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ふと、電波通信について思ったのですが
ひとつ、疑問なので質問させてください。 地球からある所へ、電波を送ったとします。 もちろん数光年離れているとすれば、 数年経ってやっと届くはずですが、 電波自身の視点から考えると、 光速で進むのだから、相対論によって時間進行は 0になるはずだと思ったのです。 だと考えると、数光年かかって届くのではなく、 一瞬で届かないとおかしいかな、と感じたのです。 この問題は一般相対論で語るものではないのでしょうか? よろしくお願いいたします。
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固有時の定義を光に当てはめると、常にΔτ = 0 となりますので、光自身には時間の経過はないと解釈できます。ですが、人間は光の速さで動くことはできないので、意味のあるものではありません。光にとって「一瞬で届く」ことが、ご質問者様にとって何か意味があるのでしょうか。
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- tiltilmitil
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ごく簡単に言ってしまうと、時間というのも「絶対的」なものではなく「相対的」だからということでしょう。
- spring_f
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それは相対性の問題であって、観測者がどこにいるかによって決まります。 観測者が地球にいれば光の速度はやっぱり3×10^8です よく使う説明では、電車の中でりんごを投げた時の速度を使います。 電車の中の人と電車の外の人で観測されるりんごの速度は異なります。
- nadja
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時計は飛んでいる「光子」の時計だと考えているのでしょうか? それとも観測者の立場の時計でしょうか? それを意識して考えると、相対論もわかってくるかもしれませんね。
補足
はい、光子から考えた時間です。 光から見れば、時間はすすまないまま、 地球を出発し、他惑星に到達したことになると思うのです。 しかしながら地球に立つ人からすれば、 光の速度は30万キロ/sであるから、 到達するまでには時間がかかります。 この矛盾がどういうことか知りたいのです。
お礼
いえ、意味はないんです。 ただ、こういう話に興味があって、 気になったので投稿させていただきました。 回答ありがとうございます。