• ベストアンサー

思考が現実化するなら、思考とメルヘンの違いは?

思考は現実化する ザ・シークレット 7つの習慣 成功の9ステップ ユダヤ人大富豪の教え etc... この質問を読まれている方は、自己啓発に興味がおありかと思います。 また、上記の有名な自己啓発系の本を全部読んでいるかもしれませんし、読まれていないものもあるかもしれません。 私がこれらの本を読んでどうしてもわからないことがあったので、質問させて頂きたいのです。理解力のなさを申し訳なく思います。 自己啓発の本には、大体下のようなことが書かれているかと思います。 『成りたい自分をイメージすれば、その通りの自分になれる』 思ったとおりのことが現実となりうるのであれば、メルヘンと思考の違いはどこにあるのでしょうか? 私は今「今すぐに空を飛びたい!!」という思考をしても空を飛べません、今やってみました。 この場合思考は現実化していませんが、ライト兄弟は飛行機を作って見事空を飛ぶことができました。 現実化する思考と現実化しない思考、この違いは一体何なのでしょうか? あるいは区別がつかないから信念を持ってできるまで努力をすべきということですか?

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • ri_rong
  • ベストアンサー率56% (30/53)
回答No.6

>現実化する思考と現実化しない思考、この違いは一体何なのでしょうか?  対象を把握する、その仕方の違いだと思います――言ってみれば、記号と象徴。  例えば「空」をイメージしてみる。青く澄んだその色や、真っ赤に染まるその色ひとつをとっても、色で空を把握することは叶わない。見上げたときの広がりと、見下ろしたときの薄っぺらな空を、あるときは地表の伸張として把握できても、それはひと時のことであって、やがて空は空へと変わり、暁は今日へと姿を変える。  空に対するこのような把握の仕方は、決して完全には知り得ない「何か」を、表現可能な最上の妥当性で掴み取ろうとする所作だと思える。  例えばそれを、象徴的把握と呼んでみることにする。  それに対し、空を置き換え可能な代替物として把握する仕方がある。空を構成する成分であり、それは粒子であり、流体であるような、空に対する賛辞からすればその表現は決して妥当とは言えないものではあっても、それは類似物に見立てて把握することで、空の「何か」を掴み取ろうとする所作だと思える。  これを、記号的把握と呼んでみることにする。  「飛ぶ」という行為を考えたとき、それが現実化するだろう仕方は、いったいどちらの把握をする場合だろうか。それは、おそらく後者ではないだろうか。なぜなら、前者で「空」を把握する者は、すでに飛んでいるからなのだろう。ルイス・セプルベダの『カモメに飛ぶことを教えた猫』を読むとき、読者はきっと、この時制の異なりにいちばん胸を打たれるのではないだろうか。

tamanegi3
質問者

お礼

とても興味深く参考になるご回答ありがとうございました。 >前者で「空」を把握する者は、すでに飛んでいるからなのだろう。 正直よくわかりませんが、このところをもう少し深く考えてみたいと思います。 ご回答ありがとうございました。

その他の回答 (7)

  • sheep67
  • ベストアンサー率28% (36/128)
回答No.8

僕も詳しくはないですが、かつ,あまり好きでもないのですが、 本気かどうか、の違いだと思います。 空を飛びたい、と思ったとき、自分は間違いなく空を飛べるんだ、と思いました? 髪の毛一本ほども疑いはありませんでしたか? たとえ今はだめでも、死ぬまでには自分は飛べるようになるんだ、とか思いました?  希望じゃなくて、たぶん本気でそうなれる、と思え、ということかなーと思います。自己啓発系の本の言っていることは。

tamanegi3
質問者

お礼

シンプルなご回答、ありがとうございます。 >本気かどうか、の違いだと思います。 確かに、心の中では、そんなはずはないと思っていたりしますもんね。 そして、根本から変わるというのは難しくも簡単でもあるような気がします。 ありがとうございました。

回答No.7

こんばんは、tamanegi3さん。 うーん? 用法のちがいみたいなもんじゃないかな? たとえば… 森の中 ずんずんずんずんと 森の中の道を 奥へ奥へとすすんでいく すると T字路にさしかかる そこには 立て看板がひとつ(案内板) 求めよ、さらば与えられん。 尋ねよ、さらば見出さん。 門を叩け、さらば開かれん と 書いてある この案内板を目にしたあと この先 あなたなら どうする? この、「ら-れん」が曲者のような気がする。(まったくの無根拠だけど…) 可能と推量の用法ととるか ふむ、 「み-ら-れん」 http://www.weblio.jp/content/%E3%81%BF%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%93 禁止の用法ととるか T・P・Oの使用用法のちがいが、結果にあらわれてくるんじゃないのかな?

