• ベストアンサー

井原西鶴 『世間胸算用』

井原西鶴の『世間胸算用』について学校でプレゼンテーションを行わなければならないのですが、「作者は何故同じ日の話ばかりを20も書いているのか」について良いアイディアが浮かびません。何か参考になるようなものはないでしょうか??よろしくお願いします。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • kogonta31
  • ベストアンサー率67% (41/61)
回答No.1

「世間胸算用」は、井原西鶴が書いた浮世草子です。 同じ日と言うのは、一年の大晦日、すなわち新年を迎える前日の話を取り扱ったものであり、借金や負債を抱えた町人が、金貸しや商人その他諸々のしがらみからどのように切り抜けて新しい年を迎えるかを20の話で描いたものです。 格段に展開される町人の切り抜け方、商人の知恵等等、当時の町人の息遣いが聞こえてくる面白い話です。 現在でも、毎月の生活費をどのように切り詰めるかが、TV番組などになったりしますが、江戸時代に経済話を小説化した井原西鶴の話は、一度読まれる価値があると思います。TVの時代劇などとは違った面白さがあります。

kirari842
質問者

お礼

昔は、町人たちにとって大晦日は大変なものだったようですね。【笑】 とても参考になり、助かりました(*^^*) ありがとうございます。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。

関連するQ&A

  • 世間胸算用について

    世間胸算用とはどういうものなのですか?? 突然国語の宿題で調べろと言われました。 井原西鶴が町人の様子を書いたものとまでわかりました。 質問があります (1)これは俳句ですか?それとも物語ですか? (2)大晦日を限定して書かれたものなんですか?? (3)1つの話ですか?それとも短編がいくつもあってまとめて世間胸算用ですか?? (4)その他知っていることや発表に役立ちそうなこと教えてください

  • 井原西鶴 武家義理物語の小判の話

    井原西鶴の武家義理物語の小判の話の内容について教えてください。今アメリカに住んでいて井原西鶴の武家義理物語が手に入らないので、困っています。読んだことがある方、できるだけ詳しく小判の話について教えてください。どうやらその話は、、。武士が集まって小判の見せ合いをしていたら、小判が無くなってしまった。他の人が疑われてはいけないと泥棒をかばって自分の小判を置いていったら小判がが増えてしまった。つまり皆が同じことを考え、小判を置いていったから。その後無くなった小判がでてきて小判を出した人は持ち帰るようにと指示するのだが、誰一人とも出した小判を持ち帰らなかった。どんな集まりだったんですか?どんなところで行われたんですか?いつの話ですか?詳しい描写を教えてください。

  • 取りつく「島」

    「取り付く島もない」という言葉がありますが、 語源は井原西鶴の「世間胸算用」であるということまではわかったんですが、 その「島」はどんな島なんでしょう? ご存知の方いらっしゃいましたら、よろしくお願いします。

  • 西鶴の「世間胸算用」では、なぜ紅葉(もみじ)のことを木偏に色とかく漢字で表記するのか教えてください

    井原西鶴の「世間胸算用」巻一の三「伊勢海老は春のもみじ(もみじの漢字は木偏に色とかかれている)」という話では、同じモミジでも木偏に色とかく漢字が使用されていますが、これは なぜ、もみじは「紅葉」とせず木偏に色とかく漢字としたのか。何か意味に違いがあるのか、ご存知の方教えてください。僕は、大漢和辞典で調べてみましたが使い分けなど書かれておらず大変短い説明で終わっていたのでがっくりしてしまいました。

  • 江戸時代の貨幣と現代

    質問のカテゴリが間違っていたらすみません。 井原西鶴の本を読んでいて思ったのですが、よく話の中に○○両と出てきます。 現在の貨幣価値で言いますと、一両いくらくらいになるのでしょうか。 参考になるようなサイト・書物などがありましたら、それも教えて頂きたいのですが。  よろしくお願いします。

  • 井原西鶴と花魁

     学生のころ授業できいたのですが出典がわかりません。    井原西鶴が源氏物語についてある花魁に質問をしたところ、その花魁からは質問の答えはなくただ湖月抄の版本が渡されてきました。  それで西鶴は近頃の花魁は情けない、花魁ともあろうものならちゃんとした名のある公家の手による源氏物語の写本をもっていて、質問に すらすら答えられて当然なのに、と憤慨したそうです。  おもしろいエピソードなので出典をちゃんと確認したいと思いました。ご存じの方お教えいただければ幸いです。

