• ベストアンサー
  • 困ってます

エコロジーは何のため?

エコロジーは何のために行うのでしょうか? 人間の活動によって、 地球の環境が変化し、多くの生物の生存が脅かされています。 地球を、環境を守るためと言われれば 確かにエコロジーは当然なことのように感じます。 しかし、地球が誕生してから多くの生物が誕生し、 環境に合わせて進化しています。絶滅した種も多いでしょう。 現在環境問題と言われている事柄によって地球の環境が変化しても、 また新しい種が生まれ、進化し、適応していくのでしょう。 人類が絶滅した後も、地球は変化し続けるでしょう。 そう考えると、地球環境を守る必要性に疑問を持ってしまいます。 現在地球上にいる種を長く生き残らせるため、 という考え方が妥当なのでしょうか。 一般的な意見、もしくは専門的な意見等あれば ご回答よろしくお願いします。

共感・応援の気持ちを伝えよう!

  • 回答数4
  • 閲覧数142
  • ありがとう数14

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • 回答No.1

早い話が、人類のためです。 「地球に優しく」とは、現在の地球環境でないと人類は生きられないから、環境が変わることを極度に恐れざるを得ないのです。 仰るように地球環境は普遍ではなく、人類の誕生以前から様々な変化を受けています。 それこそ、今の温暖化なんか比較にならないくらいですよ。 もしタイムマシンがあって過去の時代に行けるとしても、おそらく一億年以上も前に行ったら、生身では生きられず宇宙服でも着るしかないでしょう。 ただ、今の環境変化は人類自らの仕業であるが故に、自分で自分の首を絞めているようで、万物の霊長としてのプライドが許さないのでしょう。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。 具体例も交えられておりわかりやすいです。 「地球に優しく」って言葉も、 人類のためと思うと受ける印象が変わってきますね。

関連するQ&A

  • ダーウィンの進化論

    ダーウィンの進化論が、100%正しいと思っていない方、 独自の理論を教えてください。 現在の生物が存在しているのは、どういう課程があったかとか、 どうやって生物が、そもそも誕生したのかなど。 例えば、美しい花に擬態しているカマキリは、本当に進化の結果でしょうか? 毒蛇に似せて生きている無毒のへびは、ほんとうに意図的に(無意識ですが)そうなったのでしょうか? あれらは、知的生命体の生み出した生物だと思います。 そもそも、地球上の生物は本当に進化したのでしょうか? パソコンだって、進化しています。古いPCは新しいPCと似ていて、 これが土に埋もれているなら、生物の化石のような進化を感じるでしょう。 他の物も同じです。生物も、新しく作り変えられているかもしれません。 天変地異で絶滅した前後に、似た種の変化形を作ったかもしれません。 無数の種が生息する中で、この2000年内で、 ただの1種も、進化の変化が見えた生物を知りません。 あれば教えてください。紀元前1年の時には、水かきがあったのに、 ある子孫からは、それが消えた! みたいな。 何万年もかかる進化かもしれませんが、これだけ種がいるのなら、 これだけ、人類が地球環境を急変させたのなら、何か変化した生物がいてもいい気がします。 自然が減ってきたから、ぶら下がらないで鳥のような巣を作るコウモリが見られた!とか。 内容は、非常にくだらないものかもしれません。 真剣に取られる方のみ、ご回答よろしくお願いします。

  • 新たな生命の誕生

    よろしくお願いします。 地球上の生物は約40億年ほど前に誕生し進化してきたが過去何度か生物の大量絶滅を経験していると言われております。 その大量絶滅の際全生物の90%以上が絶滅したとか(この辺あいまい)。 そこで質問なのですがこの大量絶滅の際100%完全に今の生物が絶滅していたらその後新たな系統の生物が 誕生したのでしょうか? 当然40億年前と大量絶滅の際の地球環境はまったく異なっておりますし もし簡単に新たな系統の生物が誕生するなら別に100%生物が絶滅しなくても90%絶滅ししていた時点ですでに発生しているのではないかと考えてしまいます。 今現在別系統の生物は地球上で見つかっていないので安易に別系統の生命誕生は起こらないう事でしょうか いくつか理由は考えられると思いますが私なりに考えるに 酸素を中心とした現地球環境は生物の発生し難い環境である 実は結構新系統の生物は頻繁に誕生しているが見つかっていないだけ 実は結構新系統の生物は頻繁に誕生しているが現系統の生物による捕食等で絶滅させられている この地球上では異なる系統の生物は共存できない(理由は不明) といったところでしょうか 門外漢なので思いつくまま書きましたご専門の方々のご教授を宜しくお願いします

