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平安時代のゴミ箱って?

私は平安時代に興味があるのですが、この間ふと「平安時代の 家にゴミ箱ってあったのかな?」と疑問に思いました。家庭で 出たちょっとしたゴミを捨てるゴミ箱のような道具はあったの でしょうか? 平安時代はリサイクルが頻繁に行われていた事は知っていま すが、それでも再利用できないゴミもあったと思います。そ ういうゴミはどうやって処理していたのでしょうか?それとも、 今よりもずっと深いリサイクルの知識があって何でも再利用し ていたのでしょうか?どなたか分かる方がいらっしゃいました ら答えてくださるとうれしいです。

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  • 回答No.3
noname#49020
noname#49020

 私はテレビ、冷蔵庫、掃除機、プラスチック類などのない時代に、田舎に住んでいました。  煮炊きや風呂も薪を燃していました。  出るゴミは全部自分の家で始末していました。ゴミ収集車はもちろんありません。  ゴミについては、スーパーのトレーなどのようなゴミは出ませんので、今よりも圧倒的に少ないです。魚屋や八百屋では古新聞紙に包んでくれました。平安時代とおおきな差はないんじゃないかと思います(笑)。  自分の家ではゴミ穴を三つ掘ってそこへゴミをすてていました。 ・ゴミ穴A:生ゴミ用:野菜の切れ端、果物の皮、魚の骨 ・ゴミ穴B:不燃物用:茶碗のカケラなど ・ゴミ穴C:草むしり用:庭のむしった草や落ち葉  イッパイになれば、土をかぶせ、別のところへ穴を掘ります。  Bの穴は中々イッパイにはなりません。  Cの穴は適当な時期に火をつけて燃やします。  新聞雑誌などの紙類のゴミはカマドや風呂の焚きつけに利用しました。  糞尿は、便所から裏の畑の大きな壷へ移し、肥料にしていました。  平安時代のゴミの始末はどうしていたかわかりません。しかし・・・  弥生時代の遺跡にはゴミ穴があります。↓ 縄文時代の貝塚もゴミ。 http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/koukogaku/koukogaku050825.html  花咲じじいの物語は何時の時代か知りませんが、意地悪じいさんが掘ったら不燃ゴミが出てきました(笑)。  江戸時代のゴミ穴も発掘調査ではよく見つかるそうです。  平安時代も、裏庭に穴を掘って・・・という感じがしますね。  

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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。大変参考になりました。 貝塚のことは知っていましたが、今で言うゴミ収集所のような 大人数で利用するものだと勘違いしていました。確かに個人の 家の庭にもゴミを置いておく穴が掘ってあったのかもしれませ んね。花咲じいさんの物語もびっくりでした。やっぱり庭にゴミ 置き用の穴があったのかもしれませんね。 ところで、oboeteGooさんのおうちではAの穴はどうしていたのでしょうか?生ゴミならばそのまま埋めても肥料になりそうですから、やはりいっぱいになったら埋めていたのでしょうか?それともCのように燃やしていたのでしょうか?よろしければお答えください。

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その他の回答 (3)

