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参議院選とは?政党とは?

  • 質問No.3090475
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お礼率 98% (112/114)

増税やら年金問題で参議院選の争点がと言われていますが、本当にこれが争点でいいのでしょうか。
最近の政治報道を見ていると揚げ足取りのような討論かのらりくらりとした答弁ばかりで、まったくもって政党の存在の意義が見えません。

にも関わらず、自民の票が流れないように…と言っている報道が多いという事は、今回これだけ出てきた問題は自民党(与党)の責任であって、与野党、政治全体の責任ではないのでしょうか。
それならアンチ自民党が増えることで政治は本当に変わるのでしょうか。
ここぞとばかりに福利や税を全面にいかにも国民の見方に見える他の政党の政策に問題はないのでしょうか。
※個人的にはそういう政党の増税もなく福祉も充実させて国の借金を返す収支の部分が見えていません。(つまりちゃんとお金が回っているのか見えない)

アンチ○○党ということでなく、きれいごとでもごまかしでもなく筋の通ったマニフェストを掲げ、実行出来る力のある政党は、今、日本に存在するのでしょうか。
今の政治にはうんざりですが、投票する票を安易にアンチ○○と走り、死票にしたくもないのです。

このような質問に至ったのは、先日住民税の相談に役所の課税課に行った際、となりの窓口で急に高額に跳ね上がって払えないと相談に来ていた方が所得税が減税になるので、そんなに変化はないという説明で納得されていたからです。
その説明に定率減税廃止はなく、さらに所得税と住民税のパーセンテージが実質反対になることで、国民健康保険の場合は住民税を元に算出となるので、その場合かなり負荷がかかることについては触れていません。
課税課ですので保険については言及する義務はないと思いますが、定率減税の件を伏せ「殆ど変わりません」と言うのはどう考えてもおかしいと思うのです。
国の借金もあるのですし、多少の増税は致し方ない場合もあるかと思いますが、今回やり方がひどすぎると思うのです。
このような現状を選挙で(というか一般市民は選挙くらいでしか反論出来ませんよね?)どうにか変えたいというのは難しいのでしょうか。
様々なご意見を宜しくお願い致します。

質問者が選んだベストアンサー

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ベストアンサー率 52% (32/61)

ふたたび#9のものです。
回答へのお礼をいただき、ありがとうございました。

>私は、嘘やごまかしで選挙を乗り切ったりしないで、マニフェストや選挙公約を実行できる政党があればいいと思っています。
選挙で選ぶのが国民の最大の権利として、巧妙な形で選挙時に提示されたことが架空のレベルであれば、それは国民から選挙で自分が納得いく政治家を選ぶという権利が奪い取られてしまうように感じるからです。

真っ当で健全なお考えだと思います。

ただお伺いしますが。
実際、政権を担ってそれを行使できる立場に立ってもいない野党のマニフェストに対し、『どういった理由を根拠に』なぜ質問者様はそれをもって「巧妙な形で選挙時に提示されたことが架空のレベルであれば~」と言い切れるほどの判断をされてるのですか?(無論、共産・社民の一例は論外です)

また、一つご理解されてるか気にかかるのですが、
質問者様は、私の「今現在どのような政党が野党にあれば満足されますか」とう、問いかけに対し、
「マニフェストや~実行できる政党(「野党」ですよね)があればいいと~」とは、少し理屈に合わない気がするのですが。
「選挙前において」「その時点での現野党に」どうしたら「マニフェスト(政権公約)」を「実行できるかどうか」が判断できるのですか。
既に申したとおり、『野党政党でいる限りはマニフェストの実現はほぼ限りなく不可能』なのです。
実行(実現)したくても、野党には「それに必要な権力がない」のです(「政権=政治権力」与党です)。
その権力を手に入れるための、多数を得るため、信任を得るための、そのための選挙する前なのに、です。
「それを手にして、初めて『実行するための条件が整う』」のに、実行するための権利を得るための選挙の前に、選挙後の実行力が判断できるのでしょうか(現与党は可能です。それまでの成果を検証すれば、やってきたか口だけかだけでも、数字からも判断はできます)。
私から見れば、野党でいる限り実行できるわけ無いじゃないですか、です。実行できる権利を得るために、選挙に勝とうとしてる(政権与党になる)のではないですか。

要するに、「出来るかどうか、その立場にもなっていない者を、判断しようがない」ということです。
変な例ですが「(今現在)イチローのようにプレーできる、超高校球児でいてほしい」と言ってる様なものです。
だって今現在イチローと同レベルのプレー(世界トップクラス)ができるのであれば、(彼がその志望で、ルール上可能である、という前提)『今すぐMLBに行けばいいじゃないですか』「今そのレベルにないから、そこ(高校)にいるのでしょう?」(実際そんな高校生がいればMLBは喜んで大金出してスカウトそますよ。世界有数の超一流プレーヤーが現在そこにいると分かっているのならばね)

だから「マニフェストを実行できる野党があればいい」というのは理屈としておかしいわけです。
実行できる(権力を持っている)ならば、すなわちそれは「与党」だからです。
そして、選挙前に現野党でいる政党が、与党になれるかどうかは、選挙前には判断できない、ということです(予想は出来ますが、それは個々人の推測であり、確定ではありません)。

>「私は、嘘やごまかしで選挙を乗り切ったりしないで、マニフェストや選挙公約を実行できる政党があればいいと思っています。」
ここで仰る「政党」は「与党」を入れる以外に理屈に合わないのです(というか、そのまんま現在の与党自民党を指し示していますね)。

私が#9で質問者様に問いかけた真意は「非の打ち所の無い政党なんて世界中どこにもありませんよ。たしかに(現)民主は欧米主要国の(現)野党に比べれば劣る点はあるかもしれない。でもそれなら自民も同様で、そのことが(現)民主が『与党の対抗としての野党があるとは思えない状態です』の立場である理由にはならないのでは」ということです(前にも申しましたが、自民党は野党時代に現民主党よりも遥かに長く審議拒否を行いましたが、これは現民主とどう違うのでしょうか)。
「どちらの政党が、どちらの政党より、絶対上回っていて、絶対劣っているなんてことはない。「すべては相対的」なことで、国民がどちらを選ぶか、それだけのことであり、それはまた世界中どこでも同じことです」
『与党の対抗としての野党があるとは思えない状態です。』という意見から見える、
「自民が与党として相応しくて、民主にそれはないという見解」には同意できないということです。

個人的見解をはっきり言えば、少なくとも55年体制時代以降で、これほど『与党の対抗としての野党があると思える』時代はない、ということです(それが理想的な形かどうかは別問題ですが、はじめから理想的なかたちなどどこにも無いのですから、主権たる国民がそれを目指してこの仕組みを活用して造っていくしかないのです)。


それから、
>巧妙な形で選挙時に提示されたことが架空のレベルであれば、それは国民から選挙で自分が納得いく政治家を選ぶという権利が奪い取られてしまうように感じるからです

まず前提として、その政策に同調できず、反対の意見・思考をお持ちなのは仕方ない、というかそれはそれで当然だと思います。
それは、意見の相違だからです。
でも、そうでないのなら、
例えば、前回までの民主党のマニフェストに仮にその見解をお持ちなのだとしたら、なぜその結論に至ったのですか、もしくは誰か自民党支持者の言動を採用されてるのですか(今現在、民主党だけが政権を取ることを想定した選挙をしているので、ここでは民主党を例にします)。
そうですね、例えば「高速道路無料化」案はいかがでしょうか。
もう一度言いますが、この政策に反対の意見ならばそれはそれで構いません(各々の自由意志は尊重されなければなりません)。
でも、彼らは明確に「いつまで、どういう仕組みでどのように実現するか、そしてその財源の確保方法、その試算数値(そしてその実現による経済効果も)」をマニフェストでしっかり提示してましたよね。
まさか、自民党議員の言ってた「タダより高いものは無い、ですよ!」の小学生レベルの(国民をバカにした)言動に感化されてはいないと思いますが。
一応(民主とは無関係の)私なりに言わせてもらえば、「高速道路利用料金無料」と「ただ」はまるで違う、全く意味が違うということです。
「ただ」は全く費用が掛からないということです。彼らの「無料化案」は明確にその財源を示してて、いわゆる財源移譲ということです(その案の賛否は別問題です)。実際、最近その財源と目論んでた特別会計の道路関係の「余った一部」をどうするか、業界側と行政側で揉めていますよね。
これは「架空のレベル」の政策にあたるものでしょうか(この政策に賛同するか異を唱えるかは、自由です)?

