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美術の評価方法を明確にするためのアイディアとは?
- 子どもたちが楽しく自分を表現できる時間を設けるためには、美術の評価方法を明確にすることが大切です。
- 美術の技術面は評価がしにくいとされていますが、教員の主観が入っているというクレームもあるため、保護者にも評価の方法を説明する必要があります。
- 具体的な方法としては、評価方法をプリントで配布するや学級新聞に載せるなどのアイディアがあります。
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絵を教えるには中学生が一番大変だと思います。小学校で苦手になった子は絵への関心がゼロどころかマイナスです。酒井式に染まった子もいます。絵が得意だった子も写実を求める年頃になり上手い下手を意識します。僕自身は絵の得意な小学生でお絵かき教室にも通っていましたが、受験を期に教室を泣く泣く辞め、そのブレーキが大きなところへ下手にプロの描く人物画に劣等感を持っていたため、中学では成績がよかったものの授業以外では一切絵を描かない微妙な生徒でした。 ・美術の必要性 座学ではない自分で物を作り上げる情操教育。同じ情操教育の音楽とのちがいは正解がない世界があり、人と違うことが評価されることを教えることと考えています。 ・評価方法 ・教員が自分の子どもの能力をどれだけ把握しているか 僕の中学生の体験です。最初の教師は気さくな人でした。ただ次に赴任した教師は問題教師でこそないもののサラリーマンで生徒のことを見ませんでした。それに教え方にも不満がありました。授業の初めにクロッキーを描かせますが、指導、講評は一切なし。その教師も一緒にクロッキーを描き、あとでみなに見せます。教師をするぐらいですから上手いです。でも本人に悪意がなくとも、こちらは上手いクロッキーを数秒見て上達するはずがなく見せつけられた気分です。せめて製作過程から見せてほしかったと思います。また定期テストをおこないました。絵の苦手な生徒への救済措置かもしれませんが、当時てっとり早く成績をつけるためにしか思えませんでした。テストの直前、座学の授業を受けましたがアルカイックスマイルなど専門用語を覚えさせるテストのためだけの内容。当のテストでは専門用語を書く問題のほか、学校だか友情だかのマークをデザインしろという課題がありました。美術教師としての良心からデザインを求めたのかもしれませんが、事前にデザインの実技もその発想法も習っていません。教えてもいないことをテストに出すのは反則だと今でも思っています。 自分の主観の入ってますから、この教師に好感を覚える生徒はいたかもしれません。ただ前任の美術教師の人柄がよく絵・木彫り・レタリング…とさまざまなカリキュラムを用意してくれたぶん(この教師もときどき助言はしても技術指導はありませんが)、見劣りしてしまいます。 正解のない世界ですから、主観をなくすのはありえません。ただ学校教育ですから期日までにしあげ、授業態度がまとも、手抜きをしなければ最低2、できれば3はほしいと思います。 今僕が生徒なら教師の好みと違うものを違うものを作っても簡単に否定しないことを望みます。下手と思えば、通知表に低い評価をつけて終わらせず、どう描けばいいか技術を教えてほしいです。教師自身は美大で放任され模索したのかもしれませんが(違うならすみません)、生徒の現状は美術より英語や数学が優先されるので授業で習わなければなかなか絵を覚える機会はありません。絵やマンガを描くのが好きな人の話を訊くと、絵画教室・画塾・技法書・プロの作品の模写・美術部で学んだという人はいても、授業で腕を上げたという人は皆無でした。 中学の学習指導要領には「対象を深く観察する力,感性や想像力を高め,豊かに発想し構想する能力や基礎的技能を身に付け,多様な表現方法や造形要素に関心をもち,創意工夫し美しく表現する能力を育てる」とあるものの僕自身はそんな授業を受けていません。 まとまりがないですが自分の経験を振り返るとこうなります。 「生涯にわたり芸術を愛好する生徒育成のための試論」で検索すると参考になる論文があります。著者は高校の美術教師で、自分の方法で絵の苦手な子どもを大きく減らしたそうです。ご存知ならご勘弁を。
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- cian
- ベストアンサー率10% (32/315)
