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「ら」抜き言葉

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『ら』抜き言葉について説明できる方いらっしゃいませんか?

前に私が書いた文章の「ら」を抜かれた事があって、
その人に『ら』抜き言葉の説明をしようと思ったら、
うまく説明できませんでした。
例を挙げようと思って、
「捨てれる」「捨てられる」を挙げたら、
「意味の違う言葉だ。」と言われてしまい、
何も言えなくなってしまいました。
うまく説明できないと、私の日本語がおかしいように思えてきます。

誰か、良い説明方法を!
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  • 回答No.4
レベル14

ベストアンサー率 49% (1127/2292)

>>「捨てれる」「捨てられる」を挙げたら、
>>「意味の違う言葉だ。」と言われてしまい、
この例を使って説明しましょう。
「捨てる」は現代語では下一段活用(古語では下二段活用)をする動詞で、次のように活用します。

捨て-ない 捨て-ます 捨て-る 捨て-るとき 捨て-れば 捨て-ろ

「捨てられる」は、「捨てる」に可能をあらわす助動詞「られる」がついたものです。
そして、「られる」は、上一段・下一段・カ行変格活用(以下カ変)の動詞の未然形(「捨てる」なら「捨て-」)につく、という決まりがあります。
上一段・下一段・カ変などというとむずかしいですが、たとえば次のような言葉が該当します。

上一段 … 見る、着る、起きる、下りる など
下一段 … 捨てる、受ける、出る、逃げる など
カ変 …… 来る

上に挙げた例のような動詞に「-れる」を付けるのは、だから本来おかしいのです。
でも、どの動詞に「-られる」を付けなければいけないのか、一つ一つ覚えるのは大変ですよね。
そこで簡単な見分け方を紹介しましょう。「~ない」を付けてみるのです。「捨てない」とか「来ない」とか「見ない」とか。このとき、「ない」の直前の文字が「ア」段でなかったら、その語には「-られる」を付けなければいけません。

しかし、nanazouさんの「ら」を抜いてしまった人にはこんな意識があったんでしょうね。「それじゃ、可能と受け身の区別がつかないじゃないか!」と。

私の大切にしていた花を人に捨てられる。(受け身)
私は何でも思い切りよく捨てられる。(可能)

どちらも「捨てられる」じゃ、どっちがどっちかわからん。だから可能の方は「ら」を抜いて「捨てれる」にしよう。…ということで生まれたのが「ら抜き言葉」なわけです。国語学ではこういうのを「同音衝突の回避」などと呼んでいます。つまり、違う意味なのに同じ発音な言葉があると、自然にそれを避けようとして言葉が変化する、という現象です。こういう例は歴史上にいっぱいありました。
今は「ら抜き」は正しい国語ではないとされています。でも、そういう法則があることを考えると…何十年か後にはどうなっているかわかりませんね。
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  • 回答No.10
レベル11

ベストアンサー率 20% (53/262)

個人的にはなんかルーズな響きに感じるので「ら抜き言葉」は嫌いです。 「れる」「られる」には自発・尊敬・可能・受け身の4つの意味がありますよね。 「ら抜き言葉」はそのうちの可能の「られる」の「ら」が抜けたものを指しているもの、でよろしいでしょうか。 理屈でいえば(学校の国語の時間に頭を戻して下さいね)、「れる」「られる」は動詞未然形〈「~(し)ない」から「ない」を取ったかたち〉に接続します。 こ ...続きを読む
個人的にはなんかルーズな響きに感じるので「ら抜き言葉」は嫌いです。
「れる」「られる」には自発・尊敬・可能・受け身の4つの意味がありますよね。
「ら抜き言葉」はそのうちの可能の「られる」の「ら」が抜けたものを指しているもの、でよろしいでしょうか。

理屈でいえば(学校の国語の時間に頭を戻して下さいね)、「れる」「られる」は動詞未然形〈「~(し)ない」から「ない」を取ったかたち〉に接続します。
この内『5段活用(未然形の最後がア段)』『サ行変格活用(する)』の動詞には「れる」(使用することはあまりありませんが…)
『上一段活用(未然形の最後がイ段)』『下一段活用(未然形の最後がエ段)』『カ行変格活用(来る)』の動詞には「られる」(着・られる、捨て・られる、来・られるetc.)