では、当時政府が掲げ実現した民営化案はどうでしょうか。あの前首相の肝いりで作った推進委員会で7人中5人も「これは改革ではない」と委員を辞任したアレです。
その残った2人のひとりで権力欲の権化とも言われる猪瀬氏の案が、その民営化案のベースでしたよね。
そしてこの猪瀬案は、対立関係(改革の対象側)である公団の親分である「国土交通省の案と酷似している」ことは現在は広く知れ渡っていることはご承知かと思います。おかげで数十年前の計画通り9342km全部作れる仕組みが出来ました。まぁ自民の十八番の「看板変えて中身そのまま(分かりにくい分、悪くなってる)」法案というやつですね。

ひとつ常に意識していただきたい、少なくとも現在の自民党は政権にとどまるためには何でもする、ということです。本当に何でもです(ここで書けないこともです)。
とにかく、現在の自民党にとって「政権党でいる」ことは何よりも(政策よりも遥かに)最優先で最重要にあることで、自民党議員が「政権党」という「接着剤」がなければ、バラバラなことは周知なところです(彼らはそれもって、都合よく「自民党は幅広い意見をもつ」と喧伝してますけどね)。。
自民が政権を追われるということは、行政内の実情を内部からチェックされてしまうということでもあるわけです(そんなことは、他すべての世界中の民主国家では至極当たり前の作業なわけですが)。
また、それ以前に選挙期間中にライバル有力政党の政策には反論(言いがかり?)するのは、ある意味当たり前なことなのです(それに効果がある限りは)。特に自民党はコイズミ劇場でそれが顕著になりその味を占めてしまい、現在では恥も外聞も無く常套手段としています(いわゆるネガティブキャンペーンですね)。それが子供じみた屁理屈か理に適っているかは各々自分自身で自分たちのレベルでも構わないから確認作業をすべきだと思います。


>選挙権は最も大きい効力のある権利だとは思うのですが、上までは届かないように感じでしまうのです。

お気持ちは分からなくはありません。この国はそれを有効に活用してこなかったから、実感が持てないですよね。
でも言うまでもなく、「選挙」を誰よりも重要視してるのは政治家自身です。
すなわち、最も恐れてもいるのも彼らなのです(総理大臣も選挙に落ちればただの人で、プータローですから)。
しかしながら、これまでこの国の有権者は口では散々文句言うくせに、いざ選挙となると4割もの莫大な白紙委任(=不満がないの意)をしてくれるのです。
この状況を誰よりも喜んでるのは誰でしょう。
それは勿論、選挙を誰よりも重要視して、最も恐れている者たちです。
その中でも、現状への白紙委任状をもらった、現政権与党でしょう。

4割もの選挙権を行使しない方たちには、はっきり言って「不満を言う資格さえない」のです。
白紙委任状というかたちで、すべてを任したのですから。
「選挙に行かないことも~だ」など、なんだかんだと聞こえのいい言い訳や、かっこいい?あきらめのセリフ吐いたって、政治家から見れば、それは「現状に不満がないという意の白紙委任状をもらった」と取られても仕方ないことなのです。
選挙に行かないということは、「私は権利を行使しませんので今の政治に不満はありません。行使された方々の住みやすい国にしても構いません」という白紙委任状を出しているも同然だからです。


>罷免するのも権利、忘れていました

今、国民に一番欠けている意識の一つがこれではないでしょうか
国会議員という資格や身分は固くかたく守られています(不逮捕特権や資格の喪失など)。
なぜなら、民主国家の国会議員というのは、「『主権者たる国民』が立法府に送った、国民の代表者の身分であるから」、に他なりません。

だから、国会議員を罷免する(=責任をとらせる)ことができるのもまた、国民に与えられた権利であり義務でもあるのです。
だから、彼らは選挙が怖いのです。
それをこの国では、あまりにも怠ってきました。

極論だが、日本国の最高責任者で最高権力者である現内閣総理大臣・安倍晋三であろうとも、国の代表者として相応しくないと多数の人が確信したならば次の(総選挙が行われた際に)選挙で落とせばいいのです。現職の総理大臣といえども衆議院議員の身分を失えば総理職には付けませんから。
「それこそ国民にしか出来ないことであり、それこそが何よりもの責任の取らせ方」であるのです。
(もちろん口で言うのは簡単で現職の総理といえば超々有名人でほっといても票が入る立場です。でも理屈では出来るし、それは国民にしか行使できない権利なのです。例えば本気で国民が行動すれば、彼の選挙区に超実力者を立て、徹底的な総理に対するネガティブキャンペーンを健全なかたちであらゆるメディアを用いて張り訴え、公選法の許す範囲で彼の選挙区に大挙して仲間が移住するなどして・・・。もちろん比例区名簿に入ってれば全く意味ないが、その気になれば国民に出来る極例と捉えてください(それでも現職の内閣総理大臣が選挙区で落選など前代未聞だし、支持率低下どころじゃない本人に対する国民の強烈な不信任意思の公式結果ですから、その意味では効果はあるでしょう。というかそもそも所属政党自体が過半数取れてないだろうけど)。


>ひとつ疑問ですが、海外では一般市民が大統領や首相を選挙で選べる国もありますよね。
何故日本はいったん国会議員や政党を選び、その後、国会議員で首相を決めるのでしょうか。
この点も選挙で選んで最終的に総理を自分で選挙で信任したという意識が薄まってしまうように感じでしまうのですが…
やはり政党を選ぶことから判断されてしまうのでしょうか

たぶん立憲君主制というのが無関係ではないと思うのですが。
つまりこの国で言えば、天皇制や大統領制、議院内閣制(与党の代表でなくても首相になれる?だったら大統領制にすれば?でもそうすると天皇との位置関係が?)が関係してくると思われます。また今の制度は憲法に明記されてますので、当然憲法改正も必須になり、ハードルも非常に高くなっています。
申し訳ありませんが、この話題は本題からかなり離れるし、簡単にまとめられる自信もないので・・。

ちなみに私は必ずしも現在の制度(議院内閣制・議会制民主主義)が良くないとは思っていません(ではなぜ英国ではうまく機能しているのでしょうか)。
なぜなら、現在の制度をとてもフルに有効に活用できているとはとてもとても思えないからです(というか、50年以上まったく進歩していないのでは?)。
そもそも完璧な制度など存在しないし、
今ある制度さえまともに使いこなせていない者に、新しい制度を導入しても、それを使う者(国民)の意識が変わらなければ同じことになるだけ、ではと思うからです。
そしてそんな国民に首相公選制などの制度を与えたら、この制度のマイナス点ばかりが表出することも多いに予想されます。郵政選挙の結果を見ても、現在の国民の政治への意識の低さでは危険だと思われます。


二度にわたる長文、大変失礼いたしました。
補足コメント
Rafi

お礼率 98% (112/114)

ご回答ありがとうございます。
長くなったので補足とわけてお礼させていただきます。

>実行できる権利を得るために、選挙に勝とうとしてる(政権与党になる)のではないですか。

あああ~。目からウロコです。
こんな簡単な理屈に気づかなかった自分に呆れます。
そうですよね。議席数が足りなければ確かに実行できる賛成が可決されず、「実行できない」となるわけですね。
それでは確かに選挙前にわかろうはずもありません。
となると問題は目の前の実行力というより、提示したマニフェストが現実的に実行可能なプランであるか、が重要なのですね。(どんなにいい内容も収支がダメなら実行できないとか…)
となると議席数を獲得できなかった、ということは「国民の賛成意思がその程度の%」ということなので実際の実行が遅れたり、実行できなかったりというのは国民の意思となるわけですね。
今初めて、日本が民主主義だと実感できた気がします…

>ひとつ常に意識していただきたい、少なくとも現在の自民党は政権にとどまるためには何でもする
これは今回…丸山弁護士が自民党から出ると聞いて愕然としました。
他にもさくらパパとか…(これは自民ではないですが)選挙に有名人を引き込む理由がやっとリアルにわかってきました。
当人を当選が最大目的ではなく、議席数の為ということなのですね…
それ以外でも本当にいろんなことが行われているのでしょう。

>選挙期間中にライバル有力政党の政策には反論(言いがかり?)するのは、ある意味当たり前なことなのです
これは気になっていたのですが、ネガティブキャンペーンと選挙妨害の境界線はどのへんになるのでしょうか。
あまりに他政党や他の候補者貶めるのは選挙妨害のような気もするのですが。
反論であればネガティブキャンペーン、言いがかりであれば選挙妨害にあたったりしないのでしょうか。
投稿日時:2007/06/19 02:37
お礼コメント
Rafi

お礼率 98% (112/114)

