-PR-
締切済み

賢さ・愚かさ

  • 暇なときにでも
  • 質問No.28609
  • 閲覧数424
  • ありがとう数16
  • 気になる数0
  • 回答数7
  • コメント数0

お礼率 0% (0/7)

自分の愚かさに気付く賢さ、それを賢いと感じる愚かさ、またそれに気付く賢さ・・・結局自分は賢いのでしょうか?
これが分からないのも愚かさ?でも質問することは賢さなのでしょうか?
通報する
  • 回答数7
  • 気になる
    質問をブックマークします。
    マイページでまとめて確認できます。

回答 (全7件)

  • 回答No.2

そうやって常に自分に問いかけ新たな疑問にぶつかってはそれを解決しようと自分に問いかける。その繰り返しが賢い人間の生き方なのではないでしょうか。あなたのように他人に質問することも賢さの一面だと思いますよ。
そうやって常に自分に問いかけ新たな疑問にぶつかってはそれを解決しようと自分に問いかける。その繰り返しが賢い人間の生き方なのではないでしょうか。あなたのように他人に質問することも賢さの一面だと思いますよ。
関連するQ&A


  • 回答No.1
レベル12

ベストアンサー率 26% (249/938)

「無知の知」っていう奴ですね。 「自分は賢い」と信じた時点で愚か者になるのかも 知れませんね。 常に疑問をもっていることが賢いのでしょうか。
「無知の知」っていう奴ですね。
「自分は賢い」と信じた時点で愚か者になるのかも
知れませんね。

常に疑問をもっていることが賢いのでしょうか。
  • 回答No.3
レベル13

ベストアンサー率 14% (98/698)

1.愚かなことをする ・・・反省 2.それに気づく賢さ ・・・成長 3.それを賢いと感じる・・・傲慢 4.再び愚かだと気づく・・・反省 1.2までは反省してその経験を生かして次へのステップアップでゆるせる。 3.4.....以降は、おばかさんです。 1.で反省した意味がなくなる。 同じ過ちは、2度繰り返すなとよくいうのはそういうことじゃないのでしようか~?
1.愚かなことをする ・・・反省
2.それに気づく賢さ ・・・成長
3.それを賢いと感じる・・・傲慢
4.再び愚かだと気づく・・・反省

1.2までは反省してその経験を生かして次へのステップアップでゆるせる。
3.4.....以降は、おばかさんです。
1.で反省した意味がなくなる。

同じ過ちは、2度繰り返すなとよくいうのはそういうことじゃないのでしようか~?
  • 回答No.4

まず、何をもって賢さとするか? というのがこの問いの投げかけている点だと思われます。 であれば、matibitoさんの質問の抽象性を消していく作業が解決の糸口になるのではないでしょうか。 この質問の比較対象とされているものはなにか? ここが一番大事なのですが。 ここについて、推し量ることはこの質問からは難しい。 ということで、消去法で行きましょう。 1)(このような疑問を持っ ...続きを読む
まず、何をもって賢さとするか?
というのがこの問いの投げかけている点だと思われます。

であれば、matibitoさんの質問の抽象性を消していく作業が解決の糸口になるのではないでしょうか。

この質問の比較対象とされているものはなにか?
ここが一番大事なのですが。
ここについて、推し量ることはこの質問からは難しい。

ということで、消去法で行きましょう。

1)(このような疑問を持ったことがないと思われる)自分の隣人との比較
ま、こういう比較であるならば、賢いといえます。
しかし、以降に挙げる比較対象と比べると...

