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should have p.p.

I should have come to see you yesterday. という文があるのですが、これは仮定法の条件節(たとえば、If it had not been so cold,)が書かれていない帰結節と考えてもいいのでしょうか?

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  • 英語
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  • 回答No.4

○ 一人称の主語を伴って「単純未来」を表す「shall」が現代英語においては「will」に取って代わられているのと同じように、仮定法でも「should」より「would」の方が一般的です。  (1) I should have stopped smoking.    私はタバコを止めるべきであった。(過去の行為への後悔)  (2) I would have stopped smoking (if you had asked me).    私はタバコを止めていたでしょう。(仮定法の帰結節) ○ 上記の(1)であれば、たいていの場合「過去の行為への後悔」を表すことになります。(2)の英文であれば、後半の「if ..」が省略されていても、「仮定法の帰結節」として理解することができます。 ○ 問題は(1)の英文を「仮定法の帰結節」として理解する人がいるかどうかですね。 ○ 英国において、しかもきわめて形式ばった表現が好まれる環境においては、そのような理解をする人がいてもおかしくはないでしょう。(「I told her that I should be home late.」の「should」を「義務」ではなくて「単純未来」だと理解する英国人がいるのと同じことです。) ○ ただし、もし「仮定法の帰結節」を意味する場合には、別の意味に誤解されないように「if ...」をできるだけ添えることでしょう。相手に途中で言葉をさえぎられた場合を除いては・・・。 ○ しかし、英国の堅苦しい表現を好む人は、今や英国本土においてもきわめて限られています。現代では「Have you a cell phone?」ではなく「Do you have a cell phone?」を使う人が多いようです。まして、米国の一般社会で暮らしている人や、米国風の英語を学んでいる外国人学習者が「should have p.p.」を仮定法の帰結節だと理解したり、またはそのような意味で使用したりすることは99.9%ないでしょう。 ※ いろいろな可能性を想像して考えを巡らすことは決して悪いことではありません。試行錯誤を繰り返して、正しいことを学べば良いのです。頑張って下さい。 ○ ご参考になれば・・・。

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  • 回答No.7
  • Oubli
  • ベストアンサー率31% (744/2384)

 例文が「俺は昨日、君に会いに行くべきだったなぁ」というような意味であり、「実際には行かなかった」という点については異論がないと思います。日本語で考えれば当然ですが、条件節は必須でなく、何かが省略されているとわざわざ考えるのは不自然です。  文法的にはshould have comeはsubjunctive(仮定法)です。英文法ではconjunctiveをsubjunctiveと同義に使いますので、接続法といってもかまいません。仮想の条件節と帰結節がある場合、英語ではどちらの節の動詞にも、形が違うのにsubjunctiveという言葉を使うので解りにくくなっています。さらに、日本語の英文法では、仮想の条件節と帰結節をもつ副文自体を仮定法と呼ぶことがあるので混乱します。ドイツ語では仮想の条件節にも帰結節にも接続法II式が使え、しかし帰結節では助動詞の接続法II式を使うことが多いのですが、これを勉強すると参考になるかもしれません。    

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質問者からのお礼

回答していただいたみなさんへ ありがとうございました。この問題は前々から疑問に思っているものですが、辞書ではshould have p.p. を仮定法の帰結節で使うものと単独で使うものは分けてあります。だから、わけて考えたほうがいいのかもしれないと思うようになりました。

  • 回答No.6

英語も、日本語同様、省略表現が色々あります。 日本語の「どうってことない」と言う表現は、例えば、「今どうなっているのだ」の「どう」と多分同じ使い方で、「あるものがどうなろうとかまわない」と言うような表現が短くなって定着したものでしょう。 英語でも、 How come you know that?:「どうしてそれを知っているのか?」 Why not do it yourself?:「自分でやってみたら?」 など、how come とか why not を使った省略表現はよく見られます。 そして、分詞構文は、そう言った省略構文の一つと見ることが出来ます。 Good morning.とかGood bye.なども省略表現だと言うことができるはずで、あまりに省略表現があたりまえになり、そう感じずに使っている場合も多くあります。 または、本来、どんな文章も、場所とか時を特定することができるはずですが、ほとんどの文章で、場所とか時を示すことが無いのは、文脈で分かるとか、明示する必要が無いとか、ともかく、省略されているわけです。 もっと、大胆に考えると、本来、人間の言語と言うものは、対象を単純化して捉えることしか出来ないはずで、対象を単純化して表現すると言う時点で、省略と言うことが行われていると考えてもいいと思うのです。 省略には多分3つのレベルがあり、 1.言語化に伴う必然的な簡略化:例えば、本来は、一人一人独特の存在であるのに、「彼」とか「彼女」などいう色々な対象を一般的に表せる(代)名詞に置き換えてしまうこと。 2.文法的な定式化が進む中でコミュニケーションの効率化のために行われる簡略化:分詞構文がその典型だと思います。 3.使う人やその状況に依存して行われる簡略化:多分今回のご質問の文章はこの範疇に入ると思います。 結論:仮定法の条件節が省かれた表現とすることもできると思いますが、ともかく、何か思うところがあり、それが言わせている文章であると言うだけでいいように思います。意識的かそうでないか、それは文脈次第でしょうが、ともかく、何か判断をして、または、何かを感じた結果、言う文章ですから、その意味では、省略表現であるとは言えると思います。ただ、それを、仮定法の条件節と言う言葉で表すようなことではないと言うことだと思います。