>これまでこの国の有権者は口では散々文句言うくせに、いざ選挙となると4割もの莫大な白紙委任(=不満がないの意)をしてくれるのです。
これは普段からとても感じます。
文句を言うなら何かすればいいのに、何もしないで不平不満を言うだけで…
それでそんな声は大事なところには届かないのに、みんなあきらめてしまっているように見えます。
そういう人たちを見ていると尚のこと、自分の一票を軽く感じてしまうのかもしれません。
ですがそれでもやり続けた方がいいのですね。あきらめたら何もできないのですから。

>「それこそ国民にしか出来ないことであり、それこそが何よりもの責任の取らせ方」であるのです。
私はずっと民間にしろ、政治にしろ「失敗したら責任はやめることで取る」というスタンスに疑問を持っていました。
自分でしてしまったことだからこそ、自分でどうにかする必要があり、それをやめることは放り出してしまうような無責任さを感じていました。
ですが、政治に関してはそうではないのですね…
民間とは違い、選ばれて議席を政党に獲得させて実行力を持ってきたのであれば、不信任により落選することには非常に責任として大きな意味があるのですね。

>ちなみに私は必ずしも現在の制度(議院内閣制・議会制民主主義)が良くないとは思っていません(ではなぜ英国ではうまく機能しているのでしょうか)。

国民主権である限り。国民自体が意識を変えないとどんないい制度も所詮その力を発揮できないということなのですね。
国民の政治離れと言われて長いと思いますが、どうすればこれを打破できるのでしょうか。
周りにこういうことを雑談がてらにふってみても「難しいこと考えるんだね」で終わりです…
今回質問させていただいて、皆様の意見から「いい政治は政治家が作るのではなく、国民の意識から産まれていく」ということを非常に感じました。
だからこそ、今の現状がはがゆくも思います。
私自身、関心が薄かったのが、きっかけがあり、興味を持ったので偉そうなことは言える立場ではないですが、みんなが変わっていかないと変えることができないというのも今の政治に取って、非常に大きな要因なのですね。
投稿日時:2007/06/19 02:37

その他の回答 (全10件)

  • 回答No.11

ベストアンサー率 37% (61/164)

No4,6,7です。度々失礼します。

責任の問題で
No4の回答で、責任の程度の問題と書き、実際に程度の問題でもあります。しかし、それよりも、内閣(与党)の責任、議論によって批判しきれていない野党やマスコミ(与党がまともな議論に応じないのも理由ですが)の責任、総体的に政治を勉強せずに政治家を選んだ国民の責任などは、別個に分けて考えるべき問題で、同次元で論ずるべき問題ではないと書いた方が分かりやすかったですね。
現在は分けて考えるべき責任を分けないで、分けて考えるべきではない責任を分けて考えています。
前者の例が政治の責任=国民の責任ということであり、後者の例が内閣の責任は内閣の責任であって与党の責任ではないかのように扱われていることです。実質的に与党が総理を指名し、国務大臣の半数以上が与党内から選ばれていること、殆どの可決された政策は与党内で基本的に決められていることを考えれば、与党にも責任は当然あります。
政治の責任と国民の責任は同じ程度のものではありません。国民にしてみれば、「お前らが私らに任せれば大丈夫ですよといったから投票したんだ。」となるわけで、そもそも、最初からうまくいかないことを願って投票したわけではないでしょう。国民の責任があるとしたら、最低限の政治知識で分かることすら分からないで投票したり、投票に行かなかったりしていることだと思います。投票は一個人としては権利ですが、社会的には義務に近い物ですから、もっと良く考えて投票しなければなりません。しかし、それは今の与党の議員が指摘するような問題では決してありません。それは、自分たちが大丈夫です大丈夫です、とごまかしてきておいて、それが実は大丈夫じゃなかったんだと国民は見破れなかったから責任を取れという責任転嫁です。

政策の実効性
与党だけがマニフェスト(gee2992さんがおっしゃっているように、自民党のマニフェストは今までの公約と変わりませんが。)を実現できるという前提から書きます。政党では、党議拘束というものがあります。
ある一つの法案について、党内で反対か賛成かを決めておき、党の所属議員全員が投票でその決定に従う、というものです。従わなかったら党の除名処分などがなされます。
日本では、ほとんどの法案で党議拘束がかけられています。唯一と言っていい例外は臓器移植関連法案ぐらいです。あの法案は人の死の定義など倫理的な問題が争点となったため、党議拘束はかけられず、議員個人個人の判断に任せられました。
法案は衆議院での過半数の賛成と参議院での過半数の賛成により、もしくは衆議院で通って参議院で否決された場合は衆議院での三分の二の賛成によって法律となります。
つまり、党議拘束によって、衆参両議院で議席の過半数を獲得している、もしくは衆議院で議席の三分の二を獲得していると制度上は自由に法案を通すことが可能となります。与党が政策を実現できるのは、衆参両議院で過半数の議席を確保しているためです。野党も個々の法案一つ一つについて見てみると通すことのできる可能性はありますが、与党との合意が必要不可欠となりますし、マニフェストのような多数の重要な政策案を全て通すことはまず不可能なわけで、その意味で野党はマニフェスト全てを実現できる可能性は衆参両院で過半数の議席をとるか衆議院で三分の二の議席をとらない限り0に近いです。
自民党はこのことをごまかしてきました。安倍首相が沖縄補選のとき、「野党はこの三年間何をしてきましたか?何もしてこなかったじゃありませんか。」と言ったのはこれらを考慮しない発言であり、民主主義の構造を国民に誤解させるものです。この発言に関してマスコミは何の批判もしていませんから、マスコミも問題だと思います。

それと、あたかも党議拘束が悪いかのように聞こえるかもしれませんが、議論を党内ですらまとめていないと議論が極端に遅くなる可能性があり、必ずしも党議拘束が悪いわけではありません。

もう一つ基礎知識として、衆参で過半数を有する与党は三権の全てを掌握できます。衆参両院で過半数を有する政党に対して国民はそれだけの権力を与えているわけです。

行政権
内閣総理大臣は国会の議決により指名され、内閣総理大臣が内閣を構成する国務大臣(過半数は国会議員より選ばれます。つまり殆ど全ての場合与党内から半数以上選ばれるわけです。)を任命します。

司法権
内閣は最高裁判所長官を指名でき、内閣総理大臣が任命します。実質的には長官が後任を推薦し、それを内閣が承諾するといった形になりますが、どちらにしろ内閣の承諾が必要な点は大きいです。そして、最高裁は地方や高等裁判所の裁判官の人事権を握っています。国に対して不利な判決をした裁判官を地方に飛ばすことも可能です(そういった噂は聞きますが真偽は知りません)。


増税について
仕方がないと決まっているわけではありません。No7の回答でも書いたとおり減税廃止は確かにいつかは行われる物です。しかし、仕方が無いのはあくまでも、現時点の減税廃止が適切であるという条件を満たすならばです。

 また、理屈の上では確かに、増税はしない=減税廃止などの実質的な増税はしない、ではありませんし、増税はしない=保険料の値上げもしない、でもないです。現実問題として実質的な増税になっていて、増税と同じだけの効果があっても、このような言葉の上でだけの増税ではないでごまかされているのが現状です。その一方で、ご指摘の通り、住民税は増税していますが、所得税を同じ分だけ引いているから実質的な増税ではありませんと言い、多くの自治体で保険料が上がるという議論をなおざりにしているわけです。ただ、No4の回答で書いたとおり、増税に関して言えば、まず増税=悪いという国民の認識を変えるべきだと思います。増税=悪いでは議論になりませんし、必要だと言い張られればそこで終わります。増税そのものが悪いではなく、増税が必要かどうかという議論をもっとしなければなりませんし、しなければなりませんでした。

首相公選制のデメリットとして
横槍を入れるようですが、お許しください。
首相公選制が行われない理由としては、首相の権限の問題が大きいと思います。
(1)首相の権限を今より強めないならば、首相が例えば、野党の民主党から選ばれたとして、それで首相は政策を思い通りにできるわけではないからです。94年~96年在任の村山首相辺りを思い浮かべてみれば良いかと。社会党の党首でありながら、社会党の政策とは逆の政策を打ち出しています。(社会党の政策の実現可能性があまりにも低いものだったこともあるでしょうが)首相になったからと言って、与党の後ろ盾が無ければ、思い通りにできるわけではありません。
(2)逆に首相の権限を強めるならば、人気はあっても頭のない人間が首相になったときに恐ろしいからです。

No6人か政党かの問題で訂正
党員ではなく、党の所属議員の意見が反映されるか否かですね。
補足コメント
Rafi

お礼率 98% (112/114)