  • hosiboshi
  • ベストアンサー率9% (15/158)
回答No.5

心に強く思い描いたことは、ある程度現実化してきます。 それは心そのものが現実と強く結びついているものだからだと思います。 さて、「空を飛びたい」という思考ですが、具体的に強く結びついていないから実現しないのだと思います。 仮に空を飛べても、それが今までの現実とリンクしていない。 単純に空想だと、心が既に思っているからだと思います。 現実的思考は日常的生活のために不可欠で、空を飛びたいという思考は、現実逃避の面が強いのではないかと。 実際に必要で、それが自らの人生にとって必要不可欠のことなら強い思考によって結びつく面もあると思います。 しかし思考は危険な要素も持ち、あまりに無意味なことは天や世の中が許してはくれません。 それは必要ないことだからです。 本人にとっても周りの人にとっても。 自他共に有用な能力なら、使用可能になる場合もあるかもしれません。 広い視野が必要で、その時にはその人は大人になっているはずです。 ある程度の分別はついていると。 現代の日本は頭の良い人が多く、複雑化しています。 切実な思考なら、叶うときもあると思います。 さて、空を飛びたいという願いですが、飛べますよ。強く思えば。 人間は不思議な生き物ですから。 しかし現実、幸せには直結しないと思います。 超能力は迷惑な側面も多いですが、勘と言うか、意外に超能力を知らず知らず持っている人は案外と多いです。 真面目に何かに打ち込めば、眠っていた力が出てくる場合があります。 が、問題は幸せに役立つかどうか。 そちらのほうが重要です。

tamanegi3
質問者

お礼

スピリチュアル的な回答、ありがとうございました。 >単純に空想だと、心が既に思っているから 確かにそうですね。表面上「空を飛べる!」と思ってはいても、心の中では「無理!」と同時に思っている自分がいたりするようです。 そして、この場合心で思えば現実化は可能ということになりますが、貴方がおっしゃるよう、幸せかどうかを考えるべきですね。

  • mmky
  • ベストアンサー率28% (681/2420)
回答No.4

[現実化する思考と現実化しない思考、この違いは一体何なのでしょうか? 違いは観察力の欠如ですね。 鳥が空を飛ぶことは目が見えるものであれば誰しも理解します。では何故飛べるのだろうと考えたことがありますかと問えば、ほとんどの人は考えたこともないでしょう。これが、現実化する思考と現実化しない思考の違いですね。 同じく、風でりんごが落ちることなど誰でもわかることですね。でも何故落ちて、飛んでいかないのだろうと考える人はいないですね。 何故飛べるのだろう。何故りんごは落ちるのだろうと考えることができないと、それから先には進めないのですね。 飛ぶためには羽がいると気づけば、飛行機になるし、りんごは重力で落ちていると気がつけば重力に反した力を与えるロケットでりんごを飛ばすことはできるとなるわけですね。 メルヘンというのは私は鳥になりたい、犬になりたい、りんごになりたいと思う心ですね。考えるのは自由ですが鳥でも、犬でも、りんごでもない自分がいることは変えようが無いのですね。

tamanegi3
質問者

お礼

わかりやすい文章と回答をありがとうございました。 >違いは観察力の欠如 なるほど、観察することによって、何ができて何ができないかの違いを判断することが可能ですね。 そして、一元論的に「観察とは何か?」をということを考えた場合によくわからなくなってしまいました。 そこらへんを含めて「観察する力」なのかもしれません。 ご回答、ありがとうございます^^