が文法上では正しいとされています。後者の「~られる」から「ら」を抜くと「ら抜き言葉」といじめられます。

しかし実際、5段活用の動詞は「可能動詞」という変化をします。
例えば「読む」は上記の法則からいうと「読め」+「れる」=「読めれる」となりそうですが、実際は「可能動詞」の「読める」と変化します。(下一段的な活用をするのかな?)
ここら辺が「ら抜き言葉」論で紛らわしいところみたいです。

検索ページで「ら抜き言葉」で検索をかけると多数ページヒットしますので調べ られ てはいかがでしょうか?

ところで
>「意味の違う言葉だ。」と言われて…
その方日本語圏のかたではなかったのでは?????


  • 回答No.14
レベル14

ベストアンサー率 41% (1452/3497)

明治生まれの祖母も、いわゆる『ら抜き言葉』を当然のこととして用いておりました。祖母が小さい頃(日清戦争の頃)には、少なくとも、大阪ではごく普通に使われていたものであると聞いたことがあります。 東北方言と関東方言から作られた『標準語』においてのみ、不適切な表現というのが『ら』抜き言葉なのでしょうネ。 すでに回答にありますが、意味が曖昧になる可能性がある場合、それらを明確に区別するために進化したものが『ら ...続きを読む
明治生まれの祖母も、いわゆる『ら抜き言葉』を当然のこととして用いておりました。祖母が小さい頃(日清戦争の頃)には、少なくとも、大阪ではごく普通に使われていたものであると聞いたことがあります。
東北方言と関東方言から作られた『標準語』においてのみ、不適切な表現というのが『ら』抜き言葉なのでしょうネ。
すでに回答にありますが、意味が曖昧になる可能性がある場合、それらを明確に区別するために進化したものが『ら』抜き言葉でしょう。
例に挙げられている『捨てれる』には可能の意味しかなく、非常にはっきりとしたものです。
それに対し、『捨てられる』には受動の意味と可能の意味の2つがありますので、文脈やそのときの雰囲気などから意味を推測しなければならなくなり、タダでさえ曖昧な日本語を、より変なものにしているような気がします。
可能と受動で完全に使い分けをするということが基本となっている方が言葉のルールとして優れたものであると考えます。
『正しい日本語』なんていう認識は、たかだか、100年程の歴史で作られたものです。各地域の伝統文化である方言の中で、ずっと使われてきた『ら』抜き言葉に目くじら立てることについては、非常に違和感を感じて止みません。
以上kawakawaでした
お礼コメント
noname#4542

口語では、『ら抜き言葉』をいつの間にか使っている事、あります。
使わないようには心がけているのですが。
『ら抜き言葉』は、口語では使ってもかまわないと私も思いますよ。
ただ、正式文書での話なんです。
小学校から国語の授業で習ってきたはずの言葉を、
わざわざ「ら抜き言葉」に直されてしまったものですから。
「ら抜き言葉」はこれから当たり前のものとなっていくのかもしれません。
でも、現時点では、国語の授業で習う言葉を、
書類なんかでは使うべきだと思いませんか?

たくさんの方に説明していただいたように、
話しました所、分かってはもらえたようです。
改めて勉強になったなあって感じです(^_^)。

ありがとうございました。
投稿日時 - 2001-03-15 13:09:31
  • 回答No.11

 「ら抜き表現がおかしい」という意見は、ここ最近、オジサン達がコギャルの言葉に敏感になってから急に言われ始めたもので、実際にはむかしっっっっからありました(笑)  確認しているだけでも、少なくとも戦後間もなくから使われ始めたようです。もしかしたらもっと古いかもしれません。  もともと、俺は「正式文書でない文書の日本語文法」の誤りを指摘する行為自体をナンセンスだと思っているんですがね(^_^; ...続きを読む
 「ら抜き表現がおかしい」という意見は、ここ最近、オジサン達がコギャルの言葉に敏感になってから急に言われ始めたもので、実際にはむかしっっっっからありました(笑)
 確認しているだけでも、少なくとも戦後間もなくから使われ始めたようです。もしかしたらもっと古いかもしれません。

 もともと、俺は「正式文書でない文書の日本語文法」の誤りを指摘する行為自体をナンセンスだと思っているんですがね(^_^;