  • 回答No.4
noname#49020
noname#49020

 NO.3です。 >Aの穴はどうしていたのでしょうか?・・・  イッパイになったら、その上に土をかぶせます。そうしたら、いつかは腐り分解します。ですからヴォリュームが減りますので、そこはえぐれた浅い穴状になります。  我が家では腐った生ゴミを掘り出して、肥料として使うということまではしていませんでした。まあ、自然と庭の木が根を伸ばして養分を吸っていたかも知れません。  そして、また別のところへAの穴を掘ります。  肥料としていいのはウンコです。しかし、植物は有機物のままでは養分を吸収できません。したがって裏の畑の大きな壷(肥溜め)へ運び貯めておきます。そうすると分解が進み、畑へ撒くと植物は窒素肥料として吸収しやすくなっているわけです。しかし完全に分解しているわけではないのでクサイですぞ。  ニワトリも飼っていましたので、これの糞が燐酸分が多くいい肥料になりました。  Cの穴の灰はカリ肥料に使えます。  その頃は肥料に人糞を使いましたので、皆さん寄生虫(特に回虫→ウドンにそっくり)を体内に飼っていらっしゃいました。  恐らく平安時代は皆さんおっしゃるように、ゴミは少なかったと思います。  今のように買い物で、包装ゴミが出るということは全くありません。  また握り飯などを包むのも葉蘭、竹の皮、笹の葉などを使っていたと思います(平安時代に握り飯の習慣があったかどうかは未確認)。  今は木造の家を壊すときは重機でぶっ壊して、廃材にして焼却炉で燃やしてしまいますが、昔はそっと分解して、柱や板は再利用していました。  鋸やチョウナで板を作るのは大変な労力と技術を要します(平安時代に鋸やチョウナがあったかどうかは未確認)。  木は風雨や日光、湿気に気をつければ何年でも持ちます。  法隆寺(東大寺?)の古材を削ったらヒノキの香りがしたとか、ヴァイオリンの名器(ストラディやガルネリ)はウン百年経っていて、それらを上回る音色のものは、新しい木では作れないとかいう話を聞いたことがあります。 >貝塚のことは知っていましたが、今で言うゴミ収集所のような大人数で利用するものだと勘違いしていました。 ・・・質問者さんの今までの認識で正しいと思います。私は貝塚もゴミダメと言いたかったわけで、個人の家(竪穴住居!)の貝殻ゴミは、少量なので今頃まで残りにくいと思います。

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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。生ゴミは土に吸収されますから、確かにそのまま埋めておけばゴミにはなりませんね。 それにしても、昔の方の知識はすごいですね。今よりもずっと物に対する感謝の念が強かったのでしょうね。

  • 回答No.2

平安時代、食べ物の汁を紙で拭くなんてことは超セレブな人以外できません。紙は非常に高価なものであり、あまりに高いので書類でも多くは木や竹の板に書いていたのです。 だからこそ、貴族のおしゃれとして懐紙なんてものがあったのでしょうけど… http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E7%B4%99 現代は貨幣経済、分業、大量生産といった仕組みのおかげで身の回りに大量の「物」が存在しますが、それ以前には人工物ってすごく少なく、また高価だったのです。「リサイクル」って概念がないというか、流用するほうがあたりまえというほうが近いかもしれません。

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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。そうですね、確かに昔の紙はとても高価でちょっとしたことに使うなんて無理ですね。きっと平安時代の人にとっては、流用しないなんて思いもつかない行動だったのでしょうね。 回答ありがとうございました。

  • 回答No.1

おもしろい質問ですね。専門家ではありませんが、モノが不足していた時代はゴミは極端に少なかったと思われます。 貴族、中流、庶民、さらにその下の人たちにいたるまで、階級は歴然としていたのですから、使わなくなっても使ってくれる人はいたでしょう。 食料品のように腐るものは、土に埋めれば肥料になるし、布や紙や木は燃やせば灰も利用法があります。陶磁器のようなものはお下がりで使う人はいくらでもいたでしょうし、金属は鍛冶屋が打ち直せば別のものにして再利用もできます。 平安時代に再利用できないゴミ、思いつかないのですが、どんなものがありそうでしょうか。

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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。再利用できないゴミで考えていた のは食べ物の汁などを拭いた紙などです。染み付いた物は場合 によっては畑の肥料などに使えると思いますが、紙自体は劣化 してしまい使えないような気がしていました。 しかしcrystalmegさんの意見を読んで考えが変わりました。確 かに燃やせば再利用できそうですね。 けれど、紙が汚れてから燃やすまでの間は、その紙はどこに置 いていたのかという疑問は少し残ります。ただ、もしかすると 平安時代の人にとって物の再利用は何よりも大切な事で、使え ない物が出たらすぐに何らかの手を打っていたのかもしれません ね。 crystalmegさん、回答ありがとうございました。

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