美術の必要性 独創性・個性を大事にする、暗記だけでは出来ない授業、 美しいものを美しいと思う心の育成 (実用性と芸術性の両面から)歴史の授業で習った作品の鑑賞方法を学ぶ キャラクターや漫画の物まね以外の美術作品をどんどん鑑賞させる 評価方法 うまい下手に限らず、どれだけ作品作りに真面目に取り組んでいるか、 もしくは県展などの作品展に入選したか、 (常識にとらわれず自由な作品が出来たか、逆にデッサン力が優れているか) あとは職員室の近くの廊下に良いと思われる作品をはり出す。 頑張っている子を誉める、 頑張っていない子は、やる気がでるような、楽しみながら出来る課題を考え出す
お礼
ありがとうございます! cian様のおっしゃられている方法は基本的なことだと思いますが、そのような基本を 確実に実践して、子ども一人ひとりの立場で考え、ニーズに応えていこうと思います。
- hosidenshi
- ベストアンサー率73% (11/15)
ご質問を読んでいて思い出したエピソードがあります。 昔、芸大在学中に私がしていた塾講師のアルバイトでのことです。 国語を教えていたのですが、ある日、小学1年生の男の子と女の子のペアが「目のはたらき」についての説明文を読んでいたときのことです。 彼らが突然、「目の描き方知ってる!」と言い出しました。 訊いてみると、彼らの小学校で図工の時間、先生が「目の描き方」を教えてくれたというのです。 興味があったので、「じゃあお互いの目を見ながら描いてみなよ」と伝えると、早速彼らは「目の絵」を描き始めました。お互いの目など全く見ずに、ほとんど同じ絵が二枚できあがりました。 「鼻も知ってる!」「口も知ってる!」と言うので、好きなように続きを描かせました。 案の定、お互いの特徴を捉えようとした痕跡の微塵も見られない、同じような無表情の顔が二つできあがったのです。 私はこの時点で既に彼らの小学校の美術教師に対して非常に憤りを感じていましたが、まあせっかくなので「耳は描かないの?」と訊いてみました。 彼らは急にぱたっと手を止め、「耳はまだ習ってないの」と言いました。ウソのようですが全て実話です。 女の子は、絵日記で色鉛筆を丁寧に混色しきれいな色を作り出す、すばらしい色彩感覚を見せる子でした。男の子は魚の絵を描かせると正確に稜鱗を描くなど非常に観察力が優れていました。 個々の才能をもったこどもたちを間違ったいい加減な美術教師が教えると、こんなふうに絵を殺してしまうんだなあ、と感じ、その二枚の絵は反面教師としてコピーを今でも持っています。 一時は小学校にクレームの電話をしてやろうかと思ったほど腹が立ったエピソードです。 子どもに一律に絵の描き方を教え込もうとしないでください。 教えるべきなのはものの見方、とらえ方であり、あとはそれぞれの画材にどんな使い方があるのかを教えれば好きな子はどんどん意欲的に作品を作ってくれるでしょう。 意欲の見られるこどもたちを上位の成績に、その中でもとくに完成度の高い表現を見せた子どもに最上位を与えるようにすればよいでしょう。 数学のように点数を付けられない教科ですから、自信を持って評価を与えるためにも、よくこどもたちと彼らの作品を観察してください。 あなたが良い美術教師として成長されることを期待します。
お礼
ありがとうございます。 子どもにはものをよく見させる・教師は子どもをよく見るということですね。 hosidenshi様のエピソードは恐ろしいです。 まるで漫画の描き方を習ったって感じですね。完全にその子らしさが殺されています。腹が立ちます。その先生は元々絵が苦手な方なのではないでしょうか。 そういう自分も中学の頃は風景写生や静物デッサンが苦手だったのですが、大学(生物)で膨大なデッサン(美術的ではありませんが)をこなすうちに、ものをよく見ることのおもしろさと大切さに気がつきました。 幸い今の自分の仕事はものの見方、とらえ方、画材の使い方などを教えるのにちょうど良い環境です。子どもたちに光・陰・影の関係を体験させたり、例をやって見せたりするアイディアを練っておきたいと思います。 hosidenshi様のおかげで準備しておくべきことに気付きました。 ありがとうございました。
- chord
- ベストアンサー率35% (6/17)