 大事なのは、「通じない日本語」を使用する人を、これから就職する人達の中から減らしていく努力なのであって、「正しい日本語」の使い方を講釈することではないと思います。
 どうでしょうね。
  • 回答No.9
レベル14

ベストアンサー率 49% (1127/2292)

重箱の隅をつつくようで恐縮ですが…。 >masatoshi-m さま >>「れる」は五段活用動詞にのみつきます。走る→走れる、切る→切れる、という具合です。 これはちょっと誤解を招くかも…。 五段動詞の可能態は、「れる」がつくのではなく、仮定形に「る」がつく、と捉えないとおかしなことになります。 (「泳げる」「書ける」「読める」「思える」など、ラ行以外の五段動詞の説明がつかな ...続きを読む
重箱の隅をつつくようで恐縮ですが…。

>masatoshi-m さま

>>「れる」は五段活用動詞にのみつきます。走る→走れる、切る→切れる、という具合です。
これはちょっと誤解を招くかも…。
五段動詞の可能態は、「れる」がつくのではなく、仮定形に「る」がつく、と捉えないとおかしなことになります。
(「泳げる」「書ける」「読める」「思える」など、ラ行以外の五段動詞の説明がつかなくなる)

>>ついでながら五段活用動詞とは言い切りの形が「ウ段」で終わるものです。
現代語文法の動詞は五段に限らず、すべて言い切りの形が「ウ段」で終わりませんか?

細かい揚げ足を取るようでごめんなさい。この二点だけどうしても気になったもので…。
  • 回答No.12
レベル11

ベストアンサー率 20% (53/262)

すみません訂正します。 可能動詞の例の部分「読め」ではなく「読ま」ですね。 「読ま」+「れる」=「読まれる」 ではなく「読める」 ということで…
すみません訂正します。
可能動詞の例の部分「読め」ではなく「読ま」ですね。

「読ま」+「れる」=「読まれる」
ではなく「読める」

ということで…
  • 回答No.1

「捨てれる」と「捨てられる」って違うんですか? 英語で言う「can(~することが可能である)」の意味で使う「ら」は 抜くことがあるということだと思っているので、 「捨てれる」も「捨てられる」も一緒で「捨てることが可能である」という意味では? もしかして、「捨てられる」は、受動の「捨てられる」という意味になるということでしょうか? それとも尊敬語の「捨てられる」? う~ん・・・
「捨てれる」と「捨てられる」って違うんですか?
英語で言う「can(~することが可能である)」の意味で使う「ら」は
抜くことがあるということだと思っているので、
「捨てれる」も「捨てられる」も一緒で「捨てることが可能である」という意味では?
もしかして、「捨てられる」は、受動の「捨てられる」という意味になるということでしょうか?
それとも尊敬語の「捨てられる」?
う~ん・・・
  • 回答No.2
レベル11

ベストアンサー率 37% (85/229)

いや、nanazouさんの説明であっています。 ら抜き言葉とは「可能形」の言葉から(捨てられる)「ら」を抜かしていて、わりと一般化されたものです。 その方が「意味が違う」とおっしゃるのは勘違いで、恐らく「捨てれる」を可能形、「捨てられる」を受動態と覚えていらっしゃるのでしょう。 本来はどちらも「捨てられる」が正しいです。
いや、nanazouさんの説明であっています。

ら抜き言葉とは「可能形」の言葉から(捨てられる)「ら」を抜かしていて、わりと一般化されたものです。

その方が「意味が違う」とおっしゃるのは勘違いで、恐らく「捨てれる」を可能形、「捨てられる」を受動態と覚えていらっしゃるのでしょう。

本来はどちらも「捨てられる」が正しいです。
  • 回答No.3
レベル8

ベストアンサー率 62% (25/40)

「れる、られる」は可能または受け身の助動詞です。 これが「捨てる」という動詞とくっついて、 「捨てられる」となります。 意味はその文脈次第で、 「捨てることができる(可能)」にも、 「何かに捨てられてしまう(受け身)」にもなります。 「ら」抜き言葉は、助動詞の機能のうち、 可能について「ら」が欠落してしまう現象です。 (「捨てられる」が受け身で「捨てれる」が可能) ポジティブに捉えれ ...続きを読む
「れる、られる」は可能または受け身の助動詞です。
これが「捨てる」という動詞とくっついて、
「捨てられる」となります。
意味はその文脈次第で、
「捨てることができる(可能)」にも、
「何かに捨てられてしまう(受け身)」にもなります。

