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藤浦洸が「ジルバ」でなく「ジタバーグ」とした理由は?
- 藤浦洸は♪東京キッド♪の3番で美空ひばりに「踊る踊りはジタバーグ」と歌わせていることを最近になって知りました。
- 英国人なら jitterbug を「ジタバグ」に近い発音をしますが、米国人が発音する jitterbug は我々には「ジラバ」あるいは「ジルバ」に近く聞こえることから、日本では最初から「ジルバ」と呼ばれていたと理解していました。
- 昔から社交ダンスを楽しむ人や教師でも「ジルバ」と呼んでいるのに、なぜ「ジタバーグ」としたのか気になっています。
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あくまで推測ですが‥ 藤浦洸は、戦前から「jitterbug」を知っていたのではないでしょうか。が、当時日本でこの言葉を知るのは米国の音楽事情に通じた一握りの人々だけであり、しかも彼等は、耳より先に目(文字情報)で jitterbug に触れていた。だから「ジルバ」ではなく「ジタバーグ」だった‥。 藤浦氏が『東京キッド』を作詞した当時、国内でどの程度「ジルバ」が普及していたかは知りませんが、恐らく多くの日本人にとっては、それ自体が目新しい言葉だった筈です。ですから米兵の口から「ジルバ」が次第に広まって行く一方で、古くから知る人々にとっては依然「ジタバーグ」が正式だった可能性が高いと思います。つまり「ジルバ」は、当時まだ完全に市民権を得るに至っていなかったのでしょう。 もっとも、そんな憶測話を引っ張り出すまでもなく、あそこが「ジルバ」では間延びしてしまって歌として売り物にならないと思います ( ^^; まあ、曲が詩より先に完成していたんでしょうね。 【以下余談】 『別れのブルース』のオリジナル版(昭和12年新譜)で、淡谷のり子は「ブルース」の部分を「ブルーズ」と唄っています。淡谷氏の話では、確か担当ディレクターが「ブルースという発音は間違っている!」と言って、無理やりそう唄わせたのだとか‥(笑) このことは裏を返せば、当時の日本で既に「ブルース」がかなり浸透していたことを窺わせます。これも憶測ですが、作詞家、作曲家辺りが 「“ ブルーズ ”ってさ、何か響きが汚らしいと思わない?」 「そだね、“ ブルース ”にしちゃおっか♪」 とか何とか言って、相談の上勝手に変えたのが始まりじゃないかと私は睨んでいます。 もし jitterbug と同様、多くの日本人が blues を知るようになったのが戦後だったならば、今頃ほとんどの日本人が「ブルーズ」と発音していた‥ かもしれませんね ( ^^
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> 「ブルース」か「ブルーズ」かですが、『英語本来の発音をアドバイ > スした人』に対して『淡谷はそれを「ズーズー弁じゃあるまいし」と > 一笑に付したのだそうです』という説もあるようです。 実際に昭和12年の初吹込みのレコードを聴くと「ブルーズ」と唄っているので、「一笑に付した」というのは事実ではないでしょう。後の女王様も、当時はまだディレクターに正面切って逆らえるほどの大物ではなかったんじゃないでしょうか。ただしかなり不服だったようですから、彼女があちこちでその話をぶちまけたであろうことは想像に難くありません。 ちなみに私の情報は、以前NHKの『昭和歌謡大全集』というラジオ番組に淡谷氏が出演した際、本人が語っていたものです ( ^^
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貴重な情報をありがとうございました。
お礼
面白い「推測」をありがとうございました。 「余談」中の『別れのブルース』も藤浦洸の作詞でしたね。 「ブルース」か「ブルーズ」かですが、『英語本来の発音をアドバイスした人』に対して『淡谷はそれを「ズーズー弁じゃあるまいし」と一笑に付したのだそうです』という説もあるようです。 http://homepage2.nifty.com/yama-a/m_essay039.htm