  • 恐竜形の生物が現れないのは何故?(専門家の方へ)

    なぜ、現在には、恐竜形の生物が存在しないのでしょうか? 6500万年前までは、地上で恐竜が繁栄しており、恐竜は当時の地球環境に最も適応していたと言えますよね。そして、6500万年前に隕石が衝突して恐竜が絶滅した説が有力とされています。しかし、もしも恐竜が現在の地球環境でも最も適応した形態だとするならば、6500万年あれば恐竜状の生物が再度登場するはずではないでしょうか。恐竜の完全形までは到達しなくても、6500万年もあれば、恐竜形の方向に向かって生物が進化しないのでしょうか? ここで考えられる仮設は、6500万年前までは恐竜形の生物が優性であったが、現在の地球環境では恐竜形の生物は劣勢であるという事ではないでしょうか? つまり、隕石が衝突しなくても、現在では恐竜は劣勢となり絶滅する運命にあったという事も考えられるのでは?もしくは、隕石衝突がきっかけで地球環境が変わってしまい恐竜の優位性が無くなったのか? 6500万年前と現在の変化として考えられるのは、例えば以下の通り(私の仮説です)。 (1) 哺乳類が恐竜形の生物より適応度が高く(優性であり)、恐竜形の生物が現れても繁栄できない (2) 空気中の酸素比率、重力、気温、雨量、日照時間など何らかの環境変化により、恐竜形の生物は生存や繁殖に優性ではなくなった (3) 植物の種類や、他の種(両生類、鳥類、昆虫など)の進化により、食物連鎖の中で恐竜形生物の優位性が無くなった ちょっと疑問に思うのは、恐竜は映画「ジュラシックパーク」の様に本当に機敏に動けたのでしょうか?ひょっとして巨体すぎて動きがのろいとか?例えばワニみたいに、ほとんどの時間はぐったり止まってて、目の前に(射程距離に)獲物がきた時だけ動けただけとか。もしも、恐竜がほとんど動けないようなどんくさい生物なら、哺乳類や鳥類にやられて近代では生きていけないでしょう。 もし現代に恐竜を蘇えらせたら、また古代の様に繁栄できるのでしょうか? 僕はそうは思えませんが.... (もしくは、子供たちの夢を守るために、恐竜は強いという事にしておくべきか?)

その他の回答 (3)

  • 回答No.4
noname#101110
noname#101110

>人類が絶滅した後も、地球は変化し続けるでしょう。 そう考えると、地球環境を守る必要性に疑問を持ってしまいます。 人類は文明を持って以来、結果的に地球環境をひどく破壊してきました。 人類がいなくなるのが人類以外の地球環境、生物たちにとっては最良の選択です。最近読んだ「人類が消えた世界」という本では、人類が居なくなれば、あっというまに地球は浄化されるだろうと言っています。でももちろん人間が全員自殺する選択は当事者には考えられません。 エコロジーは、あくまで人類が生き残る可能性を高めるために、地球の自然条件を従来の安定的な幅の範囲に保ち、危険域へ振れさせないための人間の行動だと思います。結果としてそれが他の生物を生きながらえさせることになっているのでしょう。人間も生物の一種ですから当然だと思います。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

ご解答ありがとうございます。 人類による環境の変化によって繁栄していく生物もいるでしょうから、 人類がいなくなることが人類以外に最良の選択である、とはっきり言ってしまうのは少々軽率な気がします。 人類がいなくなるとあっという間に地球が浄化されるのならば、 いつかは人類も絶滅することを考えると、 長い目で見ると地球にとってさほど問題ではない気がします。 人類が生き残るため、と言われると自己中心的な印象を受けますが、 ずっと先の未来の人たちのためなんですよね。