  • 井原西鶴の好色一代男について

    井原西鶴の好色一代男について 5巻の¢後は様付けて呼ぶ£の作品を論じるように言われ現代語訳を調べたのですが、この作品のどこに深みや面白さがあるのか、いくら考えても全然分かりません アドバイスを頂けないでしょうか(好色一代男全体を通してでも構いません) ちなみに現代語訳です↓ 吉野太夫を見染めた刀鍛冶職人駿河守金網の弟子が爪に火を灯すよう貯めた上げ代53匁を貯めて嶋原に向かうものの、太夫の相手となる格に遠く及ばず門前で追われる。それを不憫に思った吉野はその男をひそかに招き、思いを遂げさせたという。井原西鶴の好色一代男では、それを目にした主人公の世之助が「これぞ女郎のあるべき姿」と嫁にひくことになっており、「なき跡まで名を残せし太夫。前代未聞の遊女也。いづれをひとつ、あしきともうすべきところなし。情第一深し」と残している。 そのほかにも「好色一代男」には世之介との結婚を親族から猛反対された吉野太夫の話が出てくる。世之介はなにを考えたか、親族の女性に宛てて「結婚は諦めますのでお別れ会をしたい」と文を送る。それにつられて親族の女性がやってくると吉野がいない どこへいったのかとさがさせると台所で粗末なきものを着て、お皿を洗っている。私のようなものが皆様と同席できません との言葉に皆は吉野の奥ゆかしい人柄を思い知る。その後吉野は「時計の調整」(当時家に時計を持っている人は少なく、また調整には技術がいったのでそれだけでも知識人)「親族女性の娘の髪や化粧をととのえたり」「箏を弾き、笙をふき」「茶を点て花を活け替え」「話題は風流事からはては家計のやりくりの話まで」人をひきつけて離すということがない。ほんの少しでも吉野が席を離れると、吉野がいない、吉野はどこへ行ったと人が探して回るという有様。素晴らしい女性、これこそこの家にふさわしい女性よと結婚が認められる。

  • 歌祭文について

    井原西鶴の「好色五人女」は、当時の歌祭文をもとに書かれたという話を聞いたのですが、その頃の人々にとって歌祭文とはどのようなものだったのでしょうか?「歌祭文」といってもピンとこないので、何か関係する資料などがあれば教えてください。よろしくお願いします。

  • 世間話

    僕は会話の苦手な中学生の男子です。塾や学校で友達と世間話をするとき、あんまり笑ってもらえたりすることがありません。 自分のことだけ話さないように気をつけてているのですが、何か他にアドバイスとかはありませんか?

  • こんな私は世間知らず!?

    みなさんは『差別用語』をドコで知りましたか? 実は私はこの『差別用語』を殆んど知りません。 「親から聞いたことは?」という声もありますが、私の場合、親がそういった言葉を使った会話をしたことの記憶がありません。(別に親が聖人君主(字がわかりませんが(笑))ではないと思いますがf(^^; ) 親戚に少し障害のある2歳上の♂がいるのですが、小さいときにもちろん遊んだし、私たち家族が引っ越したために、その子とは中学が同じでした。 でも、その障害のことでいじめたコトもないし、むしろ尊敬してるトコもあるんです。というのも、彼が中学3年のとき、先生には「成績が悪いから(市内でも学力が低い高校も)進学は無理。行けるとしたら、障害者学校みたいなトコか、就職ですね」と言われていたのに、頑張って勉強して、高校に進学して、卒業もしてるんです。そのことは両親から話を聞いていました。 話は長くなりましたが、つまり、私の周りで差別用語を知る機会が無かったように思います。 でも、みんなは私以上に差別用語を知っているし、使ってる。 私は知らないから使わない。 でも、知ってないと世間知らずと言われそうで… みなさんはどう思いますか? 『差別用語』を知らないのは世間知らずになるんですか?

このQ&Aのポイント
  • ドライブレコーダーに挿入したmicroSDカードが認識されず、フォーマットもできない状況になっています。原因と対策を解説します。
  • マイクロSDカードをドライブレコーダーに挿入しても、カードが認識されません。そのため、フォーマットもできません。どのような原因が考えられるのでしょうか。
  • エレコム株式会社の製品であるドライブレコーダーにmicroSDカードを挿入しても、カードが検出されず、フォーマットができません。この問題の解決策について解説します。
回答を見る