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数学でいう「証明」と論理学でいう「証明」は異なるもの?

数学で使われる「証明」という言葉と論理学で使われる「証明」という言葉は意味が異なるものであると思うのですが,間違いでしょうか? 公理系で挙げられる代表的な恒真式と推論規則に基づいて,別の恒真式を導くことが論理学でいう「証明」ですよね? そして論理学的な「証明」によって得られるものは恒真式(定理)だと思います.恒真式とは情報の価値としてはゼロ(自明)です. これに対して,数学で「証明」されるものは恒真式ではないですよね?数学における「証明」とは論理学における「演繹」に相当すると思うのですが,この考えも間違いでしょうか? ご教授お願いします.

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  • 回答No.1

同じじゃないかと思うんですが違うような気もしますね~(笑) 数学と論理学の違いを一刀両断に説明できる人いらっしゃるはずなんですが、私自身は、そちらのほうに全く疎いので残念です。 御質問の内容も錯綜している感じを受けてしまって、正直「ご教示」できる者ではないのですが、予想通り、なかなか回答が付かないようですので少しでも参考になればと願って参加してみます。 論理学は昔は哲学の一分野だったとも、数学は論理学の一分野だとする(ラッセルでしたか)考えもあるそうですから両者は切っても切れない関係にあるのですね。 以降、辞書やウィキも利用しながら説明。 まず「証明」とは 数学においても論理学においても、真と認める(ことにしようよ、という)命題、公理から、ある命題が正しいことを論理的に導くこと、ですよね。 そして「公理」とは 他の命題を導きだすための前提として導入される最も基本的仮定のこと。(「公理」と同じ概念をさすものとして「仮定」や「前提」という言葉も用いられる。) 数学においては、出発点として証明なしに認める主張のことを公理という。 「公理系」とは いくつかの公理の集まり。 それから「恒真式」とは 命題論理で、要素となる命題の真偽がいかなるものであっても常に真となるような論理式のこと。 では「命題論理」とは 記号論理学の基礎的部門である。 「記号論理学」とは 命題・概念・推論などを、その要素と関係に還元して記号で表記し、論理的展開を数学的演算の形で明らかにする論理学の一分野。哲学・数学などに応用される。数学的論理学、数理論理学のこと だそうです。 たとえば「三段論法」の有名な例に 「すべての人間は死すべきものである。 ソクラテスは人間である。 ゆえにソクラテスは死すべきものである。」 というのがありますが これは、いままでのところ人間は全て最後には死んだということを確認してきたから「死すべきもの」と言ってるだけで また「ソクラテスは人間である」というのだってアヤシイかもしれない。ソクラテスは本当に死んだのか?(笑) 極端な話、死なない人間が出たら、ソクラテスは人間ではなかったとなれば、前提が覆ります。改めてもらわなくちゃなりません。(このあたり「全称判断」とか「特称判断」とか絡んできそうです) それに対して数学における「証明」とは 「公理」「公理系」を前提として演繹によって導き出される論理的帰結が「定理」と呼ばれる。 「公理」と「定理」の全体で一つの理論(数学的知識の体系)を構成する。 論理は要するに手続きであって「論理的に正しい」かどうかは「前提が正しい」かどうかと関係ない。 数学の定理というものは、導き出されるべくして導き出されたもので、その源が公理なのですから、そもそも前提が覆らないようにできています。とっても人工的な世界。(但し絶対に覆らないというわけでもないらしい。) 数学の証明問題というのは「数学基礎論」というものに関わるそうです。 余談です。 近ごろ「疑似科学」なる批判が目につきます。私は「疑似科学」も「科学」も結局どう違うのよ~?と思いますが 同じ理系といっても観察や実験が重視される科学というのは基本的に帰納法を用いるもので、数学は演繹法を用いるといいます。 でも個人的には「帰納あっての演繹」じゃないの?と思っています。 哲学カテゴリーでは、どういうものか圧倒的に文系(あるいはデモシカ文系趣味)の回答者が多いみたいです。 これ以上の回答が来ないようなら、大して差はないかもしれませんが一応、数学カテゴリーで質問なさったほうがベターかも。。。ラッキーだったら「数学と論理学の違いを一刀両断に説明できる人」がいらしてくださるかもしれません。                                                 

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質問者からのお礼

ご教授ありがとうございます. もしかしたら下記が解答そのものかもしれませんね. >それに対して数学における「証明」とは >「公理」「公理系」を前提として演繹によって導き出される論理的帰結が「定理」と呼ばれる。 つまり数学でいう「証明」は論理学でいう「演繹(より正確に言えば,数学でいう「公理」からの演繹)」ということでしょうか. (↑間違いでしたらご指摘頂いて結構です.) だとしたら,やはり「公理,定理,証明」などは数学と論理学で意味が異なるのかなと改めて思いました. ・数学では「公理,定理」は非恒真式で「証明」は非恒真式の列. ・論理学では「公理,定理」は恒真式で「証明」は恒真式の列. そして,もしそうだとしたら論理学者と数学者はどうして異なる概念に対して同じ名前を付けたのだろうかなども不思議に思いました. 長々と失礼いたしました. ありがとうございました.

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