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色即是空

クレヨンしんちゃんの床の間の掛け軸に「色即是空」 という文字が書かれています。 子供にどういう意味か聞かれました。 仏教の基本的な教義らしく意味を調べたのですが 恥ずかしながら難しく理解できませんでした。 どなたかわかりやすく教えてください。

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質問者が選んだベストアンサー

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  • 回答No.7

「色即是空」とは、「全ての形あるものや現象(色)はそれ自体では存在せず、互いに依存する関係の上に成り立っている」という思想で、仏教の根本思想に位置づけられています。ですから、仏教では「縁起(他との関係が縁となって生起すること)」を大切にしています。 この空思想は、虚無や幻想と勘違いされるおそれがあり、理解が難しいのは当然のことと思います。(私も正しく理解できているかどうか自信がありません。) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA_%28%E4%BB%8F%E6%95%99%29 ちなみに、オリジナルの般若心経はサンスクリットで書かれており、鳩摩羅什(くまらじゅう)がこれを漢訳して「色即是空」という訳を作ったそうです。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A9%E6%91%A9%E7%BE%85%E4%BB%80 お子さんに説明するのでしたら、 「色即是空というのは、『この世のすべてのものは(人も動物も虫も草も)お互いにつながりを持っているからこの世にあるんだ』という意味だよ。お互いにつながっているんだから、むやみに殺したり、壊したりしてはいけないよ。」 と説明するのはいかがでしょうか。

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その他の回答 (6)

  • 回答No.6
  • katyan
  • ベストアンサー率9% (201/2029)

新井満 自由訳 般若心経を読んでください

参考URL:
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/external-search/ref%3Dpd%5Fsl%5Fov%5Fflat%5Fbooksjp%5F8782360%5F1/249-1366392-876270

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  • 回答No.5
noname#17334
noname#17334

色即是空とは、般若心経というお経に出てくる文言です。般若心経はもっとも有名な経文の一つです。 孫悟空に出てくる三蔵法師のモデルである玄奘三蔵がインドから持ち帰った教典を漢訳したものが原典です。 前後の文脈がわからないでいきなり色即是空といわれても困りますよね。 そこで般若心経の一節を書きますと 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄。舎利子色不異空空不異色。 色即是空空即是色。受想行識亦復如是。舎利子。是諸法空相。不生不滅。不垢不浄。 不増不減。是故空中無色無受想行識。無眼耳鼻舌身意。無色声香味触法。無限界。・・・ 最初の部分を簡単に書くと 観音さまが修行によって深い智慧を完成した時、物体や精神には実体がなく空であると悟り、すべての苦悩や災厄から抜け出すことができた。  舎利子(お釈迦さまの弟子)よ、物体は実体のないものであり、実体がないのが物体である。つまり、物体の本質は実体がないということであり、実体のないものこそが物体なのだ。これは、感覚や意識といった精神的なことも同じである。舎利子よ、すべての現象には実体がないのだから、生じることも滅することもない。汚いとかきれいということもない。増えたり減ったりすることもない。物体もなく、精神や感覚もない、目に映る世界もなければ、意識に映る世界もない。悟りを妨害するものもなく、悟りを促すものもない。老いも死もないし、老いや死がなくなることもない。・・ http://www.e-sogi.com/arekore/kyo1.html 参照 現代の理論物理学にも通じる英知を語っている気がしませんか。実際に物質はエネルギーであって、エネルギー以外に物質は存在しない。 エネルギーは、実体がなくそういうものでこの世は構成されている。意識もまた実体がなくひとつのエネルギーであって・・というと 何か唯識論(つまり万有は識(純粋な精神作用)にほかならぬとする説。)のようですが、実際玄奘三蔵がインドから持ち帰って翻訳した大般若教のほかに成唯識論という書物もあり、彼はインドの唯識論そのものを持ち帰ってきたわけです。 http://www.tabiken.com/history/doc/F/F309C100.HTM 仏教の経文は、遣隋使で中国に渡った最澄、空海(弘法大師)がそれを持ち帰り、基本的に日本の仏教は唯識論が色濃く残ったわけです。 実は、これは神道や修験道にも一脈通じていて「心頭滅却すれば火もまた涼し」という修験道の精神論につながります。 日本人は根っから精神論が好きなのです。神風や大和魂で現状が変わるとか、信じれば実現する。みたいな楽観主義も元を正せば、色即是空に端を発しているような気がしませんか。 色即是空は、いわば観音さまの悟りの言葉。転じてどうせ実体は空なのだから、考え方次第で楽しくすごせるのだ。という「悟り」の偽装を揶揄する言葉にもなっていたりします。般若心経が禅宗でもっとも尊ばれているのは、座禅を組んで悟ることと無縁ではないです。 煩悩にわずらわされない悟りの心。色即是空はそれを象徴する言葉ですが、どこか高踏的で冷たい響きがあります。身もふたもないというニュアンスのある言葉です。そういう意味では、庶民には南無阿弥陀仏と唱えて救われるとか、マリア様やイエス様が助けてくれるといういうほうがわかりやすいですよね。

