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他人の視線や人にどう思われているかが異常に気になって仕方がありません
昔からそうだったのですが他人の視線や自分がどう見られているかが 異常なほどに気になり、本当はしたいことや言いたいことも犠牲にして きました。そのためか見栄をはってしまったりおかしな言動をしたりしてますます人から相手にされなくなったような気がして、仕事もそのためにいつも長続きせず周りに常に流されてきたせいで自分が何をしたい のかもわからず普通の人が持つような感情すら素直に出せなくなって しまいました。精神科やクリニック等に通院して安定剤など常に服用 しています。薬が効いている間は対人恐怖症の緊張感は多少薄れるの ですま普通の人が話しているような会話の経験があまりにも少ない のでやはり人から見るとおかしい突拍子もない言動をして してしまったりもします。不謹慎なことですがいっそのことぼけてしまった方が楽だとかそんなことまで考えてしまいます。 このように皆さんに相談をしてもどうにもならず結局自分でなんとか しなければいけないのかとは思うのですが、どんなご意見でも お聞きしたいのでよろしければご回答いただけないでしょうか。
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>比較的歩くことが好きなので山登りなどが向いているかもしれないと 思ったことはありました 良いではないですか。 春になったら是非、行ってみて下さい。 もうずっと昔のことですが、北海道のニセコの鏡沼に行ったことがあります。 道が曲がりくねっていて、ドロドロで、 「あー、あそこに見えているのにー!!全然近づけないよー!!!」 と、へとへとになりながら行ったことがあります。 季節は秋でした。 山の中なら誰も自分のことなんか、まず見ていません。 自然に見られたって何にも怖くないし、自然に見栄を張る必要もないですもんね。 小心者なので、そこには一人では行けずに人(今の旦那)に連れて行ってもらったのですが、道中すれ違う人もあまりいません。 でも、山道のマナーですれ違う人達は皆、顔見知りではなくとも にこやかに、 「こんにちは。」と挨拶をしてくれます。 「あー、疲れた…。」と思っていても、ほんのちょっとの善意をもらえると嬉しいものです。不思議と元気が出てきます。 質問者さんは、人が多すぎるのが苦手なのではないでしょうか。 でも、周りに全然人がいないのも淋しいものです。 山中で出会う人達なら、きっと質問者さんもほっとするのではないかと思います。 そして行ったら分かりますが、ドロドロの道が途切れて突然現れる世界に質問者さんもきっと感動しますよ!! そこはまるで太古の世界でした。 シダ(たぶん(^^;))が生い茂り、恐竜でも出てきそうなのですが、しーんと静まり返り、 「さっきまでのドロドロや汗はいったい何だったのだろう?」 とあっけにとられるぐらいの心洗われる情景に包まれると思います。 私は予想だにしなかったご褒美を貰えたようで、すごく感動したのを覚えています。 意外と探検家なんかには、質問者さんのような方が多いのではないかと思います。 探検家の植村直己さんは、都会が苦手だったそうです。 人が多いところが苦手で、南極や冬山に旅に出る。 ――でも、そうするとまた、人恋しくなったそうです。 人の少ないところに行くと他人の良いところが見えたり、素直になれるものなのかも知れません。 自然の中に身を置く機会を増やすと、段々、他人との関わりの良さや、自分の良さにも気がつけるようになるものなのではないでしょうか。 今は冬で、実行は難しいかも知れませんが、春に向けて計画を立てるのも楽しいと思います。
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- hamakkotarou