「ら」抜き言葉は、助動詞の機能のうち、
可能について「ら」が欠落してしまう現象です。
(「捨てられる」が受け身で「捨てれる」が可能)
ポジティブに捉えれば意味がわかりやすいとなるのかな。

ら抜き言葉のほうに親しんでいる人には、
「捨てられる」に可能の意味がないので、
意味が違うということになってしまうのでしょう。
本来は意味が違うということにはならないのですが……。

わたしは「ら」が抜かれると違和感を覚えるほうなのですが。。。
  • 回答No.5
レベル8

ベストアンサー率 27% (8/29)

こんにちは。元雑誌編集者のmarchaと申します。 nanazouさんも似たような境遇の方なのでしょうか? さて、この際わたしもちょっと勉強してみようと思って、 「ら抜き言葉」でgooで検索をかけてみました。 文法上の記述のあるページがいくつかひっかかったのですが、 (いっぱいあったので詳しくはご自身でさがしてみてくださいね) 同時に「方言としてはら抜きは自然」という意見のページもありまし ...続きを読む
こんにちは。元雑誌編集者のmarchaと申します。
nanazouさんも似たような境遇の方なのでしょうか?

さて、この際わたしもちょっと勉強してみようと思って、
「ら抜き言葉」でgooで検索をかけてみました。
文法上の記述のあるページがいくつかひっかかったのですが、
(いっぱいあったので詳しくはご自身でさがしてみてくださいね)
同時に「方言としてはら抜きは自然」という意見のページもありました。
「捨てれる」と「捨てられる」が違う言葉だって言ってる人は
こういう地域に生まれ育った人なのかもしれませんね。
「捨てれる」=「捨てることができる」
「捨てられる」=「自分が誰かに捨てられる」と思い込んでいるのかも。

でも、口語ならともかく、文章の場合「ら抜きの方が間違い!」と堂々と言い切れる根拠はあります。
それはこれ。↓

◇「改まった場では控えて」
 新しい時代の日本語のあり方を検討してきた第二十期国語審議会(会長、坂本朝一・元NHK会長)は八日、「食べられる」を「食べれる」などとする「ら抜き言葉」について、「改まった場では使うべきではない」との報告をまとめた。
 「ら抜き言葉」については「言葉が変化する過程で新しい言葉が生まれ、新旧の言葉が併存する場合、言葉の“揺れ”として客観的に認識し、現時点での適切な言葉遣いを判断すべきだ」との基本認識に立ち、(1)共通語では誤りとされ、新聞などでほとんど使用されていない(2)文化庁の調査では約七割が「ら」を抜かずに使っている――などを理由に「共通語では改まった場での使用は認知しかねる」と結論付けた。この判断について報告書は「強制ではなく、緩やかな目安、よりどころという程度で、なおかつそれを必要とする人の参考に提供するにとどまるべきだ」とした。
【著作権者】毎日新聞社(『毎日新聞』1995年11月9日朝刊1面「『ら抜き言葉』認められぬ 家庭の指導求める 第20期国語審議会が報告」)

というわけなので、「国語審議会が共通語では誤りとしているんです!」と言ってみたらいかがでしょ?
なお、上の文章はこのサイトから引用しました。
  • 回答No.6
レベル11

ベストアンサー率 13% (63/457)

私も日本語は滅茶苦茶です。 ただ、同じ意味だとおもいます。その理由は、疑問形にしたとき同じに思えるからです。 試しに、うしろに「の?」をつけてみます。 「この鉛筆は捨てられるの?」 「この鉛筆は捨てれるの?」 となって、どちらも意味が通じます。
私も日本語は滅茶苦茶です。

ただ、同じ意味だとおもいます。その理由は、疑問形にしたとき同じに思えるからです。
試しに、うしろに「の?」をつけてみます。
「この鉛筆は捨てられるの?」
「この鉛筆は捨てれるの?」

となって、どちらも意味が通じます。
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