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政治の近代化とは?

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お礼率 86% (1151/1331)

高校2年、世界史の勉強中です。

勉強していて思ったのですが、政治の近代化とは何なのでしょうか?

立憲君主制が確立すれば政治の近代化なのか、議会制なのか民主主義のことなのか・・・分からなくなってしまいました。

色々な解釈があるのかもしれませんが、高校生なので、できれば教科書的な解釈を教えて下さい。

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.3
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ベストアンサー率 51% (830/1619)

うろ覚えで悪いのですが、桑原武夫というフランス文学者が「近代化の指標」として幾つかを挙げています。

1、民主主義に基づき、統治されていること
2、義務教育が行われていること
3、国民軍が形成されていること
4、共同体からの解放
5、自由主義経済であること
etc,,,

確かこれ以外にもあったと思うのですが、ちょっと忘れてしまいました。

以下に、私見として上記のそれぞれの補足です。

1、の民主主義はについて
ルネサンスを通して、古代ギリシア・ローマとアラブ・イスラム圏の思想・文化が流入し、宗教改革や科学革命が起こった。
それにによって、「キリスト教的世界観」が崩壊した。
このときに、政治に関しても一度は「絶対王政主義」に傾き、イスラム国家のような中央集権が進められた。
そして、これに対して既得権を侵害される貴族が対抗して古代ギリシア・ローマの「民主主義」を唱えた。
この時、注意しなければならないのは、「民主とは、貴族等の限られた人」であるということです。(自由人[liber homo(羅)]ともいいました。
しかし、貴族の思惑通りには進まずに「自由人」の解釈が徐々に拡大していきます。(これは、5の自由主義経済と関連しています)
そして、清教徒革命や名誉革命など幾つかの市民革命を経て、フランス革命という「象徴」が生まれることになります。
これにより、「絶対王政(君主制)」でもなく「貴族制」でもなく、今で言う「民主主義」が出現しました。

※因みに、英国ではその地理的・民族的な要因から、「絶対王政」と「貴族制(正確には封建制)」との間で振り子のよう振れる歴史を持っていました。
なので、「君主制と民主主義の折半案として、立憲君主が成立した」のです。
フランスは、これがなく「君主制」が倒されて「共和制」が樹立されました。

2の義務教育について
義務教育の基本は、国家が人民に最低限の教育を保証することです。
教育とは、よく「読み・書き・そろばん」と言われますが、この中で最も重要なのが最初の二つ(読み・書き)です。
中世の教育は、教会か家庭教師に拠っていたので一部の人(王族、貴族、聖職者、一部の金持ち)しか受けられませんでした。
しかし、「これが王や一部の貴族の専横を許す原因なので、広く人民にも教育が成されなければならない」という思想がうまれました。
文字が読めなければ、成文化された法律が読めず、故に文字の読める人に搾取される。
文字が書けなければ、法律に基づく契約関係が結べない。
近代国家は、「法の支配」に基づくのだから、これら「法的行動」が取れない人の多い国は近代化されたとは言えない。
そして、これを実現させるのは「義務教育」だけである。
※義務教育の義務は、「子供が教育を受けなければならない(子供の義務)」という意味と、「国家や保護者は、子供に教育を受けさせなければならない(国・保護者の義務)」の二つがあります。
上記は、後者の意味合いが強いです。

3の国民軍について
国民軍とは、国家が独自の軍隊を持つことです。
中世は、戦争をするときに傭兵を雇ってやっていた。
しかし、傭兵は所詮金や利害で動くので絶対的な信頼を置くことが出来なかった。(傭兵隊長には一国の支配者もいたので、単純な金だけではないのですが。)
国防を考えたとき、国民軍を形成すれば国民は自分と家族を守るために必死に戦う。
そして、その帰結として国家防衛という軍事の第一目標を達成しやすくなる。
そういった思想が生まれ、フランスやイギリスなどを中心に国民軍を形成していきました。
そして此により、経済圏の拡大が行われました。

4の共同体の解放について
共同体の解放とは、いわゆる身分が限定されること(農民の子は農民、職人の子は職人)からの解放されることです。
これによって、「企業と労働者」の関係が生まれました。
そして、これはこのまま5に繋がります。

5の自由主義経済について
この経済形態を作り上げたのは、英国ですが、最も特徴的なのは株式会社の設立です。
株式とは、信用を売り買いするということです。
このシステムが確立する以前は、担保がなければ金が借りられず商売が出来る人は限られていました。
しかし、株という信用を売ることで必ずしも担保が無くても金が借りられた。
これによって、経済が急速に成長・拡大していきました。
そして、民主主義と相まって「国家の統制によらない自由な経済」という思想が生まれました。

以上、桑原武夫の条件について私見を書いてみました。
結構断定的に書いていますが、少ない知識による完全な私の思いこみです。
なので、桑原武夫自身が言った訳ではないのでご注意下さい。<(_ _)>
お礼コメント
mabody

お礼率 86% (1151/1331)

分かりやすいかつ詳しい回答ありがとうございました。

ちゃんと全て読みましたが、うちの学校の教師より分かりやすいですね^^;
投稿日時:2007/02/27 21:41

その他の回答 (全2件)

  • 回答No.2

ベストアンサー率 33% (2764/8358)

「言ったこと」「やったこと」だけに関して、法律の定める部分に関してのみ、責任を負わせられるのが、政治の近代化。

「心の中で、どんなどす黒いこと」を考えても、表面に出た「言ったこと・やったこと」が法律に反してなければOKというのが政治の近代化。

立憲君主制(というか、立憲主義が成立する)とは、君主の意のままに極端な話、首相や為政者の首が(本物の首)切られないということ。
あるいは、政権を降りても、殺されない、普通の生活が送れることが政治の近代化。これが保証されない限り、統治者は政権から降りれなくなり、対抗勢力を潰すことが必要になります。
具体的な事象として、韓国の政権交代を見ると、政治の近代化が進んでいることが分かります。
朴大統領は、殺害されるまで政権にいました。
全大統領・盧大統領は、政権を降りた後、罪を問われ隠居生活。
その後の二人の金大統領は、公的生活を送れています。
お礼コメント
mabody

お礼率 86% (1151/1331)

回答ありがとうございます。

日常的な表現で説明していただいて、分かりやすかったです。
投稿日時:2007/02/27 21:32
  • 回答No.1

ベストアンサー率 58% (55/94)

ホイッグ史観的な高校歴史教科書からすれば、「近代化」とはヨーロッパにおける政治理論の移行する流れの事だと考えていいでしょう。
とすると、政治と宗教が密接に結びつけられていた中世ヨーロッパ政治から、ボダン、マキャベリ、ホッブスらを経て「主権」の概念、政治の宗教からの独立が理論的に形成されていった時点で政治の「近代化」が起きたと考えていいと思います。

近代化を言葉どおりにとらえれば確かに何のことやらわけがわからなくなると思いますが、まとめると、執筆者の意図としては中世から近代(15・16・17世紀)への移行期における政治理論の再定義のことだと結論付けられます。
お礼コメント
mabody

お礼率 86% (1151/1331)

回答ありがとうございます。

政治と宗教の分離ということですね。
投稿日時:2007/02/27 21:25
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