりしたことがあります。 それまで、時間というのは過去方向にも未来方向にも無限に遡れる数学的な実数だと、漫然と信じていました。 ところが、ビッグバン仮説では、時間というのは過去方向には無限の実数ではなく、ビッグバンの「少々」前に始まった宇宙の始まりまでしか遡ることはできずに、そこで「行きどまり」だっていうのです。 過去方向が有限だと聞けば、じゃあ未来方向はどうなの?って疑問が湧くじゃないですか。 実は、これを「哲学」のカテゴリーで質問してみたところ、色々な方が回答してくれたのですが、宇宙の外側だとか、多元宇宙論だとか、ビッグクランチだとか、新しい仮説を次々に持ち込まれて、煙に巻かれています。 そこで天文学ではどういう答えを持っているのか教えてください。 条件: 1.ビッグバン仮説を採用する。 2.Big Freeze / Big Chill / Cold Death仮説を採用する。 3.宇宙の外側は考えない。 4.数学の虚数を物理に持ち込まない。 質問: この宇宙では、時間は過去方向に有限であることが分かりました。 それでは、未来方向には有限なのでしょうか、それとも無限なのでしょうか? 普通の人間が分かる言葉でご説明いただければ幸いです。

  • 恥ずかしながらこの歳になるまで時間は無限じゃないかと思っていたんですが

    恥ずかしながらこの歳になるまで時間は無限じゃないかと思っていたんですが、、、、。 宇宙物理の本(といっても一般向けの)を読んでいたら、時間には始まりがあるんですって。 宇宙のビッグバンとかいう言葉は聞いたことがあって、宇宙の始まり、実際にはビッグバンの「少し」前が始まりということは理解していたのですが、「宇宙が始まる前」なんてのを勝手に想定していて、時間はその前にさかのぼれるんじゃないかと、漫然と思っていたんです。 ところが、宇宙の始まりが時間の始まりであって、それ以前の時間は「無い」んだそうです。 科学は、ときどき非常識な真実をつきつけてくるものですね。 過去にも未来にも無限にたどれると思っていた時間ですが、過去に遡れるのは「ここまで!」で、時間は有限であることが分かった。 始まりがあると言われると「じゃ、おしまいは?」と聞きたくなるのが人情じゃないですか。 物理学では、宇宙の終わりは、今のところ「分からない」そうです。 いつの日かわかる日がくるのかもしれないですが、私の生きている間ではなさそう。 科学でわからないことは、宗教か哲学に答えを求めるしかない。 無限でない時間のおしまいについて、哲学は答えを用意しているのでしょうか? 宗教に行く前にちょいと聞いておきたくて。

  • 宇宙が無限に広いのなら

    宇宙が無限に広いなんて納得できない!と思っていたのですが もし、無限なら137億年という有限の時間内に無限の広さの空間が誕生したのだから ビッグバン時に無限の速度で膨張したと解釈すれば納得がいくと考えるようになりました。 空間の膨張速度に制限はないのでこう考えるしかないと思うのですが いかがでしょうか?