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  • 回答No.5
  • ko-papa
  • ベストアンサー率29% (12/41)

英文法に造詣の深い方々からの批判を覚悟の上で私の英会話経験から申し上げます。 時制を昔にずらすと「本当に起こる(った)かどうかは横に置いておいて何かを伝える」という気分が表せるという感覚が英語のなかにあるように思います。それが、いろんな形で使われるようになったうちの一つが仮定法なのだと思います。 自制を昔にずらすと、丁寧な言い方になったりもします(確か文法では「婉曲表現」と言ったような)。たとえば、Would you ,,,,? これはきっと「その気がなかったらしてくれなくてもいいんですよ、やってくれるかどうかは別にして聞いているだけですから、やってくれなくても想定内ですよー。」みたいなニュアンスだと思うのです。 さてご質問の件ですが、英文法では、仮定法とは別物として扱われていると思います。ただ、上記のように同根だという気がします。同根ですが、仮定法とは別の使われ方(should have p.p.の文法用語は知りません)になったのだと思います。実際、仮定法の帰結のみような文に無理やり仮定法を付けると(しつこいですが)意味が通じる場合が多いです。ご質問の例では、If I could have done so, I sould have come to see you yesterday.→[(そうしなかったけど)もしできたなら、]きのう会いに行くべきだった。あるいは、まったく別婉曲の方の使い方ですが、Could you kindly give me a call, if you could? →[(して下さらなくても一向にかまいませんが)もしできるなら、]お電話いただけますか?きっとネイティブスピーカーには過剰敬語(「お電話なさっていただけますでしょうか」のように)に聞こえるとはおもいますが、、、 ちなみに英語が母国語の友人にこの話をしたら首をひねっていました。よくあることですが、母国語の理屈を聞かれるとわからないことがすごく多いですよね。逆にその人(日本語もうまい)から、「行けたらいいのになー」が過去形(「行けた」のところ)なのは英語の仮定法とおなじかと聞かれてしまいました。全く考えたことありませんでしたが、たしかに日本語にも仮定法みたいなのがあるような気がしました。

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  • 回答No.3
  • trgovec
  • ベストアンサー率52% (2538/4879)

むしろそう考えると余計ややこしくなります。 If it had not been so cold, I should have come to see you yesterday. そんなに寒くなかったら、昨日会いに行ってたのに 単独で使ったときの意味「昨日会いに行っとくんだった」との差は微妙ですがそれは条件節があるときの I should は I would と同じなのか「べき」の意味を持つのか判断つかないからです。 しかし単独で I should have PP とすれば「~すべきだった(のにできなかった)」と解されます。 助動詞の過去形をも持つ表現や It is time you went to bed. などは「一応」仮定法であると文法家は呼びます。しかし仮定法(接続法)独自の形をほとんど持たない現代英語ではこのような考えは実用上あまり意味がなく、仮定法という意識があるかどうかも疑問です。 これは与格(間接目的格)の存在が授与(与奪)動詞のSVOO以外では意識されないのに似ています。

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  • 回答No.2
noname#114795
noname#114795

仮定法と考えるから,条件節とか帰結節とか変な用語を考えることになるのです.ばかばかしいですよ. この場合の should have は, 主観的に(個人的な思い)「~べきだった」(助言や義務の意味合い)で,同じような ought to have の方はより客観的とされています.こういう形があると,すなおに考え,認めましょう. ただし,どうしても条件節とか帰結節という言葉に染まった人たちは,鵜の目鷹の目でそのような用語を使いたがっています.あなたも,もうすでに引きずり込まれていますがね.もう遅いですね.

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  • 回答No.1

Gです。 こんにちは! 考えても良いでしょう。 しかし、そう考えなくてはいけないと言うのであれば間違いだと言って良いと私は思います。 (誰も書かないうちに書いておけば個人主張でも「指摘された!!」と被害妄想にかかれ、管理者に通報されるのはいやですからね) 仮定法だと考えて、条件説の事を考えるのは必要のないことだと思います。 昨日会いに来ればよかった。と言う日本語表現でわざわざ「もし~でなく」が省略されたいると考えますか? 感じることは良いことだと思います。 しかし考える程のものではないと言うのが私の考えです。 他の回答者さんたちは反論や指摘はやめてくださいね。 なんていわない私ですので、どんどん反論してきて欲しいですね。 参考になりましたでしょうか。 分かりにくいところがありましたらどんどん突っ込んでまた書いてくださいね。

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