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主語
英語では必ず主語がいる。 (○○は、)××できない。 という文は、「○○は」の部分がないと訳せないと、 よく言われるのですが、 ○○ connot ××. にしなくても、 It is not possible to ××. にすれば、「○○は」に相当する主語がなくても いいような感じがしますが、 こういう使い方はしないのでしょうか?
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英語では、命令法や日記文等例外を除いて主語を「書く(言う)」。 こう言った方が正しいでしょう。また、どのような言語であっても(述語)動詞には主語があり、省略されていても、日本語のように文脈から推測したり、多数の印欧系言語のように人称語尾から分かったりします。 ○○ connot ××.「○○は××できない」 と It is not possible to ××.「××するのは不可能」 については、どちらも正しい言い方で、違いは「主体としての人」を表出するかしないかです。英語としてはどちらも主語があり、下の方では It は仮主語、to ×× は真主語と言われます。「人」が主語に立っていないと日本語の感覚では主語がないように感じるかもしれません。 ただし、これはいつも言い換えが可能なわけではありません。 I cannot solve the problem.「私はその問題が解けない」 It is not possible to solve the problem.「その問題を解くのは不可能」 この場合、下の文は主体である「私」を表に出していませんが、「私には解けない」ことは感じ取られ、更にはもしかすると誰にも解けないのかもしれません。それならまさにこの文は一般論としても通用するでしょう。しかし、 I cannot play football. It is not possible to play football. においては、上の方は「私」個人の能力に関することなので問題はありませんが、下の方「サッカーをすることは不可能だ」はこれだけでは意味をなしません。一般論として通用しません。for me「私にとって」とか today「今日は」など限定をつけないと奇妙な文になってしまいます。
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- Ganbatteruyo
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Gです。 補足質問を読ませてもらいました。 これがあるのを知らなく来るのが遅くなりました。 >英語にするときに「○○は」がないと「can」が使いにくいですが、こういうときに、It is possible to ××.という文を使ってもいいのか、 はい、表現自体はできます。 しかしこういう表現をすると、「xxする人・もの」がわからないと言うのと同時に「一般的に」「普通の人・もの」と言うフィーリングを出してしまいます。 つまり、○○ connot ××.の○○がそういう一般的な人・ものでなければ、○○ connot ××.の持つ「○○が」のフィーリングがまったく消えてしまいます。 私は行けない、と言っているのをIt is not possible to go.と言う表現では「私が」と言う部分が消えてしまうと言うことです。 しかし、言葉である以上、暗黙の了解、と言うものが存在する場合がありますね。 明日行ける?ときかれて、いや行けないよ、と言う場合、to goいくのは「わたし」であるかどうかはわかりますね。 ですから、このようにはっきりだれのことを言っているのかわかっている場合は問題なく、It's not possible to go.という表現は使えますし、さらにIt's not possible.とto goまでも言わないことすらあります。 また、Can't go.と言うあえて主語であるIをとった表現を模します。 混乱させてしまったでしょうか。 また書いてください。
- Ganbatteruyo
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アメリカに38年住んでいる者です。 私なりに書かせてくださいね。 私はこのご質問を違う方向から考えました。(It is not possible to ××.でto xxをitと言う仮主語で表現する場合と命令文、あいさつ文(Good morning, Helloとか)のほかに一般的に使われるWant to go dancing?と主語を省いてしまった表現もあります、と言う回答とは別に) >英語では必ず主語がいる。(○○は、)××できない。という文は、「○○は」の部分がないと訳せないと、よく言われるのですが、 は、日本語において主語を言わないでも分かる表現の仕方をしてしまうので、その日本語文を英語に直すときに主語がなんなのかを考える必要があり、時には、主語と考えられる物が複数の時に(つまり、度の主語を選ぶかによって文章の意味が変わってしまう)英語分に直すことが出来ない、と言う事を言っているのだと思います。 例えばご質問の「こういう使い方はしないのでしょうか?」と言う文に主語がないですね。 アメリカ人全般としてでしょうか、小学生はするのでしょうか、ビジネスではどうでしょうか、この表現を使いたくない人も使うのでしょうか、と言うちょっとへそを曲げた例になってしまいましたが、確かに英語としてはほとんど問題なく使えます。 しかし、小学生はまず使わないでしょう。と言う回答もあるわけですね。 しかし、この日本語文からではなく、前後する文章から、日本人はこの文章のフィーリングをちゃんとつかめているわけです。 でも文章によってはこのフィーリングをつかめない文章もありますね。 何が主語であるかつかめない文章は英語には直せない、と言う事なのです。 これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。
- wind-sky-wind
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It is not possible to ××. という言い方はできます。 I cannot solve the problem.「私はその問題を解くことができない」 に対して, It is not possible for me to solve the problem. (=It is impossible for me to solve the problem.) でほぼ同じ意味になります。 そして,I cannot ~の I は必要ですが,for me はなくても文は成り立ちます。 It is not possible to solve the problem. の場合,to solve the problem「その問題を解くこと」という事柄が文の主語になり(it は形式主語といわれます),is が述語動詞となって,「その問題を解くことは可能ではない」のような意味になります。 「解く」を表す (to) solve は不定詞であり,それに対する主語は文の主語とは別のものです。これを for me という言い方で表し,文法的には不定詞の意味上の主語といわれます。 このように,It is not possible to ××. でも,to ×× の部分が文の主語であり,主語がないというわけではありません。
- tent-m8
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主語のない英文もあります。 命令文(禁止も含む)、勧誘の文などです。 Study hard. Don't cry. Let's go. It is~to・・・のばあい、itはto以下を受ける仮主語と考えて下さい。
補足
ありがとうございます。 今、しているのが、特許の仕事で、 効果を書くところで 「△△によれば、○○は、××することができる。」という文をよく書きます。 日本語ならば、 「△△によれば、××することができる。」 として「○○は」を省略してもでも意味は通じます。 英語にするときに「○○は」がないと「can」が 使いにくいですが、こういうときに、 It is possible to ××. という文を使ってもいいのか、 英語が得意でないので良くわからないところです。