  • 回答No.3

エコロジーを行う理由として、3つの視点を考えました。「自分」「社会」「地球」です。 「自分」……エゴより、エコの方が、気持ちいいからエコをします。自分自身の日々の生活を振り返ると、「地球」に対してずいぶん無茶をしているなぁと感じます。夜なのに、部屋の中は昼よりも明るいです。冬なのに、部屋の中は暖かく冷たいビールを飲みます。ガソリンを燃やして車に乗り、どんな生き物よりも早く移動します。 感覚的にですが、明らかに自然の摂理に反しているような気がします。夏休みなどに田舎へ帰省し、山や海を眺めていると、この無茶っぷりを実感します。これは、人間の「エゴ」ではないか?と思いました。無茶は永遠に続かない、であれば、もう少し宿主である地球に優しい「エコ」の方が、自然かな?と思ったのです。 「社会」……このイベントの照明は、全てはグリーン電力で賄われています。この商品は、全て100%リサイクル素材で作られています。当社は、チームマイナス6%に協賛しています。この様に言われただけで、イメージが良くなる気がします。産業界、経済界、マスコミにとって、「エコロジー」というのは、商業的に都合の良い言葉なのでしょう。 エコ自体は行うべきと考えます。が、ちょっとマスコミの煽り方は過剰な気がします。商品やサービスのコンセプトを「エコ」にすると、なんでも売れてしまう風潮は、煽る側、煽られる側、共に反省すべきと思います。 「地球」……地球は過去に氷河期と高温期を繰り返してきました。また、生物の大量絶滅も、1度や2度ではありません。が、これらはいずれも数千万年~数億年のスパンをかけての話です。 ところが近年、実際に観測されている気温の上昇、オゾン濃度の低下、海面上昇、このペースは地球が過去に繰り返して来たペースを遙かに上回っているとか。また生物の絶滅自体は珍しいことではありませんが、巨大隕石が衝突したわけでもないのに、たかだか数百年で大量絶滅が起こる、というペースも自然に反して速すぎます。 もう少し、地球の環境を変化させるペースを落としても良いかなと、感じます。 と、上記の様な理由で、様々な立場の利害が一致して、エコロジーを推進しているのかなと思いました。 個人的にも、猫も杓子もエコエコはちょっと気持ち悪いけど、悪いことでは無いはずだから、やらないよりやった方がましかな。と思い、節電などは実践しています。 以上

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。 様々な企業がエコに力を入れているのはイメージアップによる利益目的のため、と考えれば納得がいきます。 中には単に地球に優しくありたいという考えの企業もあるかもしれませんが。 利益を求めずにエコロジーに気を使う方々の意見が気になりまして。 地球に住んでいる以上、地球の環境に合わせた生き方をするのが自然である、という考え方でしょうか。 目的としては少し曖昧な気もしますが、誰もが感じていることなのかもしれませんね。

  • 回答No.2
noname#111389
noname#111389

そんなに深く考えなくとも、人間がこの先も快適に暮らしていくため、でいいんじゃないでしょうか。 子供たちのためでもいいですけど。 確かに私も「地球を守るため」とか言われると、大げさ過ぎておいおいと思ってしまいますので疑問は分かります。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。 人類のため、といっても実感がわきにくいですからね。 私たちの子孫がずっと快適に、幸せに暮らしていけるように、 と考えると気持ちがいいですね。

関連するQ&A

  • 絶滅したカエル

    カエルはこの一世紀の間に温暖化などによる地球環境の変化により、 多くの種が絶滅してしまったと聞きます。 一体どれほどの種がどれくらいの期間で絶滅してしまったのでしょうか? また具体的になんとういう種が絶滅したのかが知りたいです。 ご存知の方、もしくはそういった内容の文献等を知っている方、教えてください。

  • 人類が絶滅したらどうなりますか!?

