• ベストアンサー
  • 困ってます

生物のギモン。

この世には自然淘汰によって進化するはずの生物が 何故こんな個性豊かな多くの種として存在するんでしょうか。 食う、食われるの関係によって特定の生物がまた特定の生物を捕らえるので 進化は一方通行にはならないんでしょうか? また、ド派手な模様をした蝶々などは生きていくうえで、 その模様はさほど必要ないように思えますが。。 このように一見無駄に見えるものを含めて、多様な生物の存在ってどんな意味を成しているんでしょうか。

  • 374
  • お礼率54% (81/150)

共感・応援の気持ちを伝えよう!

  • 回答数5
  • 閲覧数116
  • ありがとう数4

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • 回答No.2
  • cliomaxi
  • ベストアンサー率33% (2921/8736)

進化は単純では有りませんから、この進化が正解と云うものでもないはずです。 だから色々な方向に向いているのでは無いでしょうか。 捕食者が必ずしも強いとは言えません。 食物連鎖のピラミッドでも解るように、大型の肉食獣は草食動物に比べ数が少ないですよね。 それは例えば妊娠期間であったり、成長に時間がかかったり、草食獣と違って「狩り」をしなければならないため、獲物を手に入れる率はあまり高くないそうですし。 その点草食獣は極端な話その辺の草でもなんとかなります。 また草食動物に比べ環境の変化に弱かったり等。 蝶や蛾には大きな円形の模様を持つものが少なく有りませんが、それは捕食者である鳥に対して、大きな目の大きな動物であるように見せかけたりするためです。 また、昆虫類など「紫外線」でものを見ている種類も有りますから、人間には目立っても、トンボやカマキリのような捕食者には見え辛いなどもあります。 他にも派手な模様を持つ昆虫や動物は毒を持っているものが多いことも有ります。 所謂警告色と云うものです。 一度その毒を体験すると、同じ柄のものには手を出さなくなります。 スズメバチなど黒と黄色のかなりコントラストの強い目立つ配色であるのもそのためです。 また、自身は毒はないが、毒を持っている昆虫や動物と柄だけ同じにして捕食者を欺くものもいます。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

回答ありがとうございます。 確かに肉食獣は狩りをしなければ行きていけませんし、必ずしも獲物を捕らえることが出来る訳ではないので草食獣と比べたら数は少ないですね。 蝶やその他の昆虫の色に関してもご意見いただき、ありがとうございます。 私の知識の足りない部分が補完できました。

関連するQ&A

  • 多種多様な生物について

    自然淘汰によって進化するはずの生物が、何故こんなに個性豊かに多くの種ととして現存するのか?逆に、一見無駄に見えるものも含め、多様な生物がいることはどんな意味があるのでしょうか? 教えてくださいませ!お願いします!

  • 生物の「種」はどうやって出来たのですか?

    「進化」はいわばマイナーチェンジのようなものと思うのですが、「種」はどのように出来たと 最新の科学では考えられているのでしょうか? インテリジェントデザイン論などは思考停止だとかいう人もいますが、突然変異した物の自然淘汰の結果だけではせいぜい「進化」するのが限界で、全く違う「種」がこの世に誕生するとはどうしても想像できません。 お詳しい方のご意見お待ちしております。

  • 生物の進化と自然淘汰説

    ダーウィンが唱えた「自然淘汰説」による種の進化について教えて下さい。 簡単に言って、種をとりまく環境からの淘汰圧によって有利な系統が生残し、こうした自然選択と交配を繰り返す事で種が進化する、という理解で正しいでしょうか? 自然淘汰説は、進化を説明する上で不十分または誤っているという意見をいろいろなところで耳にします。私自身は、自然淘汰説は非常に分かりやすくて親しみやすいストーリーだと思っているのですが、どういった点で誤っているのでしょうか。また、種の進化について、現在の主流となっている学説をご紹介いただければ幸いです。参考HPや書籍でも結構です。よろしくお願い致します。

その他の回答 (4)

