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ディープパープルとバリー・マニロウについて

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知っていることがあったら是非教えてください。吹奏楽の演奏会で「ディープパープルメドレー(バーン、ハイウェイスター、スモーク・オン・ザ・ウォーター)」と「コパカバーナ」を演奏するのですが、その際に解説のアナウンスを入れたいのです。特に演奏する曲についての回答をお待ちしています。どうぞよろしくお願いします。
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回答 (全2件)

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ディープ・パープルについてのウンチクを。 [ハイウェイ・スター] アルバム「マシーン・ヘッド」のトップをかざる曲。 クレジットではリッチー・ブラックモア、イアン・ギラン、ジョン・ロード、ロジャー・グローバー、イアン・ペイスの共作となっているが、実際にはライブへ向かうバスの中でイアン・ギランが口ずさんだメロディーをリッチー・ブラックモアが曲にしたてたもの。 その日のリハーサル中にジョン・ロードを ...続きを読む
ディープ・パープルについてのウンチクを。

[ハイウェイ・スター]
アルバム「マシーン・ヘッド」のトップをかざる曲。
クレジットではリッチー・ブラックモア、イアン・ギラン、ジョン・ロード、ロジャー・グローバー、イアン・ペイスの共作となっているが、実際にはライブへ向かうバスの中でイアン・ギランが口ずさんだメロディーをリッチー・ブラックモアが曲にしたてたもの。
その日のリハーサル中にジョン・ロードを中心にアレンジが行われ、その日のうちに初演奏された。


[スモーク・オン・ザ・ウォーター]
アルバム「マシーン・ヘッド」のB面(発売時はアナログレコード)1曲目。
ローリング・ストーンズのモビールスタジオでスイスにレコーディングに行った時の実話を歌ったもの。
この時作成されたアルバムが「マシーン・ヘッド」。
3番の歌詞にあるように、スイスの大手ホテルで録音完了した。
クレジットは第2期ディープ・パープルの他の曲と同様に5人全員が記載されている。

25年間このバンドを聞きつづけてるのでウンチクは山ほどあるのですが…。
聞きたいことを教えてもらえればもっと濃い情報も出せますよ。

とりあえず、オフィシャルサイトも見てください。
お礼コメント
cloud

お礼率 50% (1/2)

詳しい情報をどうもありがとうございました!これで曲については大丈夫です。ただ、ディープパープル自体がどういうバンドなのかが、公式HPを含めていろいろ見てみたのですがよくわかりません(曲の格好良さだけでディープパープルを演奏することに決まったので、グループについては演奏者一同無知に等しいのです・・・)何年に結成したとか、どういう特徴のあるバンドなのか、そういったことも教えていただけると嬉しいです。
投稿日時 - 2001-03-24 20:31:29
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  • 回答No.2
レベル13

ベストアンサー率 37% (570/1525)

deep purple: 1968年2月に当時スタジオミュージシャンとして活躍していたリッチー・ブラックモア(G)とジョン・ロード(K)を中心にニック・シンパー(B)、ボビー・ウッドマン(D)、デーブ&クリスのカーチス兄弟(v)でラウンド・アバウトというバンド名で結成。 ボーカルのカーチス兄弟の脱退によってロッド・エンバンスを迎える。 1968年4月、スタジオで練習中に遊びに来たロッド・エバンスの友 ...続きを読む
deep purple:
1968年2月に当時スタジオミュージシャンとして活躍していたリッチー・ブラックモア(G)とジョン・ロード(K)を中心にニック・シンパー(B)、ボビー・ウッドマン(D)、デーブ&クリスのカーチス兄弟(v)でラウンド・アバウトというバンド名で結成。
ボーカルのカーチス兄弟の脱退によってロッド・エンバンスを迎える。
1968年4月、スタジオで練習中に遊びに来たロッド・エバンスの友人イアン・ペイスのドラムワークに感動したジョン・ロードがウッドマンに「煙草を買いにゆけ」と命じ、その間にウッドマンの首を切りイアン・ペイスを迎える(ちなみにジョン・ロードのタバコはMORE)。
バンド名をトラディショナルソングから取ったdeep purpleに変更。
1968年6月イギリスのバンドとしては珍しく契約していたアメリカアトランティックレコードからシングル「Hush」でデビュー。スマッシュヒットとなる。
以降このメンバーでアルバム「ハッシュ」、「詩人タリエシンの世界」、「ディープ・パープル」を発表。

1969年7月、ジョン・ロードはニック・シンパーとロッド・エバンスを解雇しイアン・ペイスの友人イアン・ギラン(V)、とギランのバンド仲間ロジャー・グローバー(B)を迎える。
最初に発表されたオーケストラとの共作アルバム「ロイヤルフィルハーモニックオーケストラ」はロックとクラシックの融合と言うジョン・ロードのソロアルバム路線を造ることになる。

1970年6月、バンドは急激に方向転換をとげリッチー・ブラックモアを中心としたハードロックバンドとなり、すでに人気バンドだったレッド・ツェッペリン(ギターのジミー・ペイジはリッチーの幼馴染み)と肩を並べる。

その後,1973年6月メンバーチェンジを経て1975年4月にリッチー・ブラックモアが脱退するまでハードロックのトップバンドとして君臨する。
バンド自体は1976年で解散する。

全ての人々が「ディープ・パープルは過去のバンド」と認識していた1980年7月に発売されたベストアルバム「ディーペスト・パープル」が全英1位の売上を上げヘビーメタルブームの火付け役となる。

1984年4月、突然の再結成。
メンバーは第2期と呼ばれるベストメンバー(ギラン&グローバー)。
相変わらずのメンバーチェンジを繰り返しながら現在も活動中。

簡単にバンドの歴史を書いてみました。
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