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ひきこもり?強迫観念?

人が怖くてプチひきこもりです。 原因は自分の顔が醜いという強迫観念から抜けられないからです。 メイクも服も沢山研究しました。 治したくてバイトもやってみました。 でも人から少しでも注意されると(自分の顔のせいだ・・・)ってどうしても思ってしまうのです。(性格の問題なのに) これでいつもバイトが続きません。 鏡を何度も見ないと安心できません。 学校も電車が怖くて乗れません。 人から「可愛い」と言われても絶対信じません。 家にいて読書で現実逃避して満足しています。 こんな人間どう思いますか? 両親は放任主義だし私もどうせ顔のせいならずっと引きこもっていたいのです。 ただ・・・寂しいです。 精神科に行っても顔のことは怖くて喋れません・・・。 言ったらそう思われるんじゃないかと怖いのです。 人を避けていても幸福にはなれませんよね。

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あまりにもその強迫観念が酷いようならば,精神科でカウンセリングを受けることを望みます. もしカウンセラーに少しでも醜いと思われるのが嫌ならば,カウンセリングは受けられませんね. しかしそれでは現実は変わりません. ここは,勇気を振り絞って相談することが大事でしょう. きっと親身になってくれますよ. 人を幸福にするのも,不幸にするのも人です. どうか人を避けずにいろいろな人と出会い,自分の心を開いてありのままの姿をぶつけていってください. あなたのことを嫌う人が99人居たとしても,1人は好いてくれるはずです. そのかけがえの無い人と出会うためにも,多くの人と出会うことが大切でしょう.

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