  • 回答No.5

「自然淘汰により進化する」、というフレーズを誤解しているところが、そもそもの問題点のようです。「自然淘汰により進化する」というのは、「鷹と鳩がいたが自然淘汰により鷹が生き残った」というような現象ではないのです。「人間の中には大きいやつも小さいやつもいるが、寒い環境では大きいやつが生き残った」というような現象です。交配可能な集団(この場合、人間)の中で、より有利な形質を持つものは子孫を残す確率が高く、それによって有利な形質を持つものの比率が上がる、という現象です。 鷹と鳩は交配しないので、自然淘汰の議論を持ち込むには、さらに多くのステップがいります(実際のところ、鳩が鷹の主要なえさである限り、鷹は鳩を絶滅させる要因にはなり得ない!という考えの方が妥当です)。  前の回答者様も回答されていますが、「弱肉強食」的なイメージで進化をとらえられていますが、この言葉は人間社会(society)を動物の社会(society=生物群集)に擬人的に置き換えて表現した言葉で、自然界の真理を表現していません。もし正しいのなら、なぜオオカミやオオタカやトラやチーターを人間が保護しないといけないのでしょう? 実は高次の捕食者(食物連鎖の頂点)はむしろ豊かな環境あってこそ支えられる存在であり、自然保護の象徴となっています。生態的には弱いともいえる、生き物です(これらの種が生きられる環境を保護すれば、それは多くの生物が生育できる環境を保護することになるので、保全生態学の立場では、この高次の捕食者を「アンブレラ(雨傘、です)種」と呼んでいます。これは自然保護の立場からの見方ですが、「保護」されるほうのアンブレラ種の方からみると、多様な生態系を必要としているのです。食うものが食われるものを絶滅させる進化は、もしそれが達成されたら、食うものも絶滅させます。食う方が強い、は間違いです。むしろ食わしてやる方が強い。いえ、これも不正確。食う立場と、食われる立場では全く違う戦略を持っていて、それぞれの戦略でどちらも強いのです。そういう意味では、今現存しているすべての生物は最強です、それぞれの環境において。ただ、地盤とする環境の安定性に差があるので、「弱い」生物、「強い」生物が存在するのですが。 病気にしてもそう。寄主を殺してしまう病気は進化の過程の中ではまだまだ新参者。生かさぬように殺さぬように、うまい汁を吸い続けないと。ということで、必然的に多様性は維持されます、それぞれの種が生き残るため。 人の世の生業をみてください。儲かる企業、斜陽の企業がありますが、一つの職種だけが生き残ることはないでしょう? 隙間を縫ってさまざまなベンチャー企業が次々と生まれます。これ、まさに進化。 一見無駄に見える職業にも、この世に存在する意味は必ずあります。だから存在しているのだから。それと同じように、一見無駄に見える生物にも、生きながらえることができた理由があるのです。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

確かに今までの回答を見ると「自然淘汰によって進化する」というのは間違いになりますね。もっともっと複雑なはずです。 食う・食われるの関係も生活する環境によって強い・弱いが生まれてしまうんですね。

  • 回答No.4
  • NAZ0001
  • ベストアンサー率29% (508/1743)

余談ですが。 突然変異と自然淘汰だけでは「実際より進化が遅い」ことが、ミトコンドリアDNAの生物間差異の研究から判明しています。このことから、ダーウィンの進化論は、古典的進化論とも呼ばれます。 現在の進化論では、 ・ジャンクDNAと呼ばれるものが、ある範囲の種でタイマー的に活性化することで、広範囲に突然変異が発生する(フレームシフト等)。 ・ウィルスによって、コロニー内に同一の遺伝子伝播と同等の突然変異が発生する。(場合によっては、異種生物間でも起きる)。 等、進化の速度UPの要因を、いろいろ研究中です。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

回答ありがとうございます。 生物の進化はDNAレベルにまで達していただなんて。。 若干話はずれていますが、個人的にすごく興味をそそられる回答でした。

  • 回答No.3
noname#23740

あなたの身の回りにあるもので設計者(あるいは創造者)がいなくて存在するものはいくつあげられるでしょうか?パソコンや腕時計や住んでいる家にはすべて設計者がいて構築に携わった人が必ずいます。質問の内容から逸脱するかもしれませんが生物は進化と淘汰と突然変異で現在に至っているのではないと思っています。ダーウィンの「種の起源」が1859年に出版されて以来その説についての論争に少なからずかかわってきました。ダーウィン自身「(人の)目が進化によって形成されたとするのは極めてばかげている(種の起源1902年版第1部 250ページ)」と述べているように蝶をはじめ自然界のデザインや仕組みは創造者によって意図され備えられたと考えたほうが極自然ではないでしょうか。アイザックニュートンは「親指のつくりを見るだけで神の存在を知ることができる」と述べました。「生物の疑問」この答えは学校で教えてくれる進化論に基づいた考え方では導くことができないと思っています