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視点を変えると見え方も違ってきます。 他人の視線やどう見られているかが気になるのは自分はそう見られたくな いと思っているからかもしれません。 そのために常に誰かから見られているように思ってしまうのですが実際は いつもあなたが誰かを監視し続けてしまっていると考えることも出来ます。 そのために、いつも気が抜けずに他人の行動が気になり疲れてしまうのでしょう。 もし、他人が自分を物理的に傷つけない限り何をしてもいいと思うことが 出来るのならば他人の行動をいちいち監視する必要はなくなるでしょう。 自分の気に入らない行動を誰かがするのではないかと思っていればどうし ても他人を見張っていたい衝動を抑えることは難しくなるはずです。 人は誰しも自分の思い通りに物事を動かしたいと思うものです。 しかし、現実には自分の思い通りに物事が進むことは少ないのです。 それを自分の考え方を成長させて解決していくか他人を思い通りに動かそ うとして解決しようとするかで心の問題を作り出してしまうのだと思います。 他人を自分の思い通りにしようと思ってもほとんど何も変わらないことで 虚しさを感じるでしょう。 他人が自分の思い通りにはなかなか動いてはくれないことを認め許して いくことで他人をコントロールしようとすることをやめていければ 他人に対して寛大な気持ちを持てるようになれると思います。 そして自分自身にも他人から支配を受けているようには感じられなくなり 自由に振る舞えるようになると思います。
お礼
いつか同じようなことをどこかで聞いたりしたことはあったのですが 今改めてそうだと実感しました。自分の欲望よりそれをすてて得る ことのできる心の平安(大げさな言い方かもしれませんが) のほうが今の自分にとっては大事な気がします。これからこのこと をこころに刻んで生きていけたらいいなと感じました。 ありがとうございました。
ひとまず自分一人でできることをやってみてはどうでしょう。要するに日常の生活の中で人目を気にしないでやっていることのことです。意外に一人でやっているときはいい加減にしていませんか。逆説ですがひとめがないときにやっているあなたの行動がひとには見せられないほどいいかげんであるという自覚が貴方にあるのではないでしょうか。まず自分の行動や作法が貴方自身を満足させているかどうかを考えてみたらどうでしょう。
お礼
どうにも疲れてもうどうでもいいやという気持ちになり自堕落的な 生活を送ったこともありましたがそれが直接の原因だとは思いません もともと小さな頃から臆病でこのような性格でしたので。ただ一人で いる時にもそれほどいいかげんな生活をしているとは自分では思いませんが時間を有効に楽しく使っているとは決していうことはできないです
- formidable
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主治医のアドヴァイスにしたがって 暮らしていれば宜しいのではないか とおもわれるのですが……なにかしら 完全燃焼できるテーマ・目標が いくつか見つかるといいですね。 自分が完全燃焼できて、 世界や地域の人々に喜びを与える アクションもするといいですね。 たとえば、 アナタさまの ¥100 のチャリティが 世界の複数の子どもを 1日、飢餓から救いますし、 アナタさまの 地域の養護施設でのヴォランティア活動が 天涯孤独の子どもたちの潜在能力の発見・ 開発に貢献します。 無理のないところで、つづけて 多くの子どもたちに希望や夢を 与えてあげてください。 そうしたアクションが アナタさまの心を穏やかに 美しくキープします。 ※Agoraphobia で他の人の視線が気になる場合は、 サングラスで遮断して瞳を見られないようにすることで多少とも 安心感を覚えるのであれば屋外用・屋内用・昼用・夜用のサングラスを つくって、アナタさまの顔の輪郭とその日のファッションに ベスト・フィットのモノをチョイスして常用してみてください。 ※それと、アナタさまご自身が人から《どのように思われたいのか》を 明確にし、そのように思われるような言動をつづけるのも1つの方法で すね。そうすることで Delusion of Persecution (=Persecution Complex)っぽい感情が消滅しそうです。 日ごろ Anthropophobia にならない人もいるのでしょ。その人たちが 考えるヒントになりそうですね。 アナタさまの ご幸運を祈ってます。
お礼