<今回ご回答頂いた皆様へ>
様々な意見が聞けて、非常に勉強になりました。
マスコミにあおられる怖さも、選挙をサボる危険性も、無関心の罪もとても深く実感できました。
また政治のしくみなど、正直学校でしちめんどくさい言葉でよくわからないままだった所も噛み砕いたご説明を頂き、ずっと思っていた「どうせわからないし、一人じゃかえられないし」という意識も変えられたように思います。
そろそろ締め切らせていただきますが、正直どなたにつけていいのか迷うくらいです。
どうもありがとうございました。
投稿日時:2007/06/22 18:00
お礼コメント
Rafi

お礼率 98% (112/114)

たびたびのご回答ありがとうございます。

>責任の問題で
分けるべき責任と分けるべきでない責任が混同されているからよけい、ごちゃごちゃごまかしたような追求ですっきりせずに終わることが多いのですね。
確かに大丈夫だと言ってそれを信じなければ投票なんてしません。

今回やたら強引に法案を可決する姿が目立ちます。
これも議席数を持っているからこそできるということなのですね。

それにしても結局三権を全部与党が掌握できる事実は驚きました。
確かに内閣の承認がいることはわかっていましたが、昔学校で触り程度の社会では「三権分立」であり、だから独裁者が産まれないような説明を受けた記憶があります。
でも内閣が承認や指名ができるなら、実際はかなり与党の独壇場なのですね。
定期的に健全な選挙があるから、現与党の権力が絶対でないということにもつながるような気がします。

>増税について
ニュースでは以前から住民税を払わないなど問題が出ていました。
前の比較的払いやすい金額から今回のような金額になったらどうなることかと思います。
以前でさえ、払わない人がいるくらいですから、とにかく社会の必要性などより「自分がいくらとられずにすむか」ばかりを考えてしまっているのが今の日本の国民なのでしょうか。
正直、それなら行政が作った道路も歩くな、といいたいですが。
この意識の低さが結局議論にならないとなってしまい「必要だから」と押し切られる要因になっているのであれば非常に情けないことだと思います。
必要性をもっと論じる必要があり、その妥当性を追求する必要があるのですね。

>首相公選制のデメリットとして
そういえば村山総理は自民ではありませんよね。
すごく昔(中曽根時代)に親に「自民党しか総理になれない」と聞いて、そういうものだと思っていました。
今思えばものすごくひらたい説明です。
当時の年齢が一桁だったので仕方ないとは思いますが。
つまりは首相になることより、やはり議席数の多い党をいかに味方にするかということなのですね。

>(2)逆に首相の権限を強めるならば、人気はあっても頭のない人間が首相になったときに恐ろしいからです。
確かに有名人立候補者はかなりの確率で当選してますよね。
それと同じことが首相で起きるのは確かに怖いことですね。
投稿日時:2007/06/20 00:14
  • 回答No.9

ベストアンサー率 52% (32/61)

私は大方、big0822さんに同意見です。

ただ、一番引っ掛かる点を(似たような見解をたまに聞くので)、

>今回これだけ出てきた問題は自民党(与党)の責任であって、与野党、政治全体の責任ではないのでしょうか。

もちろん大きな意味では野党にもそれは無くはなく、政治全体の責任です。が、そんなこと言ったら、当然に最終的には主権者たる選んだ国民の責任でもあるわけです(だから国民は増税やら社会福祉年金負担増やら・・でその責任を取るのです)。
意識しようがしまいが支持をしようがしまいが選挙に行こうが行かまいが国民は全員責任を取る、
では国民に権力を与えられた、政治家の結果責任は問われないのでしょうか。
そこで、「全体の~」なんて言い出したら永遠に責任の所在なんてわからない。責任の所在が問われないなら、原因の究明などしなくても済む。原因を突き止めなきゃ効果のある対策は講じられない。対策講じなけりゃ、解決などするわけがない。
日本はいつになったら責任ある立場の者が、当たり前に責任を問われる国になるのでしょうか。

充分ご承知だとは思うのですが、与党と野党では持ってる権力が大きく大きく違います。
政府与党には、三権の二大権力である、行政権と立法権(の多数)もの権能を有しているわけです(もちろん野党にも立法権はありますが、与党の不利益にならない程度の実現力しかありません、数が足りませんから)。
憲法で定めた強大な権力を有しているのですから、その大きな責任も彼らに発生するのです。
だからこそ、その成果を上げれば彼らの実績になるわけで、逆にその政策の失策及び行政の不備の責任を負うのもまた当然のことです。

野党には当然、法に基づいたその権限がないのですから、政策はまず実現しようがないのです。「実行力がないということなのでしょうか」と簡単に聞かれてますが、この国は言うまでも無く民主国家であり法治国家です。正式な選挙の結果で多数を得たグループが法の下で行政権と立法権(の実行力)を行使できる権限を有しているのです。多数を得てない野党政党に行政権・立法権(の多数=実行力)がないのは当然で、野党には社保庁を指揮監督する権限が無いのです(だから「野党」なのです。「与党」は政権=政治権力を握っているから「政権与党」なのです)。

大きな権力を持つ者には、その成果が出れば実績となり、逆にその失策に責任もあるのです。
自民党が(その政治手法が好ましいかどうかはともかく)ある時期までこの国の繁栄に大きく貢献してきたのは事実でしょう。その成果も認めます、が、同じように権力を持った立場(政権与党)なのに、そこで起こした失策では政治家全体の責任になるのですか?成果(の結果責任)は自分らだけで、失策(の結果責任)はみんなで全体で、ですか?それなら行政権も立法権(の実行力)の権限は野党にも分け与えればいいじゃないですか(そんなの民主主義の崩壊ですけど。念のため、多数決が全てと言いたいわけではありません。「主権者たる国民の信任を得た代表者が国を動かすことができ、その代表者の多数方に権限を有する」それが民主主義の原則だ、と言いたいのです)。

私も、「だから、とにかく何でもいいから現政権に責任を取らせれば解決する」と思ってるわけではありません。

ただ、

多数を取ったものが権限を得て、その権力に相当する結果責任があるのは民主主義として当然のことです。
そして多数(政府与党)はその責任と権限を持って、全ての省官庁及び行政組織を指揮監督する。
少数(野党)がその目指す政策を実現するためには、権限(実行力)を得るために多数(選挙に勝つ)を目指す。
そして、選挙によって彼らを選定する権利も罷免する権利も、その結果の最終的な責任は主権者たる国民にある。

という認識が欠けているのではないのですか。

それこそ、big0822さんも言われてますが、「なんやかんや理屈をつけて権利を行使せず」、(前回の衆院選のように有権者全体の3割未満の得票で7割の議席をえていようとも、どんな内容だろうとも、公平なルールの下で)結局自民が過半数の議席を得たならば、それは彼らにとっては国民から「それまでの政策結果に不満がないという」と取られても仕方のない「民意を得たと」いう意味となるのです。

>他の政党では政界再編の力が民主より劣るとのご判断なのでしょうか
>仮に今回アンチ自民だとして、さあ、じゃあどこの政党が担えるのか?というと思いつかないのです。おっしゃるように与党の対抗としての野党があるとは思えない状態です。

(私には「アンチ~」など、どうでもいいことなのですが)
私は、現時点でその位置にいるのは当然民主党が一番近いと思います(何よりも、野党の中で一番過半数を得るに近い位置にいるのですから)。
私も、民主党なら手放しで歓迎だとも完璧で文句の付けようが無い、と思ってるわけでは当然ありません。
では聞きますが、質問者様はい今現在どのような政党が野党にあれば満足されますか。
(もう一度言いますが私も不満は無いことは無いのです、が)今現在世界中のどこにそんな政党がありますか。
もちろん、それでも(現時点の)民主党は欧米主要国の(現時点での)野党よりも劣るのかもしれません。では自民党だとその(欧米主要国)野党よりも優れるわけですか(一応、ご存知かと思いますか、この国は何十年も前から「経済力一流、政治力三流」と言われてる国です)。
そもそも完璧な政党など存在しない以上、すべからずその優劣は相対的なものでしょう。
民主党として政権を担ったことが無いのだから、その資格云々には根拠がないでしょう。
数が揃っていれば手放しでその資格があると決められるとは思いません。
ですが、公平にそのポジションでできる仕事を見て判断しましょうよ。
あれだけの民意(数)を得ている野党第一党には能力が無く、資格さえないと決め付けて、
自民の言うところの「知能指数の低いB層」をターゲットに票を集め、公明党の組織票頼みにかろうじて得票数で上回った自民党の資格は安泰なのですか。
民主に入れてる人は「ただアンチ自民という理由」の者ばかりで、自民に入れてる人はその能力を買っているからなのでしょうか(13年前の自民野党時代のたかだか11ヶ月間で民主党を遥かに上回る延べ5ヶ月間以上にも及び審議拒否もしていますが)。
「その国の政治は、その国の国民のレベルを表している」、これが民主主義の真実だとするならば、
この国の「その能力」を正しく見抜く力を持った有権者たちが、この国の現状を作り出している、ということになります。
それが1000兆円もの途方も無い借金と、社会福祉・年金の崩壊と、世界一の自殺者数と、世界でも有数の格差社会への仲間入りですか。