2)こういったことばかり考えている隣人との比較
初心者であるわけですから、当然負けでしょう。

3)この分野の専門家との比較
いうまでもなく....(笑)

とまぁ、こういった案配で、何を目安にするかというのがこの質問にとっては一番重要なのではないかと。

で、しいていえば、そのときの自分が置いている比較対象のレベルが賢さのレベルの基準にできるのではないかと、僕は思ってます。

まぁ、でも、仏教では
「『悟り』という概念を捨てた先に『悟り』はある」
なんてなことも申しますので、この道はえんえんと続くなが~~い道のようですが(笑)
  • 回答No.6
レベル5

ベストアンサー率 50% (2/4)

一般に、「賢さ」とはある事柄、もしくはある存在(人など)の一部分を指して 使われることが多い言葉であり、「賢い」とは、その存在そのものを形容する 場合に用いられる言葉です。 つまり、質問第一文中の「それを賢いと感じる愚かさ」の”それ”とは、 「愚かさに気付く賢さ」ではなく、「愚かさに気付いた自分」を意味しています。 第一文を分解してみましょう。 1 自分の愚かさに気付く・・・賢さ 2 ...続きを読む
一般に、「賢さ」とはある事柄、もしくはある存在(人など)の一部分を指して
使われることが多い言葉であり、「賢い」とは、その存在そのものを形容する
場合に用いられる言葉です。

つまり、質問第一文中の「それを賢いと感じる愚かさ」の”それ”とは、
「愚かさに気付く賢さ」ではなく、「愚かさに気付いた自分」を意味しています。

第一文を分解してみましょう。
1 自分の愚かさに気付く・・・賢さ
2 愚かさに気付いた自分・・・賢い
3 賢いと感じる    ・・・愚かさ
4 愚かさに気付く   ・・・賢さ
5 結局のところの自分 ・・・賢い?

1-4の内、2には別の要素が含まれているので除外します。
すると、1-3-4-3-4-3-…というループができます。
ここでは、ある行為や一つの事柄について述べられているので、
「自分は賢いか?」という問いの回答はでてこないと思うのです。
むしろ残りの二項目に根本的な題目があるのではないでしょうか。

2 愚かさに気付いた自分・・・賢い
5 結局のところの自分 ・・・賢い?

「愚かさに気付いた自分」を「賢い」と感じた場合、自分の中で異論がなければ、
もしくは無視できるほどの度合いであると判断したならば、「結局自分は賢い」
となるでしょう。しかし、1-3-4のループができているのですから、ご自身が
感じている「愚かさ」は無視できるどころか「賢さ」と同程度かもしれません。
全く同一の事柄でさえ観点によっては「賢さ」となったり「愚かさ」となったり
するので、あとはご自身が何を大事とするかだと思います。

アドバイス:
世の中には、賢者、賢人と呼ばれた人たちがいます。彼らはなにをもって賢者、
賢人となり得たのでしょうか。これを調べていけば自ずと質問の答えが現れてくる
のではないでしょうか。
  • 回答No.5
レベル7

ベストアンサー率 13% (4/29)

matibitoさんの疑問が堂堂巡りになるのは、主語が欠落しているからだと思います。 まず、自分の愚かさに気付くのはもちろん自分ですが、それを評価するのは他者であり、他者が自分の愚かさに気づく人間こそ賢いと認めます。それを、自分で評価するのは、愚かだと自分で告白するようなものです。 つまり、愚かさは自分で認め、賢さは他人が評価するものだと思うのですが。いかがでしょうか。
matibitoさんの疑問が堂堂巡りになるのは、主語が欠落しているからだと思います。
まず、自分の愚かさに気付くのはもちろん自分ですが、それを評価するのは他者であり、他者が自分の愚かさに気づく人間こそ賢いと認めます。それを、自分で評価するのは、愚かだと自分で告白するようなものです。
つまり、愚かさは自分で認め、賢さは他人が評価するものだと思うのですが。いかがでしょうか。
  • 回答No.7
レベル12

ベストアンサー率 10% (46/422)

己の愚かさに気づきなさい・・・
己の愚かさに気づきなさい・・・
このQ&Aで解決しましたか?
関連するQ&A
-PR-
-PR-
このQ&Aにこう思った!同じようなことあった!感想や体験を書こう
このQ&Aにはまだコメントがありません。
あなたの思ったこと、知っていることをここにコメントしてみましょう。

その他の関連するQ&A、テーマをキーワードで探す

キーワードでQ&A、テーマを検索する
-PR-
-PR-
-PR-

特集


新大学生・新社会人のパソコンの悩みを解決!

いま みんなが気になるQ&A

関連するQ&A

-PR-

ピックアップ

-PR-
ページ先頭へ