  • 無限についての問答

    問う人: 一つ訊いてもえーか。 「人の道」: 何でも訊いてみい。 ここは質問し答えを出す場所や、なんにも遠慮は要らんのや。 問う人: 無限とは何や。 「人の道」: 有限でないことや。 つまり無限とは限りの無いことや。 無限の対極にあるのが有限や。 つまり有限とは限りのあることや。 問う人: どこに無限はあるんや。 「人の道」: そこらじゅう至る所に無限は有る。 一滴の水の中にも無限はあるんや。 問う人: なぜ一滴の水が無限なんや。 「人の道」: 一滴の水の中に無限の宇宙があるからや。 つまりこれがミクロの宇宙や。 一滴の水の中に高度な文明があるかも知れんのや。 誰もこれを否定することなど出来ん。 問う人: 一滴の水の他にはどこに無限はある。 「人の道」: それは我々が今見ておるこの宇宙や。 わしが手を伸ばす方向にどこまでも進んで行くと考えてみい。 いづれ壁にぶち当たり行き止まるちゅー者もいる、また一周して元に戻るちゅー者もいる。 これらの者は宇宙は有限と思っておるんや。 問う人: 宇宙は有限なんか。 「人の道」: そんなことはない。 宇宙は無限や。 宇宙に限りは無い。 問う人: 宇宙を有限と考えるのはどうしてや。 「人の道」: あのなあ、えーか、 宇宙を有限と考えるのは宗教漬になったアホの考えることや。 問う人: 一滴の水とこの宇宙空間以外にも無限はあるんか。 「人の道」: もちろん有る。 それは我々が認識する時間や。 この宇宙は無限の過去から無限の未来に至るまで永遠なんや。 宇宙には始まりも終わりも無い。 どーや、これで無限が何か判ったか。 問う人: よー判りました。 一滴の水の中にも無限は有る、宇宙に限りは無く、宇宙は無限や。 「人の道」: 無限が理解できんとどーなるかも判ったか。 問う人: はい、判りました。 宗教漬になると宇宙は有限であり、何時いつ始まったとかアホなこと言い出すよーになる。 「人の道」: 宇宙は無限に満ちており、この世界には始まりも終わりも無い。 もしこの考えが何かおかしいと思うんやったら皆にも訊いてみるとえー。 問う人: 宇宙は無限に満ちており、この世界には始まりも終わりも無いちゅーこと、皆はどー思うか聞かしてくれ。    

  • 「1、2、3、たくさん」の「たくさん」と無限の違いは何かね?

    「1、2、3、たくさん」の「たくさん」と無限の違いは何かね? 昔ね、本田勝一って人、朝日新聞の記者だったと思うんですがね、この人がニューギニアの高地に調査に行ってね、ニューギニア高地人の言葉や生活を調べたところ、数詞に関しては「1、2、3、たくさん」の四種類だってんだね。 小学生だったので、ニューギニア高地人に対して優越感を持ったね。 あいつら自分の指の数を「たくさん」って言うのか、なんて思った記憶が鮮明に残ってるんですよ。 翻って、現代の大工の世界ではね、 大工兄:「おーい、ちょっと、そこの釘、取ってくれないか」 大工弟:「あいよ。二三本で良いのかい?」 大工兄:「ああ。たくさんはいらねえ。」 なんだい、ニューギニア高地人と選ぶとこ無いじゃないか! でもね、棟梁になるとちょっと違うよ。 金勘定ってものが付きまとうからね。 積算とか見積もりとかいう仕事ばかりになっちゃったらね、鑿や鉋のウデも鈍っちゃうんだけどね、誰かがやらにゃ、家は建たないからね。 棟梁の世界は、 「1、2、3、、、3000万円、金持ち」ってぐらいの分類だね。 棟梁の仕事はニューギニア高地人の1000万倍複雑だってことよ(笑)。 3000万円は例えでね、まあ、4000万円だっていう人がいるかもしれないけど、ここでドングリの背比べしようってんじゃないよ。 「3000万」と次の「金持ち」ってのの違いが重要なんだ。 普通の人が家を建てる場合は、予算が重要でしょう? 貯金叩いて、ローン借りて、返済計画なんか考えながらギリギリのところで家をたてて下さるんだからね。 予算3000万円まではそういう「予算制約の家」さね。 建築士はね、「岡の上の家」とか「朝日の当たる家」、「港の見える家」なんて、しゃれた名前を付けて建築雑誌に写真をのせたりするけどね、大工に言わせりゃ、みーんな「予算制約の家」って呼ぶよ。 ところがね、たまにね、最近は減っちゃったけどたまにね、予算の事を仰らない施主ってのがいるんだ。 出桁化粧入母屋造りでね、差し鴨居は4寸x12寸のケヤキを使い、土台は今じゃ珍しくなったクリを使う、とかね、、、。 こういう注文を頂くことがある。 当然3000万円じゃおさまらないよ。 でも、気にしない。 「金持ち」だからね。 予算なんか気にせず、とことん良いものを求めていらっしゃる。 大工は、こういう時にほんとの力量が試されるんだ。 でもね、ここで言う「金持ち」ったって、「無限」に金が有るわけじゃあねえ。 建築と言う目的から見れば十分な金があるので、金額を気にする必要がないってことだ。 ここからが本題だよ。 物理の方面で、たとえば「宇宙を記述する」ってう「物理学の仕事」のなかでね、無限ってのは出てくるんですかね? 「目的から見て、上限を考える必要が無いほど大きな数」じゃなくて、数学の無限ですよ。 別の表現をすると、 「いまの、この宇宙を記述するための物理量が、無限という値をとることがあるか?」と言えるかな。 もっと言い換えると、「数学の世界で整合性を持つ無限は、我々の自然界(いまの宇宙)の実現値として実際にあるか?」と言ってもよい。 同じ事を、物理学のカテゴリーで質問したところ、 「ブラックホールの中で物質密度が無限大になる。」そうです。 ここで、無限大というのは、「金持ち」の定義みたいに、目的から見て十分大きな有限の数値、ではなくて「数学で言う無限」の事だそうです。 いやー、無学の大工としては納得がゆかなくてね。 大工の前提: 1.この宇宙の総質量は有限である。 2.ブラックホールは宇宙の一部である。 3.密度の定義は、「密度=質量÷体積」である。 4.割り算で、分母=0は認められない。 ブラックホールで物質密度が、(数学的な)無限になるっていうと、上記の前提のどれかが覆ってしまうじゃないですか。 もともと(過去)有限の密度を持っていた物質がブラックホールに吸い寄せられて、結果、(現在)無限の密度を持っているとすると、(途中で)加速度=無限で密度が増加しないとならない。 少なくとも一回は「アインシュタインのスピード制限」を超えたって事になっちゃうでしょう? 概念としての数学はいざ知らず、物理的な自然界は「アインシュタインのスピード制限」を守ることになっているのだから「そんなバカな!」と思っちゃうんですよね。 多分、個別の物理現象を正確に理解するためには、理論物理学ってのをちゃんと勉強しないといけないのでしょうけど、こっちの寿命はそれほど残っていないので、無限の概念を扱う事が得意な数学の先生からヒントをいただけると有難いんですがね。 質問: 概念上の「無限」が現実の世界(=物質・エネルギーの世界、われわれの宇宙)に現れることがありますか?