>党が変われば政治は変わるけれどいい方向に向かうかはわからないという点はわかりました。やはりそれはどの政党も問題を抱えながら、マニフェストを掲げているというところに要因があるのでしょうか。

申し訳ないけど質問者様は自民党のマニフェストと称するものをご覧になられたことはありますでしょうか。
少なくとも私が知る限り、あれは「マニフェスト」ではありません。昔ながらの「せんきょこうやく」に過ぎません(質問者様のいわれるところの「若干机上の空論に近い」マニフェスト以前に、それを提示をしていないのです)。
それを支持しようがしまいが、好き嫌い関係なく、民主党の方は「マニフェスト」と呼べるものではあります。
「マニフェスト」とは「政権公約」であるはわけで、そこには明確にどれどれの政策を、いつまでやるか期日を明示し、そのための財源・予算はいくらか、数字を並べて明言しなければなりません。
当然、野党は政権を取れない限りマニフェストを実現することは限りなく不可能なわけです(これは実行力が有る無しではりません、それを行う権限を有したあとに問われることです。ちなみに自民のそれが「マニフェスト」であるならその検証はされてますか)。
文字通り政権を担ったときに実現すべく厳格な約束のことですから。

自民党のはずーっと見事な玉虫色なせんきょこうやくだから、そのどっちとも取れる(曖昧だが)約束をして戦って当選した議員たちの意思をはっきりさせるために、またワザワザ解散して700億円もの税金を使って前回総選挙を行いましたね。
そして、郵政民営化の一点だけを問うた選挙で7割の議席を得て、そのときとは違う国民に改めての信任を得てないリーダーがその多数を引き継ぎ、国民が信任したつもりもない案件までもその多数で決めてゆきます。
でも、少なくとも彼らは公平で正式なルールの下で権力を得て、それを行使してるに過ぎません。
現実に正式の選挙で、主権者たる国民から信任を得ているからです。

そしてまた今回も、強大な権力を有する責任者たちの責任を問おうとはしない?「そういうもんじゃないんじゃない?対立しないで全体の責任なんだから」と与党議員からならともかく、それに同調する方まででてくる。

強大な権力を持つ者には、当然にそれの相当する責任もあるのです。
なぜ政治家に行政権と立法権の二大権力も与えているのか、彼らは主権者たる国民から正式な選挙を経て信任を得ているからに他ならないのです。
だから、当然に政治家には(官僚役人と違い)その結果責任が問われるのです。
どんなに官僚役人が頭が切れて、優秀(姑息)で、自分らに都合のいい行政をしていたとしても、彼らにはその最終的な決定権は無いのです(だから結果責任も問われない)。
既に述べたように、この二大権力はこの国の議会制民主主義という仕組みのもと(正式な選挙を経て国民の信任を得て)、
政府与党こそが、それを有しているのです。
その国の政治権力が、それに相当する責任を取らないということは、そこは一党独裁国家もしくは共産国家ということです。
なぜなら民主国家であれば、主権者たる国民が政権を変える(責任を取らせる)仕組みを権利として持っているからです。
ご存知のように、この国は世界中の民主国家で唯一それを選択できなかった、国民でその仕組みを活用し育てようとしなかった国です。

#4の方も述べていますが、(もう一方が民主主義体制を転覆する思想をもっている政党でもない限り)「それに相当する数を国民が選んだ」政党があるなら、少なくとも、「政権を交代するだけ」でも、目に見えて明らかにか変革することがいくつもあります(行政権と、立法権の実行力を一党が数十年間も有している方が異常なのです。他国では、あの北の国だけではないですか、そんな長いの。言うまでもないが、あそこは民主国家ではありません。民主国家では皆無でしょう)。

当然国民が自ら選んで換えたのですから、また数年後に自ら選んで換えることはごく自然のことでしょう(頻繁にコロコロ換えることを推奨してるわけでは決してありません。当然の選択の権利だと言いたいのです)。

国の政治(行政)を変えるのは、国民の意思で出来るはずです。
現在のこの国では、国民自身がその意識を持つ以外には無いのです。

>一般市民は選挙くらいでしか反論出来ませんよね?

冗談ではありません。
民主国家において、もっとも大きく強力で効力のある権力こそが、国民の持つ選挙権です。
ちなみに世界では、一般市民が選挙をする権利さえ持てない国がまだまだあります。
お礼コメント
Rafi

お礼率 98% (112/114)

ご回答ありがとうございます。

>そこで、「全体の~」なんて言い出したら永遠に責任の所在なんてわからない。
そうですね。選ばれたからこそ、責任を取る必要は感じます。
そして国民は現に増税等で選んだ責任を取っている。こう考えると政治家が責任を取らないというのは非常に不公平感が出ますね。
ただ政治家の責任の取り方だとよく失脚だとかいいますけれど、やってきたことへのフォロー、改善等で責任をとってもらうことというのは難しいでしょうか…。
罷免するのも権利、忘れていました。

>では聞きますが、質問者様はい今現在どのような政党が野党にあれば満足されますか。
私は、嘘やごまかしで選挙を乗り切ったりしないで、マニフェストや選挙公約を実行できる政党があればいいと思っています。
選挙で選ぶのが国民の最大の権利として、巧妙な形で選挙時に提示されたことが架空のレベルであれば、それは国民から選挙で自分が納得いく政治家を選ぶという権利が奪い取られてしまうように感じるからです。
しかし、あれはマニフェストと呼べるものではなかったのですね…
勉強不足ですし、衝撃でした。

>そして、郵政民営化の一点だけを問うた選挙で7割の議席を得て、そのときとは違う国民に改めての信任を得てないリーダーがその多数を引き継ぎ、国民が信任したつもりもない案件までもその多数で決めてゆきます。
怖いです。完全に計画的ですよね…
ひとつ疑問ですが、海外では一般市民が大統領や首相を選挙で選べる国もありますよね。
何故日本はいったん国会議員や政党を選び、その後、国会議員で首相を決めるのでしょうか。
この点も選挙で選んで最終的に総理を自分で選挙で信任したという意識が薄まってしまうように感じでしまうのですが…
やはり政党を選ぶことから判断されてしまうのでしょうか。
選挙権は最も大きい効力のある権利だとは思うのですが、上までは届かないように感じでしまうのです。

>現在のこの国では、国民自身がその意識を持つ以外には無いのです。
今回、それを本当に切実に感じました。肝に銘じます。
投稿日時:2007/06/18 01:37
  • 回答No.8

ベストアンサー率 25% (96/374)

>仮に与党になれたとしたら、それは実現できるのか?
私はどの党にもそもそも実現する意思など無い、と思っています。
前の回答でも触れましたが民主党は参院選を勝利した上で彼らの実現する政策が実現できない事を衆院を抑える与党の責任だと叫び続けるでしょう。社共国に至っては端から政権を単独奪取する可能性を自身も考えていないと思います。要するに只の選挙戦術ですが、これが有効に働いてしまう国民の政治意識の低さや、野党にもまして政策より利権を選挙戦の武器とする自民など、野党ばかりを責める訳にもいかないと気もします。

>日本がこんなに政党を増やしているのは何か理由があるんでしょうか
 増やしているというよりは勝手に増えているんですが(笑)
多党制は必ずしも悪質な政治体制ではありません。議論による妥協と決断を節々で実行できる国柄であれば、むしろそれは多様な意見を反映する優れた政治システムにもなりえます。しかし日本では社共の諸政策をみても解るように彼らにはそもそも妥協の意思が欠けていますし、それに答えるように自民党も彼らを無視し続けていますので、日本ではやはり2大政党制の方が分相応だと考えます。

>無所属と大差ない気がしないでもないのですが…
 選挙戦や政党交付金、委員会での質問機会等の為ですね。また例え小政党でも与野党の議席が伯仲した場合にいわゆるキャスティングボートを握ってより大きな力を振るうチャンスも出てきます。
お礼コメント
Rafi

