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ムッソリーニは人気者?

  • 質問No.3861732
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お礼率 79% (289/363)

友人から、『第二次世界大戦中のイタリアの首相ムッソリーニは、子孫が政治家になるほどの人気者である。』と教えられました。この話は本当ですか?もし本当なら、どうして人気者なんですか?教えてください。

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.3
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ベストアンサー率 44% (176/394)

ある程度は、本当です。
スペインの独裁者フランコ同様、その墓には献花が絶えないそうです。

ムッソリーニが、終戦直前に銃殺された訳は
・イタリアを戦争に導いた。
・イタリアを敗戦国にしてしまった。
・国内が戦場になり、生活が困窮された国民の恨みがあった。
・終戦間際、イタリアにはファシスト残党が多く残っていたため
 ムッソリーニを即刻処刑する必要があった。
などによるものです。

終戦間際は、不人気だったムッソリーニも
戦後、しだいにその再評価がなされるようになりました。
特に、70年代以降イタリアでは左翼テロが横行し、
役人や警察、政治家の汚職や司法制度の腐敗がひどく
ポルノ女優が議員に当選するぐらい政治不信になっていた
イタリア人は、「ムッソリーニの時代にはこんなことがなかった。
あの時代のイタリア人は愛国意識が高かった」
という思考を持つようになりました。

ムッソリーニの施政で、「独身税・子持ち家庭は無税」が最近脚光を
あびてますが、特に有名なのが「マフィアへの取り締まり強化」です。
現在、南イタリアを中心にマフィアの活発化が社会問題になっており
北部イタリアでは、「イタリアを南北に分割するべき」という意見が
出るくらいイタリア社会を混乱させています。
その反動もあり、ムッソリーニ再評価の動きもあるのでしょう。

元々、イタリア人には「国歌意識」が他の国に比べ低いそうです。
トリノオリンピックでも、開催が決定された時、地元トリノ周辺以外
の国民には、さほど関心が無かったそうです。
イタリアの長い間の分裂の歴史がそうさせているのでしょうが、
ムッソリーニが、「イタリア人」という連帯意識を持たせた最後の
指導者ということも、再評価されている要因なのかもしれません。

国力の差からEUの中では、どうしてもドイツ・フランス・イギリス
の下に置かされているイタリア。
常に南北の分裂の可能性があるイタリアにとって、ムッソリーニぐらい
の強い指導者を欲しているのでしょう。
補足コメント
nitigetu

お礼率 79% (289/363)

『国歌意識』って何ですか?
投稿日時:2008/03/14 19:52

その他の回答 (全6件)

  • 回答No.7

ベストアンサー率 7% (1/13)

少なくとも、ヒトラーのような民族虐殺行為は行っていないので、賞賛に対して異議申し立てが出にくい人物だとは思います。

いまでは「砂漠地帯に駐留した際、貯蓄用の水でパスタを茹でて食べていた(真偽は不明)」などなどのイタリア軍のヘタレっぷりが喧伝されていますので、そういった面から好かれている部分もあると思います(ただし日本人限定)。
お礼コメント
nitigetu

お礼率 79% (289/363)

回答ありがとうございます。
投稿日時:2008/03/18 21:04
  • 回答No.6

ベストアンサー率 44% (176/394)

すいません。
国家意識でした。
お礼コメント
nitigetu

お礼率 79% (289/363)

回答ありがとうございます。
投稿日時:2008/03/14 21:15
  • 回答No.5

ベストアンサー率 19% (63/324)

ジャンフランコ・フィーニ副首相は「ムッソリーニは20世紀最大の政治家」と発言した事がありました。
ただしこの人物も毀誉褒貶が激しい(2003年にはエルサレムで「ファシズムは全くの悪」と発言した事もあります)のでどこまで本心かは分かりませんが。
お礼コメント
nitigetu

お礼率 79% (289/363)

回答ありがとうございます。
投稿日時:2008/03/14 21:13
  • 回答No.4

ベストアンサー率 23% (3656/15482)

ちなみにイタリア王国とローマ教皇庁とが和解し (てバチカン市国を確定させ) たラテラノ条約を結んだのもムッソリーニだったりします.
お礼コメント
nitigetu

お礼率 79% (289/363)

回答ありがとうございます。
投稿日時:2008/03/14 21:12
  • 回答No.2

ベストアンサー率 26% (658/2438)

ムッソリーニは大変な勉強家で、英仏独語をマスターしたほか、ブランキからシュティルナーまで哲学・思想・芸術にも造詣が深く、かなりの教養の持ち主でした。 演説家としても非常に有能で、若い頃はさわやかな演説をする人物として知られていました。 よって同じ独裁者でも、イタリア国内でのムッソリーニの評価はヒトラーほど低くなく、独裁者であるという点と戦争に参加したという点などで悪い印象は多々あるものの、割と好印象をもって伝えられており、その墓には今でも花が絶えないとのことです。 また、再評価の動きもあり、 ローマ進軍記念日前後の10月下旬は、ムッソリーニの墓があるプレダッピオにとって一番の稼ぎ時であると言われるほど、この時期に多くの支持者がプレダッピオにあるムッソリーニの墓に詣でます。
お礼コメント
nitigetu

お礼率 79% (289/363)

回答ありがとうございます。
投稿日時:2008/03/14 20:35
  • 回答No.1

ベストアンサー率 21% (2219/10373)

お礼コメント
nitigetu

お礼率 79% (289/363)

ムッソリーニの子孫が、政治家だというのは本当だったんですね。回答ありがとうございます。
投稿日時:2008/03/14 19:37
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