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

回答ありがとうございます。やっぱり学校で教えるレベルでは生物については語れないんですね。創造者、という点から教えられる内容ではないですね。 あと、進化と突然変異って別ものなんですね。私は今まで「進化」という言葉は「突然変異」や「環境への適応」などをまとめて言うものだと思っていたんですが。。

  • 回答No.1

 ダーウィンは進化論の中で自然淘汰という考え方を示していますが、自然淘汰だけでは進化論は成り立ちません。突然変異による種の多様性とセットになって初めて成立する理論です。種の多様性なくして自然淘汰だけが進めば、いつしか地球上から全ての生物は絶滅してしまいます。  例えば暑さに強い種と寒さに強い種の2種類の種がいたとします。地球が氷河期になったときには環境に適応できる寒さに強い種だけが生き残り、弱いほうは淘汰されます。そうやって多様な種の中から環境に適応できる種だけがるという、突然変異と自然淘汰の繰り返しで生物は進化したとするのが進化論の考え方です。  蝶に関しては詳しいことは知りませんが、あの派手な色は花の中では逆に目立ちません。そうした種だけが残ったということではないでしょうか。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からの補足

確かに自然淘汰だけでは生物は絶滅していまいますね。 ということは自然淘汰が起こる一方で突然変異も発生し、それぞれの環境に適応できる生物、あるいは種そのものが適応していった、ということが現在、多くの種が存在する理由になるということですか?? でも突然変異の起こる確立って10~100万分の1とかで滅多に起こらないものじゃないんですか??

関連するQ&A

  • 「変化論」でなく、「進化論」と呼ばれるわけは?

    進化論について、非常に初歩的なことがわからなくなってしまいましたので、教えてください。 「進化論」は、遺伝子の突然変異と自然淘汰により、生物の進化が進んだという考え方だと思うのですが、もし、そうだとすると、「進化論」は、「生物の性質が変化すること」、すなわち、「様々な多様な生物が発生すること」の説明にはなっていますが、「生物が進化する」ことの説明にはなっていないのではないでしょうか? 「変化」という言葉には、「方向性」の意味は含まれていませんが、「進化」には、「より高度な方向へ向かっての変化」というような方向性の意味が含まれていると思います。 「進化」という言葉の意味をそのように考えると、「進化論」は、生物種が「変化」する理由の説明にはなりますが、「進化」する説明にはならない、すなわち、「生物が高度化する説明」にはならないのではないでしょうか? 何故なら、自然淘汰された種と自然淘汰されなかった種があった場合、後者が前者より「高度」であるという根拠は全くないからです。例えば、「マンモス」が淘汰され、「みみず」が未だに淘汰されていないからと言って、「みみず」の方が「マンモス」より高度だとは言えないからです。 従って、「進化論」は、本当は「変化論」と呼ぶべきなのではないでしょうか?

  • 生物の進化について

    ダーウィンの進化論によると、生物の進化は、 (1)適材適所による進化(自然淘汰のような形。キリンの長首だけ生き残るといった例) (2)突然変異による進化 があると言われますよね。 しかし、私には、どうしてもそれが納得できません。 もちろん、そうした形での進化もあるでしょう。 しかし、ほとんどの進化は、“意志”による進化だと思うのです。 例えば、カメレオンが自分の体の色を変えられるのが、自然淘汰とは思えないし、突然変異とも思えません。 カメレオンは、自分で体の色を変えたら、獲物を捕食しやすいと思ったからこそ、体の色を変えられるようになったのだと思っています。 でなければ、自分で自分の体の色などわからないのに、どうして色が変わっているとわかるのでしょうか? 自然淘汰であれば、なぜ体の色を変えられる動物が他にいないのでしょうか?人間だって、体の色を変えられる人種がいてもおかしくないですよね。 そういった例はたくさんあります。 食虫植物だって、昆虫が栄養にならないだろうか?と考え方からこそ、昆虫を溶かす成分ができるようになったのでしょう。 蝶の羽に丸い模様があって、それが鳥を威嚇する形だというのは、偶然できたのでしょうか? スポーツ選手が訓練によって、身体能力を延ばせるのと同じように、動物というのは、長い年月によって、生きるために必要な身体的能力を手に入れるのではないかと思っています。 そして、意志の力によって、遺伝子も変えられるのではないかと思っています。 この考えはおかしいでしょうか? 学問的な研究をされている方などからのご返答、お待ちしております。

  • 進化?してるんじゃない?

