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重度認知症者、重度知的障害者と動物のちがい

人間と動物の違いとしては、 生物学的に脳の前葉体がであるとか、 また別の観点からであれば、文化を持っているなど、 様々な考えがあると思います。 それでは運動能力、言葉、理性等を失ってしまった重度認知症者や重度知的障害者は動物と何が違うのでしょうか。 福祉の観点から、彼らには人間固有の尊厳があるとされています。 しかし、なにを根拠に彼らを人間とし、彼らと動物が違うといえるのでしょうか?

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  • hakobulu
  • ベストアンサー率46% (1655/3578)
回答No.1

「運動能力」を失うことが「人間とする」ことの根拠にならないということは、論ずるに価しないほど明白な誤解(または書き間違い)だと思いますので、あえて述べません。 さて、では「言葉、理性等」を失った方を人間とする根拠は何か? という疑問について私見を述べてみたいと思います。 端的に言えば『人間【として】生まれてきた』ということではないかと思います。 人間として生まれてきたということが明白な事実である以上、「我々が彼ら」だったかもしれません。 我々は他の動物の生命を奪うために養い、その命を絶っておきながら、その肉を「おいしい」と頬をゆるませてしたり顔で表現することを美徳とすら感じることのできる、地球上で最も陰険で恐ろしい動物です。 それも人間としての生命を維持する為に止むを得ないという身体的宿命があればこそ、誰を責めることもできないでしょう。 しかし、他の動物と違い「共食い」を初めとする禁忌が存在するのは、「私が彼であり、彼が私だったかもしれない」という『可能性に対する想像力』だと思います。 この「可能性に対する想像力」を失った時、我々は「本物の動物」になるような気がします。 好き好んで言葉、理性等を失う運命を選択する人はいません。 あくまで【巡り合わせ】と言えるのではないでしょうか。 彼らに「感情」はあるでしょう。我々と同じ感情である必要はありません。 彼らが「良い感情」を持ち続けていられるためには、「彼らが生きている」ことを我々が認めるだけです。 無論【人間として】生きていることを、です。 トートロジーに陥ったわけではありません。 我々が認めるという行為自体が、我々が人間であることの証明になるということです。 共食いしたり、完全なる弱肉強食の動物とは違い『人間として生まれてきたものは、それだけで尊厳を与えられる』ということが実践されていることを確認することが、とりもなおさず混沌を漂流する我々人間の命綱になるからに他なりません。 混沌などは存在せず、最終的には明確で間違いのない進路が目の前に展開するはずだ、と思うのは「社会」という便宜上の共同体が作り上げた幻想の瑕疵に気付いていないだけではないか、と思われます。

totunoka
質問者

お礼

お礼の方遅くなって申し訳ありません。 「我々が彼らだったかもしれない」といった考え。 「可能性に対する想像力」 彼らを我々が認めるという行為自体が、我々が人間であることの証明になる。といった考え。 そういった考えを自分なりに考えていくと、 もやもやしていた頭の中がスッキリしました。 hakobuluさんの回答を何度も読み返し、私自身が大切だと思うことに気づいたり、思い出したりしました。 私はこの回答を読んで、彼らを我々と変わりない人間であると改めて強く思いました。 そして、自信を持ってどんな人にでも、彼らが人間であると言うことができるようになりました。 他の人から見れば小さな事かもしれませんが、私にとっては人生を違える程の大きな勉強になりました。 回答を書いてくださって本当にありがとうございます。 また、最後の一文、肝に銘じておきます。 なにか、幼い時に父に叱られた時のような気持ちです。 私はもう(まだ?)大学生なのですが、この年になって叱られるのは本当に嬉しいです。 涙がでる程ありがたいのです。 本当に良い回答をありがとうございました。

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その他の回答 (2)

  • d-drop
  • ベストアンサー率22% (214/938)
回答No.3

 彼等は人間から生まれたからです。

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  • corpus
  • ベストアンサー率12% (25/200)
回答No.2

では、運動能力、言葉、理性をまだもっていない赤ん坊は動物と何が違うのでしょうか? 赤ん坊が人間ではないにしても、彼らには、これから人間になるであろう希望があります。 運動能力、言葉、理性を失ってしまった障害者は動物と何が違うのでしょうか? 障害者が人間ではないにしても、彼らは、かつて人間であったという歴史があるのです。 おそらく、そこが「動物」と「人間ではないにしても人間と同等の扱いをされるもの」の違いではないでしょうか? そこで、こんな疑問が浮かびます。生まれながらにして重度の障害者であった場合です。彼らには希望もなければ歴史もありません。彼らはそれでも人間と同等の扱いをされるべきなのでしょうか? それは、しかし、受精卵というときには人間となる潜在能力があり、あるいは、医学の進歩によっては障害を克服することができるとも考えられます。 少なくとも動物よりは人間に近いのではないでしょうか?ただ、動物から人間にきわめて似ている生物が誕生したとき、彼に対する扱いはどうなるのでしょうか?それはありえないと片付けましょうかね。

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