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岐阜のアパレル
岐阜県では満州からの帰国者が服を売っていたことから始まるというのは見たのですが、ではなぜ満州からの帰国者が岐阜県に集まったのでしょうか?
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満州からの帰国者が岐阜県に集まったというのはないと思います。 基本的に満州に来る前にいた日本本土に戻ったので、参考URLをみると 全国から85,630名が義勇軍として渡満しました。わが岐阜県からは、通常の移民開拓団と義勇軍をあわせて、33の開拓団が送られ、合計8489人が渡満しました。8489人のうち、帰還者は4602人 特段 多いわけではないと思います。 推測ですが、最初に満州からの帰国者で被服業で成功された方がおり、同じような満州からの帰国者が、頼ってきて、産業として大きくなったと言うことではないでしょうか? 東京の渋谷道玄坂はラブホテル街があります。ここは岐阜県のあるダムで水没した村の出身者の方が多いそうです。 最初に、ラブホテルで成功されたかいて、故郷から呼んだり、頼ってきたり、お金を貯めて、他の人もラブホテルを始めると言うことがあったそうです。 ※ これは東電OL殺人事件という、ここで起きた事件のドキュメンタリーに書いてあった話です。
お礼
回答有難うございます。元々岐阜にいた人たちが帰還して商業を始めたのですね。http://www.gifu-fashion.com/history.htmには『引き揚げ者たちが中心となって』と最初の方に書かれているのですが、僕の読み違いだったんですね。