比較的歩くことが好きなので山登りなどが向いているかもしれないと 思ったことはありましたが実際に行動に移す気力はありませんでした。 ボランティアもしようとしたことがありますが、果たして自分のような ものがいったところで擁護施設の子供さん達のお役に立てるのかどうか そういった考えばかりが先行してしまっている始末です。でもやって みなければわからないですよね。せっかくアドバイスして頂いたので 無駄にならないようにしたいです
補足
お答えを読んでいくうちに結局自分のことしか考えていないのだと つくづく感じました。
- saisyo
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自分が思うほど他人は自分のことを気にしてなかったり、とそういうことって結構あると思うんですよね。 気にするな、と言ってすぐにできればいいのですが性格はなかなか変えにくいものだと思います。変わらないとと思いすぎるのもまた逆効果かしら、と思ってしまいます。 今の自分を受け入れると、人と比べて自分は・・・と思ったりするのがもしかしたら弱まるかなと思います。人がそれぞれ顔かたちが違うように、一人ひとり考えが違いできることが違う。実は当たり前なんですけれど、皆おなじで平均がいいと思われていることが多いですね。でも、違いこそが大切だと思います。そのように人はできているんだとおもいます。 自己啓発的な本もたくさんでていますよね。どれがいいかはよく分からないですけれど、個人的にオススメなのが、自己啓発本ではないですけれど、「自分の中に毒を持て」岡本太朗著です。私は周囲に飲み込まれそうになると読み元気をもらいます。
お礼
おっしゃるようなことに気がつけばまだ気分的に楽になるのでしょうね 自分は毎日の仕事場で仕事以上に質問で申し上げたようなことで へとへとに疲れてしまってます。陰気な感じが表情や態度に出てしまっているので余計に他人から嫌われる存在になっているのかなとも おもいます。自分を受け入れることができるようになりたいです。 紹介してくださった本一度読ませていただこうと思いました。
- poyo3
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変に考えすぎです。自分の中で理想に固執しすぎるのです。その理想がまったくの現実離れしているくらいのものなのです。それを追いかけてばかりいるから見栄や他人の評価の言いなりになってしまうのでしょう。いうなればいい人願望でしょうか? いい人を演じたいと思ってばかりいれば自分を出せなくなりますし他人の評価ばかりきにして生きる事になります。そうすれば自分がなくなり何のために生きているかもわからなくなる。 薬は対処療法ですから薬をのんで直る事はまず無いです。ただの手助けですからあまり過信はしないほうがいいです。 まずは周りを見るのをやめて(大変でしょうけど)自分の好きなことをやるようにこころがけては。参考までに。
お礼
確かにpoyo3のおっしゃるとおりです。いつも自分は自分だと 他人と比較することをやめようとしたいのですが、現実の場に おかれるとその心がけはどこへやら緊張と不安でそれどころで なくなるのです。もともと全般性不安神経症なのかと思いますが ある不安がなくなるとまた新たな不安が次から次へと沸いてくる のです。夜道を歩いていると後ろから歩いてきた人に刺されるのではないかと不安がひどい時には例えばですがそんなことまで考えてしまうのです。でもそれでもやはりどんな場合でもそういう心がけでいないと いけないのですね。自分は気楽ということができないタイプなので おっしゃるように何かうちこめるものを探してみたいと思います。 回答ありがとうございました。
別に、それでも良いのではと思います。 私はそういう人間なのだと貴方が分かっているのですから。 別に何とかする必要もないと思います。 とりあえず文章ではおかしな部分は一つも見当たりませんが・・・。 どこがおかしいのか教えていただけませんでしょうか。
お礼
回答するに値しない質問にわざわざお答えくださってありがとうございました
お礼
まずkiroranさんの文章を読ませてもらっているとそれだけで 温かい思いやりのお気持ちが伝わってきました。またお話を聞いている と自分一人でも行けそうな気がしてきました。 登山なら自分の気持ちも素直になれそうで回答者様のように 道行く人と心地よく挨拶できるかもしれません。回答者様のおかげで少し希望がもてそうです。稚拙なお礼の文章ですがありがとうございました。