    人類が絶滅したら地球や生態系はどうなりますかね?? 食物連鎖の頂点はどの生物になるのかな?? 家畜や養殖なんかはそのまま死ぬのかな!? それとも自然界で生き延びられるのかな!? なんだかんだいって人類が絶滅したら 生存不可能な生物って結構いると思うんですね… お暇な時でいいので 多方からの御意見お聞かせください♪

  • 化学を専攻する者にとっての地球環境。

    先日、友人と環境問題について話していました。 (ちなみに私達は化学を専攻しています) 友人は「地球環境なんてそっちの分野の人が何とかしてくれるだろ」とか 「自分は環境問題には興味が無いから」と言っています。 自分はそうじゃないと思います。 化学に携わる者にとって地球環境とは、切っても切れないものではないかと思っています。 どっちの意見が正しいかは分かりませんが、友人に何か言ってあげたいです。 なんて言ってあげれば、少しでも考えが変わるでしょうか? それとも、自分の考えが間違ってるのでしょうか? ちょっと分かりずらいかもしれませんが、お願いします。 (エコロジー&環境学の方に書き込もうと思いましたが、あえてこちらに書き込ませてもらいます。)

  • 地球環境を守る?

     以前から気になっていたのですが、守るべきは地球の環境ではなく、人類が生存できる環境だと思います。現在の環境は地球が誕生した時からあったわけではなく、幾多の環境の変化の中でたまたまこの1万年ほどが、人類の生存に適しているだけだろう、だから人類もここまでなんとか発展してきたんだろうと思います。これが絶対的な地球の環境なんだというものはありません。人類がいようがいまいが地球の環境は絶えず変化しています。だから、守るべきは地球の環境ではなく、人類の生存できる環境であると思うのですが、なぜ、マスコミは地球を守ろうと言うのでしょうか。人類が生存できる環境を守ろうと言ったほうが、真剣になる様な気もしますが。もっとも地球上で暮らす以上、気候の変動は甘んじて受け入れるしかないとも思いますが、もともとそういう星なのだろうから。

  • 地球に生存可能な期間は ?

    資源の枯渇や温暖化、地球環境の変化など予測は難しいと思いますが人類が生存可能な期間はどのくらいだと思われますか ? 最低でも1万年以上生存可能でしょうか ?

  • 絶滅危惧種の保護

    素人の単純な疑問です。 深い意味はありませんので、皆様の思うまま気軽に答えて下さい。 (科学的に答えたい方もそれなりに。) 絶滅危惧種は何故保護しなければならないのですか? 地球環境は日々変化しています。 人間による外的作用が一番の原因でしょうが、それが無くても変化が有る事は変わりません。 環境の変化に伴って生きられる生物も変わって行くのは自然だと考えますが、何故サポートしてまで現種を残すのでしょうか? 必要性はどこに有るのでしょうか? 実は深く考えている訳ではないので(何となく思っただけ)、簡単に回答して頂けると助かります。

  • 地球温暖化がいけない理由

    地球温暖化が叫ばれて久しいですが、そもそもなんで地球温暖化はいけないことなのですか? 地球温暖化が進めば、気温上昇,海水温上昇,海水面の上昇,異常気象,気候変化,生態系の変化・・・など様々な影響があるのは分かります。ですが、だからといって、その何が悪いのでしょうか。 生物は環境の変化に適応してきた種が生き残ってきているのであり、人類が絶滅の危機に瀕する程度ならば、地球温暖化は阻止すべきでしょうが、地球の平均気温が少し上がったぐらいで人類が絶滅するとは思えません。 もちろん、一部の地域では住みにくくなると思いますが、そんなのは移住すれば済む話です。 もし、人類が滅亡する程度のことなら、その防止に取り組むのはわかるのですが。 地球温暖化が進めば、絶滅する種もでてくるでしょう。他の種を保護するのは自由ですが、そんなのはそういうのが好きな人が勝手にやってもらえばいいわけで、国家レベルで地球温暖化防止に向けて取り組むのはおかしいと思います。 人間だけが栄えれば良いというわけじゃないという人もいるかもしれませんが、ほかの動物は他の種のことを考えて生きていないと思いますし。 私は、地球温暖化防止に取り組むなといっているのではありません。これほどまでに国家レベルで二酸化炭素の増加の抑止を叫ぶ必要はないと思うのです。 欧米では、日本ほど地球温暖化に対して考えてないというのも(特にクライメートゲート事件がおこってからは)聞いたことがあります。 なんで、地球温暖化がいけないのでしょうか。

  • 地球の誕生や生命の進化にまつわる話はある意味学者のこじつけのように思えて仕方がない(極端!?)

