• ベストアンサー
  • 暇なときにでも

武田信玄の「人は城 人は石垣 人は堀」後世の創作ですか

武田信玄の有名な言葉 「人は城 人は石垣 人は堀. なさけは味方 あだは敵なり」 というのが 実は、後世の創作だったって聞きました それではなくても「後世の偽作」と言葉もあるし。 その文章、かなり好きだったことですが、、 「武田信玄が話したことではなくて、本当は後世(江戸時代?)の作品」という主張、本当ですか

共感・応援の気持ちを伝えよう!

  • 回答数2
  • 閲覧数13554
  • ありがとう数24

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • 回答No.2

■武田信玄が引用した言葉とされていることから、信玄関係を調べる。『武田信玄の知恵袋』(鈴木健二著 講談社 1987)には、『甲陽軍鑑』に信玄の歌として紹介された。信玄の政治姿勢の基本。『孫子』の五事の備えをモットーとしていた。『改訂甲陽軍鑑』中(磯貝 正義・服部 治則/校注(史料叢書) 新人物往来社 1983)には、「人は城人は石がき人は堀情けは味方あたは敵なり」を信玄公の歌とある人が云ったとある。『無敵・武田軍法の研究』(土橋治重著 PHP研究所 1983)には、信玄の歌かどうかはっきりしないとある。 また、次のような説もあります。  「人は城、人は石垣、人は堀」とは、信玄の業績を江戸時代になってまとめた甲陽軍鑑の一節です。実際に信玄がこのような言葉を口にしたかどうかは定かではありませんが、信玄は人こそが国の基であると考え、甲陽軍鑑の一節を地で行くような領国経営を行ないました。信玄在世中、甲斐国内に新たな城が一つとして築かれることがなかったのは有名な話です。甲斐は国土全体が山で囲まれ、それ自体が一つの巨大な城郭のような地勢をしていました。この地理的条件を十二分に活用し、信玄はその在世中に一度として甲斐に敵軍を侵入させることがありませんでした。 どうも後世・江戸時代になってからの創作のようですが、信玄の戦略、政治、思想をこの言葉に言い表したものか、信玄自身が発言したり詠ったものを、「甲陽軍艦」という書籍に纏めたのかどうかは定かではありません。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

まことにありがとうございます

関連するQ&A

  • 武田信玄のイメージ

    最近武田信玄について他の武将と比較して私利私欲に走った武将とテレビなどで言われている気がするのですが、なぜそのようなイメージにつながったのでしょうか? 信玄の有名な言葉に人は石垣、人は城がありますが、その人民の為に城を築かず、洪水を防ぐために堤防を築いたり、甲州法度次第を制定するなど人民に尽力したのになぜネガティブなイメージがつくようになったのでしょうか?

  • 和歌山城の石垣

    先日、和歌山城を訪ねました。石垣が豊臣・浅野・徳川の3種類の積み方が残っていました。紀伊徳川家は250年間に城の増築・改築を続けたのに 何故、過去の石垣をそのまま保存していたのか、江戸時代の様式で全てを統一しなかったのか、どなたかご教示下さい。

  • 江戸時代の江戸城の堀について

    1、現在の内堀は、石垣があるところと無いところがありますが、江戸時代はすべて石垣で固められていたのですか? 2、外堀にも門などはあったのですか? 3、外堀の北東側のルートはは神田川、日本橋川に分岐してますが、川も石垣で固めて堀として扱っていたのですか? 4、現在衛星写真を見ると、外堀の南東側のルートは国会議事堂あたりで途切れてますが、当時はどういうルートを通っていたのですか? 画像などを使ってご説明していただけるとより助かります。 よろしくお願いします!

その他の回答 (1)

  • 回答No.1
  • jk7
  • ベストアンサー率18% (46/247)

記憶違いでなければ、信玄が話したのではなく、信玄が詠んだ和歌の一部だった気がします。 それにしてもセンスのない和歌ですが…。 信玄が和歌をたしなんでいたかは不明ですし、後世の創作と考えられているのは事実です。 実際には本人が言ってない発言が、あたかも本人が言ったように後世に伝えられているということは、よくある話です。 例えば「板垣死すとも自由は死せず」とか「待て、話せばわかる」(犬養毅が射殺される直前の言葉)など。 ちなみに言葉でなくても、「武田24将」も江戸時代に創られていますし、それに対抗して創られた「上杉25将」も江戸時代に入ってからのことです。特に「上杉25将」は、架空の人物まで入っていてひどいものです。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からの補足

良かったら、「後世の創作だ」に関する根拠も紹介していただけば、 もっとありがとうございます。

関連するQ&A

  • 海につきでた丘か山にある城をおしえてください。

    海につきでた丘か山にある城をおしえてください。 戦国時代、江戸時代にかかわらず、城が好きです。 山城よりも海につきでた丘か山にある城が好きです。 三原城や今治城のような平城ではなく、臼杵城や杵築城のような城です。 杵築城は眺めがいいですね、臼杵城はいまは海が遠くなってしまってますが、当時は眺めがよかったことでしょう。江戸時代の城は調べやすいので、すぐ把握できて訪問しやすいです。戦国の城跡は地元の人や観光案内所にきいてもわかりません。 先日、苅田から北九州空港にいく途中に城跡らしきものがありましたが、通り過ぎただけで詳しくはわかりませんでした。 戦国期で海につきでた丘か山にある城をおしえてください。

  • 「当たり前」という言葉

    「当たり前」という言葉は江戸時代以前にはなく、江戸時代に「当然」を「当前」と書き違えたことから生まれた言葉だと、どこかで聞きました。 この説は本当ですか?