    よく進化した自動車とか 進化したひげ剃りとか 進化した宇宙とか 何でも 進化した って言いますよねえ。 私もいろいろ長いこと考えたんですが どうも進化してるようなんです 自然淘汰、人為淘汰、文化・文明淘汰 経済淘汰、法律淘汰、学問淘汰? そんな言葉はありませんが それがある様なんです 同じ原理で淘汰され進化してるようなんです。 あなたは「進化」という言葉が生物界だけの言葉と思いますか? 進化した哲学を見出そうではありませんか。 と言うのは違うでしょうか?

  • 生物とは?

    1,人類と全く違う構成をもっている知的生物がいる場合、  それを認識することは可能なのでしょうか?  それとも人類と同様の存在しか認識することはできないのでしょうか?  例えば挨拶をするのに200年ほどかかる岩のような知的生物がいた  場合、それを認識することは可能なのでしょうか? 2,現在の人類が滅亡し、その10億年後に新しく現代の人類くらいに  進化した種Aが発生した場合、そのAは過去に人類がいて、自分た  ちと同じくらいの文明を築いていた、と認識されることはあるの  でしょうか?  同様に現代の人類がその10億年後のAだった場合に過去にそういっ  た種が存在していたことを認識することは可能でしょうか?  もしくは現時点で過去にそのような種はいないと断定できる確固  たる証拠でも発見されていますでしょうか? 3,人とはあまりにも違う物を生物である。と断定することは現在可  能なのでしょうか? 以上、お暇なときで十分ですので教えていただければと思います。

  • 生命の誕生は、進化論で説明できますか?

    今から、約35億年も前に、RNAで自己増殖できる 原核生物が誕生したそうなんですが、 それまでは、まだ、DNAはなかったらしいんですね。 だとすると、突然変異と自然淘汰で、原核生物が 誕生したのではないと思うので、「生命の起源」は、 突然変異と自然淘汰では説明できないと思うのですが、 どうなんでしょうか? あと、たまたま突然変異で有利に変異した個体が 生存競争で「ふるい」に掛けられて、 より環境に適応した個体が生き残って子孫を 増やしていく・・・この蓄積が自然淘汰だと 思うんですが、 要は、自然環境が、突然変異した個体を「ふるい」 にかけるだけで、何ら、その個体に主体的に「環境」 が働きかけているわけではないと思うのですが、 そのような消極的な自然淘汰が、その個体を維持する ことは出来ても、果たして、より高度な秩序ある 更なる個体へと進化させていくほどの機能があるとは 到底信じられません。 ましてや、偶然の産物でしかない突然変異で、 高度な機能を有する秩序ある個体へと進化していくとは さらに、信じられません。 開放系であるこの地球で、太陽エネルギー以外の 何らかの別の力(目的・方向性をもつエネルギー)が 生命に働きかけて、エントロピー減少へと 向かわせているようにしか思えませんが、 いかがなものでしょうか? 私はそれがまさしく神の愛だと思うんですが・・・

  • 【生物の進化について】

    抽象的な質問で申し訳ありません。 生物の進化について伺います。 自然界には、捕食する側にとって「毒」を持つ、 例えば有毒植物や有毒動物が存在しますよね? 種を守るという意味では、これ以上ないというくらいに 強力な鎧になるように感じますが、当然ながら、 すべての生物が毒(捕食する側が生命活動に支障をきたすという意味での毒)を 有しているわけではありません。 そこで疑問に思ったのは、 ◇外的・内的に、どのような理由、 また意味から前述の毒を有することになったのか。 また、なぜ毒を持つ種になったのか。 ということと、少し哲学的かもしれませんが、 ◇毒を有するもの、有さないものを含めて自然界における生態系に見られる 弱肉強食の図は、きれいな三角形をつくりますが、 その三角形の頂点に位置する生物が、なぜ頂点にいるのか、 頂点になった理由、頂点の意義、意味、また役割はどのようなものなのか。 長々と申し訳ありません。 皆様の考えを伺えたら幸いです。 どうぞ、宜しくお願いいたします。

