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善きサマリア人とボノ
今週の「TIME」誌で恒例「今年の人」にU2のボノが選ばれており、その解説に「彼は善きサマリア人だ」とコメントされていました。 彼は慈善家としても有名なのでそういう形容はもっともだとは思います。 そこで質問です。 1.「TIME」の形容には、何かもっと深い意味があるの でしょうか? 2.サマリア人は、ユダヤ人に最も軽蔑され、また差別 の対象だったときいています。この差別には何か歴 史的な理由があったりするのでしょうか? 先日、この話題を知人としていて1.は2.に関係しているもかもしれない、などと漠然と思いついたものです。 どうぞ よろしくお願いいたします
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質問2については少しは知っているつもりですので、ご説明します。 サマリヤ人については複雑な歴史的背景があり、その理解も学者により大きく異なるので、ここで簡単に説明することは出来ませんが、旧約聖書列王紀17章と新約聖書ヨハネ福音書4章が参考になると思います。あとはヨセフスの「古代誌」ですが、ユダヤ人的偏見にもとづく記述が多いので、注意して扱わなければなりません。 列王紀下17章は北王国滅亡の時(前721年)、サマリヤ地方に異邦人が住みついたという記事ですが、これが今日のサマリヤ人の起源であると考えるのが従来のユダヤ教・キリスト教の理解です。しかし、今日までナブルス(昔のシケム)に存続するサマリヤ教団はきわめて一神教的(ユダヤ教的)性格が強く、今日のユダヤ教よりも厳格に旧約律法を文字通り守ろうとしているグループで、宗教混交の要素は皆無ですから、列王紀の記事にサマリヤ人の起源を求めるのはきわめて問題だと言わざるを得ません。 サマリヤ人がゲリジム山にエルサレムに対抗する形で神殿を建てたのは前300年頃と言われています。それ以後、サマリヤ人とユダヤ人の対立は先鋭化して、イエスの時代には挨拶もしないほど悪化していたとこがヨハネ福音書に書かれています。対立の原因は、礼拝の場所がエルサレムの神殿か、それともゲリジム山の神殿かということです。 「良きサマリヤ人」という言葉はルカ福音書10章から取られたイエスの言葉であって、実際のサマリヤ教団とは関係ありません。「隣人愛を実践しなさい」との教えの中で、当時差別されていたサマリヤ人をたとえに取り上げたということです。
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- imp-dsc
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質問1に関してはよく分かりませんが2について少し書きますね。 サマリアとは元々はイスラエルの地名で、隣国がそこを攻めて住民を強制連行しました。そこで混血と多神教化が進んで戻ってきました。ユダヤ教を始めとする一神教は多数の神の存在は許しません。多分多神教化は重大な裏切り行為と考えたのでしょう。 人間は最初からハッキリと敵対していた相手よりも途中で裏切った味方をより強く憎悪する傾向にあります。 分かりやすく説明するとカップルで男が浮気すると女は浮気相手よりも男を責めるのと似たような感覚かもしれません。
お礼
ありがとうございます。よくわかりました。 後半部分も同感です。 さらに近親憎悪もプラスされてそうですね。