noname#153101
noname#153101
回答No.3

こんにちは。 偶然ですが、以前私も同じ質問をしようと思っていました。 何とか自分で考えて答えを出したので、その私の解釈を書いてみます。 「思考(具体的に考えたこと)は(※具体的に行動できるので)現実化(努力が結実)する」ということだと思います。 ポイントは(※具体的に行動ができるので)の部分。要は、抽象的な「思考」をいかに具体的に目標を見つけて定めて行動できるかです。 (1)まず思考する(現状を理解する認識する)  ↓ (2)考えると具体的な目標・目的・方法が見つかる(方向性や方法、どうすれば可能か)  ↓ (3)目標・目的・方法を見つけたらより具体的に行動ができる  ↓ (4)行動するということは何もしないより現実化されるということ  ↓ (5)行動・継続・習慣化することでより現実化されるということ  ↓ (6)結果、現実化する(結実) 例えば、「空を飛びたい」という例。この時点で思考は抽象的。目標・目的・方法が定まっていない。漠然としていますね。そこで、 飛行士などの目標を見つける((1)(2):思考)  ↓ 飛行士になるための勉強を始める((3)(4):具体的な目標が見つかれば、具体的な行動ができる)  ↓ 目標に向けてひたすら勉強する((5):強く願う=継続、数回落ちたぐらいでは諦めない)  ↓ すると努力の結果に合格する、飛行士になって空を飛べる((6):実現化する) この様に考えると、質問者さまの「空を飛びたい!今すぐ!!」という願いであれば、現時点で飛べるかどうすれば可能かというのは 「今すぐ空港に行ってチケットを買って飛行機に乗れば実現化する」のではないかと思います。 >現実化する思考と現実化しない思考、この違いは一体何なのでしょうか? 継続力だと思います。 >あるいは区別がつかないから信念を持ってできるまで努力をすべきということですか? 努力は行動ですから最も大切なことだと思います。 しかし、自分でもまだ他に納得できる説明はないものかと考え中なので、私も他のご回答に注目させていただきますね。

tamanegi3
質問者

お礼

共感してくださる方がいて、とても嬉しい限りです。 >「思考(具体的に考えたこと)は(※具体的に行動できるので)現実化(努力が結実)する」 なるほど、思考自体が抽象的である限りは行動も起こせませんし、実現もできませんね。 つまり行動が起こせるということが現実であるという証拠なのかもしれません。 とても参考になりました、ありがとうございます。

回答No.2

 思い込みと確認・検証された事実、メルヘンと思考の違いはここらにあるかもしれません。  ごく当たり前に使っている携帯・TV・車その他多くのものが、そう遠くない昔には魔法でした。思い描けるが実現方法の分からない技術=魔法ということです。  この辺を短絡思考してしまうと、魔法の修行に励んだりすることになり、自分の懐を肥やす魔法に取りつかれた人たちの良い肥やしとなるわけです。  さて、「この質問を読まれている方は、自己啓発に興味がおありかと…」ということでしたが、タイトルにはそのような記入が無かったので開いてしまいました。結果として「宗教被害発生途上現場」に出会うことになったわけで、興味深いことです。  「願えば実現」、なんと魅力的な言葉でしょう。何しろ何の努力もいらないのですから。しかし、これが事実ならば願いの数だけ世界が出来て、「願い別パラレルワールド」のオンパレード、星の数などと言っても追いつかないほどの宇宙の多さで、その重力により収縮し今頃はビックバン以前の事象の地平を超えた不可知領域(ある意味、メルヘン・ファンタジーが罷り通れる世界?)となっているでしょう。  あなたの希望する『成りたい自分』がどのような自分なのか不明ですが、この世に生を受けたわけ(≒存在意義)を問うているのであれば、メルヘンと現実を区別したうえで、自らの存在意義を求める努力をしてください。

tamanegi3
質問者

お礼

するどい指摘をして頂いて感謝致します。 宗教被害発生途上であることは私も感じています。 確かに、自らの存在意義を求めるべきですね。 ご回答、ありがとうございました。