お返事ありがとうございました。 >評価のピントがずれてると思うのは具体的にはどのような点だったのでしょうか?良かったら教えてください。 ちょっと表現しにくいですが、義務教育の芸術の科目には常に○○らしさ がついて回ります。わたしはその○○らしさが本当にイヤだった記憶があります。 簡単にいうと学生らしさとか、芸術とは素晴らしいものとかいう、 なんとなくあるあの居心地の悪さですね。大人になってから教科書とか 読むと心底アホかと思う。素晴らしいには違いないが、なんかズレてる あの真面目腐った、ウソ臭い美辞麗句です。 でも、なんやねんウソばっか言いやがってとはとても言える雰囲気では ないでしょう? そんなものに評価されたくないな~と学生時代の私は常々思ってたワケです。 わたしは麗しい野の花々を綺麗に写生出来る人も評価しますが、 友達からスゲーと言われるぐらいデコラティブでラインストーン バリバリの携帯やピルケースを作れる人も等しく評価したいと思って います。 でも、学校じゃそんなくだらねーことに時間使わないで勉強しろ! と言われるでしょ?でも学生はそういう拒絶反応を期待しているところ があるわけで・・・。そういうピントのズレです。 簡単に言うと学校の教えてくれたことで評価されてもダサいという ことじゃ無いですかね。サブカルだから下らない事だからこそ燃える ということじゃないかな・・・。
お礼
返事のお返事ありがとうございました。 なるほど。 つまり教科書に載っているような通り一遍の感覚に従ってられるかって感じですかね? そして「拒絶反応を期待」というのは、 自分たちに対する教師の定番の反応に「やっぱお前らみたいなガチガチ頭には我々の感覚は理解できないでしょうよ」と思いたいって感じですかね? 親離れというのか反抗期といのうか…。そういう感覚を持つことは正しいと思います。もうその子どもは義務教育で教えるべき美しいものへの憧れや自分らしい感覚は得られているわけですから。 きっとchord様のような子どもばかりなら、もっと楽しい授業ができたはずです。 chord様からいいヒントを頂けたので、子どもたちに材料を自由に選ばせて決まったあるものをデコレーションする作業とか、子供たちが学生らしさじゃなく「その子」らしさを出せそうな題材を探してみようと思います。
- kadowaki
- ベストアンサー率41% (854/2034)
>今年の春から公立の中学で美術を教えることになりました。 超難関の採用試験を突破なさったようで、おめでとうございます。 >子どもたちが楽しく自分を表現できる時間を設けたい。そして子どもたちの能力をできるだけ伸ばしてあげたいと思っています。 ご注意いただきたいのは、全ての生徒の興味・関心を美術に向けさせようとはじめから力みすぎないこと、自分の中学生時代の美術への興味・関心が例外的に旺盛だっただけで、平均的な生徒は当然ながらそうではないはず、とあらかじめ弁えておくことではないでしょうか。 と同時に、教師側で準備している評価の尺度や基準では、自分自身がそうと気付かないうちに生徒たちの潜在的な才能をずいぶんと見逃しているのかも、とこれもあらかじめ自覚していた方が無難かもしれませんね。 >そのためには子どもや保護者との相互理解が大切だと思っています。 ここは微妙な点でして、平均的な「子どもや保護者」の場合、「美術は所詮受験勉強とは無縁な科目」程度にしか思っていないことを前提にした上で、その対応策を考えた方が賢明なような気がします。 そして、にもかかわらず、いかに「美術」が生徒たちのモノを見る目、考える力、独創性等を涵養する上で有効であるか、その意味で他のいわゆる主要科目の能力を向上させる上で、国語などとともに美術がいかに大きく貢献しうるかについて、どれだけわかりやすく説明できるかが美術教師には問われてくると思います。 くれぐれも、生徒の情操教育のためとかといった、芸術が最も忌み嫌うはずの美辞麗句や建前事に逃げないことが肝要かと思います。 >美術の技術面は評価がしにくいように思われますが(実際そうですが)、他の教科と同じく評価の観点を基準に成績をつけます。それでも保護者から教員の主観が入っているというクレームがつけられることもあると聞きます。 同じような問題は、音楽や国語(文学教材)についても言えるはずでして、こういう問題を考える際には、くれぐれも《主観》・《客観》といった大雑把な、紋切り型の二元的発想に囚われないようご留意なさることです。 どんな科目であろうと、それに旺盛な興味・関心を抱いている生徒を、分かれば分かるほど疑問や謎も深まっていく生徒を最も高く評価してやる以外の評価基準なんて、私にはとても想像できませんから。
お礼