お礼率 98% (112/114)

再度の回答ありがとうございます。

>私はどの党にもそもそも実現する意思など無い、と思っています。
怖いです。これは本当に怖いです…。
ですが確かに国会で責任追及ばかりしている姿を見ると、そんな喧嘩みたいなのじゃなくて、まず解決する為の国会ならばいいのに…とやきもきします。
やはり選挙戦を乗り切ればいいわけで、崇高な意識等ないのでしょうか。

>日本ではやはり2大政党制の方が分相応だと考えます。
そうなんですよね…どうみても今の形では自民が動きそうにはないし、野党が多党になってしかも妥協もしないのであれば対抗する人数がまず確率できない訳で…

>選挙戦や政党交付金、委員会での質問機会等の為ですね。
やっぱり選挙の為なのですね…
想像はつきますが、これも戦略のひとつにすぎないということなのでしょうか。
投稿日時:2007/06/18 01:11
  • 回答No.7

ベストアンサー率 37% (61/164)

増税について
 増税については、増税というよりも、減税がなくなった=実質的な増税ということで、減税がそもそも特例だったわけですから、いつかは廃止されるものだったわけです。基本的には、政治家の責任云々の問題ではないと思います。責任があるとしたら、今のタイミングでの減税廃止に問題がある場合(一昨年12月の時点で2007年度に減税を廃止することに問題があることが分かっており、予想通りに問題が起こったならば、小泉政権の責任。予期せぬことで、そのことへの対応が悪く、問題が起こったらその時期次第では、安倍政権の責任ということになるのでは。)ですが、実際に問題があるかは根拠のない素人判断になってしまうので割愛します。マスコミは今になって騒いで無能ぶりを披露しないで、税法の改正があった二年前にもっとそれを大きく取り上げて経済の専門家の意見を聞くべきでしたね。昨年度の縮小のときにも、こんなに取り上げませんでしたし。今回、急に大騒ぎになったことは自分たちの怠慢を追求しようともしないマスコミの責任でもあります。

政治責任について
 消えた年金問題も昨年度には分かっていましたよ。去年の6月頃には民主党議員が追求していたみたいですし、現場でも問題は起こっていました。その当時の対応の不備があったかどうかはうやむやにされていたので分かりませんが。
 言いっぱなしの無責任移管は可能でしょうね。ですから、前の回答でも書いたように、無責任移管の場合でも、与党に責任を取らせるか、現在の内閣が責任を個人に対してまできちんと追求して、制度上の問題の場合は問題を改善する法改正を行うのが最適な処理方法であると思います。

消費税について
 すみません。私の答え方が悪かったです。前の回答はあくまで一要因です。例えば消費税は家計をきちんと計算しないとどれだけの増税かは分からないところにも問題はあると思いますし。実際に月50万の支出がある家なら消費税が2%増えることは、単純に月1万の増税となるわけですが、それが実感としてわかないのでは。だから、消費税の場合、上がると聞くと反応し、上がってからの反応はそれほど少ない。定率減税廃止については、上記にもあるように多くの人が情報として持っていなかったこともあって上がってから反応したということでは。
他にも要因はいくつかあると思います。大きくは税導入時に、福祉と無理やり関連付けた議論のすり替えと、増税の実感のわきにくい税であることの二点だと思っていますが。
 内税表示は将来の増税を見込んでのものでしょうが、推測に過ぎませんからね。内税表示自体は悪いとは言えないですし、推測のみを根拠に
悪いと言い続けることも難しいのでマスコミも大騒ぎしづらいですよね。内税表示に対してよりも実際に十分な理由・代替案の検討のない消費税増税論議になったときに、大騒ぎしてもらうしかないでしょう。
お礼コメント
Rafi

お礼率 98% (112/114)

>増税について
今までが特例だったのですね!
減税廃止分を引いても私個人で言えばどうみても増えていますが、そういうことなら仕方ないことなのですね。
税だけで見ればトントンにできる人がいるというのは予想範囲内の話なのでしょうね。
ただ住民税の負担額と所得税の負担額が入れ替わったせいで国保の負担額がべらぼうに変わってしまったのが驚きました。
これは税金でないので税対策でないと言われればそれまでなのですが。

>政治責任について
最適な処理方法はわかっているが現状おいついていないという感じですね。無責任移管が怖いってのはすごく実感します。
結局小泉前首相がかたくなに今期でやめた理由がわかる気がします。(確か「現政権中は増税しない」と言っていましたよね?ということは次にいかないと増税できなかったということで…)
マスコミも結局安倍政権を追求し、小泉政権は追求されていないのですから自民党総否定という事態は避けられているような感じがします。
なんだか、巧妙ですね…

>消費税について
計算すると確かに消費税もかなりおさめていますね。
足しは5%の増税が決まる際に食品等生活必需品はナシでそれ以外にかけるのはどうかという議論もあったように記憶していますが、それも結局なんで受け入れられなかったかわからないまま、5%に決まった気がします。
ただ消費税は消費しなければ納税額を自身で調整できるわけで、有無を言わさず、稼げば課税されるという事態は、収支の波がある人間にとっては反発したくなる要素が強いように思います。
投稿日時:2007/06/18 01:05
  • 回答No.6

ベストアンサー率 37% (61/164)

No4です。
難しい言葉を使う理由。
ざっと三点あげられます。一つ目は単純に簡単な言葉に直す能力がない。二つ目は、言葉の定義上の問題で、正確に話そうとするとどうしても、難しい言葉を使わざるを得ない。三点目は内容をごまかす場合。これは難しい言葉を例えを使って簡単に表現するときでも起こりますが。

政治責任について
 国政の運営と民間企業とを同列に考え、内閣に辞任を要求などの処置とらせることには疑問を感じます。長々と受け継がれてきた問題が多いので、全ての問題で現内閣を解散させるなどの処置が正しいことではないですし、問題が発覚するごとに内閣を解散させていたら国家運営的にどうかとも思います。
 ただ、確かに民間企業と同じように考えるべきところもあると思います。例えば、責任の所在や問題の起こった理由の追求についてです。問題の責任は、実行できなかった理由や誰に責任があるのかを具体的に追求した上でその人物にその問題に見合った分だけとらせるべきで、私はその責任追及や原因究明を行い、しかるべき処分を行うことが内閣の責任であると考えます。しかし、今の世論や政治は実行できなかった理由をさほど問題にしないかうやむやにしてしまいます。単純に内閣に責任があると言えば、それはそうですが、そこで終わってしまい、他に具体的な責任がある人はいないのかが追求されていませんし、それぞれにどの程度の責任があるのか、根本的な理由は何で、それを改善する法案を作成しているのかがどうも曖昧で、その意味で内閣は責任を果たしていないと思います。
 それと、政策実行での責任の話ですが、基本的に現在、政策を実現できる可能性が十分にあるのは制度的に自民党と公明党だけです。衆参で過半数をとらなければ、法案を通すことは非常に難しいですから。それで与党のみに焦点を当てるならば、政策が実現できないことへの責任を取らせる最終的な責任はそれこそ国民にあると思います。実現できていないのにもかかわらず、再び当選させる、政権を運営させるのならば、それが例え大多数の国民が他の議員や政党が当てにならないと思って(もしくは思い込んで)消去法によってそうなったとしても、それは実現できていない政策よりも他の政策実現などの総合評価によって当選させていることに結果としてなります。責任をこれ以上取らなくても良いと国民によって認められていると取られても仕方がないことではないかと思います。問題が起こって責任を取った議員が次の選挙では落選してもその次の選挙で当選するなどということも多々起こります。票が減っていても、結局当選(小選挙区で)してしまうのならば、結果としては変わりませんし、国民や選挙区民の総意として、責任は十分取ったと認めていることになってしまいます。

人か政党かの問題について
 基本的に人で選ぶべき場合というのは、個人個人の意見がきちんと党に反映されるかされないかという点と、政治と金の問題にあると思います。
 党に党員の意見が反映されていないと、候補者がどんなにすばらしい考えを持っていようと絵に描いた餅で終わります。
 意見が反映されるかと言う点では、民主党は十分かどうかは別として、ある程度反映されているようですが、自民党や公明党、共産党はあまり反映されていないようです。国民新党や新党日本、社民党については私は良く知らないのでノーコメントです。
 つまり、自民や公明・共産については党の上層部の人間についてなら、民主については上層部と差はあるものの、新人議員でも、人で選んでも良いのではと思います。
 政治と金の問題については、議員個人の問題ですむものではないので、一円一円まで収支報告をしている議員は確かに信頼できますが、それだけで票を入れることについては、その有権者が政治と金の問題と他の問題を比較して、政治と金の問題についてどこまで重要と考えているのかによると思います。個人的には、参考程度にとどめるべきだと考えていますが。

