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学校の成績を上げるために勉強していることに疑問(長文)

今高校生なのですが、近々期末テストがあります。2年間高校生活を過ごして最近疑問に思うのが「みんな成績をとるために勉強しているのか?」ということです。 例えば先生に質問する時など周りは「どこが出ますか」「ここはやっぱり覚えたほうがいいですか」というテストに関する情報を多く聞きます。はっきり言って僕はこんなことどうでもいいです。出ようが出まいが疑問になったら納得いくまで調べる。だからテスト勉強なんかしていると(さすがに留年はまずいので、テスト勉強はします)すぐに範囲から脱線して、色々な方向へ行ってしまいます。これをしていると友達からは「なんでそこまでやるの?テストと関係なくね?」と聞かれます。いかに良い成績をとるかが第一な友達はわからないところがあると、調べもせずにすぐに先生に聞きにいきます。僕は良い点数をとるより自分で納得いくまで調べて、分かった時の方が比べものにならない位嬉しいです。 他にも第二外国語検定で何級以上受かると成績UPという僕にとっては意味不明な条件があり周りはこのために必死に勉強します。これもみんなの気持ちがわからず、受かったところで報告もしません。 「成績のための勉強」を疑問に思い友達に聞いても「良い成績取りたいじゃん」くらいの返答です。僕にはなぜここまで成績に執着するのかがわかりません。通っている高校も県内トップの私立で頭の良い人がたくさんいて、周りはこういう人が多いので僕は変なのかな?とも思ってしまいます。また教育ママとかいう人の気持ちもわかりません。 果たしてこのような成績のための勉強は世間では普通なことなのでしょうか?  

質問者が選んだベストアンサー

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  • ucok
  • ベストアンサー率37% (4288/11421)
回答No.5

社会に出て、お金を稼いで、子育てして、つくづく思いますが、私は質問者さんの勉強の仕方こそ本当の勉強だと思います。逆に、私が関わってきた複数の分野では、それができずに結果を急ぐ人が伸び悩みます。なぜなら「調べて模索すること」が仕事内容の大半を占めるからであり、多くの分野では「目標とすべき理想の数値」など存在しないからです。公式どおりに行かないのが社会ですから。 テストに関係ない勉強を軽視する人や、数値やブランド重視の教育ママも、私は浅はかだと思います。プロセスや回り道の中で発見できることの多さに気づいていないのだと感じます。 しかし、「良い成績取りたいじゃん」という人には疑問を感じません。質問者さんほど勉強を楽しめない場合、テストの点が上がっていくのを「励み」に、日々、頑張って生きていくのは悪いことではないと思います。そうした結果を目指しているうちに見えてくるものは案外と多いし、忘れた頃に見えてくるものもあります。また、一口に「教育ママ」と言ってもいろいろで、ブランドや数値を目指す人ばかりではないし、質問者さんのような子供になってほしいと願って教育に身を入れる人もいるでしょう。 県内トップということで、入学前から「上の数値、上の数値」と目指してきた生徒さんが多いのでしょう。でも、先日もテレビで名医が言っていました。「頭の良い人は、その頭でどう社会に貢献できるか、それを考えて生きなければ」と。効率優先ではなく、あなたのように脇道を丁寧に見ることは大事です。 ただ、一方で、寛大になれないと、結局は自分の力を役立てることができないのもまた事実です。成績ばかりを気にする人の気持ちが理解できるようになり、ご自分のようなやり方を受け入れてもらえるほど説得力を持てるようになれば、本当の意味で、社会に貢献できる優秀な人になるのではないでしょうか。

その他の回答 (5)

  • Ama430
  • ベストアンサー率38% (586/1527)
回答No.6

日本では、学ぶことが良い点数をとることとイコールに考えられる傾向があります。 それは、日本の教育行政が、学ぶ者の意欲に応えることより、行政や企業に忠実な国民づくりを優先しているためです。 根本を学ばずに、「いかに役所や上司の求める答えに近づくか」だけを学んできた人間は、 エイズの危険を知りながら古い薬品を売り続ける 地震に耐えられないことを知りながら安い材料でビルをつくる 病人が出ることを知りながら食品の賞味期限をごまかす などという行為に走るようになってしまうと思います。 「成績のための勉強」が普通でなくなるようにしたいものです。