おめでとうの言葉ありがとうございます。うれしいです。 自分は小学校担任の講師経験しかなく、長く教職を離れ美術系の技術職についていました。最近知り合いの教師(初任)に頼んで高校の美術部の手伝いをしました。得るものもありましたが、今の中学生は何がしたいのだろう?保護者とどこまで向き合えるのだろう?という疑問も残りました。結局のところ地域・学校・クラス・子どもによって望むことは違うので、自分が臨機応変に対応できるかが問題なのですが、思考の幅を広げたくて質問してみました。 kadowaki様のおっしゃる通り、やる気のない子どもを自分だけでなんとかしようとあせらないようにしたいと思います。自分も中学生の時は政治経済に全く興味がなく、どんなに先生が声をかけてくれようとも心ここに在らずでした。まあでも先生の必死な声かけのおかげで普通の成績をとっていたのかも知れません。 中学校は美術に全く興味のない子から芸術コースを目指す子までいるので、どうあがいても題材の範囲は決まってしまいそうです。だからこそ評価を大切にしたいと思っています。できる限り個性を生かし伸ばす評価がしたい。そして明確で子どもの心の規制にならないように…努力したいと思っています。 潜在的な才能をずいぶんと見逃している…の点で思い出したことがあります。 自分が中学の教育実習で受け持ったクラスに衝撃的な絵を描いた子どもがいました。ところが実習担当の先生と作品の評価をする際、自分が「これ、とても…」と言いかけたとたん「この子、雑で酷いだろ」と先生に言われてしまいました。好みにもよりますが、その一言で終わるとは驚きでした。オリジナルキャラクターを描くという課題にしたので、勢いのある強烈なキャラクターが描かれた作品は私にとって宝物だったのですが…(その子にお願いしてコピーをとらせてもらい今も大切に持っています) その先生には悪いけど、自分の反面教師となっていただきます。
- chord
- ベストアンサー率35% (6/17)
まるでフィギュアスケートや新体操の芸術点の基準って何? と言ってるのと同じですね。 そんなのは無意味ですよ。あなたの主観で十分だと思います。 逆に親には主観でつけてますと言うほうが誠実だと思う。 そういうモンでしょう。そもそも作品制作って。 だって決めようがないし、その人が帰属するコミュニティで評価が変わるのはどこの世界でも同じだと思いますが。 いやな思いをさせたくないって実はあなたがイヤなことやわずらわしい ことから回避したいってことでしょ? 誤解されたくないなら私のつける五段階は意味がないですとさっさと宣言 するか、出席日数順に評価つけるぐらいが相応だと個人的に思います。 それか、鑑賞や基礎知識のみ教えて実技をやめ学問として扱うか、 もしくはあなたが県の教員作品展や県展もしくは日展とかで知事賞や 最優秀を取って親を実績で黙らせることです。私の経歴をみてまだ文句 あるか? と示すことです。考えて見てください宮崎駿やスピルバーグが 美術教師だったとして文句いう親がいますか? 美術の必要性ですか。個々人のいるいらないから離れてしまえば特に 必要でもないです。 でも特に必要ないから「文化」なのでしょう? 化粧やオシャレは絶対必要なものではありません。はっきりいって無駄 以外の何者でもない。しかし心の豊かさとは無駄を無駄と思わないことでは? 前置きはさておき、授業中に出来るだけ多く公募ポスターやコンクール の作品を制作させて応募し、賞を取った子を成績上位とすればいいと思 います。 期日に間に合わなかったとか、いい加減に制作した子は評価を低くする これが一番納得いくのではないかと思います。 実際デザイン事務所で働けば期日内に作品を仕上げるのはアタリマエ ですし、遅れれば評価は下がります。 結局実績として何を残したかぐらいしか学校も保護者も見えてないんだ からこれくらいが公平だと思いますがね。子供も落選や期日に間に合 わなかったら成績良くないって納得いくでしょ。 ココまで辛らつに書くのは義務教育時代の美術が死ぬほどつまらなかった からです。時間を勝手に区切られ、テーマも他人任せ、評価もピントが ずれてる。これで楽しいほうがおかしい。本当の楽しさは自分自身で 探して挑戦し発見することだということを分からせれば十分だと思いますが。 少なくともわたしはそうして美術系に進みましたから。
お礼