  • phj
  • ベストアンサー率52% (2344/4489)
回答No.1

そもそもメルヘンと具体的な思考とは、意味が違います。 メルヘンは自己中心的に、その他の要素を考慮せずに、自分の志向だけを考えるものです。 たとえば、女性が「いつか白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる」とメルヘンをもつとします。実際に白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるかもしれないと言う点では、可能性は(限りなく低いものの)ゼロではありません。ただし、現実には以下の問題点があります。 ・王子様ってほんとうに皇太子とか王太子とかのこと? ・白馬に乗って迎えに来たら、道交法はどうなる? ・迎えに来る前に出会うのはどうする? などです。 ですので、現実的には、 ・私を守ってくれるから王子様なの(それはナイト:騎士じゃないか?) ・白馬じゃないけど、白いバイクが鉄馬だからいいの。 ・もちろん、出会ったのはもっと前、プロポーズにバイクで来てくれたいいの。 などと、現実的な思考(もろもろの要素を考慮して)で、現実的な結婚をするのです。 まあ、欺瞞といえば欺瞞なのですが、ライト兄弟だって、鳥のように空を飛びたいと考え、飛行機を発明しましたが、飛行機は鳥と同一に飛べるわけではありません。 「思考を現実化する」ためには、いくつもの具体的な要素を現実的に考える必要があるのです。これがメルヘン(夢想)との一番の違いです。 『成りたい自分をイメージすれば、その通りの自分になれる』は、ある意味その通りです。 しかし、理想的な「なりたい自分」をメルヘンチックに考えるのは良いのですが、成れる要素を考えると現実的な道は限られてきます。 たとえば「社長になる・経営者になる」と理想的な自分を置いたとしましょう。学生であれば、大企業に入ってトップに上り詰めるという思考を元に、就職活動なりその後の社会人生活を営み、目標を達成することもできるでしょう。 しかし同じ「社長になる・経営者になる」と社会人になってから考えると、今自分の所属している会社のトップは狙えるかもしれませんが、別の企業のトップを狙うのは難しいでしょう。 また学生も含めて、起業すれば(今なら0円で起業できます)とりあえず社長・経営者という肩書きに嘘はなくなります。ただ、それが自分の望んでいる姿かどうかは別です。 具体的な思考を行うと、「方法論」や「そこに至る具体的な道筋」というのは選択肢がいくつもあることが分かるでしょうし、具体的な行動も必要です。しかしメルヘンではそのあたりをまったく考慮せず、ただ夢を見るかのごとく、「こうなったらいいなーー」と考え、具体的な行動を起さない(というか取っ掛かりがなくて起せない)という点が違います。 最後に啓発本のからくりを説明すると、 1.成りたかった自分の動機を語る 2.動機をモチベーションに高め、持続させる方法論を語る。 3.思考を具体化し、行動に移す方法論を語る。 4.行動を持続させ、または危機のときに回避する方法論を語る。 5.目的を達成した後、振り返って反省点を述べる。 6.具体的なテクニックなどを伝授する。 これらが、ちりばめられて書いてあるのが普通です。

tamanegi3
質問者

お礼

とてもわかりやすく詳しい解説ありがとうございました^^ >具体的な行動を起さない(というか取っ掛かりがなくて起せない)という点が違います。 確かに思考をしたところで行動に移せないということは、可能性すらないということになりますね。すなわち現実化不可。 そして啓発本のからくりの点も参考になりました。 ありがとうございます。

関連するQ&A

  • おすすめの自己啓発本

    人生を豊かに、人間性を高めるようなオススメの自己啓発本があれば教えていただきたいです! これまでに ユダヤ人大富豪の教え 岡本太郎著の本、数冊 を読みました。

  • 超マイナス思考でゆがんだ性格(思考は現実化するのでしょうか?)

