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ヨーロッパ文化

カレンダーや聖人伝の観点から見た時、 なぜヨーロッパ文化の中心はキリスト教なんでしょう?

  • 歴史
  • 回答数3
  • ありがとう数1

みんなの回答

  • nabayosh
  • ベストアンサー率23% (256/1092)
回答No.3

カレンダーって、キリスト教ではないと思うのですが、どうでしょう。 確かに1週間は7日、というのは旧約聖書の冒頭と同じではありますけれどもね。 でも、例えば、Tuesdayという語は、Tiuというゲルマン神話の戦争の神(ローマ神話で言えばMarsにあたるんでしょうが)ですし、Wednesdayもゲルマン神話の主神(ローマ神話で言えばJupiterにあたります)です。 ゲルマン神話というのは、北ヨーロッパの古来からあったものです。 そういう点を見落として、一概に「ヨーロッパ文化の中心はキリスト教だ」と断定することはできないのです。 それから、復活祭という年中行事にしても、キリスト教が復活の祝を旧来からあった民間信仰での祝の日にあてはめただけですし、キリスト教の裏側にもそういう面があるということも知る価値があると思います。 聖人伝ですが、聖人という概念がそもそもキリスト教のものですから、逆に、ヨーロッパ文化の中で聖人伝がどれだけの役割を担っているか、ということを考える方がいいと思います。 例えば名前。大抵のヨーロッパ人はキリスト教の聖人の名前を持っていると言えるでしょう。時には信仰を持たない人でもそうです。命名の方法がキリスト教時代に浸透し、キリスト教から離れた人にもその伝統が残存しているということです。 ですから、形骸化、といった方がいいですね。 キリスト教がヨーロッパ文化の中心であるとは言い切れないのですが、それに支配されていた時代があり、その名残りをとどめているというのが実際のところです。 大学でそのような講義があるのかもしれませんが、もしレポートを書く場合であれば、講義で言われたことを知っている人しか答えられないような質問ですよね。回答者は必ずしもそうではない、というしかないんですよ。

sattinn
質問者

補足

こんな質問してすいませんm(__)m ヨーロッパ文化の中心がキリスト教となったのは、コンスタンティヌス帝が国教をキリスト教としたことや、ゲルマン民族の登場・移動が考えられると思うんです。 しかし、カレンダーや聖人伝の観点からというところがネックになっていて…。 いろんな文献やHPで勉強はしてるんですけど。もしまた何か分かればお願いします。

  • somo
  • ベストアンサー率42% (8/19)
回答No.2

ローマ帝国がキリスト教を国教にしたためでは。ヨーロッパの大半を支配していたので多くの地域に根付いたと思います。的外れですか?

sattinn
質問者

補足

ありがとうがざいます。私の質問の仕方が悪かったのですが、国教がキリスト教となっていたのは分かっていたんですけど、カレンダーなどの観点からとらえるということが良く分からなくて。 カレンダーや聖人伝が伝わった時どのような状態(国,広まり方)だったからヨーロッパの中心がキリスト教だったのかということなんです。ごめんなさい。 またわかればお願いしますm(__)m

  • neil_2112
  • ベストアンサー率73% (196/268)
回答No.1

こんにちは。 ちょっと質問の趣旨がわかりかねます。 カレンダーというのは暦のことを指すのですか。 また、聖人というのはキリスト教における聖人のこと? これらに限らずおよそ大概のものから「ヨーロッパ文化の中心としてのキリスト教」を演繹できると思うのですが。

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