消費税と内税表示について
 消費税は、福祉に使うということで議論が完全にごまかされていますから。内税表示については消費税値上げがまだ行われていないために、それほどの問題にはならなかったのだと個人的に思います。
お礼コメント
Rafi

お礼率 98% (112/114)

再び回答ありがとうございます。

>難しい言葉を使う理由。
これはメリットとデメリットがあるのですね。

>政治責任について
今回の増税は安倍政権について非難集中していますが、実際には小泉政権の頃から出ていた話だと知って驚きました。
そうなると安倍総理ではなく小泉前総理に責任があるようにも感じますが、退陣した場合、そういう追求はできないというのであれば、長い時間をかけて練らなければいけない政策はいいっぱなしの無責任移管も可能ということなのでしょうか…

政策実行が自民党と公明党のみというのは初めて知りました。
なんとなく他の政党は追求ばかりしてて、政策を何かやっているように見えなかったというのもありますが。
意思表示をすることが大事なのですね。

>人か政党かの問題について
これも政党次第ということなんでしょうね。
ただ政党によっては人で選んでも反映される可能性があるというのは心強く感じます。

>消費税と内税表示について
ショックです…。
つまり今回は「ごまかすのが下手だった」為にこれだけあちこち窓口であれるまでになっているということなんですね…
じわじわ上がっているだけなら気づきにくくても、一気に上がると気づきやすいという程度の違いだったのですね。
上がらないうちから内税表示ということは、今後上げるときの抵抗をなくすという布石である可能性が高いということなのでしょうか。
投稿日時:2007/06/17 04:25
  • 回答No.5

ベストアンサー率 25% (96/374)

>他の政党ではない理由はなんでしょうか
政権交替の軸にはなりえないというのが民主党以外のどの政党にも言えますが、以下が細かい理由です

社民党
・日本に社会民主主義が根付く機会を奪い、なおその思想を貶め続ける政治姿勢
・大企業と富裕層を締め上げれば全てが巧くいくかのように唱える経済・財政政策
・どう考えても収支が合わない福祉政策
・イデオロギーに準拠しただけの外交政策
・国家を滅亡に導く防衛政策
 とくに防衛に関してですが、私は何が何でも改憲しなければいけないと考えるような思想を持っていません。それでもなお社民党の政策には兵器の新規発注取り止め(これだけで日本政府以外マーケットを持たない日本の防衛産業は壊滅します)や無防備都市宣言の法的保護等、現状一定の防衛力を認める政党とは思えない公約が散見されます。

共産党
・共産主義を捨てきれない点
 信教の自由、議会制民主主義の維持、そして何より私有財産の容認など共産主義の根幹に関わるような政策を共産党は謳っています。私有財産など認めてしまえばそれは共産主義と呼べないのではないかと個人的には思うのですが一般有権者に指示を広げる為にやむをえないのでしょう。そこまで譲歩してなお共産主義の看板を捨てられないところに私はこの政党の限界を考えてしまいます。他の批判・疑念は社民党に対するそれと似たようなものです

国民新党
 ・自民党出身者が放つ腐臭の為 
 私は所得再分配機能の強い大きな政府を望んでいます。その点では大筋の主張としては彼らのそれに同調する所があるのかもしれません。しかし私は政府は小さい大きい以前に潔白な、信頼される政府でなければいけないと考えます。その為、建設業界等の特定の業界に利権を与えその見返りに献金や票田をえる自民党地方議員的手法は可及的速やかに根絶される必要があると認識しています。小泉前首相に逆らって自民党を飛び出た気概は買いますが。彼らは早々に(純粋に所得の再分配のみに留意する)後進に道を譲るべきです。

新党大地、新党日本
 これらの政党の事はよく存じ上げません。
お礼コメント
Rafi

お礼率 98% (112/114)

わかりやすい解説をありがとうございます。
>・どう考えても収支が合わない福祉政策
そうなんです。まさにここがずっと気になってるポイントで、今回の増税が争点となったら、このメリットが目について福祉が華々しく書いてあるところに票が流れる可能性があるでしょうが、一方で、どう考えても矛盾を生じる政策でありながら、支持され、仮に与党になれたとしたら、それは実現できるのか?ということなんです。

共産党のご説明もわかりやすかったです。
国民新党は、記憶から完全に抜け落ちていました。
アメリカなどだと共和党と民主党しか聞かないのですが、日本がこんなに政党を増やしているのは何か理由があるんでしょうか。
細分化が進んでいるのであれば、無所属と大差ない気がしないでもないのですが…
投稿日時:2007/06/17 04:12
  • 回答No.4

ベストアンサー率 37% (61/164)

参院選の争点について
 確かに年金問題や増税だけを争点にしていてはいけないと思います。ただ、現状では、なかなか色々な問題全てを検討してどの政党に投票するか決定するということはできないと思います。そうやって、一部だけに政権運営の問題をすりかえることは二年前の衆院選においても行われました。マスコミが、政治家に踊らされていることも要因の一つです。国民全体(特にマスコミ)の政治に対する知識や関心などの底上げをしないと難しいでしょう。

政治責任について
 責任の程度の問題だと思います。全体の責任は全体の責任というのもありますが、その中でも与党の責任は大きいということでしょう。また、政治全体の責任は、国民の責任と置き換えることもマスコミの責任と置き換えることもできます。結局全て国民が悪いとなりかねません。

政策の実行力について

これは、はっきりとは分かりません。今までの政権はほとんどが自民党のものでした。衆議院で自民党以外が与党になることもありましたが、参議院の与党が自民だったり、連立与党だったりと、単独での政権運営を行ったことがあるのは自民党だけです。実際に一度他の政党に衆院参院両方の与党になってもらって、数年間政権を任せてみないとどれだけ実行力があるのかをはっきりとは分からないのではと思います。
 私は基本的に、選挙で一番怖いのはどこでも同じだと思うことであると考えます。どこが政権をとっても変わらないと思わせることが自民党の選挙戦略の一つともなっています。それは自民党の政権運営を認め続けることにつながるためです。
 政権交代してみないことには分からないこともあります。93年当時衆議院で自民党が野党になったときに政治家への陳情が一時的に無くなったということも聞きますから、変わる部分も十分にあると思います。また、政権交代した結果その政党の運営があまりよくなくとも、自民党政権にもどったときに、それまでより良い政治を自民党はするかもしれません。自民党政権のままでは結局政治は殆ど変わらないことになります。
 
 増税について
 マイナスイメージのある増税は国民の理解を得がたいため本当に必要な増税の際には仕方の無いことかもしれません。国民がきちんと理解できるだけの理由を提示すれば納得してくれて、増税という行為のみによって、選挙が左右しないという前提があるなら、きちんと説明するべきであると思いますが、なんともいえません。今は財政難だから、増税しなければならないというのは、支出を抑えた上での話(数年前から支出を抑える努力はしているみたいですが、不十分です。)だと個人的には思いますので、支出を十分に押さえた上ではない増税は反対ですが。
お礼コメント
Rafi

お礼率 98% (112/114)

ご回答ありがとうございます。

>参院選の争点について
やはり意識や知識の底上げが問題なのですね…
それにしても政治も税金も保険も役所的なものはどうしてやたら難しい言葉を使うのでしょうか。
周囲のあきらめてる発言の理由を聞くと、「結局よくわからないし…」と言われることが多いのでよけいそう思います。
言葉もシステムももっとシンプルになればもう少しみな関心を持ちやすくなると思うのですが…やはり難しいことなのでしょうね。

>政治責任について
民間企業であれば、責任を取れる立場の方が責任を取りますよね。
社長なり、上司なり…
政治については、国民の代表でありトップでありますが、選挙で選出されるということは、選んだ側である国民にも責任があるということですよね。確かに結局国民がすべて悪いという結論は非常に怖いですね。
しかし自分のスキルに偽りがありできないことをできると言って採用された社員は社員に問題がありますよね。政治家が実行できないことについての責任はどうあるべきなのでしょうか。

>政治の実行力について
変わらないからあきらめていては何も変わらないということなのですね。ひとつ疑問ですが、選挙において入れたい政治家はいるけれど、所属政党が気に入らない場合、どちらを優先して投票する方が効果的なのでしょうか。議席数で政治が動くと聞くと、人より政党が判断基準という気になってくるのですが…

