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終戦間近の中国方面の状況はどうだったのでしょうか?

太平洋戦争などではアメリカが太平洋の島々を撃破し硫黄島など激戦して沖縄上陸と歴史書やTVを観れば解るのですが。 中国方面はどうだったのでしょうか? (1)南京などでは終戦して武装解除後に中国軍が攻め込んできてあけ渡した?(日本本土みたいに武装解除後だったので激しい戦闘がなかった?) (2)終戦前に激しい戦闘の末に中国軍に攻め落とされて捕虜の状態だった? (3)すでに大分前に中国からは撤退していた? (4)日本人を守る自衛的戦闘以外はすでに行われていなかった?(その残った兵隊が捕虜になった?) 南京と満州では状況が違うと思いますができれば両方お願いします。

noname#58731
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終戦間際における中国戦線は次第に強化される米軍式近代装備の中国軍に圧迫され、制空権を失い昼間の攻勢や移動は困難となり夜襲、夜間移動の他なくなる状態でした。 しかし米式装備が行き渡っていない中支、北支方面では比較的安定した状況で占領地を確保していました。 既に米軍の反攻が本土に迫る勢いになっていましたから、支那派遣軍は米軍の中国上陸を想定した準備に入り、中国軍にたいしては守勢になっていました。 従って大規模な戦闘などはおこりませんでした。 この状態で天皇からの降伏命令を受け、スムースに武装解除が進みました。 質問の(4)に近い状態です。   満州方面は、関東軍の精鋭は南方戦線や中国戦線に投入され、残存部隊は兵力、装備とも貧弱な状態でした。 兵員の頭数だけは非常召集などでふくらみ60万近く揃えていました。 ここへ近代重装備のソ連軍が攻め込んだため、国境やその周辺陣地で玉砕するしかなかった他は満州を放棄して後方に撤退したのです。 この輸送に鉄道を専用したので非戦闘員の民衆は徒歩で後退するしかなく途中で色々な悲劇をうみました。 非戦闘員の日本人を守る余裕も覚悟もありませんでした。

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質問者からのお礼

回答有難うございました。 シベリアに抑留された日本兵は60万と聞いた事があります。少ない鉄道でごく一部が逃げて殆どソ連軍に連行されちゃったんでしょうかね。 地図を見ても満州から徒歩で釜山(国境?)まで帰るのは・・・・想像しただけでも悲惨でしたでしょうね。

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  • 回答No.1

中国大陸における終戦間近かの状況は、 1 満州方面 ソ連軍の侵攻を受けていち早く逃げた上級司令部、分断され、連携した戦闘も不可能な状態でソ連軍に撃破された関東軍と、戦時条約など存在すら知らないソ連軍に蹂躙された民間人というメチャメチャな状態でした。 2 その他の方面 局地的に反抗作戦で包囲殲滅された部隊・地域等もありましたが、全般としては、日本軍の優勢が確定しており、比較的スムーズに武装解除・復員が行われたようです。 このとき、停戦に伴い国共内戦が激化して、国民党政権軍から依頼されて、再武装した日本軍部隊が共産軍や匪賊等に対して警備行動を取ったことも記録に残っています。

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質問者からのお礼

回答有難うございました。 インドネシア?ベトナム?などゲリラになって独立運動を助けた話は聞いた事がありましたが、国民党軍とも一緒に戦ったのははじめてしりました。 太平洋戦争と違ってタブーってことはなさそうですね。

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