早速の回答ありがとうございます。 私もchord様と同じように、大学を出てから美術を学び、仕事をし始めてから楽しくなった方です。それでも中学の時に面白さの片鱗を味わっていたから、その道を選びました。 確かに、小、中、の授業はいつも消化不良な感じでした。でも中学は授業のコマ数が少ないから、時間を区切ったり、テーマも絞らないと評価ができないのですよね。色んな子どもを一斉に学ばせるし…。 chord様が評価のピントがずれてると思うのは具体的にはどのような点だったのでしょうか?良かったら教えてください。 自分の中学の時の恩師は、最初の授業でこう宣言しました。 1学期中の課題は○つ。 1回でも作品を提出しなければ普通以下。つまり2以下をつける。(5段階で) 締め切りに間に合わなければ当然受け取らない。 この宣言で私はこの先生はきちんとしてるのだなと安心しました。 私ももちろんそこは宣言するつもりです。 …でも、もしかして個性を大切にされてきた今の子どもたちには、厳しいかも知れません。ひどい時にはクラスの子どものほとんどが今まで締め切りを守ったことがないかも知れません。そうすると基準を変えて行かなければなりません。 <続きます>
補足
<上下が逆になりましたが、No.2です。> 逆に 題材で求められていることを理解した作品を作っている 線からはみ出ないで塗っている …などとデザインの評価の基準を決めたら、各自のレベルが高くて題材に物足りなさを感じ、授業がだらけてしまうかも知れません。早速次の題材は難易度を高めに設定しなければなりません。 …と、思いますが、やはり中学は高校と違ってAからZまで色々な子どもがいるので、難易度を単純には決められません。授業についていけない子どもを大勢つくるわけにもいかないので、題材はクラスの平均の中の下くらいのレベルに収まります。きっと得意な子どもにはつまらない題材・評価になると思います。 もちろん38名の子どもたちそれぞれに合った題材を与えられれば良いのですが…評価や進度で収集がつかなくなるのでそうもいきません。同じ題材の中でそれぞれがその子なりに伸びるように課題や助言を与えます。だから題材もある程度決まってしまいます。 それから、元々センスの良い子が少し題材から離れているけれど芸術作品としていいものを作った場合と、手先が不器用な子どもが題材の意図を忠実に守り、課題をクリアしている作品を作った場合では、後者のほうがその題材の評価が高くなるかも知れません。 …等々など、いろいろな規制があっての評価だったと思うのですが、これが確実に伝わっていないと子どもや保護者が評価に疑問を持つのは当然ですよね…。 <また続きます>
お礼
体験談と心情を詳しくありがとうございます。 palux124様ももったいない時期を過ごしたのですね。心にブレーキをかけてしまったことは非常にもったいないです。でも、劣等感を持つことは悪くないことだと思います。その分どこかで必ず成長します。(興味のない人は劣等感も持ちませんし成長できません) 酒井式、読みました。世の中ではどんな授業が良いとされているのか知りたくて、手当たり次第に買った本の中にあります。 自分は上手く見える描き方等は大人になってから知ったので、中学生に初めからやり方を教えてしまうともったいないと思ってしまいます。(掲示板に貼り出す絵が似たり寄ったりになるか、白紙の子もいそう…。) ピカソが写実からあのような形になったのも、ジミーちゃんの作品が注目されるのも、小手先の技術を知らない子ども自身の表現力が貴重だと思うからではないかなと思っています。でも、写実に憧れるんでしょうね…。とにかく色んな作品を見せたいと思います。教科書には抽象も具象も記載されていますが、興味がないと率先して見てくれなさそうなので資料を集めて提示していきたいと思います。 palux124様の体験を読んで思い出したことがあります。 自分が小学5年の時です。 夏休みの宿題で描いた絵が同級生たちにはウケたのですが、担任のおじいちゃん先生には(その絵をクラス中に見せながら)「この絵は良くない。子どもっぽい絵だ」と言われシヨックを受けたことがありました。で、その後はどうすれば良くなるとかの助言も一切無し。(かなり凹んで母に事情を話すと「子どもなんだから子どもらしくて結構」と言っていました。)問題なのは評価の後の助言ですよね。 成長を促す援助がないなら授業に意味はないです。 palux124様が「どう描けばいいか技術を教えてほしい」とおっしゃっていたように、その子どもが必要だと思った時に必要な技術を教えてあげられたらいいなと思います。押し付けや遥か彼方の技術でなく、手の届く技術。…見極めが難しいです。 「生涯にわたり芸術を愛好する生徒育成のための試論」は知らなかったです。 早速読みます。ありがとうございます。