    思考は現実化するってよく聞きます。 私はマイナス思考です。 半ニート男ひきこもり25年間彼女なしです。 性格もゆがんでます。 今資格試験勉強中です。 しかしマイナス思考度がひどすぎます。 試験勉強でも「きっと間に合わないんだろうな」とか 昨日も晴天だったのに突然の雨に襲われて、 ひがんだ性格で 「かみさまありがとう~試験直前に雨をふらせてくれたおかげで、風邪をひくチャンスをあたえてくださって~」とか 机の角に足ぶちつけたら 「なるほど、これがぼくの人生か」 とか スーパーに買い物にいき、安売り!とあったので 買ってきたら、となりの安売りじゃないほうを買ってきてしまい、「レジのおばさん知っててやったにちがいない。そういえば、してやったりってな顔してたよなあ~。こういうことで満足してるんだろうな~。」 とか考えちゃいます・・・ 大変すいません、根性ひんまがってます 心のなかのことってやはり 現実に影響するのでしょうか? いつも「自分は不当な扱いをうけている。」とか考えてて、「マイナス思考ならマイナスな現実がおき、プラス思考ならプラスの現実がおきる。じゃあプラス思考になればいい。」なんてなかなかできないのです。 Q,マイナス思考の人間がプラス思考になるにはどうしたらいいでしょうか?また現実世界に思考は影響しますか? 愚痴ですいません

  • 思ったことが現実になったことのある方

    こんにちは。 ここ数年、マーフィーの法則やその手の自己啓発本が流行っているようですが、そういう本には共通して、『良い考えも悪い考えも、強く思い描いていれば現実になる』ということが書いてありますよね。 実際に、本に書いてあるように、『なかなか実現するのが難しそうだけど、こうなったらいいなぁ』ということが、思いの力(?)によって実現した方、体験談をお聞かせください。 私もその類のことは信じる方で、実際に上記のような体験をしたことはあるのですが、最近は何故か疑い深く、ネガティブな思考に陥りがちです。改めて想いのパワーを思い知りたく、投稿しました。 よろしくお願いします。 尚、そんな力はこの世には存在しない、というようなご意見はお控え頂きますよう、お願いします。

  • 「思考は現実化する(ナポレオンヒル)」の勝ち

    「思考は現実化する(ナポレオンヒル)」という本、何がそんなすごいんですか? 興味ありそうなところを何箇所か読んだだけですが「強い信念と決意で目標を明確にして行動すれば金持ちになれる」「そのためには目標を紙に書いて寝る前に10回口に出す、もう既に成功していると信じる」みたいな抽象的な精神論と実際のアメリカ人のエピソードやアメリカの会社の事例ばかりで知りたいことがどこにも書かれてなくて読んでいて半端なく苦痛を伴います 個人的には具体的な成功事例や人のエピソード(と似たような精神論の表現を変えた繰り返し)で大部分の紙面を埋めていることに(ずるいなぁ)とさえ感じてしまいました いや具体事例とかエピソード多すぎません? 国内ですごく評価の高い本なので期待して読んだんですが、この本の価値や素晴らしさについて教えていただけないでしょうか

  • 本のジャンル名

    以下の本のジャンルの名前を教えてください 『ユダヤ人大富豪の教え』本田健 『鏡の法則』 野口 嘉則 『「心のブレーキ」の外し方』石井 裕之 『人を動かす』デール カーネギー 『ツイてる!』斎藤 一人 .....etc たぶん自己啓発本と言われてるかもしれませんが ほかの名前を教えてください (このジャンルのサイトを作りたいと思うのですが 自己啓発という名詞は 知らない人にしたらイメージがかなり悪いので....) よろしくお願いします

  • 本気でプラス思考で生きていきたいので、回答お願いします!

    本気でプラス思考になりたいって思ってます。 今までの人生あまり良いものだったとが思ってません。 原因はすべてマイナス思考にあったからです。 まあ自己否定もきついでしょう。 友人からも「お前は自己否定がつよすぎる」って言われます。 さらに私はあまり家から出ないタイプだったから人より体験が少ないほうだとも思ってます。 20代も後半とさしかかってしまいましたが、これからの人生を充実させていこうと思ってます。 ます、マイナス思考を取り除こうって思ってます。 最近読んだ本に「思考っていうのは現実になる」っていうことが書いてあって、私もプラス思考に本当になりたいって思いました。 ですが、今までネガティブだったのに、きゅうにポジティブになれるかどうか不安です。 最近プラス思考になれるのかどうか不安なんです。 今までもプラス思考になろうなろうと思ってきましたが、思考ってそんなきゅうに変わりませんでした。何冊もプラス思考本をよみあさり、しかし考え方はマイナス思考のまま。いっぽう、なんにもそういう本を読まない人でもプラスの思考ができてる人もいる。 プラス思考の人ってなにか人から嫌なこと言われたり、会社の昇格試験とかに落ちたりしても、「うひゃひゃひゃ!!」ってのんきな感じなんでしょうか?ある意味現実逃避なのかも?って考えたりも。 ですがやはり一度きり人生明るく生きたいです。 私もプラス思考になりたいです、なにかアドバイスお願いします! マイナス思考になんも得はないんわかってるんですが、でもくよくよしちゃいます。たすけてください。

  • 「これで人生変わる!」の本で人生変わった人って本当にいますか?