>増税について
増税は確かにマイナスイメージは拭えないし、選挙に過敏になるのはじゅうぶんにわかります。
必要であればしなくてはならないのもわかります。(でなければますます借金大国になる訳ですし…)
では消費税が3%から5%になったときや、内税表示にして感覚をやわらげようとしたときは、何故今回ほど騒動が大きくなかったのでしょうか。
やはり、増え方の大きさとごまかそうとしている点が大きい気がするのですが…
投稿日時:2007/06/16 22:52
  • 回答No.3

ベストアンサー率 25% (96/374)

ご質問をもう少し絞ったほうが良いと思います。

 行政の責任は内閣の責任、ひいては与党の責任です。政治全体の責任というような言い方をすると責任の所在が曖昧になり“じゃあこれからは皆で気をつけよう”といった類の精神論的な教訓で終わってしまいかねません。
 反自民票というのは野党の勢力伸張だけでなく自民への評価、という意味を含みます。これまでの自民は野党が拙過ぎる、という理由で大分甘い評価を受け続けてきましたし、それに慣れてしまっているようにも感じます。腐敗の払拭などの意味も兼ねて自民には野に下ってもらう時期が来ていると思います。
 野党の政権交替に関してはそこまで考える必要はないと思います。今回の選挙で野党が過半数を得ても、衆院は与党が3分の2以上の議席を確保していますので、強行採決する意思さえあれば、法律であれ予算であれ総理大臣の指名であれ自民党の意見が通ります。参院の大敗を受けて自民が分裂、となれば話は別ですが私は自民は分裂すべきだと思っていますのでそれはそれで良いと思っています。
 税金に関してですが、私は所得税の累進性を大幅に強化して欲しいという事以外は現行のやり方に概ね賛成です。自民が所得税を上げない事が解っているから彼らに投票しないんですが(笑)
 今回の選挙ですが上述の様に、短期的には自民に対して国民はシビアな評価をしていると伝えるために、長期的には政界再編の僅かな可能性に期待して民主党に投票します。まぁ小沢代表のポピュリズムにはウンザリですが。
お礼コメント
Rafi

お礼率 98% (112/114)

ご回答ありがとうございます。
そうですね、2の方へお礼を書いているうちに、確かに要素が多すぎると思いました。

精神論で終わりたくないから質問を出してみたのに、曖昧なことであれば元の木阿弥ですね。

政党と選挙と政治の絡みについてはシンプルで非常にわかりやすい説明をしていただけたと思いました。
○○党が大敗だから政治が変わるとかそんな短絡的な問題でもないのですね。
考えてみれば政治家も人間で、自分の意見を通す為にあの手この手の知恵を絞るのでしょうから、何もしないで政党が下るということはなかなかなさそうですね。

民主党を今回はご支持されていらっしゃるとのことですが、自民への否定はともかく、他の政党ではない理由はなんでしょうか。
他の政党では政界再編の力が民主より劣るとのご判断なのでしょうか。
選挙時の支持政党についてのご意見なので、その点について差し支えなかったらで結構ですので、ご意見いただければ幸いです。
投稿日時:2007/06/16 22:13
  • 回答No.2

ベストアンサー率 29% (112/377)

>増税やら年金問題で参議院選の争点がと言われていますが、本当にこれが争点でいいのでしょうか。
よくないと思いますが、そう報道した方が視聴率がとれる、スポンサーがつくというマスコミの体勢だと思います。

>自民党(与党)の責任であって、与野党、政治全体の責任ではないのでしょうか。
政治家だけの責任ではなく、その政治家を選出した国民にも責任はあると思います。

>それならアンチ自民党が増えることで政治は本当に変わるのでしょうか。
政治は変わります。それがよくなるかどうかは、別ですがね。

>他の政党の政策に問題はないのでしょうか。
必ず問題はあります。問題がない完璧な政策なら、その党が断トツで議席を確保するでしょう。

>筋の通ったマニフェストを掲げ、実行出来る力のある政党は、今、日本に存在するのでしょうか。
実行できていれば、今政党として存在しているはずなので、今ないと言うことは、筋が通っているが、実行できていないと思います。

>定率減税の件を伏せ「殆ど変わりません」と言うのはどう考えてもおかしいと思うのです。
意図的に伏せ、虚偽の説明をしているのであれば、水掛け論にならないように、音声の録音や書面でその職員の言動を記録しておいた方がよいでしょう。

>一般市民は選挙くらいでしか反論出来ませんよね?
選挙に当選するまでは、どんな政治家も一般市民です。
選挙によって、今政治を行っている政党や政治家に対して国民の意思を伝えることができます。
投票率が50%近い中、その半数以下で当選する議員は、国民の20%の意見・意志だけを反映していると思います。

もっと国民すべてが、政治家について勉強し、選挙に積極的に参加するようになれば、政治は変わると思います。
以上が私の考えです。
補足コメント
Rafi

お礼率 98% (112/114)

すいません、長くなったので補足にも続けます。

>意図的に伏せ、虚偽の説明をしているのであれば、
やはりこれは意図的であれば虚偽の説明ということなのでしょうか。
このときは、私自身の問い合わせではなかった為、スルーしてしまったのですが、「知らない」人への説明としては「納得して納税するまで」の説明であり、正しいことを伝える説明ではないように思いました。
また、私は以前民間のクレーム処理をしていたことがあるのですが、対応の仕方がそのときのマニュアルと似通っている点も気になりました。
他の役所の窓口の方は対応もよく、担当でない件への案内も明確であったのに、今回伺った課税課のみそのような印象を受けたので尚更です。
以前も別件で課税課に伺ったことがありましたが、そのような印象は受けませんでした。
増税絡みの件としては、国も自治体も事態を最初からわかっていたように感じます。

選挙の比率については確かにそうですね。
そもそも投票率も高い訳ではないですし。

私も政治に関心を持っと持ちたいし、他の方にも持ってほしいと思います。
ですが身近ではあきらめている意見ばかり聞くので、本当にどうにかして唯一参加できる選挙で政治を変えることができるのか、考えてみたいと思いました。
投稿日時:2007/06/16 22:04
お礼コメント
Rafi

お礼率 98% (112/114)

ご回答ありがとうございます。
マスコミが介入する限り、偏りは仕方ないことなのでしょうね。
一方で政党がマスコミを利用し、イメージ戦略をしたり、増税のイメージを払拭して戦うといった戦法が納得いかないのです。
増税したいなら増税すべき理由を納得させなければならないと思うのですが、騙すのは国の代表としてあってはならないことではないですか?

>政治家だけの責任ではなく、その政治家を選出した国民にも責任はあると思います。
もちろんです。だからこそ、今回選挙で「そういった政治家を選ばずに済むよう」にしたいと思ったのもこの質問に至った理由です。

党が変われば政治は変わるけれどいい方向に向かうかはわからないという点はわかりました。やはりそれはどの政党も問題を抱えながら、マニフェストを掲げているというところに要因があるのでしょうか。

>実行できていれば、今政党として存在しているはずなので、今ないと言うことは、筋が通っているが、実行できていないと思います。
なるほど。これは実行力がないということなのでしょうか。
またこういった若干机上の空論に近いマニフェストを掲げる政党は一般の国民が変わることで力を得ることができたりするのでしょうか。
投稿日時:2007/06/16 22:03
  • 回答No.1
こういう言い方は悪いかもしれませんが、日本に野党っています?
共産党だけが唯一政権についてないだけですよね。
国の財政の問題も誰も赤字にした責任はとらない。
正直、私は日本に未来はないと思っています。
政治に期待してもむなしい思いを味わうだけでは?
もう一度GHQにきてもらって、一から作り変えなきゃ日本は変わらないと思います。
お礼コメント
Rafi

お礼率 98% (112/114)

ご回答ありがとうございます。
そうなんですよね。
仮に今回アンチ自民だとして、さあ、じゃあどこの政党が担えるのか?というと思いつかないのです。おっしゃるように与党の対抗としての野党があるとは思えない状態です。

しかし日本に未来はないと言い切って何も変わらないのであれば、年金の問題なんかも何十年も放置ということってなかったのではないでしょうか。
それを考えると政治にもですが、団塊の世代などが今まで何も疑問もなくアクションをしてこなかったことにさえ疑問を感じるのです。
それが政治の長年巧妙に隠してきたトラップの露呈なのか、本当に改善する余地がなかったのかも知りたいと思います。

仮に国が終わってしまいます、と言われてそうですか、と納得できる人っているでしょうか。
正直、こんなに否定からしか入れない政治ならいっそ否定選挙でなってほしくない政党で投票させてくれればいいのに、とさえ思います。
投稿日時:2007/06/16 21:41
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