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何か原因でもあるのでしょうか

小さい頃、家族で外食に行くと、いつも一番安いものを食べてました。 ラーメン屋ではラーメン。 寿司屋ではネタは多くても3つまで、あとはガリばかり。 焼肉屋では家族がたくさん食べる中、肉は2~3枚だけ、あとは大根おろしをひたすら。 決して強いられてるわけでも、我慢してるわけでもなかったけど、気付いた時は本当にそうでした。自分はそういうもんだと思ってました。 私が育った家庭は別に極まった貧乏ではありませんでしたが、だからこそなんでそんな欲望を抑えていたのかわかりません。 ただ、当時ドリフなどでやってた、貧乏を笑いのネタにしたものはものすごく嫌悪してました。 チャーハンや麻婆豆腐、食べたいものはあったけど、何も"これがいい!"と指名するほどではなく、無難にまとめようとしてました。 外食だけでなく他の場面、また成人した今も、そういう傾向は見えます。人に譲ったり。 だからまずしっかりと"自分"という存在が、ドンといる上で周りとの関係があるんじゃなくて、2つの風船の間と間に挟まれながら生きてるような、そんな感じがします。 生きるってなんでしょうか? 何かしら原因はあるんだろうけど、私の場合気がついたらそういう状態だったのであまり見当がつきません。 私の親が、当時赤ちゃんである私に節約や質素を強要したとも思えないし(^_^;) そのくせ、26才の今でも未だに親に素直になれません。 私はどうあるべきでしたか? 私は、自分が真に思ってることを表に出してその上で周りと関係を築き親にも感謝し生きていきたいと思っています。 自分が甘えなのか何なのか、教えて下さい。

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  • ベストアンサー
  • blazin
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回答No.1

貴方が最後に書いている言葉。自分に素直になって、素直な自分で周りとの関係を築いていきながら感謝して生きたいと。 それはとても誠実で、大切な生き方ですよ。 どうあるべきか?そんな決め事なんてない。 貴方の人生なんだから。貴方がどうありたいか? その答えが貴方のその言葉だからね。 だったらその言葉をもっと今の自分に反映させていけるように、日々を改善していく。貴方は貴方なりに考えて生きてきたんですよ。 自分が他者に譲ることで、一歩下がることで成立すならそれはそれでいいんじゃないか?と。それを特別誰かに言われてやってきた訳でもなく貴方なりにそういうスタンスの中に自分を見出してきた。 それはそれで良い悪いはない。ただ、それが漠然とそういう形に当てはめて自分の気持ちや考えを処理してしまうことに慣れてしまって、いつの間にか自分が本当はどう思って、どうしたいのか、という部分をしっかり汲み取ってあげる機会をあまり創ってこなかったのかもしれないよね。その感覚さえ何となく漠然としたまま生きてきて、それが今26になってその自分に対して、改めて自分はどうしたいのか?という部分の問いにぶつかったんじゃない? 生きるって何か?それはまさに貴方の歩みそのものですよ。 同じ様には進んでいかない。何処かで自分を見つめるきっかけがあったり、自分と向かい合ったり、模索したり、格闘したりね。 その積み重ね。プロセス。それが人生。生きるという事。 貴方の甘えでもない。ただ今まで自分という存在を敢えて強く意識して自分と向かい合ってこなかった部分を、これからはもう少しメインストリームの中に組み込んであげる。貴方自身が一番の自分の理解者になる。自分なりに良いなと思える自分に近づけていく。 貴方にはこうして生きたいという明確な、そして素敵な志がはっきりあるんだからね。それを大切に、貴方のペースで歩んでいったら良いんじゃない?

inspi
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 今なにが自分の素直かわかりません。というか本当の気持ちに気付こうとすると、何かが邪魔をするような。 いい加減こんな自分からは抜け出します。

その他の回答 (2)

回答No.3

今、 http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4889466.html に長々と書きました。 是非読んでみてください。 (「自己評価メソッド」「アサーション」に関するもの)

inspi
質問者

お礼

ありがとうございます。ぜひ読ませて頂きます。 お礼が遅くなり大変失礼しました。

noname#194289
noname#194289
回答No.2

風船のたとえは感動しました。私見では自分というのはほかの人や物でない部分のことだと思います。つまり貴方が何かに興味を持った対象があったとした場合、その対象以外の部分が自分なのではないかということです。要するにすべてを足したら1になっていると考えると話がうまく合うように思います。風船に挟まれてというのは別に悪いことでも弱いことでもない、むしろまともな生き方ではないでしょうか。もし風船に対して自分をやみくもに確立するのは針で風船をつっ突くようなことではないでしょうか。はさまれていればこそ風船は割れないのではないでしょうか。

inspi
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 私の例えをほめて頂き有難いやら申し訳ないやらです… なんだか、私は自分の風船を膨らませたいです。 風船って、空気がある程度入るまでは苦しいですよね? でも1度ブワッと膨らんだら、以降はもう楽々と。 …そういう状態になりたいです。

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