    自己啓発書よく読みます。 カー○ギー。ナポレ○ンヒルなどなど。 そして、読んでる最中は「俺はこれで人生変えられる!ふはははは」 って思うわけですが、自己啓発書で人生って変わるんでしょうか? とある有名な方で「人間だもの」「幸せは心が決める」とかいう言葉言われてますが、たしかにすばらしい決めゼリフだと思います。 しかし、「人間だもの」「幸せは心が決める」って聞いて・・・ 「で?なにがどうなの?」って思ってしまうんです。 「人間は思っていることがそのまま現実になるのだ。思考は現実化する」・・・「で?なに?」って。または「それができたら苦労はないよ」とか。 「プラス思考で救われる」って聞いても「簡単に言うなよ」とか。 一瞬は救われた気分を味わえるんですが、すぐに「で?なに?」って思うんです。 「無駄な時間は実は無駄ではない。そのことで後悔する時間こそが無駄なのである。」 ・・・「わかってるわ、それくらいのこと言うんだったら俺でも本出せるわいな」とか。 自己啓発本ってどういう意味があるんでしょうか? またそれで救われた人いますか? もしその救われた本あればおしえてください(タイトル) それでも読んでしまう私もアホですけどね(笑)

  • 自己啓発系の本で疲れる

    落ち込みがちなときに啓発系の本、または、スピリチュアルな本を読んだりして、そのときは元気になるのです。しかし実践も長続きせず自己嫌悪したり、悪いことを考えると、それが現実なる…なんて読むと、かえって怖くて心配、不安な気持ちになったりします。 読まなければよいのですが、 プラス思考がよいとは思っていますが、自分には逆効果なときもあるような気がします。 ささいなことで落ち込む、心配性。こんな私には 自己啓発はむいていないのでしょうか?

  • 本を読みたくなるようになるには・・・

    私は結構本を衝動買いしてしまいますが、いざ読もうとなるとすぐ飽きてしまいます。 今年に入ってから「ユダヤ人大富豪の教え」を読んで読書っていいなと思いましたが中々続きません。 読んでいると他の本も目につき内容があまり入ってきません。 なにか読書が楽しくなる方法がありましたら教えてください。 あと読んでいるうちに読書力というのは上がるものなんでしょうか?? 私が購入している本は自己啓発の本がほとんどでたまに内容が難しいものもあります。 西村京太郎は好きなんですが推理小説はためにならないとはいいませんが、物語なので時間がもったいないと思ってしまいます。ただこれを読むことで読解力が付くのであれば交互に読んでいくのもありかなと思います。 時間に余裕があるときで構いませんので参考までに皆さんの意見を聞かせてください。よろしくお願いします。

  • アレン:原因と結果の法則、仏教でそういうのある?

    ジェームズ・アレンの、邦訳(邦題)『原因と結果の法則』というのがあります。 まだ読んだことないですが、自己啓発本の起源のようです。 ザ・シークレットというのがあり、読んだことないですが、プラス思考すると、実際にそのようなことが起こる、といったようなことだと思います。 それで、因果関係の議論になると思いますが、私が知る範囲では、仏教のアビダルマでは、因果関係についていろんなパターンが論じられていたと思います。 しかしそこで、上記自己啓発本のような、因果関係が論じられていたような印象は残っていません。 質問ですが、ちょろっとでもよいので、自己啓発本でいわれるような、精神論的な因果関係について、アビダルマ(倶舎論など)、あるいは仏教全般の経典の中で、そういった言及が(ほんの一行でも)あれば教えてください。 よろしくおねがいいたします。