  • やはりビッグバン宇宙論は科学ではない

       定義: 「無限遠点から電界内のある点まで単位正電荷を運ぶのに要する仕事が1[J]であるとき、その点の電位を1Vとする。」 これは電磁気学における電位の定義である。 このよーに電磁気学では無限遠点は単なる仮想的な概念ではなく、物理的実在なのである。 従ってもし無限遠点が実在のものでなければ電磁気学の諸定理は根底から否定されることになるのである。 故に無限遠点は実在でなければならない。 もし宇宙が有限であれば無限遠点は単なる仮想的な概念になり、無限遠点の実在を前提とする電磁気学は全て根底から崩れることになるのである。 この意味においても宇宙は無限でなければならず、宇宙は有限であるとするビッグバン宇宙論は物理の法則を根底から否定するものと言えよー。 やはりビッグバン宇宙論は科学ではないと断言できるのではないか。  

  • 観測可能な宇宙の総質量?

    観測可能な宇宙の総質量は有限でしょうか、それとも無限の質量をもつのでしょうか。 Wikipediaの記述などを呼んでいると、両説が併存しているようです。 [質量有限説] ・観測可能な宇宙内の星の推定総数は9×10の21乗(=90垓)個となる。 ・太陽の質量(2×10の30乗 kg)を平均太陽質量(矮星の多さと、太陽より質量の大きな星の数はつりあっているとする)とし、星の総数を10の22乗個とすれば、観測可能な宇宙の星の総質量は3×10の52乗 kgとなる ・観測可能な宇宙の総質量の5%未満が星などの可視的な物質で構成されており、残りは暗黒物質やダーク・エネルギーが占めていると予測される。 ・つまり5%が3×10の52乗 kgだから、観測可能宇宙の総質量は3×10の52乗 kgの20倍ほどの有限値と理解される。 [質量無限説] ・観測可能な宇宙の中にブラックホールがあると考えられる。 ・ブラックホールの中心は密度が無限大と考えられる ・密度=質量/容積において、容積はゼロを取れないので、質量が無限であることを示す。 ・ブラックホールが質量無限であれば、そのブラックホールを含む観測可能宇宙の質量も無限である。 御見識のある方々より、観測可能宇宙の質量有限説、あるいは質量無限説のいずれかをご説明いただけるとありがたいです。