    よく聞くのに、最初、宇宙が誕生し(これすら分からないが)、やがて宇宙空間に漂っているガスや塵等が集まって恒星やさらに惑星などが無数に誕生していったらしい。その中で、たまたま偶然に偶然が重なり(結果論?)、この地球に生命を誕生させる様々な物質や条件があり、やがて下等生物からいろいろと進化を遂げていきその中の最高(高等)のものとして人類が誕生したと。これって、こじつけっぽくないですか?上手く言えませんがそもそも人類は進化してやっと現在があるのではなくて、「アダムとイヴ」のように地球環境が一応整った後、わりと最初から存在したような・・・ 確かに最初(きっかけ)、何かがあったから現在があるのだとは思うのです。 しかし、このカテゴリーで以前、どなたかの質問欄で「宇宙が意思をもってこの地球やそこに住む英知、人類を造った」様な回答を読み、ハッとしました! 科学的というより確かに哲学的、宗教的ですが私には新鮮でした。 そう、それはあたかも必然であったかの如く、その考えはある意味、この地球を中心に物事を考える「天動説」だとも。(勿論、実際の地球は自転、公転しているでしょうが) 要は進化の過程で或る岐路において猿?とは全く別の道を進んだとか、またよく聞くところの様々な種の進化論とかではなくて、また地球という奇跡(これもよく聞く)の星がもとは塵やガスだったなんてことも何だか面白みが無いし、太陽からちょうどいい位置にあって条件が最も揃っていた、これもまあ分かるのですが・・・ 広大な宇宙の中のこの「地球」と「人類」の存在、その絶対的な必然性!!みたいなところを是非、ご自分の意見でお聞かせください。(他のURLを借りてきたり、自称ネット学者然としたような冷めた回答は今回ご遠慮願います) 

  • 環境保護は必要でしょうか。

    環境保護は必要でしょうか。 先日、衛星放送でアメリカの高名な環境保護活動家のインタビュー番組を見ました。 その人の活動や新しい技術に感心しながらも、「私たちはこんなに素晴らしいことをやっているんだから、みなさんも協力すべきだ」という態度はやや高慢で偽善的に感じました。 環境保護活動家に「なぜ環境保護は必要なのですか?」と聞くと大抵「そんなの愚問だ。必要に決まっているじゃないか」と訳の分からない答えが返ってきます。 私は環境保護は部分的には必要かもしれないが、社会を挙げて取り組む程のことではないと思っています。理由は以下の通り。 1.地質学者の研究によれば、地殻変動により数万年後には再びマグマが地表近くに現れ、地球上の生物は死滅すると考えれていること。 つまり、環境保護をしてもしなくても、人類は滅亡するということです。 2.自然を支配し、欲望を満たすことは人間の本質であり、過度な環境保護活動は文明を否定することにつながる恐れがあること。 絶滅危惧種を守るというのも偽善に満ち溢れていると思います。 もし仮にゴキブリが絶滅しても誰も気にしないと思いますが、クジラが絶滅するとなると西洋人たちは大騒ぎします。 これは生物を選別していることになり、人間の傲慢です。 生物は46億年の間、絶滅と進化を繰り返してきました。 一つの種が絶滅すれば、新しい種が生まれます。 絶滅する種を守るなどということは、単なる人間のノスタルジックです。 環境が変われば、それに適合した新しい生物が生まれるという考えではいけませんか。 恐竜が絶滅したように人類が絶滅するのも宿命です。 今は人類が地上を支配していますが、それは地球を支配していることにはなりません。 永続的な繁栄を目指すこと自体が無意味だし、傲慢だと私は思います。

  • 地球環境と生物

    地球環境と生物について質問させてください. Q1.地球環境における森林・海洋の役割について Q2.地球環境を維持しつつ、人類が発展するための技術について