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「千と千尋の神隠し」の「神隠し」タイトル

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お礼率 70% (36/51)

こんにちは。神隠しについて調べている者です。「千と千尋の神隠し」のタイトルについてどうしても分からないことがあります。

「千と千尋」については分かるのですが(たぶん)、ここで何故「神隠し」が使われているのかが疑問なのです。
というのも、「神隠し」というのは”隠す者”と”隠される人(ここでは千尋と両親)”、そして何より”残された人”がいて初めて認識されうるものだと思うのです。つまり気づく人間がいてはじめて「失踪」は成り立つということです。
しかし、この映画では「千尋がいなくなった!」と気づく人間はでてきません。視聴者を気づく側としているのでしょうか?

ここに来る前に下調べをした際、監督のインタビューにて「(映画中)八百万の神を迎えるのは女性のみであり、彼女らは娼婦・遊女を意味している」というような言葉を述べられている記事を拝見したのですが、確かに、元来神隠しに遭った女子或いは成人女性は大概の場合、遊女や売買の対象として連れ攫われた傾向があります。つまりこの作品は、表向き「働くこと」などいくつかのテーマを明示しながらも、少し裏を覗けば「売春、人攫いの現実」などの隠れたテーマも垣間見られるようです。

しかし、やはり私の中では「気づく者」の欠落した状況設定で監督が「神隠し」をタイトルにはめた理由がはっきりしません。
このタイトルについて何か監督の思想をご存じ或いは、この駄文を読んで下さった皆様の意見など、拝聴できましたら幸いです。よろしくお願い致します。乱文失礼致しました。皆さんに疲れ目用の目薬を差し上げたいです(笑)

最後に、お礼のお返事が遅くなってしまうかもしれませんこと先にお詫び申し上げます。

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.1

ベストアンサー率 37% (70/187)

千尋達家族があちらにいる間にも、現実の世界では随分と時間が経過しています。(最後、車に葉っぱが積もっていましたよね?)
という事は、世間では、彼らは行方不明なわけです。
映画の中で描かれてはいませんが、千尋が通うはずだった学校や、千尋のお父さんの勤める会社でも、一体どこへ行ってしまったのかという事になっているはずです。

この場合の「隠される人」は、千尋と両親。
「残された人」は、世間の人々(主に、千尋達家族に関係のある人達)をさすのだと思いますよ。
お礼コメント
chat-3

お礼率 70% (36/51)

回答ありがとうございます。
あ~!!そういえば車の上に葉っぱが積もっていました!!
なるほど世間の人がタイトルで参加していたのですね…。ほんとにスミマセン…。
言い訳がましいかもしれませんが、神隠しの話というのが大概の場合、語り手が「残された人」であるのに対して、(この映画の語り手というか視点が)神隠しにあった張本人であったため個人的な違和感を感じてしまったみたいです。
なんて言うんでしょう…タイトルの存在感と世間の存在感のバランスがアンバランスだったから感じた違和感ということでしょうか。

ありがとうございます☆(^^)
投稿日時 - 2009-04-23 22:11:27

その他の回答 (全2件)

  • 回答No.3

ベストアンサー率 37% (4288/11421)

千尋も神隠しに遭ってはいますが、両親にとっての千尋は一応“残された人”でしたよね。少なくとも表向きには、「消えた両親を取り戻す物語」です。ただ、取り戻すために、自分も「両親が隠された世界」へ行っちゃうんで、まあ、ややこしいといえば、ややこしいわけですが。
お礼コメント
chat-3

お礼率 70% (36/51)

回答ありがとうございます☆
あぁ「両親にとっての千尋は一応“残された人”」って見方があるのですね!!すみません気がつきませんでした。。。
“千尋「の」神隠し”という言葉に気を取られていました。

ややこしいですね(+_+)というか、旬でもない話題にこのように丁寧に回答してくださりありがたいかぎりです♪
投稿日時 - 2009-04-26 18:06:35
  • 回答No.2

ベストアンサー率 45% (475/1051)

>”残された人”=気づく人間

沢山いるじゃないですか~!それは「アニメを見た人たち」ですよ。
視聴者はコチラ側(現実世界)にいて、千尋と両親が「八百万の神様たちがいる世界」へ行ってしまったことを見ています。
アニメの中では「失踪」とか「神隠し」という言葉は出てきません。もちろん、千尋と両親を人々が捜索するようなシーンも出てきません。

このタイトルは「アニメを見る人」に対するタイトルだから、アニメを見て「神隠し」されたことを知る(知っている)視聴者にはおかしくないタイトルだと個人的には思います。むしろ視聴者とアニメを結ぶ「キーワード」的な言葉だと思います。
お礼コメント
chat-3

お礼率 70% (36/51)

回答ありがとうございます☆
やっぱり視聴者が残された側としてのタイトルなのですか~。なるほど「キィワード的な言葉」なのですね。
いやぁ…でもですよ(笑)、残された側(視聴者)が神隠しにあった人(千尋たち)の行き先というか、生活している場を知っている時点でそれはもはや「神隠し」ではないとも思うのですよねぇ。
確かに明治期以降は、どこに居るかどのような生活を送っているか知っているけど、他人様に知られたくない理由で居なくなった身内を「ここはもう神隠しにしとこ」というようにした事例はいくつか見あたるのですが…。

宮崎さんのは根ほり葉ほり考えたくなる作品がありますよね。
投稿日時 - 2009-04-26 18:00:27
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