  • HANANOKEIJ
  • ベストアンサー率32% (578/1805)
回答No.4

Boys,be ambitious,but for money,but for power,but for fame. クラーク博士が述べたことばといわれています。お金や、権力、名誉のためでなく、志を高くもちなさいと。「あなた方の国は、これからアジアの国々へ侵略を始め、最後に滅ぶであろう」ことを予感しての言葉だそうです。 地球の存続が危うい時代です。このまま何もしなければ、必ず滅びます。 大いに学び、お励みください。必ず、hajime12さんと同じ志のひとが現れます。メッセージを受け止めてください。新聞、テレビ、いたるところに発信されていますよ。

参考URL:
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/
  • ap10
  • ベストアンサー率33% (453/1356)
回答No.3

>果たしてこのような成績のための勉強は世間では普通なことなのでしょうか? 普通の事です ただし、「普通」とは「正しい」という意味でない事はご理解いただけますよね? この普通の行為は、使えない知識を集める無駄な作業です 社会人として活動してて感じるのは、大学入るまでの勉強は、勉強の仕方を覚える勉強だったなと・・・ これを勉強しておくと、結果的にある程度の点数がテストでも取れるようになります それ以上に、社会に出てから役に立ちます 実際 「いかに良い成績をとるかが第一な友達はわからないところがあると、調べもせずにすぐに先生に聞きにいきます」 といった行為は、社会人としては迷惑極まりないです 人に確認したり尋ねたりする事ができるのはいい事ですが、それしかできないのであれば、ゴミ同然 尚、点数を取る為の勉強も必要な時があります これによって費用対効果(勉強時間とその効果)の判断を適切に行える能力が養われます これも社会人として必要な能力 >僕は良い点数をとるより自分で納得いくまで調べて、分かった時の方が比べものになら >ない位嬉しいです。 それが「学ぶ」と云う事の本質です しかし社会に出ると制限時間が大体ある為、納得いくまで時間をかける事ができなくなる事が多々あります この為、上記の費用対効果を正確に判断できる能力が必要になるわけです これらを踏まえて能力を鍛えていくといいと思います

  • 6yabu6
  • ベストアンサー率0% (0/3)
回答No.2

自分はhajime12さんの考え方は素晴らしいことだと思います。 確かに回答No.1さんが言うように現在の日本というものは、完全に「学生時代に良い成績をとった人間」「高学歴な人間」が良い会社に勤め、高いお給料を貰い、裕福な暮らしをしている事が多いと思います。 一握りではありますが、「自分の能力」を生かした職業で成功している方もいます。 自分は、成績のための勉強が間違っているとは言えませんし、現在の日本ではそれが当たり前になってしまっていると思いますが、それが全てではないと思います。 世の中には「勝ち組」「負け組」を分ける方もいますが、自分はそんなわけ方は変だとしか思えないし、hajime12さんのように一つの疑問を解決するために努力する人のほうが立派だと思います。 周りの人とは違う考え=おかしいということではありません。 一つの個性だと思えば良いのではないでしょうか?

  • GAG666
  • ベストアンサー率21% (244/1118)
回答No.1

高校生という事ですので、ちょっと厳しい視点からお答えします。 世の中の全てのことは「成績」なんですよ。勉強に限らず。 「課程が大事」とか「各人に合ったやり方で」とか言いますが、 所詮「成績出した奴の勝ち」なんですよね、世の中って。 もっとも、学生の親しむ「成績」と社会人のそれでは 意味合いが違うのも事実ではありますが。 学生に対して付ける成績ってのは、ある見方をすれば 「競争心を煽るためのエサ」でもあるわけです。 あとは、「今後自分が選べる環境の数を決める指針」でもありますね。 「成績のための勉強」なのではなく 「成績が上がることで得られるメリットのための勉強」です。

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