  • 平成の今を切り取った歌舞伎というのはあるんですか?

    歌舞伎について何も知らないド素人の者です 時代背景が江戸時代とか昔の者が多いと思うのですが 江戸時代の人は江戸時代の「今」を書いたと思うのです。 その時々の「今」を書いて それが再演を繰り返すうちに昔の作品になっていると思うのですが ということは 平成の今を切り取った歌舞伎というのはあるんですか?

  • 「俳句」という言葉は正岡子規が作ったものですか?

    江戸時代に俳諧、発句といわれていたのを明治になって正岡子規が「俳句」と呼ぶようになったという説をききました。 これは本当でしょうか? 江戸時代にも俳句という言葉があったと思うのですが。 よろしくお願いします。

  • 江戸時代の人の体温

    江戸時代の人の体温が平均体温が37度だいだったのは本当ですか?その理由は何故ですか。

  • 名古屋城の、新・木造天守閣にエレベーターは必要?

    すったもんだの末、ようやく決まった「名古屋城の、新・木造天守閣建設」も、内部にエレベーターを設置するか否かで、大揉め状態になっています。 河村市長はエレベーターに変わる昇降機を設けると言ってますが、それも容易ではなく、最悪それも無しで、江戸時代の姿をした木造天守閣にしたいようです。 問題は、身障者の人が登れないということです。 大都会名古屋には、全国に誇る観光資源があまり無いという事も、大きな問題となっています。 実際、家族や友達が来ても、連れて行くところが無いんです。 そんな中、お隣の犬山城の天守閣が大人気になっています。 これは、小さい天守閣ですが、江戸時代に建てられた国宝にもなってる名城です。 そこに通じる道筋も、人気の通りとなって賑わっています。 名古屋城も、そんな名城にしたいというのが、河村市長や多くの名古屋市民の考えだと思います。 出来れば、姫路城と肩を並べるくらいの立派なお城になって欲しいと、個人的には思いますが、エレベーター設置の話は大きな問題になっています。 https://mainichi.jp/articles/20180608/ddl/k23/040/047000c さて皆さまの地元でも起きそうな、この問題はどうすれば良いと思いますか。 僕は、最悪上まで登れない人が出ても、エレベーター無しで江戸時代の姿の木造天守閣を作って欲しいと思います。 後世にも誇れる名城は、お堀の傍からでも、高いビルの上からでも雄姿を見ることはできると思います。 今までのコンクリートのお城は、レプリカとしか思えず、見る度に寂しい気持がしていました。

  • 江戸時代の黄砂

    黄砂が飛び始めていますが、江戸時代以前も黄砂は飛んでいたはずです。江戸時代の人は、この黄砂をどのように捉えていたのでしょうか? 確か、俳句か何かに、春がすみという言葉があったように思いますが… 

  • 人間は味方…?敵…?

    みなさんにとって、『人間』は、味方ですか?敵ですか? そりゃ、味方の人も、敵の人もいるでしょうけど、、 例えばこのサイトでも、 わけがわかんないのに非難されたりして、「みんなもう…敵!」って思える時もあるけど、 「なんでこんなに優しいの…。」というくらい、「味方」になってくれる人もいますよね。 自分を打ちのめすのも人だけど、 そこから救ってくれるのも人。 そこでみなさんは、みなさんにとって 味方の人が多いですか?それとも敵が多い? 『人間』ってパッと聞いて、 「味方」と思いますか、「敵」と思いますか。 “人類皆兄弟”なんて言葉もありますよね~。(゜_゜) このサイトの話でもいいですが なるべく実生活の話がいいです! よろしくお願いします!

  • 時代小説の侍言葉や町人言葉

    時代小説や歴史小説で、侍言葉や町人言葉のセリフが出てきます。 これらは、当時(江戸時代)実際にしゃべられていた言葉と違いますか。 (最近の若い作家のものではなく、司馬遼太郎や藤沢周平クラスの人の作品を想定しています。)

  • 結構昔のアニメです。

    凄く記憶があやふやなのですが、幼い頃見ていたアニメの特徴を書くので、何の作品かわかる方いたら教えてください。 ●江戸時代風の舞台? ●擬人化された動物(猫?)がその世界の住人。 ●特撮ヒーロー風に五人組? 忍者っぽかったような気もします。 ●事件が起こると城のような基地から大砲のようなもので飛び出していく。 (主人公達の表の顔はその大砲でピザかなんかを運ぶ仕事だったような) ●出撃する際に『毎度おなじみ~』と言うアナウンスが入る。 ●主人公の仲間が敵の捕虜にされ、労働を強いられるが、トイレか何かの排水溝から外に脱出する話があった。 わかりづらくてスイマセン。