亡くなった母の供養について

数年前に母を病で亡くしました。 家庭事情が複雑で、どこの宗派で葬儀をすればいいか、ということで、ひと悶着ありましたが、...

teinen さんからの 回答

  • 2008-01-31 22:21:17
  • 回答No.3
teinen レベル14

ベストアンサー率 38% (824/2140)

 我が国日本は,神道も儒教も道教も仏教もごちゃごちゃになった習俗の国です。

 そもそも,仏教の教えに「天国」はありません。「天国」はキリスト教の教義に出てきます。仏教では「浄土」です。浄土真宗などの教義では,亡くなられた方は,阿弥陀様がいらっしゃる西方極楽浄土に往生すると説かれています。ところが,曹洞宗の教義にはその「浄土」すらないのです。
 平たく言えば,曹洞宗をはじめ,禅宗では,亡くなられた方を僧に仕立て,僧としての名「戒名」と授け,この世との未練・因縁を断ち切り引導を渡し,亡くなられた方は仏道修行に励むということになっています。
 突き詰めて言えば,いくらお金を積んだところで,仏道修行をしなければなんにもならないという教義です。
 
 先祖崇拝は儒教や土着宗教に依拠し,仏教などに取り込まれ,「先祖供養」「追善供養」という習俗が生まれました。

 仏教で言うところの「供養」とは,坊さんに読経してもらうことではありません。そもそもは「他の人々に振る舞う」ことを言います。
 中国で創作されたのではないかと言われている仏教教典には,「神通力に非常に秀でているお釈迦様のお弟子さんが,自分の母が地獄で苦しんでいるのを見て,どうしたら良いかとお釈迦様に相談したところ,『供養しなさい』と言われ,お坊さん方に食事を振る舞ったところ,善行を積んだその功徳で地獄にいたお母さんが救われて,地獄から脱出した。」というような話があります。
 また,達磨さんの話の中で,中国の王様が達磨さんを招いた時に,王様は「私は寺をたくさん建てたり,尼僧に施したりしてきた。なので,私にはどんな報い(利益)がありますでしょうか?」と達磨さんに尋ねたら,達磨さんは即座に「無功徳!(利益なんてないよ)」と返答されたという話が伝わっています。
 古来,日本は自分の利益のためだけに何かをするというのは恥ずかしいことだとされてきました。ですので,仏教が日本文化に溶け込む過程で,良いことをすれば,そのポイントが自分自身ではなく,御先祖様のポイントに上乗せされるという説が生み出され,受け入れられた訳です。
 ですので,ご親戚の方がおっしゃったのは,日本的宗教観に基づくものであると言えます。仏教の本来的教義に基づくものではないことをご理解ください。
 
 宗教には,教義と寺院の維持という2つの側面があります。
 日本は,東南アジアの仏教国のように,坊さんを敬い,布施する文化があり,坊さんは多くの信徒に衣食住を支えてもらい,自らは仏道修行に専念できる状況にありません。寺を維持するだけでも相当のお金が必要となります。仏道修行に専念できる状況ではないわけです。
 中には,アコギな坊主もおりますが。

 日頃から仏教に帰依し,寺院・坊さんとの交流がある人もいれば,葬式や法事の時だけ寺院・坊さんに頼むという人も居ます。おおむね,後者の方が多いかと思います。そのような方々が「葬式仏教」だの,「坊主丸儲け」などと言っている訳です。

>本当に日本の宗教の実態は、ここまでアコギなのでしょうか。
 坊さんではなく,親戚が言ったことで宗教を批判されるのはいかがなものかと思いますが。
 キリスト教では,聖書に「収入の10%を教会に寄付しなさい。」と書かれています。これに比べれば,お寺に納める御布施はまだ少ない方だとは思います。

 
お礼コメント
D_nougt

お礼率 83% (5/6)

ご回答ありがとうございます。

仏教だろうが何だろうが、関係ないのです。
要は、「供養」とか「死後の世界」とか、人智の及ばぬものを持って、人に出費や時間を強いらせて、必要以上に利益を上げようとすることに、非常に不信感を抱いているのです。

>東南アジアの仏教国のように,坊さんを敬い,布施する文化があり
さるドキュメンタリー番組で、東南アジアのとある寺院が、「困窮して行き詰った人にお金を貸す」という“美談”が紹介されていました。
そこでは、「いたずらに金を借りることに安直になってはいけない」という意味を込めて、年率200%の利子で貸し付けられているそうです。

日本の「アコギな」サラ金ですら、上限は年率15~20%です。

新興国なので、インフレの問題もあるでしょうが、それでも、許される数字ではありません。
私の親戚の見解が「純粋な仏教では無い」と指摘されていますが、では、日本で「適切且つ正しい仏教」というのは、どこにあるのでしょう?
外国の「美談の僧侶」ですら前述の状態です。

>坊さんではなく,親戚が言ったことで宗教を批判されるのはいかがなものかと思いますが。
僧侶と話したことも勿論あり、その上での批判です。話せば話すほど、わけがわからなくなります。
キリスト教のことは詳しくないので、批判の仕様が無いですが、仏教と比べて、どっちが良いか悪いかなど、論じるつもりもありません。

>寺を維持するだけでも相当のお金が必要

批判をすると必ずといっていいほどこの答えが返ってきます。
しかし、現実に近所の寺の多くは、ものすごいサイクルで改修・改築され、式典場(?)まで増築されて行きます。
有名どころのお寺の住職は、とんでもなく高額な外国車を所有しているともよく言われます。
統計に基づいたお答えならともかく、そうでは無いお話と、目の前の現実の、どちらを信じればよいのでしょうか。

極論を言うなら、収入の1割を寄付する事を強いられてもかまいません。
ただし、きちんと寄付した金の使い道と、それがどういう形で具体的に信者に還元されるのか明確にしてもらえばいいのです。
そこに、支払う費用と、自分の心を託すものを見出せば、私だって信者になるかもしれません。
僧侶・寺・教会を「政府」、寄付を「税金」、施設の増改築を「公共事業」に置き換えると、分かりやすい話だと思いますが。
投稿日時 - 2008-02-01 22:05:23
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