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  • 回答No.4
noname#155689
noname#155689

色即是空の意味については既出の回答の通りだと思います。 やや話が逸れますが、色即是空が子供に分かるか?というと 結構難しいんじゃないか?と思います。 色即是空のような考え方は「空思想」と呼ばれます。 空思想は仏教を支える大事な哲学・思想です。 だいたい哲学とか思想というだけですでに難解なイメージがありますが 空思想はその中でも難しいという人が多い。 キリスト教を始めとする代表的な宗教には 必ず神に相当するものがありまね。 そして、私たちは「誰も見てないと思っていても神様は見ています」とか 「悪いことをすると神様に罰せられます」などといって 子供の倫理観や道徳観を育てますよね。 イスラム教やユダヤ教の神は「規範」として機能しています。 要するにルールとしての宗教ですね。 キリスト教はユダヤ教から分家した、比較的新しい宗教です。 この新型宗教が広まったのは「ルール」に加えて「救い」という 新しい機能を訴求したからです。 仏教もキリスト教と同時期の新しい宗教です。 仏教には神に相当するものがない、というか 神にはほとんど触れずに、しかも機能としては「救い」に特化した 宗教のニュータイプです。 話しが長くなってきたので先を急ぎます。 仏教は生きていくことは苦しいことだと考えます。 その苦しみは「神を信じる」「神に祈る」といった既存の宗教のやり方では 取り除けないと考えます。 仏教は苦しみの原因を「煩悩」であると考えます。 煩悩は「モノ」への執着から生まれます。 モノとは「肉体や心の欲望」「他者への怒り」「仮の実在への執着」など様々です。 仏教はこれらの「モノ」は因と縁によって存在しているだけで (因とか縁については辞書などをご覧になって下さい) 本質ではない⇒よって取り払うことが出来ると考えます。 この煩悩を取り払った状態が「空」であり このプロセスを教義にしたものが「色即是空」です。 やや乱暴に例えると 今まで嫌だと思っていたことも先入観さえ捨てることが出来れば 白紙の状態に戻すことが出来ます。 白紙に状態に戻れば、少なくとも「嫌な思い」が消えます。 これが色即是空です。 白紙の状態に戻すことが出来れば 素直にフラットに公平に見ることが出来るようになり 非常に見通しがよくなります。 これが空即是色です。 このような作業を繰り返していくことで 生きていくことの見通しがよくなると考えるのが「本来の」仏教です。

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  • 回答No.3
  • sosdada
  • ベストアンサー率33% (265/792)

色々がんばって地位や名声を得たつもりだろうが、それらは全て大して意味のないことなんだよ。 散々努力しても結局何にもならなかったと思って落ち込んでるけれども、やってきたこと全てに意義があるんだよ。 てなところでしょうか。 前者は虚名を戒める、後者はへこむなよ、と励ます意味でしょう。なかなかそういう境地になれないのが凡人の悲しさって奴でして・・・

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  • 回答No.2

色即是空(しきそくぜくう)は、逆の空即是色(くうそくぜしき)とセットで語られる。 色即ち(すなわち)是(これ)空なり ということで、現実と思っているものは虚構だし、虚構だと思っているものは現実だしってこと。 色々な解釈があって、今、生きている世界、世代=現世は幻のようでもあるし、幻のようなものが本物でもあるという仏教的な巨大な世界観をあらわしている。 子どもにいうなら、夢と現実っておきかえるといいかも。現実も夢のようなものだってな感じかしら。また夢だって現実のようなものってことかな。 もちろん、これはだいぶ変な解釈なので、専門家には怒られるだろうけど、子どもにはそれでいいんじゃないかしら。ただ、「だから努力しろ」とかって説教には結びつかないので子どもには難しいかも。目的があるわけじゃないので。 あのアニメ、急に哲学的なことをいったりするよな…

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  • 回答No.1

3分ポッキリの掛け軸ですかねw しきそくぜくう 5 【色即是空】 〔仏〕〔般若心経〕この世にあるすべてのもの(色)は、因と縁によって存在しているだけで、固有の本質をもっていない(空)という、仏教の基本的な教義。 広辞苑より

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