• ベストアンサー
  • 暇なときにでも

江戸時代の生命保険

  • 質問No.36984
  • 閲覧数796
  • ありがとう数9
  • 気になる数0
  • 回答数2
  • コメント数0

お礼率 40% (43/107)

さきほどケーブルデレビで「必殺仕事人」を見ていたのですが、その中で「ゲートボール」や「生命保険(ドラマのなかではイノチコウと言っていました)」が出てきました。さすがにゲートボールはどうかと思いますが、生命保険のようなものは当時存在したのでしょうか?

くだらない質問で申し訳ありません。妙に気になったもので・・・

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.1
  • ベストアンサー

ベストアンサー率 64% (282/437)

「イノチコウ」を漢字で書くと「命講」ですよね。
この「講」とは「村人が一定額を拠出しあって、大金が必要なときに相互に
融通し合うといった仕組み」のことで、これが江戸時代における原始的生命保険
だったと考えられているようです。(参考URL)
現在の保険とは大きく違いますが…

「保険と講にみる相互扶助」という新聞記事も参考になさってください。
http://www.sankei.co.jp/databox/paper/9908/01/paper/today/seiron/seiron.htm
お礼コメント
non_tam

お礼率 40% (43/107)

最初に、お返事遅くなりまして申し訳ありません。

やっぱり原型みたいなものはあったんですね。他の方がおっしゃっているように現在のものとは全然ちがうようですが。

下らない質問にお付き合い頂きましてありがとうございました。今後ともよろしくお願いします!!
投稿日時:2001/02/14 21:37

その他の回答 (全1件)

  • 回答No.2

ベストアンサー率 0% (0/2)

以前、保険のセールスレディーをしていた時に習った程度の知識しかありませんが、解答させていただきます。
現代のような保険制度がなされたのは、明治以降のことです。明治時代に外国へ留学した福沢諭吉が、相互扶助の精神を提唱したのが始まりとされております。西洋の諸外国では、すでに保険制度と言うものが確立されており、それを学んだのです。
お礼コメント
non_tam

お礼率 40% (43/107)

なるほど。本職の方がおっしゃるのなら間違いございません!
下らない質問にお付き合い頂きましてありがとうございました。今後とも宜しくおねがいします!!
投稿日時:2001/02/14 21:39
結果を報告する
このQ&Aにはまだコメントがありません。
あなたの思ったこと、知っていることをここにコメントしてみましょう。
関連するQ&A

ピックアップ

ページ先頭へ