  • 中立説と自然選択説の論争

    こんにちは。 私は大学で生物学を専門に勉強しているものですが、木村資生著の「生物進化を考える」をよんでいくつか理解できなかったことがあるので質問しました。まず、ダーウィンの自然選択説での自然淘汰と木村資生の中立説がなぜ論争がおこったのかわかりません。まず、私の認識では中立説は突然変異が、塩基配列やアミノ酸を変化させても、表現型やタンパク質を変異させないという中立的なもので生命体にはよく頻繁におこっているという仮説で、自然淘汰はほかの同一種の個体はもってない、生活に有利な遺伝子をもった個体が生存競争を勝ち抜き、そしてその遺伝子が生物集団に固定され、進化が蓄積されるという説というふうに認識しています。しかし、これらの説は違う次元の話をしているようで、どちらが正しいときめつけることは無意味だとおもうのですが、どうして論争がおこったのかおしえてください。

  • かゆみ の進化的意義とは?(長文です)

    当方、大学で自然淘汰・性淘汰を勉強しているものです。 自然淘汰による進化は以下のプロセスで起こると解釈しています。 (1)ある個体群内の個体間には形質変異が存在する (2)形質ごとに生存率や繁殖成功度が異なり、その結果として個体間の適応度に差が生まれる (3)形質は多少とも遺伝する (4)(1)~(3)より、世代間で個体群内の形質頻度が変化する(=進化) これを かゆみ の進化に当てはめると、以下のようになると考えられます。 (1)ある個体群内の個体間に“かゆみを感じる”“かゆみを感じない”という変異が存在する (2)“かゆみを感じる”個体は“感じない”個体に比べて、適応度が高い (3)“かゆみを感じる”形質は遺伝するため、集団内で頻度を増やした この(2)の かゆみを感じる個体のほうが適応度が高い というのは、 どのような理由によると思いますか? (例:痛みを感じる・・・痛みを伴う事象は(生命の危機から小さな怪我まで幅はあれど)    基本的にネガティブな事柄であると期待できるので、    それをうまく避けるような形質が進化してきたのは理解できます) お風呂上りにかゆかったりするのは、適応度上の利益を伴う形質でしょうか? それとも、単に中立進化の結果でしょうか? かゆみは何かネガティブな事象のシグナルとして機能しているのでしょうか? (虫さされを放置すると生存率や繁殖成功度が下がるとか・・・???) かゆみ の進化的意義について、一案がある方はどうぞお知恵をお貸しください。 ※ 単に個人的な疑問です。 ※ この話題は自然淘汰を前提としていますので、   ”そもそも自然淘汰自体がナンセンス”といった回答はどうぞご遠慮くださいませ。   自然淘汰に基づき、かゆみの適応的意義を考えたいと思っています。

  • 進化論

    私は、大学の理系の学部を卒業しましたが 生物系ではないので進化論は、やっていません。 高校でもやった覚えはありません。 アメリカでは、義務教育に進化論が入っているのでしょうか。 最近の、放射線事故で分かった人もいると思いますが、 進化論は、実験不能なので化石の年代測定が誤っているだけ で、崩壊してしまう脆い理論だと思います。 ここまでは、科学の疑問でしたが わざわざ、哲学カテゴリで質問しているのは 進化論という理論自体が人間にとって都合の 悪い理論だと思うからです。 自然淘汰などを主張するならば、人類より 現代の地球に適した生物や人類より優れた 生物、人類より賢い生物が現れたら、 地球の支配権(?)をその生物に譲り渡すということでしょうか。 (私は、それでもいいですが) 私には、キリスト教的な人間だけが特別の存在である という理論のほうが受け入れやすいですが。 アメリカでしつこく、進化論が正しいと主張している人は 何がしたいのでしょうか。

  • 存在主義をどう思いますか?

    存在主義とは何よりも存在を大事にして追求する考えです。 動物時代には弱肉強食、自然淘汰で存在をせめぎ合ってきましたが 人間は学習・思考・労働・愛で進化するので、自然淘汰は必要ないので 適度な競争と仕事、隣人愛で自分の存在だけではなく皆の存在を保証する人権で 人工知能・ロボット・アンドロイド等とともに存在していこうと言うものです 存在することが目的で価値です。存在主義をどう思いますか? 病身なので長文は勘弁して下さいm(_ _)m